卒業生代表試合!
早朝、いつもの訓練場にいつもの音が響き渡る。金属同士が規則正しいリズムでぶつかり合う。
「行くぞ?フォルテ!」
「なぁ!」
「はい。俺の勝ち」
フォルテ。音楽用語で強くなのだが、これを何故か白亜は剣をぶつける時に叫んでいた。
「あー。やっぱりメゾフォルテまではまだ打ち合えますが……フォルテから無理です」
ジュードと打ち合いをする際に、白亜はその強さをいちいち言うようになったのだが、やはり元音大生。音楽用語の方がイメージしやすいらしく、それを使っている。
「んー。もう少し姿勢を低くすれば打ち合えると思うぞ?」
「あれ以上ですか!?腰が悲鳴をあげているんですけど……」
ジュードも中々大変だ。
「ハクア君!ジュード君!おはよう!」
「あ、リン。おはよう」
「リンさん。おはようございます」
キキョウ達も一緒だ。
『マスター。準備は出来ていますか?』
「え?あ?短剣忘れた!」
言わないシアンもシアンだが、全く気づかない白亜も白亜である。
「ふふ。持ってきたよ」
「あ。ありがとう」
「どういたしまして」
サクラちゃんを鞄から覗かせながら白亜と話すリン。雰囲気は完全に恋人同士である。
「師匠。そろそろ行かないと」
「あ、もうそんな時間か」
「ふふふ。頑張ってね」
「ああ。頑張るよ」
今日は卒業生の中でも特に強い人たち……つまりはエリート達が自身の力を競い会う謎習慣の日だ。魔法等は禁止なので剣や格闘技が使えないリンは観客の方にまわる。
「コロシアムを思い出すな。それか過激な運動会」
「運動会って?」
「何て言うのかな……走る早さを競いあったり、何本かの棒を2チームで取り合ったりする競技とかを学校でやるんだよ」
「すごいですね」
「いや、全員俺くらいの子供だから可愛らしく見えるんだけどな」
白亜やリンのような小さい子供がわーっと競い会うのは可愛いげがあるが、ジュードみたいなパッと見大人な子供が混じるとかなり怖いものがある。
「今回の試合の中で一番小さいの俺らしいしな……」
「師匠なら全く問題ないですよ」
実際そうであるが、例えばバルドみたいな筋力が凄そうな男の人たちの中に華奢な小さい男の子が入っていると、試合でなくても救出されそうである。
「まぁ、それなりに頑張るよ」
「僕も頑張ってみますよ!」
今回の試合は魔法使用なし。身体強化、回復は使用出来る。武器は学校に置いてある刃の潰したやつで、使っても使わなくてもいい。以前のコロシアムの様に、闘技場から場外になったら失格。気絶、非殺傷魔法に引っ掛かっても失格。
ジュードと別れた白亜は控え室に向かう。試合に参加する人数は白亜達含め総勢20人だ。トーナメント式で行うらしい。これが卒業式の余興で行われるのだ。卒業式の規模がどれだけのものなのか判る気がする。
「ここか……」
二人部屋で、ここには高等部の首席が居るはずだ。首席を二人集めて同じ部屋に入れて何がいいのだろうか、等と考えながら部屋に入る白亜。
「失礼します……」
「きゃ!え?あ、もう一人の方でしょうか?」
女の子。17歳位だろうか。華奢な体つきでおおよそ戦いには向いていなさそうではある。
「えっと」
あまりにも意外だったので言葉につまる白亜。すると後ろから気配を感じ、村雨に触れながら飛び退く。
「へぇー。中々やるようじゃないか?まぁ僕には敵わないだろうけどね」
金色の髪を見せ付ける様にして中に入ってきた。白亜は村雨から手を離す。
「対戦相手の方でしょうか」
「対戦相手!?笑わせないでくれたまえ。君と僕は釣り合わないよ」
「……はい?」
何を言いたいのか意味不明だがこの人が高等部の首席なのだろう。となるとあの女の子は……?
「あ、ゼギオン様!」
「ふん。従者の癖にでしゃばるなクズが!黙れ!口を開くな!」
「………」
滅多なことでは驚かない白亜だがこれには唖然してしまった。
「椅子を出せ!この役立たずが!」
「は、はい!」
このゼギオンとかいう男子、やばい。と白亜は心に刻み込む。
「えっと……それじゃあこっち使いますね……」
白亜は一応断りをいれて端に鞄をおく。村雨も置こうかと思っていたが、控え室の同室の人がここまで傲慢だとかえって危険だと判断。一旦腰に挿したままにする。後でダイに渡しに行こう。と思った。
「ほら、早くしろよ!こんな格好で僕を人前にだす気か!?」
「は、はい!ただいまやりますので」
「ちっ!役立たずめ……」
聞いていて気持ちのいい会話ではない。しかしこれに介入してしまうと後々面倒になる上に卒業の件なども取り消される恐れがある。
白亜は借りた練習用の剣の手入れをする。自分のではないが、こうやって手入れをすると剣の不調なんかが判るので試合前にはいつもやるようにしていた。
今回は両手剣があったのだが、今まで二刀流だったのでもうそれでいいやと片手剣2本で参加だ。毎回のテストの際に練習するので大分扱いになれたのだ。
「君の剣ではないんだろう?何故手入れする」
「剣ってほんの少しでも曲がってるとうまく機能しないとか珍しくはないんです。だからいつも手入れは試合前には絶対するようにしているんです」
淡々と答える白亜。
「……よし」
どうやら確認が終わったらしい。先に外に出る白亜。なるべくあそこには居たくないらしい。村雨をダイに渡しに向かう必要もある。
ダイは観客の前の方にリン達と一緒に堂々と座っていた。
「ダイ」
「白亜。どうした?」
「これ預かっておいて」
「何故だ?控え室に置くのではないか?」
「なんか同室の人が怖そうで」
「ふむ。某に任せておけ」
村雨をダイに渡して、再び控え室に。
「どこに行っていたんだ?」
「友達に発破をかけてもらいに行ってきました」
そんな理由ではないのだが、本人を前にして貴方に盗まれると非常に困るので信頼できる人に預けてきましたなんて言えない。
「ふっ。実に平民らしいではないか。もう僕の勝利は決まったような物だな」
「はぁ」
生返事を返す白亜。
『ジュードには敵わないだろうな』
『無理でしょうね』
ボーっと部屋の隅で時間を潰す白亜。もちろん準備体操をしながらだが。
「ゼギオンさん、ハクアさん。準備をお願いします」
「はい」
「僕の荷物をしっかり見張っておけよ!盗まれたりしたら承知しないからな!」
係りの生徒に連れられて闘技場へ歩いていく白亜。目は相変わらず死んでいるが、歩き方は実に堂々としており、戦闘前だというのにまるで舞踊でもするのかといったオーラが出ている。
その隣ではこれまたふんぞり返って周囲を下に見ている雰囲気を漂わせた金髪の男子。
かなり異様な光景だ。
「師匠」
「ん。ジュードか。なんか俺以外でかいんだが……」
「大丈夫ですって!師匠が負けるところが想像できませんし」
妙な励まし方ではあるがそれが逆に白亜を落ち着かせたらしい。
「じゃあ、お互い頑張ろう」
「そうですね!師匠に直ぐに当たらないように祈ってます!」
ガッツリフラグを立ててから選手待機席へ。
ハクアの両隣は白亜の倍以上年をとった屈強という言葉がふさわしい男子生徒達。
「あ?間違えて選手席に来たのか?」
「じゃまだ。どけ。ガキが」
そんな声はガン無視して自分の席に座る白亜。
「「な!?」」
無視されたのに腹が立ったのか剣を抜こうとする男子生徒達。それを横目でチラリと見た白亜は、
「卒業資格無くなりますよ?」
の一言で黙らせた。やはりある意味大物である。
『今年もこの時期が来ました!卒業生代表試合!今年はなんと最年少、7歳のか弱い男の子が参戦!どうなるか見物だぁ!』
か弱いという言葉はリンなどに使う言葉であって白亜に使う言葉ではないと思う。と、白亜を知っている全員が思った。
『トーナメントの対戦者を抽選で決めます!さてさて、どんな組になるかな?』
前に置いてある大きな鏡のような板に対戦相手が映し出される。
『決まったぞ!それでは第1試合目に当たった選手は前に来てください!』
白亜は高等部のエリート達が戦う姿を目に焼き付ける。別に弱いわけではないが、強くもない。と言ったところか。白亜がじっと見つめているのはそれではない。次の対戦相手の弱点を今の内に見えればそれに越したことはないと考えているだけである。
5試合目。ジュードの番だ。
「お願いします」
「初等部に負けるかよ」
ジュードが腕に力を入れすぎないようにしながら構える。さすがは武の王だ。隙がない。
『それでは、試合、開始!』
ジュードが猛烈な勢いで走り、容赦なく切り飛ばす。それに対応できなかった相手選手は弾き飛ばされて場外に落ちた。一瞬で勝敗がついたので、観客までも状況が理解できなかった。
「ありがとうございました」
ジュードが落ちた相手に礼をして席に戻っていく。その瞬間、観客が湧いた。
白亜は当然だな。と思いながら対戦相手になるかもしれない選手達を観察し続けた。
白亜の番になり、闘技場へ歩いていく。
『さぁ9試合目!ここであの最年少参加者ハクアが登場だ!7歳の実力はどこまで通用するのか?瞬き禁止の試合になりそうだ!』
「お願いします」
「ちっ!ガキが」
相変わらず白亜は年上の男性に好かれないらしい。
白亜は腰の片手剣2本にそっと触れたまま動かない。
「抜刀術……?2本で……?」
ジュードがそう呟いたのが聞こえたのはいったい何人いるだろうか。
「動けないのか?腰が引けたか?子供だもんなぁ」
目の前に居る男子生徒に何を言われても動じない白亜。その状態で固まり続ける。
『え、えっと……いいのでしょうか?』
こくりと頷く白亜。その目は戦闘時の輝きがあった。準備万端らしい。
『それでは!開始!』
「ありがとうございました」
開始のしといわれた瞬間に走り出して相手選手を場外に突き落とした白亜。相手選手はもちろん、審査の先生ですら誰も見えなかったが、白亜の手には撫でているだけだった筈の片手剣が二本とも抜かれており、真ん中に居た筈が闘技場の端に移動していることから完全に白亜がやったのだと言える状況が出来上がっていた。
「「「……………」」」
一同が唖然とするなか、面倒臭そうな死んだ目に戻った白亜が涼しい顔をして席に戻ったので次の試合の準備が始まっていた。
こいつは何者なんだと思わなかった人は居なかった。……ダイ達を除いては。




