「ただ散歩しただけに近い依頼で打ち上げしなくてもいいかと思いまして」
遅くなりました……
白亜は自分が結構強いことを自覚している。だが、それが半端なく規格外ということは未だに認識できていない。
自己評価が低いというのもその一因なのだろう。自分を好きになれないからこそ、自分は出来が悪いと思い込んでしまうところがある。
だからこそ自重しないというのもある。
「えっと……バルバ・ゼールの肉と毛皮、それと心臓……がこれだけ綺麗に揃ってると結構状態確認に時間がかかるから、先に依頼の方の報酬を渡しても?」
「はい。ご依頼通り、籠一杯です」
「確かに。それじゃあここにサインをもらえるかな」
依頼完了の旨を記してある書類にサインをして提出すると、約束の賃金が支払われた。
初心者向けの依頼とはいえ、森に入って実をとってくるのは中々危険だ。今回偶然バルバ・ゼールという大物に出くわした(しかも群れと遭遇するのは稀な筈である)が、それほどまでではなくとも初心者に厳しい魔物に遭遇する可能性もあるのだ。
そのため今回の依頼は危険手当が含まれる。同系統の依頼より少しお高めだ。
とはいえ、所詮は初心者向け。そう大したお金にもならない。
「危険手当やこちらの手数料を諸々引いて……40万ゼルだね」
「40万ですか……あ、ではもうこれ借金返済にそのまま当ててください」
「これそのまま当てなくても多分バルバ・ゼールの分で払えると思うけど……。打ち上げとかしないのかい? 初仕事だろう? バルバ・ゼールの確認には少しかかりそうだし、どこかで飲み食いしてもいいと思うけれど」
打ち上げ? と白亜が首を捻り、数秒して小さく「ぁぁ……」と呟いて、
「ただ散歩しただけに近い依頼で打ち上げしなくてもいいかと思いまして」
巨大ウサギ数匹狩っておいて散歩と言えるのは、おそらく白亜くらいだろう。
世間とエヴォックは最初から白亜は多分周りと明らかにズレているということをなんとなくわかっていたので、特に深く考えずに「ああ、そう……」とだけ答えた。
鑑定には数時間かかるとのことだったので、とりあえず近くの酒場で時間を潰す事にした。酒場といってもどちらかというと食事処と近い雰囲気の場所である。
終わったらそこに呼びに行くから、とエヴォックに言われて仕方なく店に入った。
「いらっしゃい。おや、あんた初めてだな?」
「はい。この街には昨日きました」
「そうか。あそこにも昨日来た奴らがいるんだ。冒険者になるんだと」
言われて店主の指し示す方を見ると、監視対象だった。
ついでに魔眼で場所を確認しようかと思っていたので丁度いい。カウンターの端の目立たない席に座って前田の様子を見てみる。
女性が三人と前田一人のグループだ。女性は全員日本から来た人ではなく、一人だけこの世界の住人が混ざっている。朝、前田の部屋にいた人だ。
白亜は壁にかかっているメニューを見て、バルバ・ゼールの唐揚げとジュースを注文する。
バルバ・ゼールは単純に気になっただけである。店主には値段は下げなくてもいいので少なくしてくれと頼み、先に来たジュースに口をつける。
マンゴーに似た甘さのスッキリとした口当たりのジュースだ。思っていた以上に美味しかったので唐揚げも少し期待する。
前田の様子を伺うと、前田は女性達と会話しながら早速酒を飲んでいるのが見えた。
昼間からそれはどうなんだと思わないわけでもないが、国によっては朝から酒を飲むのが当たり前の国もある。ちなみにリグラートは割とそんな感じだった。
話を盗み聞きする限り、どうやらもう一人メンバーがいるらしい。会話の内容からして男のようだ。
『男なんですね、もう一人は』
(? 男だと何かあるのか?)
『いや、別にないが……あの前田という男は同じグループのメンバーに他の男が入るのを嫌いそうな感じがするからな』
アンノウンの言葉を聞いて白亜が小さく驚く。
(えっ? なんでそんなことわかるんだ?)
『もう、いい……。そなたに分かれという方が酷やもしれん……』
アンノウンの方が圧倒的に人の気持ちに敏感である。
そうこうしているとバルバ・ゼールの唐揚げが到着した。器に盛られたそれは、かなりいい匂いを辺りに漂わせている。香辛料の香りが食欲をそそり、ふわりと立つ湯気は揚げたてであることを存分に知らしめている。
だが、一つ問題があった。
「あの、ちょっと多いんですが……」
「? 少なめだぞ?」
「え、これで……?」
冒険者も多く訪れるというこの店ではかなり少なめの部類に入るらしい。
そもそもあれだけ動けてこれだけのカロリーで生きていける白亜が異常なのだ。正確には別にもうカロリーとかとらなくていいのだが。
だが、エレニカに聞いたところ「俺みたいに元から神だったらまた別だけど、生きたまま神になった人はなるべく人の生活続けた方がいいよ」とのこと。
どうやら体が慣れ切らず、とても疲れやすくなってしまったりするらしい。
そのため白亜は今でも食事もとるし睡眠もする。なるべく人間の頃同じ生活を心がけている。
だが、胃の大きさはどうにもならない。
「すみません、これ、半分……いや、四分の一くらいに減らしてもらえないでしょうか?」
「食べてもないのに好き嫌いか?」
「いや、そうじゃなくて」
店主には少食の人はこの世にいるということも知ってほしい。ちょっとそう思った白亜だった。




