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(ただの病気じゃないな、あれ)

 話を聞くのはシアンに任せてぼんやりしていると、黒スーツが白亜に目をやる。


「そちらの方は……どのようなご職業で?」

「……警備員のようなものです」


 執事と言うべきか少し迷ったが「執事です」と言うと大抵の場合「日本に執事なんて実在するの⁉︎」みたいな反応をされることが多いので、こう言った方が説明も少なくて済むだろうと判断した。


 一応ちゃんと警備しているので嘘でもない。


「そうですか。では、武術の心得はお持ちですか?」

「……多少は」


 受け答えすら面倒だと思っている白亜。その態度は言葉から滲み出ている。


 あまりにもやる気のない態度に、誰もが呆れていた。


「あの、さ。あんた本当何考えてるの?」


 そう訊いてきたのは、白亜の監視対象の前田(まえだ) (とおる)だ。年齢は24、大学院生。この世界への適合率がかなり高いために選ばれたが、色事を好むせいで厄介ごとを引き込む可能性がある。白亜はそれを見張るのが仕事だ。


 見張ることが仕事なので、もし何か前田がやらかしても止める必要はない。そこから先は契約には含まれていない。干渉することは認められているが、過干渉はしないで欲しいとも言われている。


 つまり、付かず離れずの距離で、ただひたすら前田の行動を記録し、伝える。


 それが仕事だ。


 仲良くなりすぎても険悪になりすぎてもいけない。どちらかといえば若干嫌われている、くらいがベストの距離感だが、天然記念物の白亜にそこまでギリギリの駆け引きは無理である。


 シアンは白亜が何か勝手に話す前にカンペを出す。


『復唱してください。【それを知って、どうするんですか】』

「……それを知って、どうするんですか?」


 自分で適当に返事しようと思っていた白亜だが、シアンの言うとおりに声を出す。


「え……いや、どうって……」


 質問返しされるとは思っていなかったのか、前田は少し困った表情を浮かべる。


『【特に何も考えていませんし、この状況についていけてないだけです。問題ありますか】言ってください』

「特に何も考えていませんし、この状況についていけてないだけです。……問題ありますか?」

「……別に」


 若干棒読みっぽくなってしまったが、シアンのおかげで少し前田を遠ざけることに成功した。仲良くなりすぎてしまえばこちらのことが知られてしまう可能性が出てくる。それは避けなければならないので、全員から一定以上の距離を取る必要がある。


 白亜がボロを出さないと確信できるのなら、別に普通に仲良くなっても大丈夫なのだが。白亜は白亜なので。


 ただ、今の受け答えで『なんか感じ悪い奴』という共通意識を全体に持たせることはできただろう。


 どうせ一ヶ月程度の縁だ。最悪恨まれたりしなければ問題ない。







 馬車は大きな白い建物の前で止まった。


「こちらへどうぞ」


 黒スーツに案内されるまま奥へ入る(黒スーツはルシェードという名前だとシアンが伝えたが、白亜は4秒で忘れた)と、複数人は雑魚寝できそうなほど大きなベッドの上に、女性が寝ていた。


 白亜たちが近付くと、その女性はゆっくりと体を起こして目線を向ける。


 その目が白く濁っているのを見て、白亜は軽く目を細めた。


(ただの病気じゃないな、あれ)

『軽く呪いの類も混じっているだろうな。細かく解析はできないのか?』

『外から見ただけでは詳しいことは……。採血できるのであれば、ある程度は調べられますが』


 詳しく調べてあげる義務はないのでそこまでする必要はない。ただ単純に気になる白亜とシアン。


 じーっとその女性を見ていると、女性が白亜の視線に気付いて不思議そうな表情で白亜を見つめ返した。


 だが、それも一瞬で、すぐに微笑を浮かべて全員に向き直る。


「座ったままで失礼します。私はこの国で覚者と呼ばれているセーラです。貴方達がこの国に訪れるとの啓示が降り、お待ちしておりました」


『覚者とはなんだ?』

(心理を悟っている者って意味だったと思う。この世界の言葉では別の意味だったりするかもしれないけど、これが一番近いから、そんな風に翻訳されてるんだと思う)


 啓示、ということはこの世界の神は実は下界に干渉していたのか? とセーラの言葉に一瞬首を捻った白亜だが、天照大神に聞いた限りの情報を全てだとするのなら、そんなことはないだろうと推測される。


 この世界の神は干渉して下界の運命を変えることを酷く嫌う性格らしい。そうでなければ白亜がここに来ていない。


 今回の監視任務は、かなりハードである。あまり目立ってもいけないし、ある程度近くで見張らなければならないのに近すぎてもいけない。そこそこ力がないと達成は難しい。


 そのため普通ならもっと経験を積んだ神や、その眷属が配属されるべきなのだが。今回は『人とそんなに変わらないほど神格が低くて、その上である程度以上の戦闘力がある』という条件があったために白亜が選ばれた。


 そこまでして下界と関わろうとしない神が、天啓を降すだろうか?


「皆様お疲れでしょう。お部屋を用意させていただきました。本日はごゆっくりおやすみください」


 またしても考え込んでいる間に話が進んでいた。最近白亜は耳から入ってくる情報を極限まで減らす技を身につけたらしい。


 今までも過集中のせいで何も聞こえなくなることはあったが、最近は本当に人の話を聞かない。聞こうと思っていない。


 シアンがいるからいいやとしか思ってない。


「リシャット様はこちらのお部屋をお使いください。また後ほど参ります」


 黒スーツが通してくれた部屋は、9畳ほどのリビングに5畳程の寝室の繋がった落ち着いた雰囲気の部屋だった。


 調度品も少し古いが、丁寧に作られたものであることはすぐにわかった。


 白亜は壁際のソファに座り、懐中時計から日誌を取り出してこれまでの前田の言動や態度をできるだけ細かく書き写していく。そして最後に『現在特記事項なし』と書き加えて机の上にそれを置き、


「シアン、道中話してたことを簡潔に教えてくれ」

『……かしこまりました』


 移動中に受けたはずの説明を何一つ聞いていなかったのを悪びれもせずそう言った。


 能力としてのシアンの使い方はこれで正しいのかもしれないが、少しは自分から人の話を聞こうとしてほしいとシアンは軽く溜息をついた。

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