「……俺、今アンノウンに馬鹿にされた?」
ちょっと長めです。リクエストをしていただいたものを、少しアレンジしています。最近愉快なシーン少な目だったので、あまりシリアスにするつもりはないです。
魔物の討伐や貴族の護衛、民間人の食料となる木の実や薬草集め、さらには町のゴミ掃除まで。
ありとあらゆる依頼をこなし、時には命の危険にも晒されながら。
大冒険を繰り広げて仲間と戦う、それが冒険者という仕事。
……それは、創作物での話だ。
大抵の冒険者はその日暮らしで、いい依頼がなければ無収入になってしまうことも多々ある。
依頼は普通早い者勝ちであるから、出遅れると『妙に賃金が少ない上に大変』か『異常に難易度が高いせいで誰もが嫌がる』かのどちらかの依頼しか残らない。
前者を頑張ってこなしたところで、ギルドからの評価は上がらない。かと言って後者は物理的に無理がある。
結局、どこの世界も力が全てだ。
男は隣に立って依頼ボードを見ている目が死んだ人を若干恨めしそうに見る。
背筋も顔も良いのに(欠点を強いて言うならちょっと背が低いくらい)そのやる気のない目で全て台無しになっている人は、小さく欠伸をして『異常に難易度が高いせいで誰もが嫌がる』依頼の紙を剥がして持っていった。
結局依頼は『妙に賃金が少ない上に大変』な下水に住み着いたスライムを討伐するものしか残らず、男は仕方なくそれを選ぶしかなかった。
目が死んだ人……白亜は高収入が期待できるであろう仕事を選択して町を出た。なぜかいつまでも依頼が残っていたのでこれ幸いとその依頼を受けてきたのだ。
隣に立っていた人は若干こちらを睨んできていたが、この依頼を取ろうとしても何も言わなかったので多分横取りはしていないはずだ。
『少しは歯応えのありそうな依頼があってよかったな』
『収入としては悪くないですね』
白亜は頭に響く二人分の声に苦笑する。
「一応、俺も仕事でこっちにいるんだからな? 忘れるなよ」
『忘れないぞ、そなたではあるまいし』
「……俺、今アンノウンに馬鹿にされた?」
自分の武器にディスられる白亜だが、結構大事なことをうっかり聞き逃したり忘れたりすることが多々あるので言い返せない。
正確にはちゃんと覚えているのだが、思い出そうという努力をしないがために結局忘れるのだ。
ため息をついた途端、横の茂みから大型犬ほどの大きさの真っ赤なカエルが飛び出してきた。毒々しい色合いをしているが、毒は持っていない。
ただ、かなり大食らいの肉食で、場合によっては人すらも襲う。舌の攻撃は強力で人間の首くらいなら圧し折ることができるほどのパワーがある。
だが白亜にとってはただの肉だ。
「邪魔……」
ポツリとつぶやいたのが先か、アンノウンから飛び出した刃がカエルを真っ二つにしたのが先か。
ともかく白亜にはこの程度の相手など足止めにすらならない。空中で即死したままのカエルを懐中時計に収納してそのまま真っ直ぐ街道を歩く。
ちなみに、ここは白亜のよく知っているリグラートでも、ましてや日本でもない。
エンザードという世界のクスクルという国だ。なぜこんな国に来ているのかというと、話は数日前に遡る。
エレニカに頼んでとある空間を丸ごと焼失させた、数日後。
ハクアの街で珍しく領主の仕事をしていると、来客があった。
会ってみると日本の太陽神、天照大神だった。
「え、えっと……エレニカさんはいませんよ?」
「ああ、別にあの鳥を探してるわけじゃないから、気にしないで」
最高神のまとめ役であるエレニカを『鳥』と呼べるのはおそらく彼くらいだろう。
だが、鳥と言っている時点でちょっと喧嘩でもしているのかもしれない。
「君に用があるんだ、白亜君」
「私にですか?」
天照大神が取り出したのは、一冊のファイルだった。
開いてみると、それは名簿だった。顔写真や氏名、血液型などが細かく記載されている。履歴書みたいだ、となんとなく思った。
「これは?」
「今度、勇者として派遣するつもりの人間だよ。その冊子の人は全員、一緒に送るつもりだ」
パラパラと捲ってみると、結構な人数がいる。
「勇者として派遣って……そんな風に決まってるものなんですか?」
「こっちの手違いで他世界に異世界人として飛ばされてしまう人は極稀にいるけど、大抵はこっちも色々と準備して送りだすんだ。勝手にバンバン飛ばしでもすると行方不明者扱いになっちゃうかもしれないし、混乱は避けたい」
「ではどうやって決めているんですか?」
「基本、寿命が近い人だね。ここの人たちは全員、事故で亡くなる人たちだ」
事故で亡くなる、ということは予め人の寿命とは決まっているものなのだろうか。
そう考えた白亜だが、実際そうなのかもしれない。白亜もライレンと契約した時に寿命を使った。
案外寿命とは簡単に見えるのかもしれない。
だが疑問なのはなぜこれを白亜に見せたか、だ。
「それで本題なんだけど、君も一緒に行って欲しいんだ」
「え?」
なぜなのかと聞くと、
「実は、今回の勇者がちょっと厄介な人でね。素質はあるんだけど、色事を好むというか……。それで問題が起きそうなら、こちらで対処しなければいけないんだ。ただ、どうなるか判断がつかないから監視をつける必要があって」
そこで白亜が選ばれたというわけらしい。
なぜ白亜が選ばれたのかは、すぐに教えてもらえた。
「君の力が強いのはみんな知ってるし、何より元は人の子だからね。それに……チカオラートさんからの推薦があってね」
「推薦……?」
「なるべく経験を積ませたいからって」
やはりあの男が関わったことによって勝手に決められていたらしい。
どこかで名前は出るだろうと思っていたが、出てきたら出てきたでイラっとする。
「……そうですか」
「あ、いやだったら全然断ってくれていいよ? 最悪あの鳥が行けばいいし」
「あの……エレニカさんと喧嘩したんですか?」
「喧嘩というか、ちょっとね」
本当は凄い神のはずなのに……と思わざるを得ない。
ここで断ってエレニカの方に仕事が入ったら、普段から忙殺されているらしいし少し可哀想である。
それに、先日突然呼び出して仕事を増やさせてしまった罪悪感もある。
「いえ、行きます。期間はどれくらいですか?」
「特に決まってないよ。君はただこの人の観察をして、報告してくれればいい。多分どれだけ長くても一ヶ月はかからないから」
一ヶ月とはいえ、白亜は時と空間を動かすことに関しては性質上長けている。
この時間にここに帰ってくることもできるので、実質こちらの業務の滞りなどは考えなくてもいい。
ということで、すぐに向かうことにした。一応ジュード達には連絡を入れて、懐中時計に粗方必要になりそうなものを詰め込んで家を出る。
「それじゃあ、頼んだよ。何かあったらすぐに相談してくれていいからね」
「はい。それでは」
教えられた座標、時間に転移すると、そこは荒野だった。
乾燥した空気が肌を撫でて通り過ぎていく。地面には赤茶色の土しかなく、見える範囲では草木一本見つからない。
土を軽く手に取ってみると、かなり簡単にさらさらと崩れていった。湿り気がほとんどない。
魔力を軽く流して調べるが、白亜の得意とする魔晶属性魔法も反応が薄い。
「土地が枯れている……これはもう直すのも相当難しいレベルだな」
『龍脈も反応がありません』
ここまで地面が元気をなくしてしまうと、もう人の手では再生することもできないかもしれない。
そこまで考えてから改めて周りに目をやる。
「……死んでないよな?」
『生きてます』
周りには十数名の男女が倒れていた。
というか、倒れていることを白亜はもちろん知っていたのだが、それより先に土地の確認をしたのだ。
流石の天然記念物ぶりである。周りで気絶している人間より痩せた土地の方が白亜にとっては心配なのかもしれない。
正確には、周りの男女が死んでいないことを知っているからこその行動だったのだが、それでも普通ならまず人の方を起こす。白亜はどこへいっても白亜だった。
さっさと乾燥と埃の充満した荒野から離れたい白亜は、容赦無く周囲の男女を起こしにかかる。
「あのー。起きてください」
揺すっても起きなかったので軽くデコピン。
「ギャァあっ⁉︎」
白亜のデコピン(威力はお察しの通り)により、強制的に目覚めさせられた周りの人たちは痛む額を押さえながらもキョロキョロと忙しなく視線を巡らせている。
「……? ? ?」
白亜も経験があるのだが、人間、あまりに驚きすぎると声は出なくなる。
状況の理解が追いつかず、無言で立ち尽くすのが普通だ。
「ここ、どこ?」
ようやく、一人の女性がポツリとそう呟いた。
だが、その質問に答える者は誰もいない。白亜以外の全員、ここに来るまでの経緯を覚えていないのだ。
『記憶はちゃんと消えているみたいですね』
(みたいだな)
記憶を消したのは白亜である。正確に言うと、そうしろと言われたからそうした。
彼らは実はすでに亡くなっている。土砂崩れに巻き込まれ亡くなった人々のうち、希望者をここに連れてきたのだ。
白亜もそうだが、異世界人は大抵強い。世界を渡るとき、人の体には異常な負荷がかかる。それを乗り越えられる者だけが異世界人として他世界に渡るのだ。
そのため『異世界人は強い』と言うより『異世界を移動するには強くなければ無理なので必然的に強い人しか来られない』と言うのが正しいだろう。
そこまでして、なぜ他世界から人を呼ぶのか。
この世界の場合は、土地が死んでいくのを止めてもらうためである。
先ほど白亜が地面に元気がないと分析していたが、あれがその証拠。聞いたところによると、これに似た荒野がいくつも広がり、今も拡大しているのだとか。
普通ならそこで神の介入があっても良いのだが、この世界では介入を最小限にしているらしい。
神が治世に関わると面倒なことになることが多いとエレニカは言っていたが、少し関わるだけでも地上は大きく変わってしまう。それを防ぐためにあえて干渉しない神も多い。
今回の監視依頼はその神からのものだった。白亜は面識がなかったが、そこそこ有名で力のある神らしい。
結局白亜が介入することで干渉してしまうのではないかと聞いたが、あまりにも神格が低いから多分大丈夫、と適当な感じで送り込まれた。
神の格としては底辺の底辺の底辺くらいに位置する白亜は、力の質自体はほとんど人と変わらない。
ちょっと神気のある人、と言う方が正しいくらいには人に近い。下手したら勇者とそんなに変わらないかもしれない。
勇者とは、神気をほんの少し使える存在を指す。借り物ではあるが、それを使って奇跡を起こせる。
他の人より強い力を持っていたり、特殊な力を宿していたりするが、それは基本神気を持っていることによって授かったもの……らしい。
正直、白亜にはピンと来なかった。どうやらこの辺りのルールは世界によって異なるらしく、意外と曖昧だ。
日本には勇者なんていないのと同じ。世界によって、結構適当に決められているらしい。
『そう言うものだと割り切りましょう』
『考えても無駄なものは無駄だ。それよりしっかり報告できるよう、対象を見張っておけ』
(わかってるって……)
白亜は少し離れた場所にいる青年に目をやる。年齢は24歳。目鼻立ちは整っているが、髪は赤色に染められ、いくつもピアスが付いている。ワイルド系、と言うにはちょっとチャラい。
天照大神に情報を伝えられた時も思ったが……
(いかにも遊んでいそうだな)
『実際、遊びすぎて目をつけられてマスターが監視にきてますしね』
今回の依頼は、この男が何かやらかさないか監視すること。
この世界に来た異世界人が大暴れでもすれば、世の中どんな方向に進むかわかったものではない。普通の神など、降りただけでガラリと地上が変わってしまうこともある。白亜の場合神格が低いので全く問題がないのだが。
意外と運命はデリケートなのだ。掻き乱さないよう、しっかり見張っておかなければ。
『よく考えると、これは神になってからの初めてのお仕事ですね』
(そういえば。確かに)
初仕事が勇者の監視役とは、白亜に務まるだろうか。シアンとアンノウンは小さくため息をついたのだった。




