「まだ諦めてなかったのか……」
エレニカが白亜に魔力操作のコツを話しているとき、新たな来客が突然やってきた。
白亜とエレニカの真ん中に割って入る形で急に現れた。
シアンが驚くほど空間を揺らさず、自然に転移してきた。
『前兆がほとんど感じ取れませんでした……相当な使い手です』
シアンの警告に、反射で村雨に手をかけていつでも抜ける構えをとる。
もしこの人物が敵なら、この街を守る魔法を容易く突破し、更に転移までできるなど最悪でしかない。
それこそ対処できるのは白亜だけで他の人間や白亜の配下達、魔王であるレイゴットでも歯が立たないだろう。
「侵入者ですか!」
ジュードも白亜に一拍遅れて構えをとった。
臨戦態勢の二人を見て、侵入者が即座に両手を挙げた。
「ご、ごめんなさい! 侵入のつもり、なかったんですけど……道に迷って」
道に迷って何故この屋敷に辿り着くのだろうか。益々怪しい。
警戒を解かない二人に声をかけたのはエレニカだ。
「あー……そいつ俺の連れなんだ」
「「え」」
そうならそうと早く言って欲しい。
「俺の世界の……部下って言えばいいか? レイラだ」
「れ、レイラです。極星様がお世話になっております」
効果音が鳴りそうなほど勢いよく頭を下げた。
「きょくせい?」
誰だ? と白亜が首を捻るとエレニカが手を上げる。
「あ、俺のことだよ。いくつか名前あるんだけど、そのうちの一つ」
それは偽名というのではないのだろうか。
まぁ、白亜も複数名前があるようなものなので人のことは言えないのだが。
「本名は?」
「エレニカ。一応それが最初の名前のはず」
なんとも曖昧である。数百億年も生きていれば、そんなものなのかもしれないが。
白亜もいつか、名前に頓着がなくなっていくのだろうか。
「あ、極星様。フェント兄が探していました」
「……なんか言ってた?」
「仕事放り出しておいてどうなっても知りませんよって」
「うわぁ……」
微笑から崩れることのほとんどないエレニカの表情が明らかに引きつった。
その顔のまま白亜の方を向く。
「ごめん俺帰らなきゃ。また何か進展があったらいつでも来てよ。なんならお弟子さんと一緒でも歓迎する」
「なんか……すみません」
「いや、仕事から逃げてきたのは俺だから……」
逃げてきたんかい、とその場の全員の心の声が重なった。
そのままエレニカはレイラと共に帰っていった。その間顔が引きつっていたことを考えると、多分結構怒られるのだろう。
この前アマテラスに説教されてたみたいに。
「なんか嵐みたいな人でしたね……いや、人じゃないんですけど」
「そうだな……凄い人なのは確かなんだけど」
本人の性格がめちゃくちゃ軽いので偉い人に見えないのは、もうしょうがないのだろう。
顔も腕もいいのに、なんだか胡散臭そうに見えるのだ。
「僕、あと何回頼めば弟子入り認めてもらえるんでしょうか」
「まだ諦めてなかったのか……」
どうやらジュードに諦めるという言葉は存在しないらしい。
そういえば白亜に弟子入りした時もかなり強引だったし、結構頑固である。
エレニカは一体これから何度ジュードに弟子入りを志願されるのか、こっそり数えてみようと思った白亜であった。
それから白亜は街を散歩することにした。
ここ最近はずっと部屋に籠りきりで、外に出るときは仕事の時だけだったので適当に歩き回るというのは久々だ。
『いい天気ですね』
「ああ」
陽光が暖かい。
これくらいの気候が一番過ごしやすいのだろう、今日は出歩いている人の数が多い。
暑い寒いは理解できるが、それによって過ごしにくいと感じなくなった白亜にはなんだか懐かしさすらある。
今日は暖かいから外に出よう、と最後に思ったのは一体いつだったろうか。
それほど前でもないはずなのだが、もうあまり思い出せない。
水路を流れる水の水質を調べたりしつつ、街の中心へと歩を進めた。




