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「帰った方がいいですか?」

「あ、そういえば天照大神って君は会ったことないんだっけ?」


 白亜に負けず劣らずの自身の暗い過去を話したせいで重くなってしまった空気を変えようとしたのか、エレニカが本を捲りながら白亜に問いかけた。


「はい。機会がなくて……挨拶とかするべきなんですか」

「んー、まぁ挨拶回りは必要と言えば必要かもしれないけど、君の場合成ったばかりだし、そういう風習自体廃れ始めてるからなぁ」


 エレニカの言によると、元々大きな力を持つ神々が互いの存在を確認し合い、牽制する意味合いで挨拶回りが必要だったのだとか。


「牽制?」

「俺たちにもいろいろあるのは知ってると思うけど、簡単に言えば『俺のテリトリーに踏み込んでくるな』って言い渡しておくのさ。皆縄張り争いで必死なんだよ」


 鳥だからだろうか。言葉の端々に野性動物っぽい言い回しがある。


 テリトリーとか、縄張りとか。


「そんなにそれ大事なんですか」

「昔はね。縄張りの広さで威嚇してたくらいだし」


 なるほど、よくわからない世界だ。


 領地の広さを誇っている貴族みたいな感じだろうか?


 当然のことながら、白亜はその辺全く興味がない。


 エリウラの森は開拓地として請け負ったが、それだけだ。


 それ以上に町を広げるつもりもないし、あまり大きく宣伝したりするつもりもない。


 あのときは、ただ皆一緒に暮らせる場所がほしかった。


 種族間の軋轢をなくしたいとかなんとか言ったが、要するに寂しがり屋だっただけなのだ。


 白亜本人は自分が寂しがり屋だなんて思っていないが。勿論シアンもジュード達も知っている。


 白亜は物静かで大抵なことには驚きもしない淡白な態度に反して、意外と子供っぽいところや寂しがり屋なところがある。


 甘えるということを忘れて育った白亜だが、なんとなくそれを取り戻しつつあるのかもしれない。


「ま、それは置いといて。これから多分アマテラスくるけどどうする?」

「え?」


 来る、と言われて一瞬頭のなかを疑問符が駆け巡る。


 珍しく白亜が混乱したのも無理はない。


 本来主神やそれに近い立場の神は簡単には他世界に移動したりしない。目の前のエレニカは除外するとして。


 なにか問題があったときのためにあまり持場から離れないのが普通なのだ。


 特に天照大神など日本の神の中でもトップクラスの権限を持っているのは明らかである。


「来るんですか」

「うん」

「なぜ?」

「この前色々あって、そっちのゲームの世界とこっちが繋がっちゃって。それの処理とかで」


 ゲームと異世界がくっつくことなどあるのか、と他人事みたいに考えながら適当に相槌を打つ。


「帰った方がいいですか?」

「どっちでもいいよ? 君が挨拶するって言うんならここに居ればいいし、帰りたいなら部下に送らせるし」


 若干迷う。


 挨拶した方が恐らくはいいのだろうが、相手の性格もわからない。何故挨拶に来なかったのかと怒られないだろうか。


「ああ、アマテラスなら相当なお人好しだから大抵のことには目くじらたてないよ」


 白亜が危惧していたことを見透かしたのか、エレニカがいつもの微笑を浮かべながら肩をすくめた。


 表情が常に同じなので冗談なのか本気なのかもよくわからない。


「女の子と間違えるとかしなければ大丈夫」

「え、女性じゃないんですか?」

「ここだけの話、アマテラスが女性ってのは神話でしかないから。実はかなり女々しいだけの男性だから」


 天照大神が男性。所詮人間が伝えてきた話など色々と誇張や捏造が入っているものなのかと思った。


 色々と本当のことも書かれてはいるが、全部真実ではないとエレニカは付け加えた。


「だって、俺の世界の神話なんか恐ろしいことになってるよ。唯一神が5人もいるの」

「唯一なのに?」

「そう。地上では俺がどうやら分裂してるらしい」


 5人合わせて一人としてみなしているのだろうか。


「豊穣、戦、死、天候、海を司るんだと。残念ながら俺は精霊神なんだけどね」

「なんでそんなことに」

「あらゆる地域であらゆる神話が出来てて、面白そうだったから放置したらいつの間にかごっちゃごちゃしてた」


 その結果が五人の唯一神か。


 なんとも人らしいというか、なんというか。


 皆暇なのだろうか。


「俺が言いたいのは、現実と理想はかなり違うもんになっちゃうよねってこと」

「そうそう。天照大神が美しい女神だったらいいなとか人間が考えたせいでどの地域でも僕が女だって思われてるみたいに」

「うん、まぁアマテラスが女に間違われるのも無理はないかなって思わなくもない、か、も……」


 エレニカの表情が引き攣る。


 会話の相手が白亜ではないことに気付き、カクカクとしたぎこちない動きで振り返る。


「アマテラス……」

「こっそり聞いてたら、女々しいだの女に間違われるのも無理はないだの、好き勝手言ってくれちゃって」

「い、いやぁ……だって」

「言い訳無用」


 白亜も声の主の方を見ると、そこには少し気の弱そうな男性がいた。


 線が細く、目が大きいからか、確かに女性と間違われそうだ。


『口に出してはいけませんよ』


 シアンの忠告に、心のなかでしっかり頷く。


 つい女々しいだとか口を滑らせて冷や汗をかいているエレニカの二の舞にはなりたくない。


「っと、説教はあとにするとして。そこの子が新しい時空神だね?」

「ああ、うん。白亜君って名前なんだって。………説教はやめてくれないのね」


 ぼそっと最後に付け足した言葉は恐らく独り言だろう。


 この天照大神は最高神の中でもトップのエレニカが頭が上がらない相手なのかもしれない。親しげではあったので、何らかの借りがあるのかもしれないが。


「はじめまして。僕は男だから、そこの鳥みたいに間違えないでね」

「は、はい。はじめまして……」


 エレニカを鳥呼ばわりである。


 本来なら赦されない。格が違いすぎる。


 こう見えてもエレニカは天照大神より圧倒的に上位の存在だ。口では完全に負けているが。


「さて、じゃあ弁明があるなら聞くよ」

「すんませんした……」


 白亜が居たから説教の時間が短くなったと、後で感謝された。

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