「やっちゃいけない事をしたから」
五冊目、六冊目、七冊目。
全て外れだ。
そろそろ疲れてきた。精神的に。
もの探し自体はそう大したことではないはずなのに、この蔵書数の中から一冊の本をみつけるという行為が、最早不可能なのではないかとすら思えてきた。
諦めかけた八冊目。
「お、これこれ! ありがとう、助かったよ」
どうやら目当てのものが見つかったらしい。
これ以上はかなり疲れたのでちょうどいいくらいだったかもしれない。肉体的には疲れることはないはずなのに、精神的にかなりくる。
「それ、なんで探してたんですか?」
「ん? ああ、これね。38ページの人がガンで亡くなったから、そのデータ収集さ」
言われた通り、38ページ目を開いてみるとまだかなり若い。三十代前半くらいの見た目だ。
「ガン、ですか」
「俺たちには絶対にない病気だ。この世界でも死亡率はかなり高い。何せ発見する手段が乏しいからね」
そう聞いて、白亜がふとおかしなことに気がついて首をかしげる。
「この世界、出来てから数百億年経ってるんですよね?」
「多分。正直あんまりハッキリとした数字は覚えちゃいないから正確なとこはわかんないけど」
「それだけ時間が経っているのにガンを発見する手段に乏しいんですか?」
現代日本でもガンはかなり危険な病であるが、絶対に治せないものではない。
その日本より長生きしている世界が日本より技術力で劣るだろうか?
普通に考えれば、技術は時と共に進歩するものである。
研究する人が誰一人いなかったというのならば進歩もしないかもしれないが、未知を知りたいという好奇心は誰にだってあるはずだ。
より便利なものを、より美しいものを、より圧倒的なものを。それを作り、使うことを喜びとする人達はどの世界にもいるだろうと白亜は考えている。
白亜自身、面白そうなものが好きである。
だから色々と作ってみたりするわけだ。そのせいで倉庫が試作品まみれになっているのだが。
「……そうだね。実は、もっと優れた文明に発展した時期もあったんだよ。けど、そういう国は結構な確率で滅ぶ」
「どうして?」
「やっちゃいけない事をしたから」
エレニカの表情は、いつもの微笑ではあったがどこか固かった。
自分が関与していないとはいえ自分の世界の国がひとつ滅ぶのは喜ばしいことではないからだろうか。
「やっちゃいけない事?」
「……この世界は、俺が作って俺が維持してるんだ。なにもないところから急に物体を創り出した場合、不安定なのは君も知ってるよね?」
それは、白亜もよくわかっている。
魔法でも、空気中の水分を集めて水を作るのと魔力で作るのでは労力も消費魔力もまるで違う。
しかもそれを維持し続けるとなると、かなり大変である。
「地面に栄養分があって、空気が充満してて、水があって。それは一体誰がどこから持ってきたものだと思う?」
白亜の慣れ親しんだ科学というものは、神を否定していた。
旧約聖書でよく知られる、唯一神がこの世のあらゆるものを一つ一つ作ったという文言は有り得ないと。そんな存在はいないと。
白亜は宗教なんてまるで興味なかったので、神の存在を否定も肯定もしなかった。まさかそれになってしまう等とは思いもよらなかったが。
だがこうしてその存在を実際に目の前にしているとあれは正しくもあったのではと思える。
一つ一つ、全ての生物を創った。そういわれても納得できるだけの存在なのだ。
「俺は下界が好きだったよ。精霊として紛れ込んでいたけど、皆がいた頃は楽しかった」
エレニカは嬉しそうに、されど悲しげに話す。
本当に楽しかったのだろう。
「けど、俺の力は結構強くて。文明が進むとエネルギー不足って起こったりするだろう?」
そういわれて、白亜も気付いた。
世界ひとつを創り、維持するだけの能力。それは恐らくあらゆる事に流用できる。
「俺は、追われ続けた。頼ってた仲間も、友人も寿命で死んだ。支えのない状態で、逃げた」
一瞬、白亜の胸が痛んだ。いつかそれが、自分の未来になりそうで。
今はいい。ジュードたちも、リンも、美織も。家族がたくさんいる。
だが、人の寿命は短い。億単位で生きる神からしたら、瞬きのようなものなのかもしれない。
もし一人になったら。
エレニカと似たようなことになってしまうのではないか。
強さ故に狙われ、殺されかける日々を、いつか。
「……ごめん。君には話さない方が良かった」
「……いえ」
エレニカが話を中断して白亜に謝罪をした。他人事とは思えない話だったから、余計に深刻に受け止めてしまっただけなのだが。
「白亜君。先人としてひとつ言えることは、護るのを怠ってはいけないということだけだ。悔いなく生きることなんて不可能だから、自分を殺したくなることをしないのが大切だよ。大事なものは、しっかりと護りなさい。それ以外の後悔なんて、守れなかったときに比べれば微々たるもんさ」
護ることを、怠らないこと。
エレニカは護れなかったのだろうか。
「……案外、人間っぽい考えかたしてますよね」
「え、そう?」
だが、言われるまでもない。
護りたいものを護るために、白亜はエレニカに習いに来ているのだから。




