「……思い出したくもないな」
小学四年生といえば、大抵の子供が思春期に差し掛かる頃である。
それまでも整った顔のせいでそこそこ人気のあった白亜だが、意識しだす女子が一気に増えたのがこの時期だ。
田舎なのでクラスメイトの人数も少なく、特に顕著に周りに影響を与えていた。
そのせいで苛めもあったが、本人がそんなことに気を配っている余裕がなかったので気づかなかったのが幸いだったのだろう。
白亜は、当事まだ名称もついていなかった亜人戦闘機に復讐するために様々な技術を貪欲に求めていた。
時には無駄だと思ったこともあるが、可能な限り吸収できるものは吸収していた。
道場に通いつめ、時には一人で他県にまで足を運んだ。
だが、さすがに金が尽きる。両親の残してくれた僅かな金が生命線だった。あまり世話をしなくても育つじゃが芋なんかは適当に育てて食べていたが、やはりそれでは足りない。
金を稼がなければ、道場にも通えないのだ。
「白亜君おめでとう。この前の絵が賞を取ったよ」
「賞、ですか」
気紛れで描いた絵がコンクールに出品され賞をとったらしい。
正直授業の一貫で描いた物だったし、コンクールに出すつもりも皆無だったのだがどうやらその絵が先生達の目に留まったらしい。
そこそこ大きな大会だったらしく、賞状と共に記念品と図書カードが貰えた。
二万円分の図書カード。白亜は気がついた。
(これ、稼げるんじゃないのか)
小学4年生とは思えない思考回路である。
そこから白亜の動きは早かった。
武術を学びながら絵を描き始めたのだ。
ネットオークションに出品する形で描いた絵を売り、売った金で生活する。
最初の収入は微々たるものでしかなかった。
だが、子供が描いたものだと広まると一気に値がつり上がるようになった。
白亜は自分がそこそこ賢いことを理解していた。ませていたと言えばそれまでだが、白亜の場合は生きるために自分がなにをできるのか完璧に把握していたと言えよう。
だからだろうか、大人達の反応を酷く冷めた目で見ていた。
所詮は話題性に集っているだけである。絵が上手いからという理由ではなく、賞をとった子供が描いたというレッテルだけでしか見られていないことを知っていたのである。
それでも特に落ち込みもせず淡々と作品を作り出せるというのは、白亜の強みだった。
自分の描いたものが正当に評価されていないと知ったら、誰しも少しは悲しくなるものである。だが、白亜の場合「そうだろうな」とむしろ納得さえしていたのだ。
少しの感情の起伏でも全くブレない作風が誰かの目に留まったのだろうか。
適当にテーマを決めて書いていた白亜だが、依頼が来るようになった。
主な依頼内容はポスターだったが、稀に小説のカバーイラストなんかの仕事も入り、収入は安定した。
「よろしくお願いしますね、白亜クン」
「はい……」
そんな時、依頼を纏めて管理するマネージャー兼クライアントが白亜を訪ねてきた。
賢いとはいえ流石に金銭のやり取りは苦手な白亜のアシスタントして来たのだ。
「それでですね、来月までにこれとこれ、それとこれも仕上げて欲しいんです」
「来月までって……半月で三つは無理です。剣道道場にもいかなきゃいけないし、なによりーーーー」
「我が儘は言っちゃいけないんですよ、白亜クン。お金もらって仕事してるんならプロ意識を持たなきゃ。きっちり期限内に仕事を済ませるのは基本中の基本です」
あまりにもな話だった。
この頃から気に入らないものは全部その場で破いて捨てる職人気質の白亜だ。一つ描き上げるのに二週間かかるとしても三回は捨てるので確実に二ヶ月はかかる。
「そんなこと言われても、できません」
そう答えるしかなかった。元々白亜は引き受ける仕事をかなり絞る傾向があったのだ。短期間で仕上げなければならないものはそれだけ報酬額も増えはするが、白亜は納得いかないものを出すつもりもなく。
結果として比較的割安な物しか依頼を受けてこなかったのである。
それをこのクライアントは勝手に全部引き受けてきてしまったのだ。
白亜の描くスピードがかなり早いことを知ってしまったからだ。
描き直すことを視野にいれなければ、確かに三作品に半月はギリギリ間に合う計算にはなる。
だが白亜はそれをよしとしなかった。
「そう、なんだ」
クライアントは一言そういってから、平手で白亜を叩いた。
拳でなかっただけマシだったのかもしれないが、白亜自身はいくら殴られようと自分の意見を曲げる気はなかった。
「ガキのくせに、職人面してんじゃない。受けた仕事はちゃんとこなせ」
「受けたのは、僕じゃない」
結果だけを言うと、この日白亜は四度叩かれた。
このクライアントはそれからも何度も白亜のもとを訪れては絵に対して文句を言ったり殴ったりしてきた。
それを白亜はなにも言わず耐えた。
仕上げる速度が遅いことは自覚していたからだろう。
だが、このクライアントは一年後に豹変する。
白亜の絵がかなり大きな大会で評価されたのだ。テレビや新聞でも報道された。
それを期に、態度が一変したのだ。
「いやー、今回もいい反応だったよ。次もお願いします、センセイ♪」
見事なまでの手のひら返しだった。
かなり前から白亜の絵を評価していた人物として白亜の絵と共に自分も多少有名になったからだろうか。
暴力を振るわれたと白亜が世間に広めることをおそれたのかもしれない。
白亜はこの人に失望した。元々期待もしていなかったし、対してなんの感情も抱いていなかったはずだ。
だが、白亜はこの人が全く悪びれず自分をセンセイと呼ぶのが異常に気持ち悪く思えて仕方なかったのだ。
このクライアントは白亜が人間不信になった最初の大きな要因である。
「……あの人、なんて名前だったっけ」
忘れたいと願っていたからだろうか。もう顔も名前も思い出せない。
中学に上がってから白亜がその人を通さずに依頼を受けたりしたので徐々に疎遠になり、高校に上がった頃には全く顔をみなくなった。
「……思い出したくもないな」
白亜は大きくため息をついて部屋の扉を開けた。




