「もう、時間稼ぎは無理だぞ」
水の魔法。それ自体を防ぐ方法はいくつかある。
一気に蒸発させるほどの温度の火魔法で対抗する方法や氷系統の魔法で凍らせて速度を落としたりする方法がある。
だが、そのどれもが『水中での戦い方』に当てはまらないものだ。
周囲すべてが水だと、水魔法を止めるのはほぼ不可能になる。
「ジュード!」
チコに死角になる場所を見てもらって互いに分担して避けるので精一杯だ。360度確認できるがそれでもギリギリである。
「なんとかして、近付かないと……!」
「どうやって⁉」
常に四方八方から飛んでくる水の塊を気にしつつどうやって進めと言うのか。
ジュードは拳を握りしめながら襲い来る水魔法をどうやって対処するかを考えていた。
危険を承知で突っ込めば距離は詰められるだろうが、確実に数度受けた時点で体が文字通り千切れて吹っ飛ぶ。
かといってこのままここで留まっていたら白亜をなんとか相手しているであろうダイが殺されてしまう。
せめて、もっと攻撃が弱ければ――――
(もっと、弱ければ………?)
いや、違う。もっと――――
(僕が、硬ければ………!)
ジュードの頭の片隅に、思い当たる魔法が浮かぶ。
白亜の開発した魔法に『ダメージを無効化する』というものと『ダメージを常に一定量に抑える』というものがあった。
前者は1発、どんな魔法や物理攻撃でもその効果を打ち消せる魔法。後者は例えナイフで心臓を貫かれようと小石で躓いて転んでも同じ位の痛みに引き下げ、引き上げる魔法。
後者は軽い怪我でもそれなりにダメージを負う代わりに致命傷並みの攻撃でも耐えられるものだったはずだ。
あれを使いこなすには相当な練習が必要だった。なにせ使いどころが難しい。
だが、自分がどれくらいの痛みに耐えられるかは既に実験済みである。
「師匠、借ります!」
白亜に持たされていた魔石を加工して作られた緑色の珠。白亜の魔力が詰まっているそれは大抵の魔法を魔力消費なしで発動することができる。ただし使い捨てなのでこの場面で使うかは一瞬迷ったが、今は出し惜しみしていられない。
ダメージを一定にする魔法はそれなりに魔力を使うのだ。それにこの道具を使うとほぼタイムラグなしで魔法を発動できる。
チコが服に入り込むと、魔法が発動した。
ジュードの周囲半径一メートルを薄い紫の膜が覆う。
ダメージを一定化する魔法は、周囲にバリアのようなものを張る。バリアと違うのは使用者に直接痛みがいくところだが、使用者が死ぬまで守り続ける。
バリアになにかが当たる度に痛みは発生するが、普通の障壁程度では簡単に貫通されてしまうだろうからこれが最善だ。
「いくよ、チコ!」
「うん!」
岩影から飛び出るとキキョウがそれに反応して魔法を発動させる。避けきれずに1発当たった。
「うっ……でも、耐えられないほどじゃない」
ダメージを一定化していなかったら四肢の一本くらい吹き飛んでいただろう。口の端から血が垂れるが、生身で受けていたらこんなもんじゃなかった筈だ。
ダメージを受ける感覚としては、思いっきり殴られた感じに近い。当たった場所によって殴られる箇所も変わってくるが、これくらいならなんとかできる。
ひとつ文句を言うのなら、これは外側から攻撃されているわけではないので身体強化していても直に痛みが来るのが厭らしい。
「つか、まえたっ!」
魔力で纏った腕でキキョウを掴むジュード。ここに強行突破、というか岩影から魔法をぶつけられようと突進してきたので5発ほど喰らってはいるが、動けない訳ではない。
そしてなんとかキキョウのところに辿り着き、唖然とする。
「……あ、どうやって正気に戻すのか考えてませんでした……」
そもそもなぜこんなことになっているのかさえわからないのに、どうやって精神支配を解けというのか。
原因がわからなければ対処の使用もない。
あまりに白亜とキキョウの様子が変だったので勢いでここまで来てしまったが、正直これからどうすればいいのかさっぱりわからない。
焦りすぎてなんの対策もないまま出てきてしまった。
しかもダメージ一定化の魔法までつかってしまっている。これは奥の手なのでもうこれ以上は使えない。
普通に最悪な状況である。
手札はすべて切り、あと一歩のところまできて、対策がないので引き返すしかない。やってしまった。酷くやってしまった。
取り返しのつかないミスである。
白亜の魔力を詰めた道具はもうない。もしこれ以上なにかあったら自分の魔力を削って戦わなければならない。
だが、ジュードの属性魔法は水中というこの場では酷く使いづらい。
チコは風の精霊だ。水とは相性が悪いからか力も発揮できない。
「どうしよう……」
表情がひきつる。その瞬間、なにかが洞窟の方から吹き飛んできた。恐ろしい速さで飛んでいき岩にぶつかって止まったそれは、
「ダイさん⁉」
頭から血を流しながらも盾を構えるダイだった。
海水に赤い色がついて、海流に引き伸ばされて広がる。
ダイは片目を瞑ったままジュードの方をちらっと見て、
「すまん。これ以上は持たせられなかった」
ぼそっとそう言う。洞窟からゆらりと現れたのは白亜だった。
抜き身の刀、村雨を握ったままゆっくりと前に出る。
ダイがこれほどの怪我を負っているのに全くと言っていいほど疲労を見せない。
ダイに怪我を負わせて、一切疲れていないのだ。人に攻撃するのは普通少しくらいは疲れるだろう。
白亜は疲れてくれないのだ。
「もう、時間稼ぎは無理だぞ」
ダイの言葉が死刑宣告に聞こえて仕方なかった。




