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「頑張ってみる」

 ジュードとダイ、チコは固まったまま動けずにいた。その表情には驚愕が張り付いている。


「なんでです……?」


 水中であってもふやけない、鋭利なトランプを指に挟んでこちらを射殺さんとばかりに睨んできているのは、


「師匠⁉」


 先程別れたばかりの白亜だからだ。


 ジュードを突如襲った未確認物体はトランプだろう。白亜の手にかかれば豆腐でさえ武器に成り得る。


 しかも今回の場合はここ数年使いなれているトランプである。狙った場所から外すという初歩的なミスは絶対にしでかさない。


 だからさっき掠めたあれは、確実にジュードを狙って投げられたものだ。訓練の時とはまるで違う、全く容赦のない一撃。


 どれだけ自分が手を抜かれて相手されているのか、それがハッキリと知覚できるほどのものだ。


 しかもわざと掠めたということは小手調べに近い行動だろう。本気でこられたら一秒持たない。


「師匠! どうしたんです⁉」

「ジュード! ハクア、なにも見えてない!」


 チコの言によって思い出す。ここは魔眼が使えないはずだ。なら前は見えていない。なのにハッキリと目があっている。


 白亜は目を開けているだけでも魔力を多少なりとも使っている。使えない場所ならむしろ使わないように目を閉じるだろう。


 であるのに目を見返してくるということは、見えているのだろうか?


「おいジュード。あれ、白亜ではないぞ」


 拳を握って横からダイが話しかけてくる。その目は油断なく敵である白亜へと向けられている。いつでも戦える体勢だ。


「どういうことです? ドッペルゲンガーとか?」


 ドッペルゲンガーは魔物の一種で、人そっくりに化けて人間に紛れ畑などを荒らす習性がある。魔物のわりには被害が以外と軽微なので魔物というより害獣扱いなのだが。


「いや、体は本人だ。どういうわけか中身が違う」

「はぁっ⁉ 師匠に精神攻撃って効きませんよね⁉」

「ああ。だから正確には白亜が乗っ取られているわけではない。完全に他人ならあいつの体は扱いが難しすぎて動かせんはずだ」


 じゃあ、どういうことだろうか。白亜は性質上、他人からの干渉を跳ね返すことができる。


 精神支配系統の魔法はどんなものであれ片っ端からかけたところで通用しないし、同格以上の神力のものであったとしても殆どを無効化できるくらいには耐性がある。


 その白亜があっさりと仲間に対して敵対行動をとっているのは明らかに異常だ。


 ダイは既に原因を特定していた。


「キキョウだ。キキョウがやられたせいで、白亜にも影響が及んでいる。今は半端に乗っ取られた状態だろう」

「なんでキキョウさんが……あ! そういえば師匠って」

「思い出したか。体のベースがキキョウの作った精霊で補われている。そのせいで抵抗できないのだろう」


 白亜が死にかけた時(といってもかなりの回数死にかけているが)にキキョウが白亜の生命維持に自分で作った精霊を使った。


 その時の精霊は未だ白亜の命を繋いでいる。神格化したのでほぼ必要なくなってはいるが当時のまま残り続けている。


 生命維持に関わっている精霊が操られたら、流石の白亜の耐性も意味をなさなかったのだろう。


 間接的に従っているために技術だけは普段と変わらないという異常なまでに厄介な状況になっている。


「どうするの?」


 チコがジュードの後ろに隠れながら訊ねてくる。


 この状態でとれる行動は、


・白亜を倒す

・洗脳元であるキキョウをなんとかする

・頑張って白亜に正気に戻ってもらう

・逃げる


 くらいしかない。


 一つ目は論外だ。まともに戦える自信なんて皆無だしリスクが大きすぎる。


 三つ目は正直賭けの要素が強すぎるし、どのくらいのタイミングで戻ってくれるかも不明だ。全員惨殺したあとに突然意識が戻るなんて事も十分ありえる。その場合一番苦しむのは白亜自身だろう。ああ見えて精神的に弱い部分もある。


 四つ目は、そもそも本来の目的であるラメルの救出が不可能になるし、白亜が逃がしてくれるとも思えない。


「必然的に、キキョウさんをなんとかするしかないですね……」

「それしかないな。だが、相当難しいぞ。キキョウ自身もかなり強い上、どこにいるかもわからない。水中では某等は圧倒的に不利なのも忘れてはならないな」

「それに、師匠が通してくれるかもわからないですしね……」


 白亜は今のところ攻撃を仕掛けてこない。間接的な精神支配だからか、こちらのアクションがあるまで動けないみたいだ。


 いつものその場に応じて動きを変える判断力が欠如しているのはかなり助かる。それでも戦えば敗けは確定だが。


「白亜の目が覚めるのを祈りつつ、なんとか防御一徹で凌ぐしかないな。某は盾があるが防具は持ってきてるか?」

「カイトシールドくらいなら……。でも師匠ならはみ出てる部分狙い撃ちなんて書類整理しながら出来ますよね……」


 実際されたことがある。そもそもジュードは両手剣と精霊魔法で攻める万能アタッカーだ。盾の練習などあまりしていない。


 ダイは体格の良さからよく壁役を引き受けてはいるが、白亜が相手となると途端に盾がただの板にしか思えなくなってくる。


「チコ、キキョウさんを探せる?」

「頑張ってみる」


 チコは風の精霊だ。水の中はあまり相性が良くないので苦戦しているみたいである。


 いつもなら白亜やシアンの知恵を借りたいところだが、残念ながら今敵対しているのはその当人である。


 ジュードは小さく唇を噛んだ。


「僕は……師匠に頼りすぎていたんですね」


 こうなってくると、自分の弱さが浮き彫りになる。


 頭の回転も、魔法も、剣も。いつも白亜には敵わない。横に並んで歩くはずが、いつの間にか白亜がゆっくりと歩いてくれていた。


 横に並んでいるのさえおこがましい。それほどの差があるのに、それに気付けなかった自分が愚かでしかない。


 いつになく張り詰めた緊張感に、息をするのも忘れていた。

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