「でも多分無意味だけどな」
ジュードとリンは町を確認しつつ、なにか面白そうなものがないか散策していた。要するに半分観光しているだけである。
「そういえば師匠が言っていたんですけど……」
「ふぁに?」
口に食べ物を詰め込んだリンがジュードを見る。一体いつまで食べるつもりだ。
白亜と別れてからずっと食べ続けている。
「リンさん……女性に言うのもなんですが。……流石に太りますよ?」
「んむぐぐぅっ⁉」
ちょっと思うところがあったのか見てわかるほどに焦るリン。実は最近、スイーツ巡りに嵌まってしまっている。
白亜に、
「……リン。ウエスト……」
と呟かれてからは必死に筋トレを繰り返しているのだが。
ジュードもそれを知っているが、日本に来てまで押さえ付けるのも可哀想だと思い黙っていた。
だが流石に後々苦労するだろうかと思い至って今こっそり伝えた次第である。
「そんなに食べてる……?」
「えっと、まぁ、結構……」
そっと目線を逸らすジュード。白亜からもらっているお小遣いはそれなりの額あったはずなのにもうギリギリである。
ジュードは根が優しいので自分のものも買わず他人にあげてしまう傾向がある。
「………残り、ジュード君食べていいよ……」
「そうしますね……」
半分近く残ったたこ焼きを受け取って苦笑する。それを口に運びながら辺りを見回した。
「それにしても、面白いですよねここ」
「うん。魔法が要らない世界って、未だに忘れちゃいそうなくらいだよ」
ジュードとリンにとっては魔法と生活はすべて密着しているものだった。
火を熾し、水を汲み、食べ物を作る。生きていく全ての過程で魔法という存在は必須だ。
魔法具という魔力を使わない道具であっても、元々はその道具の中に魔法をいれて作るものなので魔法は結局使用していることになる。
「それもそうですけど、これだけの人が集まっていてもちゃんとルールが守られてるのは凄いなって」
食べ物を買う場所も、道も。皆が列を作って暗黙の了解で事が進む。
エスカレーターとかいい例だ。片側にわざわざ寄せて一列で立つなど誰に言われたわけでもない。
確かに見たことのない人なら面白いと感じるかもしれない。
「そうだね……確かに、未だに暴力で解決しちゃうところ、私達にもあるし」
それはそれで仕方ないことだ。
大規模な戦争が無いだけで、リグラートだって結構物騒なところはある。スラムが最もな例(ハクアが制圧したが)である。
魔法という圧倒的な殺戮方法、種族という身体能力の差。極稀にそれら全てをひっくり返してしまう白亜みたいなのがいたりするのだが、生まれながらに人を殺す才能を持ってしまえる人たちがいる。
暴力が蔓延るのはどうしたって防げない。それを抑えるために暴力を使ってしまうのも、どうしようもないことなのだ。
「師匠も、人の感情には疎いですからね……」
「しょうがないこと……だけど」
二人も白亜の過去をよく知っている。あまりの辛さに不必要だと判断したものを容赦なく削ぎ落としていく白亜の心情は全く理解できない。
したくても出来ない。
ジュードも王族ではあるが、妾の子である。いろいろといい顔をされなかったこともあるし、ある程度体が出来上がったからといってもとんでもない年齢で戦場に立っていたりする。
ハーフエルフというリグラートでは相当に珍しい存在であったこともまた重荷になっていたこともあった。
実はジュードには昔婚約者がいたのだが、二年で向こうから断られた。理由は『人とは思えない』という心ない言葉だった。白亜に弟子入りするまで友達も作れなかった。
ジュードは白亜と違い礼儀も会話術もきちんと修得している。だが、振る舞いまでは武人のそれを隠せなかったのだ。
そして、リンは白亜と似たような一般家庭の出ではあるのだが、種族がネックだった。
先祖代々精霊魔法が使えない種族なのが不味かった。精霊魔法は神聖なものと見られる。ウンディーネやイフリートなど出会い頭に土下座するレベルで神格化されている。
精霊魔法とはその力を借りる行為、つまり間接的に神の力を行使するものと言われている。それが扱えない種族となると、なにかとつけて差別的な態度をとられてしまう。
気にしない人も勿論いるのだが、わざわざ突っかかってくる人もいるのだ。しかも、かなり危険な突っかかり方をしてくるからたちが悪い。
そのためにリンは今まで何度か村ごと引っ越しをしている。住む場所を変えるというのは、かなりの重労働になる上に色々とやらなければならないことも多い。
そのなかで他種族に見つからないよう動くのは、生半可な覚悟では成し得ない。
「私達もだけど……あんまり楽じゃないからね。生きるの」
「最近だと師匠の増やしてくる仕事がその理由の大半ですけどね」
「……そうだね……」
苦笑いをする二人。あの仕事人間は他人も自分と同じくらい動けるだろうと勘違いしている節がある。
ドサドサと増えていく仕事量に青褪める職員も相当数いる。
そんな話をしながら歩いていると前から白亜が歩いてきた。
「えっ、あれ? 師匠やること終わったんですか?」
「ん? ああ、まぁ……一応な」
「なにやってたの?」
「ウィルス攻撃対策用ウィルス作ってた……」
「「………?」」
そんな説明でわかるわけがない。
「でも多分無意味だけどな」
「折角作ったのに?」
「保険の保険の保険ってとこかな。多分コンピュータ内に忍び込んできても内部を弄るほどやらかすとは思わないんだよ。可能性が1%でもあるなら先手を打っておくに限るしな」
あのウィルス、保険の保険の保険だったらしい。
あくまでも本命は別と最初から考えている白亜。どうやら次に相手がどう動くか、候補を挙げてから先手をとれるものの対策を練っていっているらしい。
相変わらず用意周到だ。
「それで? 反応は」
「ないです。今のところ」
「ならいい。概ね予想通りだ」
ほんの少し長めの瞬きを二、三度繰り返し次の方針を決めたらしい。
白亜は考え事をするとき目を瞑る癖がある。戦闘中でもやってしまうのだが。それが瞬きの延長程度の短さだ。
もう白亜のなかではかなり確定に近い未来が見えている。
確定したと確信したときしか白亜は話してくれないが、それを知っている二人はそれ以上の追求をしない。
「……やれることはやった。後はこの世界の人達に任せよう」
白亜の判断が外れることは、99%、ない。




