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「師匠はちょっと論外で……」

「それ、なんなんですか……」

「……時限式のウィルス」

「普通に法律違反を警察署内で犯さないでください」


 コンピューターウィルスをものの小一時間で作って来てしまった白亜に、ため息が止まらない。


 ウィルス自体は普通に犯罪である。少なくともここ数十年で改正された法律では、違反となっている。


 まぁ、白亜がそれを気にする性格でないことは確かだが。


「それで? それをどうするんです?」

「ここのシステムに感染させる」

「アウトですよ。流石に。白亜さんでも!」

「……話を聞け」


 やる気の無い表情なのになぜそんなに睨まれると凄みが出るのか謎である。ともかく、白亜が話を聞けと言ったら聞かなければならない。それがここのルールだ。


 白亜のマイペースぶりに合わせて色々とルールが決められている。殆どが『白亜の邪魔をしない』という意図のもと作られているものだが。


「まず、これをここの管理システムに流す。だけどこれはウィルスではあるがそれ(・・)を対策するウィルスなんだ」

「は?」

「なんというか……ウィルス対策用ウィルス、みたいな?」


 ウィルスを対策するウィルスという矛盾していることを告げる白亜。なんと説明したものか、と珍しく頭を悩ませている。


「ん……そうだな。ウィルスに反応してそのウィルスが流れてきた場所を自動解析、遡って自らもそこに入り込みある程度時間を置いてからハックする。こちらは基本後手に回るしかないから相手が動いてから何とかするしかないだろ」


 つまりは、相手がウィルスを流し込んできたらこっちも同じことしてやる、ということである。


 ただ、白亜とシアンがそれで終わらせるはずがない。


「ハックした後、データを全て転送。更にそこから弾き出した相手の情報を全て凍結、炙り出しを行い位置情報も割り出す」

「な、なんかこっちのほう(警察側)が犯罪っぽいですね」

「そうか? ……まぁでも売られた喧嘩は数倍の値をつけて買い取らせればいいだろ」


 白亜らしい答えだ。乱暴ではあるが。


「それにこれはウィルスという介入がなければ発動しないし、こっちの判断でウィルスを停止させることもできる。事故は多分起きないだろう」


 くぁ、と軽くあくびをして買ったばかりのパソコンをカウンターの上に置いた。


「これを使うかはそっちの判断に任せる……。消去するなり使うなりすればいい。何かあれば連絡してくれ。じゃあな」


 スタスタと帰ってしまった。相変わらず自分勝手だが、やっぱりお人好しだった。


 目は死んでるが。








 白亜と別れた後、ジュードとリンは意外と日本を満喫していた。


「これ美味しいですね! あっちでも作れませんかね?」

「材料はあるからできると思うよ。でもここほど充実はしてないから高級品にはなっちゃうだろうけど……」


 フルーツが大量に乗ったタルトを食べながら紅茶を飲む姿は相当優雅である。


 喫茶店で独り言を言い続けながらパソコンを弄りまくっていた白亜とは似ても似つかない。


 一応この二人にも仕事は与えられているのだが、暢気なものである。


「あ、そうだ。ジュード君。この前話したあれのことなんだけど」

「ああ、あれですか。ここで、ですか?」

「うん。ここでこそ、じゃない?」


 あれとかここ、で会話が通じる辺り、二人ともかなり付き合いが長い。実際、二人でいる時間のほうが白亜といる時間より長かったりする。


 白亜は無口な上に集中し出すと周りが見えなくなるタイプなので家にいても存在が空気であることが多い。


 それに年単位で拐われたり死んだりしているので白亜を探している二人のほうが時間数的には一緒にいる時間が長い。


 ここ最近、仕事時間以外では殆ど一緒にいる。白亜も居たり居なかったりするが、作業に没頭しすぎて徹夜とか普通にあるので。


「じゃあとりあえず師匠に言われたことをこなしましょうか」

「そうだね。お願いできる?」

「任せてください。師匠よりは出来が悪いかもしれませんが、これでも【武の王】とか呼ばれてるんですから」


 ジュードは数秒目を瞑り、そっと開ける。


 その目はよく見ればぼんやりと緑色に光っている。


「とりあえずは大丈夫みたいです。おかしなところは見当たりません」

「そっか。それにしても便利だよねそれ」


 フォークでタルトをつつきながら、唇を尖らせる。


「私だって、それやりたいよ」

「これは種族柄得意というのもあるので」

「ハクア君は?」

「師匠はちょっと論外で……」


 白亜を話にいれたらなんでもありになってしまうので、正直あまり会話にいれると話が進まなくなる。


「わかってるよそれくらい。文句言いたかっただけだもん」

「確かに便利ですからね」


 ジュードが苦笑しつつ紅茶を口に含んだ。


 ジュードが今やって見せたのは簡単な遠視のようなものである。白亜が術式を少し改造して、遠視と言うより熱源を察知しての周囲観察術式になっている。つまりはサーモグラフィーだ。


 人間がどこにいるかなどを調べる程度のことしか出来ないが、範囲があり得ないほど広い。


 常人の目でも都市一個分くらい見渡せる範囲があるのだ。


 魔力の多いハーフエルフであるジュードは地球全土くらい軽く見渡せる。


 遠視という能力は魔眼がなければ使えないものだったが、それが誰でも使えるというわけである。


 だが、まだ開発段階で精霊の力を借りて行使している為に精霊を使うことのできないリンの種族や魔力の質が違う種族は扱えない。


 魔眼の劣化品とはいえ、その効果は絶大である。戦場ならば制空権を獲得したに等しいのだ。


 魔法を当てる際、あまりにも遠すぎれば適当にぶっぱなすことになるのだがそれを精密に、安全に行使できるようになる。


 誰もが、地図なしに敵の動きを把握でき、先回りすることも出来る。航空映像という物がない世界には多大な技術。だからこそ白亜も少し躊躇いつつこれを開発しているし、教えているのも身内にだけだ。


「こんなものが広まったらどうなっちゃうんでしょうね……」

「そうならない為に私たちがいるんじゃない」

「……そうですね」


 口外は絶対しないし、何かあったとき対応できる力がある。だから白亜も仕事を任せるのだ。


「さ、私たちはもう少しお仕事しよっか」

「はい」


 二人は小さく笑いつつ、店を出ていった。

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