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無気力超能力者の転生即興曲  作者: 龍木 光
英雄の生まれかわり
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「狭すぎてうまく動けないな……」

 冷たい水飛沫が頬に当たる度、死が近づくのを実感した。


 生死など超越した存在であっても『消滅』というものは避けることはできない。


 存在している以上は、いつか消えるものなのだ。


 それをいまここで初めて理解した。いや、理解させられたのだ。


 恐ろしいほどの切れ味の刀に、それを軽々と扱う技量。目を少し細めるだけで魔法の発動も出来、これだけ動き回っているのにも関わらず疲れというものがない。


 危険視するべきだったのだ。白亜と名乗ったこの死神を、軽視しすぎたのだ。認識が甘かった。


「ぐはっ……!」


 血反吐を吐きながら痛みに堪えようとするが、その時間すらも与えられない今のこの状況に酷く後悔していた。


 かなりの腕、という次元を遥かに越えている。最早滅茶苦茶だ。


 素人が見ただけでは大分適当に動いているように見えるだろう。だが、戦いなれた人ならば、この危険度が直ぐに理解できる。


 適当に動いているように見えて、一度も動きを止めていないのだ。振ったら振り抜き、蹴ったら蹴り抜く。普通ガードされたところをわざわざ抜こうとは思わない。


 故に少し位は行動に移すまでのロスが生まれる。


 どこを狙えばダメージが通るか、どこを叩けば動きを封じることができるのか。それを考えながら戦うものである。


 だがリシャットは行動一つ一つを最初から決めていて、演舞でも舞うかのようにその動きに迷いがない。


 これの後はこれ、と体が勝手に動いているようにすら見えるのだ。


 だが、実際はそうではない。


 感覚でどこを狙えばいいのか理解しているのだ。条件反射のみで動いているといっても過言ではないだろう。


 それ故に合理的で先が読めない。


「バースト!」

「っと」


 男が口を開いた瞬間にその場から後退するリシャット。数瞬後にその地面が爆発した。


 未来でも見えているのかと思うほどの反応速度である。


「あー、そういえば……あんたの名前、バーグか?」

「なぜ知ってる……?」

「ふーん……いや、別に……最初に捕まえたやつがバーグがどうたらこうたらって言ってたからな」


 式神を使うやつ、と付け加える。


「まさか……ヒューテも捕まったのか……」


 リシャットはあいつそんな名前だったのか、と思いつつ顔を思い出してみるが簀巻き状態の格好しか思い出せなかったので断念した。


 ふぁ、と一つ欠伸をする。


「じゃあバーグ……だっけ? 俺の恨み晴らしに付き合ってくれよ?」


 これ以上休ませるのも癪だと感じたリシャットが村雨を鞘に戻してつかつかと歩み寄る。


 その分バーグは後退するが、リシャットの指がパチンとなった瞬間に樹の壁が通路を覆い尽くした。


 壊せば良いのだが、それには少し時間がかかる。その間にあの死神は確実に自分を殺すのだろう。


 そう考えたバーグの決断は早かった。


「はっ………ガァアアアア!」

「?」


 リシャットの歩みが止まり、村雨に手がかかる。


 右目が赤く光を放ち、樹の通路を明るく照らす。


「神力が……暴れている?」


 なにか危険な香りがすると感じて直ぐに植物で拘束にかかる。


 が、蔦はブチブチと引き千切られ、根は踏み潰されてしまった。そんな簡単に破れるようには作っていないのでリシャットも怪訝な表情になる。


 直ぐに義手に装着してある植物の種を周囲に散らす。その瞬間、種子が突然燃え上がった。


「なっ……?」


 これにはリシャットも少し目を見開いた。


 触れもせずなんの動きもない魔法の行使は中々に難しく、あれほど神力が暴走しているバーグにそれが出来るほどの余裕は無さそうだった。


 チリチリと髪が先端から焦げていくのが見える。


 温度をあまり感じない体にはなったがこれは流石にわかった。


「火の神……いや、元素の神か」


 あの相当固い障壁をあんなにすんなりと出せるのなら、あれその物も恩恵を受けているのだろう。


 そう考えると『この世の中全ての魔法元素を司る神』というのが一番しっくりくるのだ。なんとなくリシャットには予想がついていたので面倒だなと小さく唸る。


 バーグが元素だとして、リシャットは神力では敵わない。


 だとすれば魔法だが、今この神力が荒れまくっている場所で下手に魔法を使えばどうなるか解らない。


 オーブンのような熱に包まれながらどうするべきなのか、シアンと何度も話し合う。


『ガードするには神力しか……』

(神力の扱いはまだそこまで出来ない……。くそ、もっと練習しとくんだった)

『とりあえず元素を使わない魔法の陣を映しますので片っ端から試しましょう』


 右目に映し出される魔方陣を左手の上で編み、なんども打ち込んでみる。


「っ、だめだ。堅い」


 障壁が邪魔で試すことすら難しい。


 唯一破る方法は村雨で特攻だが、バーグは今爆発前の爆弾といえるような状態だ。


 ここが地球やリグラートなら周りを完全にガードしてわざと爆発させるだろうが、この世界の施設の外は生物がいきられる環境ではない。


 下手に安全地帯に大穴は開けられないのだ。


 一か八か、と村雨に軽く手をかけながら歩み寄って目をつぶる。


 そしてあるタイミングで突然抜刀し、障壁を切り裂きながらバーグに直接斬りかかる。


「っ、ぐっ……!」


 爆風が起り、リシャットの軽い体が宙に舞い上がる。この体勢では斬りかかるのは不可能と判断し、即座に魔方陣の中からなるべく派手なものを選択してとにかく打ち込みまくった。


 魔方陣に集中していた為に天井に叩き付けられ、一瞬意識が混濁する。その時緩んだ手から村雨が離れてしまった。


「あっ……!」


 重力に逆らうことなく落下していく村雨。


 そこに先程リシャットが吹き飛ばされたほどの強風が叩き付けられ木の葉のようにそれなりに重量のある村雨が飛ばされて壁に深く突き刺さる。


 直ぐにリシャットは方向転換するように天井を蹴って村雨に向かって飛ぶ。


「狭すぎてうまく動けないな……」


 村雨を壁から引き抜いて構えるが、リシャットの動きはそれで止まった。


 珍しく冷や汗が頬を伝った。


『保有量が限界を超えています! 今すぐに避難を!』

「いや、無理だ……この施設全員を避難させるのは到底間に合わない」


 ここまでヤバイ状況を見たのは初めてだ、とリシャットは心のどこかで他人事みたいに考える。


 バーグの体は、既に原型を保っておらず。出来の悪いキメラのようにあらゆる生物が中途半端に合体したような姿だった。


 リシャットが焦っているのはそれではない。


 空気中の魔力が全てバーグに集まりはじめている。リシャットの魔力すら吸われていきそうだ。


 このまま魔力が増え続ければ、空気を送りすぎた風船と似たようなことが起こる。


 それを止めるには殺すしかないのだが、今やったとしても爆発はするだろう。


 自分や仲間を逃がすことは恐らく可能だが、この世界の人を送っている時間はない。リシャットの目から見ておよそ20秒。


 思い浮かぶだけの最善策をとる為の時間が無さすぎた。

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