「ゾンビかって何回言われたことか……」
全員、訳がわからなかった。
リシャットに戦闘準備しろと言われてしたは良いものの、見知らぬ土地で見知らぬ人ばかりの場所に放り出されてそのまま放置されたのである。
事情は後で説明する、と言われて先にこの世界に送られてきたがもうすでに不安しかない。
「えっと……師匠、じゃなくてハクアさんのお知り合いですか?」
とりあえずジュードが隣にいた伊東に話しかけてみた。
「え、あ、そうですそうです。伊東といいます」
「僕はジュードです。ハクア師匠の一番弟子ですね」
「そ、そうなんですかー」
「そうなんですよー」
「「…………」」
会話が続かない。相当気不味い。
(師匠もせめて少しくらい自己紹介の時間とかくれれば良かったのに……)
(リシャットさん……せめて団体ごとに説明くれや)
考えていたのはほぼほぼ同じことだったので気は合いそうである。ただ、言ってしまえばリシャットの愚痴になってしまうので共感もできない。
リシャットが誰にでも暴君の嫌われものだったなら愚痴の言い合いで盛り上がれたのだろうが、残念ながらリシャットは暴れかたを弁えた暴君という実にたちの悪い性格をしている。
その為に尊敬するべきところも沢山あるので文句の言い合いで盛り上がろうとするとどこで誰が地雷を踏むかわかったものではないのだ。
結果、ただただ沈黙の時間が流れることになる。
まるでお通夜のような雰囲気の空間にまた一人追加された。
「痛いですよ白亜さん!」
「ごめん、加減ミスった」
ぽいっと放り投げられたのは賢人達日本組10名である。彼らにも各々仕事があるのでなんとか集まれる人数がこれだったのだ。
その様子を見てジュード達が首をかしげる。
「あれ? 師匠の腕……」
「義手だ。新しく生やそうと思ったらもっと根本に近いところを切り落とさないといけないから今はこれで十分だ」
手袋をとって見せると、確かに金属質の腕が見えた。
「で、ジャック。そっちはどうなった」
「とりあえず侵入経路は7つ。人数が問題だったけどこれだけいれば十分だね」
大量にコピーされた地図を全員に行き渡らせてリシャットは数秒目を瞑って思考する。
「あ、考えるときに目を瞑る癖、治ってなかったんだ……」
「戦闘中にもあれやるから直しておいた方がいいですよって言ったのにな……」
どうやらよく注意されていたらしい。
「よし、決めた」
目を開けて直ぐに持っていたメモ帳に一枚ずつ数人名前を書いては机の上に置いていく。
「戦闘能力やバランスで適当に班を作った。各班のリーダーは俺の召喚獣、爵位の高い順に任せる。その方が俺と連絡がとりやすいからな」
たった数秒で決められる頭の方も気になるが凄いのはそれに誰も反論しないことである。
全員、リシャットを信じているその光景にジャックとその部下は一瞬目を見開いた。
「一班はここ、二班はここ。三班と四班は伝令役を担ってくれ。どんな妨害があるかわからない以上、俺とシアンの念話じゃうまく伝わらないかもしれない」
「「はい」」
次々と指示を出していくリシャットに呆気にとられているのはジャック達だけでなく、日本の教師陣もであった。
リシャットが動くときは大抵単体で、それもあまり指示をださない立場にあったのでここまで指揮役に向いているとは思っていなかったのだ。
「なんや、いつもとえらい差があるんやけど」
「師匠、本気出せば何でもできるのに普段面倒臭がってなにもやってくれないんですよね……」
この中では一番リシャットをよく知っているジュードがそう言うのだ。もう結局はどうしようもないということなのだろう。
「? 若旦那様のお名前がありませんが」
「俺はギリギリまで隠れていようと思う。少し戦闘に参加できない理由があるんでね」
『それは、どういう?』
「さっき死にかけたせいで回復しきってないっていうのと、多分使わなければいけない物がまだ使いこなせないから、としかいえないな」
義手の手を握ったり開いたりしながらそう言う。
義手が馴染まない、という意味ではないだろう。それならばそのまま話すだろう。
わざと隠しているということは切り札に近いものであると予想できる。
「わかりました。では作戦は?」
「さっき聞いたところによると、人でなしと呼ばれるやつらは3人。そいつらを倒すのが今回の仕事だ。だが、話を聞く分に、そいつらは俺と近い人種……種族と言った方がいいか。まぁ、とりあえず俺と似たようなものだろう」
目を細め、静かにこう言う。
「恐らく半神……神力を扱える人間だ」
「神、ですか……これはまた厄介な」
それほどまで驚いていないのはそれ以上の例外が目の前にいるからなのだが、それはさておき。
「俺は日本で何柱かの神に手合わせをして貰っているから対処はできるが、逆に言えば俺以外は無理だろう。死神だった場合、特に不味い」
生死の概念がほぼないといえる程人間離れしたリシャットやそもそも機械のヒカリ達ならともかく、生き物なら触れた瞬間に命を吸われて死亡、というのも十分あり得る。
「だから、そいつらの相手は俺がする。間違っても戦おうとするな」
「出てきた場合は?」
「なるべく接触を避けつつなんとかして俺に連絡してくれ」
もしも絶対に戦闘が避けられない場合はヒカリ達に任せろ、とも告げてガリガリと地図に書き込みをしていく。
「じゃあ作戦を説明する。まず―――」
はぁ、とため息をつくのはジュードの精霊、チコだ。
『なんでこうなるのかな』
「師匠の周りではトラブルしかないからね」
苦笑してそう言うジュード。白亜本人がここにいたら心外だ、とでも言っているだろう。
「それは同感ですね」
ジュードと同じ班の清水が遠い目をしながらそう言う。
「やっぱり師匠ってそっちでもそんな感じですか」
「あんな感じですね」
『その辺は本当変わらないね。けど、前よりも優しい顔になった』
「言ってることは変わらないけどね」
クスクスと笑いあう二人に、白亜製作のガトリングガン『春風』が、
『確かに、白亜様は大分変わられましたね。作っているものでも笑顔がみれるなんて夢のようです』
「師匠って最初凄かったですからね……」
「どんな感じだったんです?」
『死んでた』
死んだ目というのが一番正しい表現だろう。
いつもどこか焦点がずれていて、目の前の人のその先をずっと見続けたまま譫言のように言葉を発するというちょっとおっかない人だった。
「ゾンビかって何回言われたことか……」
『ねー』
弟子も弟子で苦労していたようである。
『皆様のお陰です。白亜様が生きるために戦えるようになったのは』
「それはどういう?」
『白亜様が私を作った頃は精神科の受診を何度かされていました。ですが、どのお医者様も見るだけ無駄だと仰いました。頭の回転が速いだけになんでもかんでも理解できてしまうので、何を言っても表情ひとつ動かない』
本当に重傷だった頃は数日間ろくに食べ物も口にしないままただただ引き籠って勉強していた時もあった。
目立ちすぎる容姿から苛められていたのも大きかっただろう。




