「お前ら、戦闘準備しろ」
全員が口を開けずにいると、
「僕は、その、個人的には師匠の仇をとりたいところなんですが……王族として、この話は放っておけない、です」
もし先ほどの話が自分の国で起こったら。どれだけのものを手放してでもリシャットに助けを求めるだろう。
最高の戦力というのはそれだけで大きな結果を出せるものなのだ。
『妾は反対かのう。国のことは自分でなんとかすべき。散々な目に合わせてきたハクアを頼るのはちとお門違いと言ったところだと思うが、いかがか?』
ルナはゆっくりとそう告げる。
永くこの世を見てきて、そういうところは目にしているので自分なりの考えはもっているのだろう。
そう意見を聞き、玄武が小さく声をあげる。
「……どちらでも結局は国を滅ばすんでしょ? なら、主の敵討ちは出来る。だから助けてあげて」
珍しく、リシャットに助けてあげてと明白に伝えた。
本来なら直ぐ様リシャットの言うことすら聞かずに国を粉砕して回るだろう。
だが、それではリシャットの為にならない。自分で自分にケリをつけて欲しかった。シアンも似たような考えである。
どれだけ憎んでいるか知っているからこその判断だった。
「………」
リシャットは首にかかっている指輪を触る手を止め、服のなかにそれをしまう。
恐ろしいほどの静寂が辺りを包むなか、ほぼ無音でジャックの前まで歩き、無表情で軽くビンタした。
「「「⁉」」」
行動が全く読めないリシャットの様子に全員が驚愕するなか、倒れたジャックの胸ぐらを掴んで頭突きをする。
「痛い‼」
「………」
しかも無言無表情。だが、本気ではないことは確かである。本気だったらビンタの時点で首が吹き飛んでいるからだ。
「……お前らなんか野垂れ死ねばいい。俺の知らないところで餓死でもなんでも良いが苦しんで死ね。今こんな甘っちょろい死に方で死んだら俺も死んで地獄に直接叩き落としてやる」
地面に放り投げるようにして叩き付け、怒気の満ちた声色でそう告げた。だが、その言葉には殺気は見当たらない。
「て、手伝ってくれるの⁉」
「手伝うとは言ってない。お前らには死ぬほどの痛みを味わってから死んでもらわないと敵討ちにすらなりゃしねぇ。死ぬのは簡単なんだよ。生き地獄を存分に楽しんでから勝手に死ね」
何を言いたいのか。それをわからない人はこの中にはいなかった。
「死ぬことは償いじゃない。逃げだ。償うのが必要と感じるなら生きてるうちに償え。死んでもう一回生きられるやつなんて早々いないからな。殺された人たちに祟られて生きろ」
ぱぁっと表情を明るくさせて何度も首肯くジャックに軽く舌打ちをしながらそっぽを向くリシャット。
言葉遣いはかなり酷い物だが、言っていること事態はお人好しのリシャットらしい言葉だった。
「今すぐいける?」
「……馬鹿かお前は。こんな装備で戦えるか」
確かに、ボロボロな上にこれといった武器もない。
「戦力にはあてがある。あいつらが応じてくれれば良いが……」
「戦力ですか?」
「日本に住んでいるお前らもよく知っているやつらと、今俺が戦い方を教えている教師達……あっちの防衛力も残しておかなければいけないから警察は放っておくとして……ヒカリ達か。あれだけいれば十分だろう」
最後の方は独り言になっていたが、即座に今やるべきことを決めたリシャットはジャックに自分の鞄を返せといい、受け取って直ぐに今後のことを話し始める。
「この世界のやつに頼むとどこに敵がいるかわからないから戦力の補充は俺がする。その間全員戦闘準備をしておけ。ジャックはこの世界の地図を最低でも50枚用意し、攻める場所をできるだけ炙り出せ。どれだけ計画が多くてもいい。以上」
パチンと指をならした瞬間にはもうその姿はなかった。
「「「……」」」
迅速ではあるが、本当にマイペースである。
飛んだ先に居たのは日本組の一人、今回の騒動で一番可哀想な役割を任された桃花である。
「あ、白亜さん! 来るのが遅すぎますよ! いい加減状況説明を……」
「桃花。俺と会ってからどれくらい時間は経っている?」
「え? あー、4時間位?」
たった四時間の間にどれだけ気絶と覚醒を繰り返しただろう、と一瞬そう考えながら話を切り上げるようにして、
「日本組の人になるべく沢山連絡をとってくれ。戦だから手伝ってくれと」
「はっ⁉ 戦⁉ え、ちょっと待っ」
「すまん、頼んだ! また後で来る!」
霞のように消え去るリシャットの背を呆然と見つめながら、
「一体なんなの……?」
といいつつもとりあえず同じ白亜門下の賢人に電話をかけるのだった。
リシャットが次に転移したのは学校。
校長室にノックもせずに飛び込む。
「⁉」
「すまない。今日はあいつらは何人いる?」
「きょ、今日は授業があるので全員が出勤していますが? それよりも用事でこられないと聞いていたのですが……」
「ああ、それそいつらもになる」
「一体何を?」
「魔獣との全面戦争だ。正直人手が足りなくてな」
そう言われ、校長の岡村は目を丸くする。
「全面戦争⁉」
「今さっきやることに決まった」
「警察には」
「話してない。警察まで連れてったらこっちの守りが無くなるからな」
そのリシャットの状況からただ事ではないと感じたのだろう。直ぐに岡村も紙を取り出して何かを書いていく。
「これは先生方の早退の書類です。どうぞ使ってください」
「すまん、助かる」
直ぐにそれを掴んで走り出すリシャット。この時間だと教師達は授業準備のために格技場で色々と設備を点検しているはずだ。
バン、と激しくドアが悲鳴をあげる。
「「「⁉」」」
全員が入り口を見ると髪色を隠すのも忘れているリシャットが立っていた。
「り、リシャットさん?」
「お前ら、戦闘準備しろ」
「はぇ⁉」
「魔獣の本拠地で全面戦争だ」
「「「説明してください‼」」」
時間の関係でかなりかいつまんで話したリシャット。
「な、なんかあんまり納得出来ないんですが」
「できなくてもいい。ただ、今回の作戦に気弾は必要だ。いつも通り戦うだけだ。俺の部下は優秀だから足を引っ張るようなこともないだろう」
じゃ、と言って直ぐにまた飛んでいった。
「「「………ぇえええええ」」」
授業の用意、無駄だったね。と誰かが言った。
リシャットの言葉は絶対なのだ。逆らえないので仕方なく片付け始めるのだった。
「ヒカリ!」
リシャットが管理している地下施設。そこに転移したリシャットは息つく間もなくヒカリを呼び出す。
案の定ヒカリは直ぐに顔をだした。
『どうされましたか?』
「892073だ」
『いよいよですね』
「ああ。全員出動させてくれ。それと俺の腕の代わりになりそうなやつを」
『承知いたしました』
バチバチ、となにかがスパークするような音が響いた瞬間、周囲の灯りの色が真っ赤になる。
これでその内全員集まってくるはずだ。
『白亜様も準備いたしましょう。こちらに』
「……ああ」
10分後には全員が集まっていた。全員とはいっても機械なのだが。
「じゃあ、皆頼むぞ!」
『『『おおー!』』』
武器が鬨の声をあげる様子はかなりシュールだった。




