「俺だって必要がなければ強くなるつもりはなかった」
「この国は魔法文明で昔大きく栄えたことで有名で、異界の移動も片手間で済ませてしまう術者も国に一人はいたという文献も残っているんだ」
そうジャックが話すと全員がリシャットの方を見る。
「白亜並みの化け物がうようよいたのだな……」
「虫みたいに言うな」
リシャットはどこからか取り出した水筒を煽りながら苦い顔をする。
「俺だって必要がなければ強くなるつもりはなかった」
やることがなかったというのもあるがそれだったら延々と楽器の練習をしていればリシャットとしては満足だっただろう。
「数百年、何もなく割りと平和に暮らせていたんだけど、今から1000年くらい前に突然他世界からある人たちがやって来た。いや、侵攻してきたと言った方が正しいかもね」
ジャックは右手の袖を捲ると、不思議な紋様がそこに浮かび上がっていた。
「彼らは自分の事を超越者と名乗り、この国……この世界を乗っ取った。どれだけ抵抗しても無駄だった。あんなのには勝てない。それで僕たちを従属させて反抗できないように縛り付けた」
リシャットはジャックの腕を一瞥し、
「……それは奴隷紋の一種だな。効果はある特定ものに危害を加えると身体中に電撃を流されて死ぬと言った具合か」
一目見ただけでどんなものかも効果も判るリシャット。右目が紅く光っているのを見ると魔眼もつかって調べているのだろう。
「これ、なんとかできないかい?」
「そんなもん10秒あれば取れる。が、多分操ってる方に連絡は行くな」
興味をなくしたかのようにそっぽを向くリシャット。
なんだかご機嫌斜めである。それもそのはず。さっさと帰らないと美織に泣きつかれるからである。
「……えっと、話の続きだけど。僕たちは超越者に支配された。無理な労働を強いられ、子供も年寄りも関係なく働かされ、女は壊れるまで遊ばれた。超越者何て言ってるけど人間じゃないよ、あれは」
一旦言葉を区切って話の流れを変えるジャック。どこかこういうのには慣れているようだ。
「その内、魔法が忘れ去られていった。一部継承していく家系もあったけど、人の力量に左右される魔法より誰でも安定した結果を得られる科学に技術は進歩していったんだ」
でも、と目を伏せる。
「その代償はやっぱり大きくてね。物資が足りなくなってきて食べ物も急激に不足しはじめた。多くの餓死者が出て、そこまでくると超越者も焦りだした。奴隷が減るんだもん。特に若い娘がやつらは欲しくてたまらない」
チラ、とリシャットの表情を確認しながら、
「そこでやつらが考えたのは別の世界の征服だった。白羽の矢が立ったのはシド……君達の言うその銀髪の子の世界だった」
「「「………!」」」
その一瞬で皆理解した。リシャットが怪物と呼ばれるだけの力をいつ手に入れたのかを。
「僕達は救世主と呼ばれる機械をこちら側から操作し、シドの世界の様子を探った。勿論不本意だけど」
「じゃあ、主の両親、は」
「多分僕らのご先祖様が殺しちゃったんだと思う」
「「「………」」」
リシャットが並々ならぬ復讐心をこの世界の人に向けていたことをよく知っているジュード達は言葉がでなかった。
先程からここをさっさと粉砕して帰る、と言っていたのも、お人好しなリシャットが話を聞くのすら嫌がったのも何となく理解した。
あれだけ憎んでいる相手を前にして今大人しくたっていることのほうが奇跡とすら思えるほどだ。
勿論、リシャットも隙あらばここをぶち壊してやりたいと思ってはいるがジュード達がいる手前、なんとか踏みとどまっているようなものである。
「それでも機械だからね。どうしてもタイムラグは出てしまう。その為に一人はあっちに派遣されていたんだけど、その人はある日突然死んだ。単騎でアジトに乗り込むような突拍子もないことをした人間が一人いたからね」
「………」
その単騎で突拍子もないことをした人間は暇そうに欠伸をしていた。暢気なものである。
「それを切っ掛けに僕のように体に機械を直接入れる子供が作られはじめたんだ」
「体に機械を?」
「義手や義足とあまり感覚は変わらないよ。まぁ、こちらとしては物心ついたときにはこの体だったから違和感とかは特にないけどね」
そう言って腕を軽く変形して見せる。一瞬ざわついたがそれで収まった。流石はリシャットの配下である。
「数日前に、上で正式にシドの世界に攻め込むことが決まったんだ。でもシド本人は言うまでもないけどシドに教わっている人達まで皆恐ろしい強さを持っているからね。先に捕らえておこうって話になったらしいんだ」
だが、それでリシャットが大暴れしたら本末転倒である。なので、
「シドがここに連れてこられたのはここが私達人間の研究施設だからなんだ。もし大暴れされてもここならば被害を受けるのは奴隷だけだからね」
半分生贄である。
「だから寧ろ自分達の居場所が特定されないようにってこっちのことは一切あっちには見えていない」
もし暴れたら直ぐにばれるのは明白だが、本気でここが壊れるまでは放っておかれるようだ。
「お願いだ。シドには本当に悪いことをしたと思ってるし、その為の罰なら私が受ける。だけどその前にこの国を、世界を……救ってくれ」
全員がリシャットの方を向く。
結局のところ最終決定権はリシャットが持っているからだ。
その時、皆の頭に直接語りかけた者がいた。
『お久しぶりです』
「シアンさん!」
『はい、シアンです。色々と今の話を聞いて思うところはあるでしょう。……マスターの意見は今回ばかりは無視していただいて構いません』
今、シアンの口からあり得ない言葉が飛び出した。
いつもリシャット至上主義のシアンが、リシャットの考えを聞くなというなど、奇跡に等しい。
リシャットも少し驚いたのか片目をほんの少し見開いた。数瞬で元のやる気の無さそうな目に戻ったが。
今回突然シアンがそういったのには勿論訳がある。
リシャットが珍しく相当迷っているのだ。
いつもメリットとデメリットを冷静に天秤にかけて物事を決定するリシャットだが、今回の話の場合はメリットとデメリットはほぼ同じ。
単にリシャットの両親に対する想いが邪魔をしているだけなのだ。リシャットもそれをよくわかっているので口を挟まない。
もしこれが遠く、全く関係のない世界ならリシャットも手を貸しただろう。
だが、実の両親を殺された上、人生を文字通り滅茶苦茶にされたという事実が思考を激しく邪魔し始める。
指輪を手の中で弄び、裏にかかれた文字を見て酷くゆっくりと目を閉じる。
考えるときに目を閉じるのは癖なのだが、ここまで鈍い動きはそう見たことがない。恐らく相当辛いのだろう。思考を放棄しようとしているようにも見える。
シアンはそれをよしとしなかった。
いつまでも後ろ向きなリシャットを空元気でではなく、しっかり前を見て歩けるようになって欲しかったのだ。
両親のことで自分を責め続けてどんどん衰弱していく姿はもう見たくはない。
リシャットが昔キセルで栄養摂取していたのは食べ物で栄養が満足に摂取できない体質であると同時に拒食症に近いものがあったからだ。
正確にいうと、食欲というものがわかない。欲がないというのもあるが家族のいない食事が喉に通らず、食べるのさえやめてしまった時期が相当長かったからだ。
それだけリシャットの人生を大きくねじ曲げてしまったのはジャックの世界の人達だ。
だが、もう誰を恨めばいいのかわからない。
リシャットはぼんやりとした意思のない目でただひたすらに指輪を眺め続けていた。




