「鈴か……?」
「お願い‼」
「やだ」
土下座して頼み込むジャックに一歩も譲らないリシャット。ある意味膠着状態。両者一歩も引かない。
「なんで俺が異界のごたごたに巻き込まれなきゃいけないんだよ。わざわざ面倒なことしてたまるか」
「こっちでできることはなんでもする。望みはあるのかい」
「ない。強いて言うなら日本に攻め込んできたのが間違いだったな。俺の人生が狂うだけならまだ手伝ってやってもいいと言うかもしれないが両親が殺された時点でもう手遅れなんだよ」
すると突然辺りにチリン、と涼やかな音が響く。
ん? と全員が互いの顔を見る。
「今シドがなんかやった?」
「なにも。お前らじゃないのか」
「いや、こっちは特に。君は?」
「私もなんの音だか」
リシャットの耳にもここにいるのは三人だけのように聞こえる。
また、チリン、と音がなる。
「鈴か……?」
どこから聞こえてくるのかわからないなど、初めてだ。
まるで空間全体が一斉に音を発しているようなそんな聞こえ方。
徐々に音の聞こえる間隔が短くなっていく。
「一体なんだ?」
「この鈴の音……なんか聞き覚えが……」
リシャットが顎に手を当てて考えるが一向に思い出せない。
とりあえずさっさとここから逃げようと転移魔法を発動しかけて、直ぐに取り止める。
「っ、極大化の反発が起きてる………」
「ど、どういうことか説明してくれる?」
「はぁ……魔法には種類があって階級ごとに難易度や使う魔力が違う。そして空間全体で発動するような最上級の魔法にはその空間自体の魔力を使用するから簡単な魔法は打ち消されることがある。こちらの発動させようとしていた魔力すらも吸い取って極大化していく」
上手く理解できているのかわからないような表情をしているジャックを見てすこし溜め息をつき、
「要は、よほどの魔法じゃないと発動できないってことだ。術式の相殺にも使われる方法だがこれを使えるやつはかなり限られる」
「なんで?」
「ただ単純にそれだけの威力を操れる魔法使いが少ないからだ。自分の持っている魔力も周囲の魔力も制御しつつ術式を維持する必要があるからな」
左手の掌の上に魔方陣を浮かばせて目を凝らすように眉間にシワを寄せる。
「要するにこれをやっているやつは相当な力量であるということだ」
チリンという音が再び周囲に鳴り響く。
「どういたしますか」
「様子見で。さっきみたいに先走らないように」
「はい」
リシャットが一歩後ろに下がり、左手を握り締める。
「見たこともない術式だが……恐らく移動系魔法の最上級……異界転移か」
『マスター‼』
「シアンか」
『ようやくリンクが繋げました。本当に良くご無事で……』
「無事を確認しているのはありがたいが直ぐに相殺魔法を準備してくれ」
『あ、は、はい!』
リシャットも今まで話しかけても声が聞こえなかったシアンが心配だったのでホッとしたのだが今はそれどころではないのも事実である。
呼吸を整えながらじっと魔法の発動を待つ。
様子からして転移ならば飛んできた瞬間に攻撃を仕掛ければ十分勝算はある。降りるときには魔方陣を維持していなければならないのでその間は他の魔法は使えないはずだ。
一陣の風が吹き、目の前に半径三メートル程の魔方陣が出現し、リシャットがそれに向かって構えた瞬間、
「ぁああああああ!」
「なっ……?」
なにかが急に飛び込んできて反射的に受け止める。いや、一つじゃない。二つ三つと影が現れ、一斉にリシャットに覆い被さるようにして降ってきた。
「わっ、危な……」
5つほどまでは持ちこたえていたリシャットだがそれ以上の数でこられてはもう持てない。
そのまま後ろに倒れ込んで尻餅をついた。
「え、なに⁉ 何があった⁉」
後ろではジャックが狼狽えている。リシャットは上に覆い被さるようにしているものを見て、口を少しだけ開いた。
驚きで口が塞がらないとはこういうことを言うのか、と頭の中の冷静な部分が無駄にしっかりと分析する。
「なんでここに……」
そう呟くように疑問の声を目の前のものにぶつけた。
「迎えに来たよ、ハクア君!」
「ちょっと着地失敗しましたけど……下の人大丈夫ですか?」
「一番下はダイなので問題ないかと」
「主、無事で良かった」
「若旦那ー」
ドサッと目の前で人の山を作っているのはジュードにリン、それとキキョウやダイなどの配下達だった。
「潰れる! 骨が折れる! 全員某の上から退かんかっ!」
何故今このタイミングで、と軽く頭を抱えるしかない。
「本当に無事でよか―――無事じゃない‼」
「………そうか?」
「師匠ボロボロじゃないですか! それに……ぁああああああ⁉ 腕がない⁉」
「はぁ……元気だなジュード……」
とりあえず本気でダイが潰れかねないので全員を床に下ろし、正座させる。
「で、何がどうなってこうなった」
『リン様が勝負に勝つため、と』
「凄くないですか師匠。リンさん魔法開発の研究員なんですよ」
「それで異界転移の魔方陣を作れたのか……理論は何使って?」
「術式反転と方向支持の魔術理論に世界越えの概念を」
それでどうやったのかわかったリシャットはああ、と小さく納得の声をあげる。
「お前らタイミング悪すぎ……いや、いいのか? 少なくとも日本に直接飛ばれるよりかは……」
ブツブツと思考に耽っていくリシャット。
「ここって師匠の故郷ですか」
「違う。まず世界がな」
「? それってどういう?」
「まぁ、落ち着いたら説明するが……色々あって誘拐沙汰になってここにいるんだよ」
「「「ああ………」」」
誘拐癖はどうやら直らないようである。残念ながら本人はそれをハッキリと理解していないが。
物陰からジャックがゆっくりと顔をだし、
「し、シド? なにがあったの?」
「? 白亜の友人か?」
「ここに俺を拉致って監禁した張本人だ」
どこかレイゴットににていますね、とかジュードが言うのを聞きながら状況整理をするリシャット。
「っ、とりあえずもう帰るぞ。ここ粉砕してから」
「拉致されただけで壊すの?」
「それが理由じゃないが、もうそういうことにしておいていい」
その苛立ちもここをさっさと潰したいという気持ちに入っている。
「頼むよ、私達を助けてくれ!」
「助ける? そりゃあいい言葉だな。俺の両親を殺す前に言ってほしかったね」
右腕があったはずの場所、右肩を撫でるように触って小さく溜め息をつく。
「ハクア君、その手……」
「こいつらとのゴタゴタで結果的になくなった。元々不自由な右腕だったが……まぁ、それはどうでもいい」
腕一本なくすという結果などリシャットにはどうだっていい。
「若旦那様。彼の言葉に嘘はございません。話を聞くだけの猶予と手を貸すかどうか考えるだけの時間はあってもいいかと」
「………」
事情を知っているリシャットからすれば今すぐにでも逃げ出したいところだがここにいるお人好しの配下軍団はそれを良しとしないだろう。
「はぁ……まぁ、いい。話を聞くだけだぞ」
自分が説明するのが面倒だったというのもあったりするのだがそれは内緒である。




