【壊れることを恐れては何も生まれません】
キリのいいところで切ったので短めです。
目を瞑り、石に体を預けて暫く静かな時間を過ごす。
どこにいっても最近は騒がしかったのでこういう時間は久し振りだ。
土や木々の気配に支配された空間は嫌いではない。
頬を撫でる風が心地よい。気がついたら日が傾き始めていた。
「………あ、寝てた………」
体感時間からしてその時間も数十分だろう。だが、布団の上以外でこうして安心して眠ることができたのは一体何時ぶりだろうか。
ワイングラスに注がれた赤ワインはちゃんと二本そこに残っていた。ボトルも勿論そのまま。
それが余計に二人がいないことを示しているようで。
一人の時間ができると、あの時のことを思い出してしまう。
あれは誰のせいでもない。強いていうならば魔獣のせいだ。白亜の両親も勿論白亜自身もただそれに巻き込まれただけ。
そんなことはわかっていても自分だけ生き残ってしまったという負い目が傷口を抉るがごとく記憶を呼び覚ませる。
惨劇を見たのが幼すぎたのだ。
「………」
感情のない目で両親が死んだ場所を見詰める。この辺りの土地は実は纏まった金ができたときにすぐに買った。なので一応私有地になっている。誰でも入れる場所にあるが。
それでもこんな山奥に来る人など居ないのでいつもより開放的な場所にいるのに閉鎖的な空間になってしまっている。
近くの川から水を汲んできて墓石代りの石にかける。
魔法で済ませるという雑なことはしたくなかった。
摘んできた花を植え、手をあわす。線香は一本だけ挿した。
そのまま暫く動かなかった。否、動けなかった。
失うことへの不安と恐怖が、手に入れるどころか触れることすら躊躇う程に強く大きくなっていた。
その時、後ろから気配がした。リシャットは振り向かず手を合わせたまま、
「………なんの用だ」
【傷心中のリシャットさんを慰めようかと】
「要らない世話だ。どっか行け」
【酷いですね】
ライレンはリシャットの目線に入るように移動する。
【ここにいると思ってました】
「……なぜだ?」
【時間さえあれば来てるじゃないですか】
「………さあな」
ライレンを軽く睨み付けながらリシャットは合掌をとく。
冷たくも暖かくもない、ただただ無機質な目線だった。
「両親の墓参りくらいするだろう」
【リシャットさんは少々異常の域に入っているかと】
「毎日する人だっている。その人から比べれば俺は」
【回数の話ではないです。このままじゃ依存してしまいますよ】
「……するならするでいいだろう。俺に親という存在は居ないのだから」
吐き捨てるようにそう呟いた。
【ではその存在にいつまでも縋ろうとしているのは何方ですか】
「……さぁな」
ここまで自分のことに無関心を決め込むような態度をとるリシャットは珍しい。
完全な自暴自棄に陥っていた頃とは違い、今は感情表現は以前よりはずっと出来るようになってきている。
だからなのだろうか、余計に自分の感情に振り回されているところがある。
どんな人でも救おうとするのはそれが理由なのだ。
「………俺に話しかけるな。鬱陶しい」
【いくら言われようと話しかけますよ】
「っ、このっ………!」
拳を振り上げかけたリシャットだが、両親の墓の前だということを思い出し、溜飲を下げる。
「……お前には関係ないだろう」
【使い魔なのですから大有りかと思いますが】
「少なくとも俺の両親の件はお前と契約を交わすよりもっとずっと前だ。だから関係ない」
【ですが―――】
「この話は止めろ‼」
よく通る声が辺りに響き渡り、山で反射して帰ってくる。
ここまで叫んだのも何時ぶりだろうか。
「もう、止めろ………何も言うな。黙ってろ」
頭を押さえてもう聞かないと耳を塞ぐリシャット。ライレンの声は空気を震わせて届いているわけではなくリシャットの頭に直接語りかけているものなのでなんの意味もないポーズだ。
それでもそんな分かりやすい格好をとってしまう程度には参っているようだ。
【いいえ、いいます。いい加減親離れしたらどうです?】
「俺に親なんていない。だから離れる以前の問題で………」
【じゃあここにどれだけ居るつもりです? 自分の自己満足のために足を運んでいるだけだというのに】
「……それの何が悪い。どんなことも結局は自己満足の世界、俺の場合は偶々これだったというだけだ」
互いに間違いを認める気にはならないようだ。
ここが両親の墓の前でなければとっくの昔に殴り合い、下手したら殺し合いに発展しているだろう。
【壊れることを恐れては何も生まれません】
「そんなこと……そんなこと俺が一番よく知ってる!」
どっと周辺の空気が重くなった。否、一気に冷え込んだと言ったほうが正しいのかもしれない。
リシャットの手が強く握りしめられ、周囲に黄金のオーラが弾け飛ぶ。
いつのまにか姿は大人になっており、目や髪色も本来の色に戻り、白銀の髪が太陽の光をキラキラと反射している。
「………いつかは良いことがある? 諦めるな? ………そんなの失ったことがないやつが軽々しく口にだしてはいけない。失ったから立ち直れない、ただそれだけなのに」
キッと涙の溜まった目でライレンを睨み付ける。無意識に魔力を流してしまっているのかほんの少し目が光っている。
「お前には関係ない。これ以上家族の間に踏み込むな」
雨が降り始め、地面の土がぬかるんだ泥に変わっていった。




