「敵ならば死んでもらうだけだ」
「違う………ここも」
ガサガサと茂みをかき分けながら辺りに気配がないか探るも一切なにも感じない。
「シアン、ここで何個目だ………」
『42です』
「はぁ、そろそろキツくなってきた」
目の前の虚空にペンを走らせると丸く空間が開く。
真っ暗なそこに体を滑らせると何もなかったように光を残して消えた。
これを繰り返し繰り返ししている内に魔力も底をついてきた。
「ごめん、次で一旦休む……」
『わかりました。では空間の開きを最小限にして一度消滅させます』
「頼む………」
バチッとスパークが起き、再び出来た穴に身を投じた。
着地したところはただただ草原が広がっていた。本当になにもない。
「ここは……もう少し調査がいるけどなんかいない気がする」
もうどこにもいないのでは、という考えが一瞬頭をよぎったがそんなことはない筈だと考えを振り落とすように頭を振った。
歩きながら水分補給と簡単な食事を済ませたが、なにも見つからない。歩いているとはいえリシャットの歩く速度はとてつもないものでかなりの距離を移動している筈だ。
なのに何もないのは本当になにもないということなのだろうか。
飛んでみようかと足に力を込めた瞬間、ピクリと手が動く。
「…………飛行機みたいな音がする」
明らかに人工物の音だった。リシャットが魔眼に魔力を流してその方向を見ると、戦闘機らしき飛行機が15機ほど列をつくって飛んでくるのが見えた。
「ちゃんと人間いたんだ、ここ」
『文明レベルは地球より高そうですね』
「だな。俺も見たことがないエンジン使ってる」
リシャットは欠伸をしながら、
「あれ、頼んだら見せてもらえないかな? 構造が面白そう。けど、動力源はなんだろう?」
『ガソリンでは無さそうですね。そもそも化石燃料では無い気がします』
「自然物ではなさそうだな。確かに」
戦闘機がいるということは戦闘をするためにあるもので、それが自分の方に飛んできているということの意味に気づいているのかいないのか。
エンジンがどうたらこうたらとどうでもいいことをシアンと話している。
そして、肉眼でも見えるくらいの距離に来たとき、リシャットのつまらなさそうな半目が更にほんの少し細くなった。
「あー。迎撃体制だな。あれは」
『確実にこちらを捉えていますがどうされますか?』
「そうだな。どうせここには不法侵入してしまっていることになっているんだから逃げるしか無いだろう。下手に暴れるわけにもいかないしな」
戦闘機らしきものからなにかが落ちてきた。いや、見ればわかる。爆弾だ。
「…………」
避ける気は一切ないリシャットは真横に落ちたそれをまじまじと見つめる。
「もう少し外側が薄い方がおすすめだな。これじゃあ少し威力が弱まる」
『暢気に見てないで逃げません?』
「ん。それもそうだな」
くるっと踵を返した直後、大爆発が起こる。上空では歓声が上がっているのが聞こえた。
が、そんなもので傷がついているくらいの耐久値だったらとっくの昔にリシャットは死んでいる。
それに最近のあれこれでかなり頑丈さが増したため並大抵の攻撃では掠り傷にもならない。
爆風が砂を舞い上げ、辺りが一瞬見えなくなるがそれが晴れたとき、リシャットは平然と歩き続けていた。
ポケットに手を突っ込んで欠伸までしているその様子に完全に死んだと思っていた戦闘機組からのどよめきが聞こえる。
服の乱れひとつすらない。
「駄目だなぁ。狙いが悪いよ、狙いが。俺の脳天に核爆段並みの威力のもの当ててきたら流石に怪我はするけどさ。これくらいじゃ当たってもほとんど気づかないくらいだよ?」
聞こえないとわかっていてもそういわずにはいられない狙いの甘さである。
「そりゃ普通の人間にこれやったら今ので死ぬと思うけど俺には通じないし、そんなふうに自分の武器を過信するのよくないと思うよ」
聞こえてるはずはないのだがリシャットの態度は完全に挑発しているようにしか見えない。
それを見てか再びリシャットに爆弾が落とされる。イラっとしたリシャットは地面に落ちていた小石を拾って丁度戦闘機と自分の中間くらいでぶつかるように威力を調節して投げた。
ガン、と弾と石がぶつかってその場で大爆発が起こった。
これをみた戦闘機組。即退散である。いい判断だ。この化け物と対峙できるのはほぼ存在しない。
だが、リシャットは、
「あ、帰るんだ………どうせなら中身見せてもらいたかったな………」
残念がっていたが。
その後も走り続けるとかなり遠くに建物が見えた。
『戦闘機以外のはじめての人工物ですね』
「だけど……ボロボロだな」
近付いてみて壁に触れてみたら簡単に捲れてしまう。別にリシャットが怪力だからというわけではなく、恐らく美織ぐらいの力でも剥がせるのでは、といったくらいの力しか込めていない。
「何年くらい放置されてるんだ………?」
石畳を歩きながら風化しきった町を散策する。いや、町というより既に遺跡と言った方が正しいような古さだった。
開いたままだったドアから中を覗いてみると人間の子供と思われる骨が幾つも重なるようになって転がっていた。
「……………」
リシャットはそれを魔法で燃やし、灰を近くの地面に埋めた。一応、手を合わせておく。
他の家もそんな感じだったので見つけ次第燃やして埋めた。
気がついたら埋める場所すらなくなっていた。名前がわからないので墓標がわりに近くで切り出した石を立て、魔法で作った花を植えてから再び手を合わせた。
リシャットもなぜ自分がそんなことをしたのかよくわかっていなかった。ただ、本当になんとなくだった。
死ぬ痛みが、わかるからだろうか。
「シアン。ここに伊東はいないか」
『はい。感じません』
「やっぱりな………仕方ない、帰るか」
そういった直後、バッと顔を上げて周囲を警戒し始める。何かの足音が聞こえたからだ。
かなり遠いがどうやら近づいてきているようだ。面倒事の臭いがするので直ぐにその場から離れて転移しようかとしたリシャットだったが、直ぐにやめて花を増やすのに専念し始めた。
思ったより相手が近付くのが早かったのと反対方向からも誰かが接近していると感じたために極力下手な行動は控えたからである。
どうせなら埋めた人の分花を咲かそうとついでに思ったからでもある。やはりリシャットはとことんマイペースだった。
そんなことをしていると数人に周囲を囲まれたことに気づく。反応しようか一瞬迷ったが、リシャットは立ちあがり、視線を周囲に巡らせることで相手にわかっているということを教える。
声を出さなかったのはどこの言葉を話せばいいのか迷ったからだ。
それでも尚出てこないのでちょっとプレッシャーを放ってみる。勿論相手を気絶させるほどのものを出してはいけない。
ギリギリにまで抑えた素人でもわかる程度のプレッシャーだった。
そうすると、一人。女性が両手を上げながら茂みから出てきた。
「監視するような真似をして申し訳ない。そなたは何者か」
「それを答えてどうなる?」
「敵ならば死んでもらうだけだ」
「殺すって? 俺を?」
目を細めるリシャットに一瞬後退りをするが、そのまま前に出て、
「そうだ。そなたは見たところ武器を所持していない。この人数で負けるはずがない」
「じゃあやってみればいいんじゃないか? 疑わしきは罰せという言葉もあるくらいだし、不安なら消しとけばいいんじゃないか?」
殺せるもんならな。リシャットの目が、そう言っている。
「味方を殺すような真似はしたくないのだ。貴重な働き手を失うわけにはいかないのでね」
「貴重な働き手、ね………」
「そなたは何者か。我々に話してはくれぬか?」
「何者かって? 俺がそんなの知るわけないだろ。俺は今探し物をしてるだけでここにはなんの関係もない」
「では何故そんなことをした。ここの村の関係者だろう?」
墓まで作ったリシャットをそう判断したようだ。
勿論リシャットにはなんの関係もなければ墓を作る気もなかった。本当になんとなくだった。
「いや、俺は今日初めてここに来た。関係もない。そもそも探し物をしに来ただけでそれ以上のことはするつもりもない」
きっぱりそういうと何故か周囲の緊張が高まった。
「探し物とは、なんだ」
「人さ。俺を庇って死にかけた馬鹿がいてね。そいつをずっと探してる。どこにいるのかわからない」
「探し人か。もう死んでいるのではないか?」
「かもな。けどまだ確定していないことを決めつける程俺は諦め良くはない」
女性が小さく頷いた。その瞬間、周囲の緊張が解れる。
「本当にそれだけのようだな」
「それだけだ。ここにはいないとわかっただけでも成果はあるしな」
リシャットの視線がある方向に向けられる。
「どうした」
「挑発しすぎたか………」
リシャットの耳には戦闘機のエンジン音がガンガンと響いているように聞こえた。




