「俺のような馬鹿を増やさないためだ」
明日からテスト週間始まってしまうので勝手ながら更新を一時的に遅らせていただきます。
汗を滲ませながら目を擦るリシャット。見た目よりもずっと大変な作業をしているからである。
滅多に感情が表にでないリシャットでこの有り様である。伊東ならいったいどうなっているのだろうか。
そんなとき、伊東のポケットの中にある携帯が着信を告げる。ブルブルと震えるそれを確認してみると、校長の岡村からの電話だった。
「はい、伊東―――」
「伊東君‼ リシャットさんはいるか⁉」
「へっ⁉ ああ、はい、いますけど」
「直ぐに校長室に………いや、このまま電話を代わってくれ‼ なるべく早く‼」
かなり急いでいる様子の岡村にただ事ではない雰囲気を感じ取った伊東は直ぐにリシャットのもとに走る。
「リシャットさん!」
「はぁ、はぁ、はぁ……あ、先生……」
「なんや大変そうなとこ悪いけど校長先生から電話や」
「電話………?」
結衣が今休憩しているのを確認してから携帯を耳に当てる。
「リシャットです」
「リシャットさん! 緊急要請です!」
「?」
「亜人戦闘機が出たんだそうです‼ 山中らしいのですが、とんでもなくでかいと‼」
「でかい………?」
どういうことだ、と首をかしげるリシャット。もともと亜人戦闘機は三メートルを越えるやつもあるのでかなりでかいと思うのだが。
「でかいって、どういう」
「ざっと二十メートルは越えていると‼」
「にじゅ………⁉ ………確かに、俺以外じゃ対処できなさそうだな……」
二十メートルという言葉を鵜呑みにするのなら、それこそビルと対峙しているようなものである。
「直ぐに向かう。思いっきり走っても?」
「それは問題ないです! なんなら飛んでも問題ないです‼ 場所は………」
「ああ、わかった。聞こえてるから安心しろ」
耳に意識を集中させれば嫌でも聞こえてきた。かなりの人数の気力持ちが対処しているが攻撃が届いている様子はなく、精々が1歩足を出すのを止めているくらいのことしかできていない。
「っ‼」
耳に強烈な痛みを感じ、直ぐに止めるが頭痛がどんどんそれに伴うようにして酷くなっていく。
「リシャットさん……」
「だい、じょうぶだ。行ってもいいか」
顎からポタリと汗が垂れる。表情はいつものように取り繕ってはいるが顔色は決していいとは言えない。
「本当は行かせないのがええんやろうけど……」
会話が少し漏れていて、伊東にも聞こえていた。
伊東は今のリシャットを向かわせてはいけないと思うのだが、戦力的にリシャットが行かなければ本当に犠牲者が出てしまうかもしれない。
「これぐらい平気だ……それより、結衣さんに気弾を作らせないようにしてくれ。伊東が気力のコントロールできるならいいけど」
チラ、と伊東の様子を見ると、ブンブンと首を何度も横に振っている。
「無理だと判ってるからなにも言わなくていい。とりあえず結衣さんを頼む。じゃあ俺は行く」
軽く走って教室に荷物を取りに行き、魔法で自身の存在を希薄にして、窓から外に出る。
そしてそのまま音が聞こえた方向へ、飛んでいった。
それに気付いたのは最初から見ていた伊東だけだったが。
【本当に大丈夫なんですか⁉】
「わからん。途中で倒れるかもしれない」
『そうなったらどうするおつもりで?』
「…………さぁな。先の事は知らない」
目を細めながら亜音速のスピードで過ぎ去る風景を見て、どこに着地するのか、その為にはどれ程の減速が必要なのか即座に頭のなかで計算する。
『なぜそんなに………』
「俺のような馬鹿を増やさない為だ」
【………馬鹿、ですか】
濁してはいるが、絶対に犠牲者を出さないようにと言っているのは二人には直ぐにわかった。
「どれだけの悪党でも、帰ってこなくなったら悲しむ人間は一人は絶対にいるんだって、俺はそう思うから。………思いたいから」
リシャットは白亜だった頃、人と関わることを極力しなかった。
それは、面倒だったからというのもあるが、一番の理由は失うのが怖かったからである。
元々死ぬ気でいた白亜はそれに他人を巻き込まないという自分ルールを作っていた。
しかし、あまりにも自分を取り巻く状況がおかしいことにも気付いていたのでなるべく人を遠ざけていた。近寄らなければ、人も寄ってこない、そう考えて。
だが、異様なまでに外見が整ってしまっていたので結局人は寄ってきたのだが。
「着くぞ。ライレン!」
【ハイッ!】
雲を突き破って出た先には、リシャットも目にしたことのない大きさの亜人戦闘機がいた。
電話では二十メートルと言っていたが、それ以上かもしれない。リシャットはそこまで考え、行動に移った。
「っらぁっ!」
落下を利用したただの蹴りに見えるそれは亜音速というスピードも手助けしたが、それに加えてライレンの重力魔法、リシャットの人間離れした膂力によってその巨体を弾き飛ばすという結果を生んだ。
「「「⁉⁉⁉⁉⁉⁉」」」
目の前でいくら気弾をぶつけてもビクともしなかった巨体が吹き飛んだのを見て、そこにいる全員が目を丸くする。
リシャットはそれを横目で見ながら大きく息を吸い込み、風の流れを操り、声を遠くまで届かせる魔法を発動させる。
「聞け‼ ここから先は俺が請け負う‼ 負傷者を速やかに運び出し、全員ここから避難しろ‼ 周辺住民の安全を第一に考えて動け‼」
透き通るような声が戦場から響き渡る。その音の発生源は長い銀髪を風に靡かせながら両目を閉じている男。しかも空中にそれがさも当然かのように立っている。
普通ならあり得ない光景だが、ライレンが気を利かせて発動した幻覚魔法の亜種である魔法を受けて、全員がその言葉の通りに動き出す。
この魔法は大した力はないのだが、混乱していたり寝起きだったりするとよく通じる洗脳系の魔法で、相手の事を無条件に信じるというものである。
とはいってもほとんど強制力はない上に使われる場面と言えば混乱した家畜を落ち着かせる、くらいのものである。この魔法は一応分類上は古代魔法だが、現在でも使われる失われていない魔法である。
そんな地味な魔法だが、混乱しきっていた人達には有効だったようだ。誰もリシャットのことを気にする様子もなくその場から逃げていく。
「ぎ、ギシャァアアアアア!」
「本当に大きいな………エンシェントドラゴン級じゃないか?」
『下手したらそれ以上ですね』
片目をほんの少しあけて相手の事を観察する。
たったこれだけでけっこうな量の魔力を持っていかれた。魔眼の消費はバカにならない。
「さぁ、かかってこい。俺が相手だ………木偶人形が」
挑発するような笑みを浮かべて目元に包帯を巻く。完全に目からの情報がシャットアウトされる代わりに音や頬を撫でる風の感覚、それにのってくる草の匂いを強く感じるようになる。
『体がかなり危険な状態なのに、身体強化など………』
「今は無視するしかない。………俺はどれだけ持つ?」
『ざっと、10分程』
「ん。…………五分で仕留める」
ピタリと拳を目の前で構えて呼吸を整えた。




