「俺が全部終わらせる」
午前の授業が終わり、昼食の時間になった。リシャットは教室を出て校長室に向かう。
引き戸をノックをすると直ぐに中から返事が返ってきたのでそのまま開ける。
「やはり、来てくれましたか」
「あれだけなんども名前を呼ばれりゃ気が付くさ。それで、どうした?」
授業中、岡村が何度もリシャットの名前を連呼し、昼休みに来るように伝えてきたのだ。
普通に考えたら聞こえるはずがないような声なのだがリシャットは校内の音くらいなら全て聞き分けることができる。
それを信じての行動だったようだ。
「いえ、用事があったのに来てくださってありがとうございます」
「それはいいよ。元々俺が申し出たことだしな。それにまだ授業は始まってないし。で?」
「お話ししたいのは、この生徒の事です」
渡された資料には生年月日や顔写真、名前などが記入されていた。それを見て、
「結衣さんか?」
「はい。彼女の気力量を見てください」
気力は本人の精神力や体力に左右されるものの、人各々違う。運動はあまりできないのに気力量だけがやけに多かったり、逆に運動神経は抜群なのに気力がほとんどない人もいる。
気力を体の中に溜めておく器の分以上は増えることはないのだ。
それがコップ一杯分なのか、湖並みなのか、それは完全に運である。
リシャットは気力量を見て、ぎょっとする。
「なんだこの量…………数値あってるのか?」
「はい。間違いないです。なにせ6回もやり直しましたから」
普通の気弾を普通の人が撃つ場合に使う気力を10だとすると、大抵の人の気力量は100前後。たまに200前後の人もいるがそれぐらいである。
彼女の場合、それが700だった。滅茶苦茶な数値である。
リシャットは論外の存在なので無視するとしても、恐らく今の日本では最も気力量を持っているのではないか。
「………なんどか、不思議に思ったことはある。結衣さんの気力量がたまに見えなくなっていたからな」
「見えるものなのですか?」
「見ようとすればな。そのぶん目が疲れるが」
見えなくなる、というのは少なすぎても多すぎてもあるのだ。
簡単に言えば、見える気力量を500までと設定していたときの場合、それを遥かに越える700も目には入らないし、4とか少なすぎても見えない。
リシャットは大抵、見る範囲を400にしていた。なので気づくことができなかったのだ。
「ふぅ………今すぐ爆発しそうな爆弾抱えてるより厄介な案件だな」
「やけに具体的ですね」
「寧ろ爆弾の方が楽だ。時間を止めるか凍結させるか宇宙空間に放り出すかできるんだからな」
普通の人はその選択肢はあり得ないのだがそれを片手間で終わらせるリシャットである。
こっちの方は人が関わっているので余計に面倒くさい。
「まぁ、いい。何とかしよう。この資料はもらっても?」
「構いませんが、渡したことがバレないようにしてくださいね」
「わかってる」
リシャットが教室に戻ると、既に体操服に着替え終えた子供達がぞろぞろと校庭に遊びにいっていた。
勿論、鍵がしまっているという嫌がらせつきであるが、リシャットにこんなちゃちな鍵はその意味をなさない。
鍵穴に指を突っ込み、即席の合鍵をつくって教室にはいる。
もうなんでもありだ。
鞄に先ほどの紙をしまい、即座に着替えを終えて外に出た。
体力や筋力を一時的に低下させるミサンガは気力も使用するので使えない。なんとかして子供っぽい体力の演技をしなければな、とため息をつく。
授業が始まるまで暇なので少し離れたところにあった鉄棒に腰掛ける。椅子ではないのだが。
木の陰になっていてパッと見ただけではわからない位置にある鉄棒の上で普通に立って屈伸運動等をして筋をほぐしていく。
そんなことをしたらひっくり返って落ちそうだが、まるで普通の地面に立っているようにその場で体を動かす。
「そんなところでそんなことしとったらいつも手を抜いとるってバレるで?」
「………一応見えないようにしてるから問題はない。近づいてきたら判るしな」
「それもそうやろうけど」
ジャージを着た伊東がリシャットに気づき、話し掛けてきた。
「それよりお前が俺と話してるって状態の方が危ないんじゃないか」
「そうでもないで? 一人で寂しく鉄棒やっとる女の子と話してましたって、教師としては悪いことやないで」
「どうだか」
ニヤニヤと笑みを浮かべながらそう言う伊東に小さくため息を吐きながら校庭の方を見る。
「どうしたん? 黄昏て」
「もし俺の両親が殺されていなかったら………俺があのとき殺されてたら、こんな場所なかったんだろうな」
「せやなぁ。似たような場所はあるんかもしれんけど気力を使うんはここだけやし」
あんなことがなかったら、きっとここにいる子供達はどこにでもあるような小学校や中学校で気力なんてものは抜きで遊べていたのだろう。
「確かに、俺も一時期、気力がイヤやったんやけどな。今思ってみるとそうでもないで。お前さんが気にすることやないんよ」
「だが、俺のせいでここにいる人は皆将来を無理矢理確定されてしまっている。だから………」
ひょいっと鉄棒から飛び降りてコキコキと腕をならす。
「俺が全部終わらせる」
どういう意味だ、と聞こうとした瞬間にチャイムが辺りに鳴り響く。
「さ、行こうか。先生」
「なんや、リシャットさんにそう言われるとむず痒いわ」
既に同じクラスの子供達は校庭の真ん中に集まっている。
音もなく、それでいてさりげなくその中に入っていくリシャット。しかもそれに誰も気づかない。
『いつも思いますが、危機感無さすぎなんじゃないでしょうか』
(子供だから仕方ないだろうな。特に日本はな)
あまりにも警戒心のない子供達に苦笑しながら先程岡村との話で出た彼女を目に捉える。決して、見失わないように。
「はーい、集まってやー」
気の抜けるような伊東の掛け声に全員が注目する。
「とりあえずはじめましての人もいるようやから自己紹介するわ。俺は伊東。実技担当の先生や。わかんないことあったら遠慮なく聞いてやー」
伊東は慣れた手付きでプリントを配り、説明にはいる。
「本当なら中等部から始める実技の話やから難しいこと言うかもしれへんけど、わかんなかったら手ぇ上げて質問して大丈夫やよー」
伊東が手を前に出す。するとそこに拳大の青い球体が現れた。
「「「おおっ!」」」
「これが気弾。気力を集めて撃つもんや。試しに1発撃ってみようか」
言うが早いが、その手を前に出して的に向かって撃つ。バン、と軽い音がして的に命中、焦げ目をつける。
「今は危ないから威力を抑えたけど、もし魔獣と戦うことになったらもっと強いやつを撃つで」
子供達はキラキラした眼差しを伊東に送る。リシャットは先ほどの気弾を見て、
(威力の抑え方が雑。13点だな)
『優しいですねマスター。私なら10点です』
【いやいや、あんなに早く展開できるようになったのを称えましょうよ。20点】
(んー、それもそうだけどな。じゃあ真ん中をとって18点)
ものすごいどうでもいいことを考えていた。




