「纏めた………?」
「日本の乗っとりっていうのはまだ判りますが………何故、貴方を」
「先程、機械だと言いましたよね?」
「? はい」
「動力はなんだと思います?」
そう言われ、水口も考えてみる。
「電気?」
「どこから供給するんです?」
「太陽光とか」
「そんな効率悪い方法であんな巨体は動きませんよ………」
確かに、太陽光オンリーで動いていたとしたらとんでもない省エネ機械だ。
「最初はそうだったかもしれません。電気や何らかの燃料を燃やしたエネルギーで動いていたのでしょう。しかし、やつらには私という最悪の天敵が現れた」
鞄から取り出したのは無駄なほど巨大な日本地図。そこには赤い丸やばつ印が大量に書き込まれており、最早原型を留めていない。
「しかも暫くしたら、私以外の人間までそれを使い始めた。なにかお分かりですか?」
「………気力」
「そうです。これを」
リシャットが取り出したノートには大量の計算式、文字、絵が滅茶苦茶に書かれており、まるで真っ黒に塗り潰されているようだった。
リシャットはその中のあるページを開き、水口に見せる。
「これは………」
「私が考えたやつらの動力源は………私達、人間そのものです」
どうやって純粋な力を取り出すか、どれほどのロスが出るのか、それによって出てくる問題など、事細かに記されている。
「正確には気力持ちでしょう。気力は生命力そのものですからあまりにも吸われると死にますが、次の人間が新しく産まれてくるので問題ないでしょう」
「そんな…………」
「っていうのは冗談です」
「………はぇ?」
こんなときに冗談⁉ と水口が本気でそう思った。だが、リシャットの目は真剣そのものである。かなり面倒そうな顔はしているが。
「半分本当、半分冗談です。冗談っていうのは、別に気力を全部使いきろうが死にません。努さんも使いきったことあるんじゃないですか?」
「え? ………ああ、中等部で初めて気力を習ったときに」
「そう。それぐらいじゃ人間死にません。私以外は」
半分本当、というのは例外である自分自身のことである。
「私の気力は努さんの持っているそれとは大きく異なる点があります」
「ものを作れるとか?」
「それは慣れさえすれば実は誰でも作れます。私が違う点は、力の質です」
リシャットの力は他人より多く、またやれることも段違いだ。
気力で物を造り出すのは勿論、数百個の気弾を展開できたり結界を張れるのもそうだ。
何故、そんなにも違うのか。それは、本当の意味でリシャットは寿命を削っているからである。
水口をはじめとした他の気力持ちは精神力と体力を大幅に使い、気力というものに変換するのだが、リシャットの場合はそれが生命力と精神力なのだ。
代償に差し出すものが半端なものではないかわりにその力自体も別種のものとなっている。
「それで子供が狙われるのも時間の問題でしょう」
「では何故今まで襲われなかったので?」
「簡単な話です。やつらはつい最近まで気力を使っているところを見なければ相手が気力持ちかどうか見分けることができませんでした」
「では、今は」
「やつらの技術力は日本………というか地球を遥かに越えています。気力を見る装置を開発したらしいですね」
はぁぁ、と大きくため息をはくリシャット。相当リシャットも参っているようだ。
「倒しても倒してもキリがない上にあっちの技術は目にみえるほどの形で進歩している。割りに合いませんよ。こっちはボランティアでやってるっていうのに………」
どうやってそんな機械ができたのか知ったのかと聞かれれば簡単である。単に魔獣達の会話を盗み聞きしたからだ。
リシャットの耳は本当にどこまで聞こえるのだろうか。
「それなら何とか対応できるのでは?」
「………さっきの地図を見てください」
大量に丸やばつが書かれた地図。これは、
「やつらの拠点です。見つけた順に丸を書き、潰したらばつをつけました。ヤバイでしょう?」
数えきれない程の丸とばつの量。しかもまだばつの付いていない丸も幾つかある。
「このばつが付いていない丸は?」
「行ったけど壊しきれなかった、若しくは昨日一昨日で見つかった拠点です。先週5つ潰しましたが、また今週に入って3つ増えた。もう本当に面倒くさいんですよ」
途中から愚痴になってきた。しかし、愚痴になっても仕方がないと水口は思う。
何せとんでもない数の丸印が浮かんでいるのだ。逆に言えばよくここまで潰したなと誉められてもいい位の量である。
リシャットはちらりと水口の様子をうかがう。
「で、どうします? 私としてはもうさっさと始めないと危ないかと思うのですが」
「…………さっきの話、本当ですか」
「嘘言ってどうするんです? それに、私がなんなのかあなたが一番わかっていらっしゃる筈。これ以上の問答は不要では?」
「確かに、そうですね」
リシャットは少し焦りすぎたか、と内心諦めていた。子供たちを危険に晒すのはまだ早い。日本での感覚を忘れつつあったリシャットは再度それを認識する。
リグラートではジュードのように様々な種族が入り雑じっている為に早くから戦いに身を置く人や働き始める子供も少なくはない。
(俺がおかしいんだろうな、普通に考えたらこんなこと直ぐに決められる筈がない)
【そうですかね? それにしては校長さんとか即決でしたけど】
『マスターの考えがあの学校の総意ですから』
それでいいのだろうか。
「わかりました。許可します」
「え、本当に?」
「………ダメ元だったんですか?」
「そういうわけではないですが。普通に考えたらこんなこと許可しないだろうなって」
それ自分の考えを真っ向から否定しているように聞こえるのだが、と水口は思った。
リシャットもリシャットで、思っていた以上にあっさりとしていたので助かったという気持ちと、まだ微妙に困惑した感覚が抜けない。
「それで、どうすれば?」
「…………まずここにサインを。それと、これから概要をすべてお話しします。長いですが、寝ないように気を付けてくださいね」
寝ないように? と水口が内心で首を捻っているとリシャットが怒濤の勢いで話し始めた。
驚いて固まっている水口をよそに、喋り続けるリシャット。
その後、三時間喋り通した。
水口の頭は三度ほど下に下がっていた。寝るなというのはきつかったか、と内心で舌を出すリシャット。
『鬼ですか』
シアンはリシャットが最後に置いていった資料をみてそう言った。
「これを全部読んでくださいね。とりあえず必要なことはここに纏めましたので」
「纏めた………?」
普通の辞書の三倍はありそうな分厚さのそれをみて、唖然とする水口。その後リシャットは夕飯の準備のためにすぐ家に帰った。
水口の部屋からは三日間、紙をめくる音と「もうイヤだぁ……」という悲痛に満ちた声が何度か聞こえてきたとか、なんとか。




