「それ喧嘩じゃないの?」
「ごめん、少し遅くなった」
「みー」
色々とあって結局帰宅が遅くなってしまった。とはいっても美織もまだ帰ってきていない。
「欄丸、どうだった?」
「む? 問題なかったぞ」
【ええ、まぁ、一応】
「一応ってなんだ」
【…………さぁ】
何かこれはやらかしたな、とジト目で欄丸を見るリシャット。欄丸も自覚しているようでそっと目を逸らしている。
「で、何やったんだ?」
「………怒らないか?」
「そんなの何したか解らなきゃなんとも言えんだろ」
「む、むぅ………」
欄丸の目線がある場所に注がれる。リシャットもそこを見てみる。すると、
「おい」
「……………」
「ハーブが潰れてるんだが」
「すまん」
お茶にするために乾かしていたハーブがビショビショになっているあげくになんとなく縮んでいる。
「何がどうなったか説明しろ」
「花壇に水をやっていたのだが」
「それで?」
「ホースに穴が開いてな」
「…………ん? 最近買い換えたばかりだろ?」
「巻き取りを忘れて…………」
「ハァ……………」
最近、リシャットが長いホースを買ったのだが、それが少し面倒くさい仕様で、巻き取りするボタンを押しながら引っ張らなければ引っ掛かって出てこないのだ。
当然無理にやれば壊れる。
それで、見事に穴を開けたホースから水が大量噴射、しかもリシャットの部屋の方に水が噴射され、乾かしていたハーブに直撃したのだそうだ。
ハーブを少し洗って絞ったのだがやり方を間違えてプレスしてしまい、ペッタンコになってしまった、というのがリシャット不在の屋敷の状態だったらしい。
「よくもまぁ、見事に……………。ハーブはどうとでもなるしホースはまた買えば良いから別に良いけどもう少し緊張感をもって仕事してくれ………」
「すまん…………」
「…………」
リシャットは足を組んで屋根の上に座っていた。その目は緑と赤に、強膜は黒く色付いている。髪も銀色に戻っており、月の光に照らされてぼんやりと浮かび上がっている。
「なぁ、ライレン」
【どうしました?】
「前頼んだ事は調べ終わったか?」
【ええ。もう多分、ではなくほぼ確実ですね。見解は間違っていないようです】
「……………」
顎に手をやって目を瞑り、小さくため息をついた。
「…………やっぱりか。じゃあ無駄に動かない方がいいかもしれんな。取り合えず見えるところは何とかするが…………」
『いくらやっても無駄ですね』
「そうだな。俺が狙われるだけならまだしも、この家が襲われるのはなんとしてでも避けたい。欄丸ならまだしも、お嬢様や旦那様は戦いかたを知らない」
リシャットが美織に教えているのはあくまでも護身術の範囲で、それも危険な技は教えていない。
体の使い方が理解できているリシャットやそれなりに体格の良い欄丸なら対処できることでも美織には相当きついだろう。まず戦場に出た経験が皆無なのだ。
出ている方が異常なのだが。
「取り合えず捜索範囲を広げて俺の居場所がバレないようにしていく。ライレンは調査を続行しろ。生き血くらいならくれてやる」
【おおっ! 頑張りますよ!】
リシャットの血には無駄なほどまでに魔力や気力が溶け込んでいる。
それを媒介とすることで最高位の召喚獣を呼び出したりできるほど力が強いのだ。
悪魔であるライレンがこの血一滴を上手く使えば人間を100人は呪えると豪語するほどのものなのだ。勿論やめさせているが。
リシャットの下駄箱には大量の紙が詰め込められていた。全部白紙で特に困ることもないので広げてリサイクルボックスに入れる。
いじめの道具だろうがなんだろうがちゃんと処理するのはリシャットらしいが、何故こうなったのか、それは数週間前に遡る。
その日は雨だった。
リシャットは屋敷の方でやらなければならないことがあったので(水道代や光熱費を計算し、その分からいろいろ差し引いて会社のお金を貰いに行くetc.)四時間目から学校に行ったのだ。
学校についてみると、何故か皆少しリシャットを避ける。
リシャットはあり得ないほど耳が良いので相手の心音、呼吸。見えるぶんだけでも目線、手足の癖。それら全てを総合して避けられていると判断した。
それと、心の声を聞いたからである。
それを聞いたとき、変な噂が流れてんな、くらいにしか思わなかったリシャットだったのだが。
総合すると、リシャットはヤクザの子供でちょっとヤバイから近づかない方がいい。みたいな内容である。
不良としてみられているようだった。
(確かにたまに学校休むし今日だって途中参加だしたまに態度デカイし………あれ、全部俺のせいか)
『いや、この子達が純粋過ぎるんですよ』
リシャットが学校に行かないのは面倒くさいというのと家の用事があるからである。ちゃんと許可をもらって休んでいるのでその辺りも問題はない。
子供達も噂程度にしか認識していないようで、リシャットが本気でヤバイやつだとは思っていないようだ。
少し離れて様子を見ているようである。
「えっと、リシャット君。おはよう」
「おはようございます、結衣さん」
唯一話しかけてくれるのは彼女である。その彼女も避けられているのだが。
授業で何をやったのかなんとなく聞いて、ノートを少し見せてもらうとチャイムがなった。さくらが教室に入ってきて授業が始まる。
「はーい、国語だよー。あれ、リシャット来てたの?」
「はい。先程」
「そっかー。事務に連絡した?」
「一応しました」
「了解」
そんなことを話してから教科書を開くリシャット。先生が言ったことをノートに纏めながら夕飯の献立を考える。
授業をまともに受ける気がないような感じだが、実際まともに受けなくともなんとかなるので。
手を抜くくらいが寧ろ丁度いいのだ。
悩みに悩んで献立をパスタにすると決めた頃に授業の終わりを告げるチャイムが響く。
これから昼食の時間なのだが物凄い居心地が悪い。どうしたものかと考えていると教室の後ろから怒鳴り声が聞こえてきた。
「何回言ったら分かるんだよ、この‼」
「いやっ、やめてっ」
「やめてだってさー」
クスクスと暗い笑みを浮かべた男女がなにかを囲んでいる。否、何を囲んでいるかは想像がつく。
とうとう、結衣に暴力を振るい始めたのだ。勿論、見逃せるはずがないリシャットは堂々と割って入る。
「…………何故、こんなことをする。無意味だろう」
見た目よりも怒っているようで、口から出てきたのは日本語ではなくドイツ語だった。それに直ぐ気づいて日本語で言い直す。
「何故、そんなことを?」
「……………はぁ? なに正義の味方気取ってんの? キモッ」
「正義? ……………正義って見る方向が違えば意味合いが変わりますけど」
「「「………?」」」
子供に言う言葉では無かったな、と内心思いつつ、結衣の前に立ち塞がるようにして立つ。
「みっともないとは思いませんか、こんなこと。一人を寄ってたかって何が楽しいんです? 優越感に浸りたいのですか?」
「なに言ってるかわかんねーよ。日本語しゃべれよ」
「日本語ですが?」
啀み合う両者だが、そこに入ってきたのは給食の入った配膳台を持ってきたさくらだった。
「あー、喧嘩はダメだぞ? 君達」
「さくちゃん先生…………喧嘩じゃねーよ」
「……………ええ、喧嘩ではないですね。軽い啀み合いです」
「それ喧嘩じゃないの?」
怒りに染まった目を向ける男子の視線をリシャットは柳に風と受け流していた。




