「料理大会ならいきませんよ」
「リシャット!」
「なんでしょうか」
「これ行きたい!」
「……………」
美織が浮き輪片手に持ってきたのは直ぐそこで行われるという料理大会のチラシだった。しかも飛び入り参加が出来るらしい。
魂胆が見え見えな美織とジト目で見つめるリシャット。
「い、いいじゃない! スイカ割りしなかったんだし」
「お嬢様がお一人で割られたからでしょう? 私は目立つのは御免です」
ふるふると首を横に振るリシャット。
「なんでよ」
「なんでと言われましても。私は料理しますが………やらなければならないからやってるだけであって、別に好きでやっている訳ではないですし」
「違うの⁉」
「ええ」
出来れば面倒だからやりたくない、という人である。
「あんなに上手なのに⁉」
「得意と好き嫌いは必ずしも一致するわけではありませんよ?」
食べ終わった物を片付けつつそう言うリシャットに膨れっ面で応戦する美織。
「そんなお顔をされても行きませんよ。行くなら欄丸をつれていってください」
「えー」
「どちらにせよ私は片付けをしなければならないので」
もう殆ど終わっている片付けだが、まるでまだまだ終わっていないような言い方をするリシャット。中々ズルい発言だ。
「リシャット君!」
「料理大会ならいきませんよ」
「言う前に⁉」
大地にも同じ事を言われそうだったので先に断っておくリシャット。
「いや、それもそうだけどそれじゃなくて」
「なんです?」
「何時に帰るって話し」
「それなら……そうですね」
腕時計を見ながら少し考えて、
「3時頃でいいんじゃないでしょうか。その時ならうまくこの辺りの渋滞も抜けられるでしょうし、その後どこか行くならいい具合の時間帯ですし」
「わかった。じゃあそれまでに片付けておいてもらえるかな」
「はい。承知いたしました」
ツンツン、と足首をなにかが触れる。ミュルの肉球だった。ミュルがリシャットの足首をつつくときは大抵肩に乗せてという合図である。
「ほら、おいで」
「みー」
手を出すと勝手に肩までよじ登ってくる。リスみたいだなと思いつつ片付けを再開した。
その後料理大会にリシャットを出したい美織が何度もリシャットに言いに行くが面倒くさいとしか考えていないリシャットはそれを全て断っていた。
「なんでよー。せっかくの海なのに」
「折角の海ですから、楽しんできたらいいのでは?」
「リシャットは楽しまないの?」
「私は大丈夫です」
海に来てはしゃぐ年でもないからというのが大きい。感覚的には60過ぎの爺なのだから。
とはいっても毎回早死にしているので精神はそこまで老成していないのが実際のところである。
「うー。絶対リシャットなら優勝出来るのに」
「遠慮させていただきます」
最後の最後まで渋っていた美織だがリシャットの反応にもう疲れたようで誘うのをやめた。
リシャットは左手に大量の荷物を担ぎながら歩いていく。右肩にはミュルが乗っているので端から見たら異様すぎる子供だろう。
「じゃあ一瞬‼ みるだけ! 絶対にリシャット参加させようとはしないから!」
「絶対ですね? 嘘は無しですよ?」
「う、うん」
なにか不安だが美織が見に行くと言い張ったので結局見に行くことになった。
先に車に荷物をおいてから野外に作られたステージに向かう。
上には高速道路があり、野外とはいえ日陰になっていたのでそれほど暑くはなかった。
「ミー」
「ん………? そう言えば猫って大丈夫なのか?」
そう思って周りを見回したら犬が数匹いたのでそのまま気にせず歩いていく。流石に猫をつれていた人は居なかったが。
「みゃーん」
「ミュル。肩にいるときはなるべくなかないでくれ。ほら」
「みー」
荷物はもう置いてきているので手は空いている。ミュルを右手で抱き直し、適当な椅子に腰掛ける。
「どんな料理が出てくるのかな」
「どうでしょうね? ………美味しそうだったら再現してみるのもいいかもしれませんね」
【それやっていいんですか?】
『家で食べるだけなのでセーフです』
飛び入り参加も出来るということで参加人数もそれなりに多いようだ。リシャットの近くの椅子に座っている人たちは参加者の家族らしく、精一杯の声量で応援している。
リシャットは小さく欠伸をしながらミュルを適当に撫で回す。要は手持無沙汰で暇なのだ。
暇だな、等と思いながらボーっとしていると不穏な音が聞こえた。
調理器具やマイクの音ではない、甲高いある一定の波をもつ音が耳に届く。
どこから出ているのか、と周囲を見回したがあまりにも遠すぎるのかそれとも見えない場所にあるのか。音源が見つからない。
「おい、欄丸」
「どうした?」
「聞こえないか?」
「なにがだ」
「キーンって。凄い小さいけど」
「…………わからんな」
欄丸は狼なので大抵の音は聞こえる筈なのにそれが聞こえていないとなると相当遠いところにあるのだろうか。
【探してきましょうか】
「ああ、頼む」
ライレンを行かせたその時、料理大会が始まった。
とりあえずそこを見る振りをしながら周囲の音に耳を傾ける。
「…………やっぱり機材じゃない。なんなんだ、この音は………?」
ある一定の間隔で、消えたりなったりしている。
「……………………ん?」
ぼんやりと、何かが目に映った。
バレないように目に幻覚魔法をこっそりとかけながら魔眼を使う。周囲の風景がクッキリと浮かび上がり、見えなかった筈の場所まで見えるようになる。
リシャットはその見えたものの一つにピントを合わせ、魔力で補強をしながらそのものの正体を確認する。
【リシャットさん‼】
「マジかよ………」
ライレンとリシャットはほぼ同時にそれを見つけた。
【なんでこんなところに爆弾が‼】
「なんでこんなところに爆弾が…………」
二人揃って同じ言葉を口にする。
「みー?」
「ミュル………」
どうしたらいい、と肩を落とすリシャット。残り時間も確認したが、あと数分しかない。
全員を避難させてもとても間に合わない。それどころか無駄に混乱を招くだけである。
魔法を使って何とかするにしても目立たないようにするものは大抵魔力を大量に消費する。
魔法に目立つものが多いのは消費を少なくするためなのだ。なので目立つ魔法より大人しく、目立たない魔法の方が圧倒的に難易度が高いのだ。
それにリシャットはこの日の午前二時頃に魔獣倒しに出掛けてしまっていた。魔力などあまり残していない。
出来ることと言えば爆発した直後に瓦礫を全て空中で止めるくらいである。勿論滅茶苦茶目立つ。
魔力を全てそこに注ぎ込むので今自分に掛けている幻覚魔法等も全て切る必要がある。つまり、髪色や目の色が元に戻ってしまうのだ。
頭を抱えたくなるほど困っていた。
「みー?」
引き攣った表情のリシャットにミュルが不思議そうな顔をして覗き込む。
「俺は………どうするべきだ?」
ここから美織達だけを連れて逃げ出すのが一番いいのかもしれない。だが、リシャットはそれを良しとしなかった。
残っている少ない魔力で何が出来るのか。爆弾が設置されているのは高速道路の骨組みだ。今取りに行って、間に合うはずがない。
全力で走れば、あるいは転移でも使えば別なのかもしれないが転移は使った後、一瞬だが魔力の残滓として光が残ってしまう。
走るのはリシャットの今の体が耐えきれず、足が折れるだろう。
強化したところで間に合わないかもしれない。
目を瞑って暫く何度も考えを巡らせ、幾度となくシュミレートを繰り返す。その中で、リシャットが導きだした答え。
「欄丸」
「なんだ?」
「ごめん」
ただ一言、そう言ってミュルを欄丸に預ける。
「? トイレか」
「違う。そんなことじゃない。…………少なくとも俺はここに居られなくなると思う」
「は?」
「今に分かる。旦那様とお嬢様を…………頼んだからな。絶対に傷つけるなよ」
「なにを? なんの話だ?」
ピピッとリシャットの耳にハッキリと電子音が届く。その直後、高速道路を支えていた柱のひとつが内側から破裂するように爆発した。




