「スイカ割りってどうやるの?」
「疲れたー‼」
「はい、お疲れ様です。もう焼けているのでこれは食べれますよ」
「いただきまーす」
「あ、手を先に洗ってくださいね」
「はーい………」
手を洗って帰ってくると既に紙皿の上に焼いた肉や野菜が乗っていた。
「ミュルはこれな」
「みー」
水で一旦洗われたミュルにも柔らかい肉を差し出す。
「リシャット君。私が遊んじゃって悪いね」
「いえ。折角の休暇ですから旦那様がお嬢様とご一緒にいられるのは当然かと」
無駄のない動きで料理を作っていくリシャット。
バーベキューコンロのそんなに強くない火力でもちゃんとした料理が出てくるのだから料理の腕はやはり只者ではない。
【リシャットさん。私も食べたいです】
(不自然極まりないから止めてくれ)
ライレンも娯楽の範囲で食事を摂ることができる。その場合、空中に食べ物が浮かんで消えるという不思議現象が起こることになるので誰にも見えないところで食べさせる必要があった。
だからたまにキッチンで摘み食いをしているのがリシャットに目撃されてこっぴどく叱られている。
『我慢しなさい』
【シアンさんは良いんですかぁ? 食べたくないですか】
『私には基本味覚というものが存在しませんので』
【つまんない人生ですね】
ライレンは食べることにどれだけ重きをおいているのだろうか。
次々と出てくる料理を次々と腹の中に納める三人。美織も大地も欄丸もなのだがこの三人、かなりの大食いなのだ。
少食すぎるリシャットと比べるとその差は数倍以上である。
美織が大体二人前、大人二人が三人前はいったところで食べるのをやめたらしい。しかもこれで腹八分目なのだそうだ。
しかも食べても太らない体質なのでいくら食べても大丈夫な三人組である。
全員が食べ終わるのを見計らって自分も椅子に座って食べ始めるリシャット。一人前の半分もいっていないところで食べるのをやめた。
少なすぎると誰もが思うのだがこれ以上入らないものは入らないのだ。
「あ、そういえば………これありますけど、やります?」
クーラーボックスの中から緑色の物体が出現した。
「でかくない⁉」
「ええ、新鮮なものを買ってきました」
「やりたい!」
スイカ割りである。ただ、やれる場所がどこにあるかというのが問題だ。
「あの辺りなら大丈夫でしょう。シートをひくので少々お待ちください」
少し離れたところにシートをひくリシャット。人が集まってきた。
「なんか人が来たね……」
「まぁ、スイカ割りやる人なんて実際には殆どいませんしね」
若干引き気味の大地とどうでもいいやとばかりにマイペースに準備を進めるリシャット。
真ん中に転がらないように囲いを作り、そこにスイカを乗せる。
「俺も始めてやるんだよな………ん? よくよく考えたらこっちの世界で海に来たのって初めてかもしれない」
白亜の頃は山村だった上にそんなことしている場合ではなかったので遊びにくるという名目で動いたことが殆どなかった。
そんなことを考えながら美織に棒を手渡すとどんどん人が集まってくる。
「これはまた凄い人数だな………。欄丸。荷物を見ておいてくれ」
「うむ。任せろ」
ミュルもその場に置いていこうかと思ったがよじ登ってきたので肩の上に乗せてやる。
「リシャット」
「はい」
「スイカ割りってどうやるの?」
「棒で叩くだけですよ」
「リシャットがお手本見せてよ」
「私がですか? ………スイカが粉々になる未来しか見えないのですが」
それに目を瞑ろうが物の位置は完璧に把握できてしまうのでやる意味が殆どない。
「えー。じゃあ私がやるからそのあとね」
「旦那様の方が宜しいのでは?」
「え? いや、子供達だけの方がこういうのは楽しいだろ?」
【大人がこんなことやってたら恥ずかしいですしね】
ライレンの一言に一瞬声をあげて笑いそうになりながら美織の目に布を巻く。
「見えますか?」
「え?」
「みえてますね」
「あー! なんにも見えなくなっちゃった」
リシャットから棒を受け取って恐る恐る前へと進む美織。
「みー! みー!」
「ミュル。耳元で鳴かないでくれ」
耳が良いので余計に耳が痛い。するとミュルはリシャットの頭の上に乗り、鳴き出した。
「みー!」
「え? 左?」
「み!」
何故か会話ができていた。しかもミュルはちゃんと美織をスイカの前まで誘導できている。ある意味凄い光景だった。
「ここだぁー!」
美織が思いっきり棒を振り下ろすとスイカが割れてその衝撃で飛んでいった。
「え、スイカってあんな簡単に割れるもんなの?」
「あー………お嬢様には棒術をお教えしているので、それかと……」
シートの上に落下したので食べることは可能である。
「リシャット! やって!」
「やるも何ももう割れちゃったじゃないですか」
「えー」
「いや、そんなこと言われましても」
宙に舞ったスイカを回収しながらそう言う。するとミュルがその長い尻尾でリシャットの目の辺りを隠す。
「あー………ミュル?」
「みー」
「ごめんな。俺、目隠しされてても直前まで見えてれば大抵の物の位置は分かるんだよ」
「み゛ー」
目隠しの状態のままスイカを回収し、シートを片付け始めた。周囲の人たちは興味津々である。
「あ、リシャット! どうせならいつもの練習ここでやりましょうよ」
「いつものって………却下です。人がいるところでやっていけないと言いましたよね?」
「リシャットがいるときは良いって言ったじゃない」
「駄目です。危険が伴うと判断したらやらないと私は言った筈です」
「ケチ」
「ケチで結構です」
物凄いスピードで片付けをしていくリシャット。しかも走ったり急いでいる様子はない。滅茶苦茶手際が良いのだ。
「さて、と。小さい物ですが包丁は持ってきたのでここで切って食べちゃいましょうか」
キャンプ用品の簡易テーブルの上に乗っている大きめの紙皿に真っ二つになっている巨大なスイカを乗せ、小さな果物包丁を取り出す。
「そんな小さいので切れるの?」
「ええ。やり方さえわかっていれば」
トントン、と身を叩くリシャット。
「ここか」
そこにナイフを突き刺して切っていく。まるで桃でも切っているかのようにするすると小さなナイフが入っていく。
ある程度切ったら包丁の持ち方を変え、スイカ自体を紙皿ごと回転させたりしながら食べやすい大きさに切り分けていく。
しかし、それで満足などする筈もない。寧ろここからが本番なのだ。
突然切る手を止めたリシャットが真四角に切り分けられたスイカを少し離れて見てから目にも止まらぬ早さで飾り切りを始めた。
シャクシャクとスイカ特有の音をならしながら徐々に全体像が見えてくる。
「んー、まぁ、こんなもんか? スイカは初めて切ったけど、崩れやすいな」
出来上がったそれをみて、首をかしげつつロシア語で感想をいうリシャット。
出来上がったのは家の庭のジオラマだった。特にそれをイメージしたわけではないのだがいつのまにか完成していたのがこれだったのだ。
「さてと。お嬢様。お好きにどうぞ」
「いや、ここまで作り込んでると流石に食べづらいよ」
「? 水気が抜けて美味しくなくなっちゃいますよ?」
リシャット的には本当に満足している出来ではないのでさっさと食べてしまいたかった。
「じゃあなんでこんな風に作ったの?」
「種があったら食べづらいでしょう?」
「はぁ?」
リシャットは細工をするためにこんなことをしたのではない。種を取るために形を崩し、見映えが悪いのでジオラマ風に作り上げただけなのだ。
その技術が半端じゃないだけで。
暫く、誰も手を出せなかったので流石に勿体無いと判断したリシャットが無理矢理皿に小分けにして美織達に配り、食べきれないぶんはそこら辺にいつのまにか集まっていた人達に配った。




