「………紛失してしまいました」
「何の用か聞いてもいいかな?」
「お嬢……お弁当忘れていったから。お姉ちゃんが」
「そうかい。教室はわかるかな?」
「はい」
事務室に行き、校内に入る許可を貰った。普段の喋り方でお嬢様、なんて呼んだらなんとなく怪しいので姉に弁当を届けに来た子供を演じるリシャット。
勿論笑みも忘れない。真顔で大人に対応する子供などそうそういないからだ。
「確か………2年5組だったっけ」
チラと中を覗くと丁度休み時間だったので皆立って話したりなにか書いていたりするのが見えた。
声をかけようか少し迷っていたら後ろから声をかけられた。
「君、美織ちゃんの………」
「あ。ご無沙汰しております」
「相変わらず子供っぽくないね……」
「そうでしょうか?」
「それで、今日はどうしたのかな?」
「お嬢様がこれを忘れてしまいまして。届けに参りました」
弁当を出しながらそう言うと美織がリシャットに気付いた。
「リシャット⁉ どうしたの⁉」
「お嬢様。これ、忘れていましたよ」
「え? あ、ほんとだ。………あれ? いつもならハンカチに入ってるのになんで今日はそのままなの?」
ギク、と一瞬肩を小さく竦め、
「………紛失してしまいました」
目眩ましに使ってしまいました、等とは言えず、そういうしかなかった。
「嘘つかないの」
「…………」
リシャットはポーカーフェイスというか基本真顔で殆ど表情の変化がない。
だが、その顔を見慣れている人にとっては寧ろ分かりやすい表情をしているリシャットである。
元々素直で天然なので分かりやすい筈なのだ。残念ながら表情筋が死んでいるので初見ではわからないが。
「………破ってしまいました」
「嘘」
「……………」
「ねぇ」
「………破られてしまいました」
嘘ではない。ビリッと爪で一刀両断されたので。
「………まぁいいわ。お弁当ありがとう」
「いえ。では失礼いたします」
完璧な所作でお辞儀をしてから背を向けて歩き出すリシャット。
「ちょっと待って」
「?」
「これからどこ行くの」
「買い物ですが」
「プリン食べたいな………」
「……………かしこまりました。ですが今日の分はもう作ってあるので明日の分ですよ」
「やった」
ハンカチを破ってしまったリシャットとしては罪悪感もあって断りきれなかったのである。
「では」
スッと音もなく去っていくリシャットを美織の担任は唖然と見つめていた。
「卵………あ、安い。けどもう少し賞味期限が長いのないかなぁ……」
【奥のやつもう少しありますよ】
「…………俺の手が届くか?」
ぐぐっと伸ばしてみるが届きそうにない。すると卵がひとりでに動いてリシャットの手の中に収まった。
「ちょっ………見える人いたらどうするんだよ」
【大丈夫ですって。見えてたら既に何かいわれてます】
「問題はそこじゃないだろう……」
たとえライレンが見えない霊感のない人でも卵が動いたら不気味である。
『それにしても襲われる頻度が増えましたね』
(そうだな。今のところ誰にも見られてないからいいけど、あんまりにも多いと対処もできないから)
ポンポンと目についた物を買い物籠に放り込んでいくリシャット。適当に見えるがちゃんと必要なものを買っている。
無駄が一切ない手付きで目当ての物を粗方買い物籠に入れたリシャットはレジに行き、不審な目でみられつつも購入。そのまますぐに帰ろうとした。
【白亜さん、白亜さん!】
(その名で呼ぶな………なんだ、一体)
【見てくださいよ、この子!】
スーパーの端にあるペット売り場だった。
ライレンがその場から離れる気配がないので仕方なくそこへ向かう。
(なんなんだ、一体)
【この子ですよ】
指を指す方を見ると一匹の柴犬が居た。それを見て思わずリシャットの表情が凍った。
(マジかよ)
『これは………由々しき事態ですね』
そこに居たのは柴犬ではない。確かに姿形は柴犬なのだが、リシャットの目はより正確にその正体を見抜いていた。
「亜人戦闘機………!」
もし日本中に犬の姿をした亜人戦闘機が居たら、知らずに近づいてしまう人も恐らくはいるだろう。
リシャットは一瞬で見抜いたが普通の人間にはそうは見えない。
見慣れており、五感が鋭いリシャットだからこそ気付けたようなものだ。しかもこの亜人戦闘機はこの狭いショーケース内に収まっている。
暴れないから安全なだけで何かあればガラスぐらい簡単に突き破って来るだろう。
「どうする……? これは俺では対処できん………」
『犬の姿っていうのが厄介ですね。下手したら人間の姿をしたものもあるかもしれません』
運良く今この柴犬モドキは昼寝中でリシャットには気づいていなかった。
リシャットはそっとその場を離れて店員の元へ向かう。
「あの、真ん中の段の右から三番目の柴犬………どこから来たんですか?」
「え? どこからって………トレーナーさんからだけど………調べる?」
「あ、お願いします」
暫くすると店員が書類を持って走ってきた。
「この子だよね」
「はい」
写真をちゃんと見て確認してから書類に目を通す。
「読める?」
「はい…………あの、ここ、なんで空欄なんですか?」
親犬の名前が空欄になっている。
「このワンちゃんはね、トレーナーさんっていうより普通のお家で産まれたんだよ。個人情報だからその辺りは伏せてるの」
「成る程」
パラパラ、と捲って内容を頭の中に叩き込んだ。
『不審な表記はないですね』
(どうなってるんだろうな………)
店員に礼を言って外に出る。
「………今、12時47分か。長居しすぎたな………」
さっさと帰るつもりが柴犬モドキ事件で帰るに帰れなかった。
「リシャット⁉」
「お嬢様。ああ、確か早帰りでしたね」
「うん。四時間授業だったの。なんでここにいるの? まさかまだ帰ってなかったの?」
「ええ。色々と用事が重なりまして」
二人で帰る事になった。
「ねぇ、ずっと気になってたんだけど」
「なんでしょう?」
「なんでリシャットは学校行かないの」
「………学ぶ必要がないからです」
「学校って行くものでしょ?」
「本来はそうですが。私はいいんですよ」
学校とか面倒だ、と顔に滲ませながらそう言うリシャット。
「なんで」
「いいんです」
無理矢理に押し切る。すると、突然背後を気にし始めた。
(来てる………! 不味い、今のタイミングで来られたら非常に不味い………!)
魔力量を計算しつつ、このまま気付かれずに倒せないかと考えるリシャット。
ただ、その場合少し派手な古代魔法は使えないので属性魔法を使うしかない。
だが、魔晶属性はその特性上、地面になるべく接する必要がある。
一瞬でも立ち止まった方がいいのだが今それをやれば追い付かれる可能性もあるし美織が不審がるだろう。
色々考えているうちにどんどん迫ってきている。
(ライレン。監視カメラは)
【この辺りは商店が多いのでバッチリ映っちゃってます。カメラを止めても誰かに見られてしまうかもしれません】
(シアン、なにかいい案は)
『立ち止まれたらいいんですけど…………あ、じゃあ』
シアンの話すことに今は乗っかるしかなかった。




