『愉快犯ですかね』
「強盗が入ったって話、ニュースにもならなかったわね」
「ええ。念のために口止めしておいたので」
「なんで」
「下手に私の事を広めたくないからです」
ヨシフ達に気付かれないように、というのもそうだが日本にはハクアの弟子とも言える人がいる。警察になった者も居るので余計に情報には気を付けなければならない。
ハクアがここにいることは本来あり得ないはずなのだから。
「私達の前で木に上ったりしてるのに?」
「あれは練習すれば誰だって出来ますからね。それに広まっていないのでギリギリセーフです」
ペンをノートに滑らせながらそんなことをいうリシャット。
【半分アウトですけどね】
(…………そうなのか?)
美織に次の問題を渡しながらその手に持っているものに目を走らせる。
「なに見てるの?」
「レシピです。今晩の」
「どれどれ」
チラ、と美織が覗きこんだ。読めない。字の下手さではないのだ。根本的に文字が違う。
「何て書いてあるの、これ」
「それはスパイスの名前ですね」
「何語?」
「韓国語です」
「なんで韓国語で書いたの?」
「気分です」
その日の気分で使う言葉を変えるのでページによってアルファベットだったり日本語だったりする。
「リシャットってさ」
「なんでしょうか」
「どこで言葉とか習ったの? 言葉だけじゃなくて算数とか料理とか」
リシャットは数秒言葉に悩み、
「…………さぁ。何処でしょうね?」
答えないことを決めたようだ。寧ろ説明が面倒くさいだけなのだが。
「ちゃんと答えてよー。ひつじでしょ」
「執事です。別に私も話しても良いかとは考えておりますが………まだ時期ではない。お嬢様が成長されたらお話ししましょう」
「成長されたらって、リシャットの方が年下でしょ」
「同い年です。早くそれやっちゃってくださいね」
小さくため息をつきつつ、窓の外を見る。
「リシャットってよく外を見てるよね」
「? そうでしょうか。自覚はないのですが………」
暇だから見てしまうのだろうか、と考えつつ美織の教科書を見る。
「今日は意外と早く進んでいるのでここまでやっちゃいましょう」
「え"」
「大丈夫ですよ。直ぐに終わります。………お嬢様の頑張り次第で」
「うう………」
美織の様子を見ながらあることをシアンと相談した。
「………聞こえるか?」
【私はそんなに耳が良いわけではないので】
「そうか………。シアン」
『距離3678メートル、現在地から北北西の方向です』
「………了解」
マフラーで深く口元を隠し、空中に足場を作りながら高速で移動する。
【その足場どうなってるんですか?】
「物理結界を………方向指示してだしてるだけ」
【成る程】
空中を踏みしめる度にドン、という音がするがかなりの高高度を移動しているので問題ない。
バレないように色々と工夫もしているので移動のみに専念できるのだ。
「………見つけた」
『直接降りますか?』
「………それで良いだろう」
グッと結界を踏みこみ、空中で体勢を立て直しつつ目標に向かって一気に飛ぶ。
「キシャッ⁉」
「気づくのが遅い」
その勢いのまま空中で一回転し踵を遠心力に任せて降り下ろした。
「キシャ!」
「グルルル………」
「グァウ!」
大きさごとに声が違う魔獣を一瞥しつつ砕け散った魔獣の残骸からゆっくりと足をあげる。
「これはまた大所帯だな………何が目的だ」
目は包帯で隠れているのだがその眼力は直接見えていなくとも相手を威圧するほどの圧倒的な存在感を放っている。
「キシャッ!」
「俺も暇じゃない。その気なら皆殺しにするけど」
「グルルルル!」
「………そう。それが答えか」
歯向かってくる相手を片っ端から粉々にしていく。その動きには一切の無駄はなく、最小限の動きで最良の結果を産み出していた。
後ろから迫ってくるものには気弾で、右から来るものには魔法で、左から来るものにはその手に持った小さな一枚のカードで、正面から来るものには足で。
どこから狙おうが完璧に対応する異常なほど戦闘慣れした人間に恐怖を抱き始める亜人戦闘機達。
その内に亜人戦闘機達の中でこの者は『銀の破壊魔』と呼ばれるようになる。
「っ、痛い‼」
【強化なしでやるから破片が刺さるんですよ。ほら、そっちも抜きますから動かないでくださいね】
ライレンがリシャットの足に刺さっている黒いガラスのような物を引き抜く。
「っ!」
【血が出ないギリギリのところで止めているのも凄いですが、終わった後のことを考えないと】
「そうなんだが、あいつらを前にするとつい……痛っ⁉」
【はい。こっちは終わりましたよ】
「ああ、すまない………」
足に回復魔法をかけながら一息つく。
「どうやら魔力をある程度使いきると感覚が鋭敏になるみたいでな………痛みが普段の比じゃない」
『刺さってるものが危険なものだということもお忘れなく』
「ああ、うん……」
亜人戦闘機を蹴る度、その割れた外殻の破片が足に突き刺さるのだ。勿論腕でもそうなるのだが、腕の場合粉々にするというより切断しているので殆ど破片はでない。
痛みに耐えながら引き抜くしか方法がなく、自分で抜こうとするとどうしても躊躇してしまうのでライレンに抜いてもらうようにしている。
「ふぅ…………シアン。今日は?」
『58機です』
「やってもやっても減らないな………本当にあれだけの数、一体どこに普段いるんだろう」
【海の中とか】
「調べた」
【地下とか】
「見た」
【空とか】
「俺が気づかないと思うか?」
そう。亜人戦闘機はどれだけ数を減らしても増えるのだ。ただ、ある一定の数までしか増えないらしい。
「しかも恐ろしいことに俺のことがやつらの中でひろまってるんだよな」
対峙した魔獣はほぼ全て殺している。連絡のとりようもない筈なのにリシャットの話題が彼らの中で上がっていたことも事実なのだ。
「……寝る。取り合えず夜のうちは頼む」
【お任せを】
服をバレない所にしまってベッドに潜り込んだ。
「リシャット‼」
「お嬢様。お早いですね」
片手で逆立ち状態のまま腕立て伏せをしているリシャットのところに美織が興奮した面持ちで迫る。
「これこれ!」
「?」
見せられたのは新聞だった。
「お嬢様、新聞が読めるのですか? 漢字だらけですが」
「ううん! とばしとばしよ! これは読めたのよ!」
見出しには大きくリシャットのやったことがデカデカと書かれている。
最近、人前には全く姿を見せていないが魔獣の残骸をたまに回収しきれずに放置してしまうことがあったリシャットはその存在が微妙な形でバレてしまった。
美織はその正体を見付けることに嵌まってしまったのだ。本人目の前にいるのだが。
リシャットを連れ出して夜中にその人が現れないかと見張ったこともある。勿論、出る筈がない。
「現場に残されたペンダント………ですか。これがあの方の持ち物だと?」
「監視カメラにも映ってないのよ‼ 確定じゃない‼」
「そう決めつけるのもどうかとは思いますが………可能性はありますね」
「でしょう⁉」
可能性はありますね、とは言ったがリシャットはそのペンダントなど知らない。見たこともない。
『愉快犯ですかね』
(愉快犯って………。別になんの罪も犯してないじゃないか)
『マスターを騙った時点で重罪です』
(どんな理屈だ……)
リシャットはヒートアップしてきた美織とシアンへの対応に追われていた。




