「それは……戦いの経験と技の練度です」
いつものように掃除をしていたリシャットが突然立ち止まる。
「どうした?」
「誰か来る。掃除続けておいて」
「知りあいではないのか」
「ああ。多分ご………客だ。こっち来るなよ」
言葉が大分うまくなってきた欄丸にそういうリシャット。
「我はいいのか?」
「日本語わかるか?」
「少しなら………」
「完璧になったらにしてくれ」
リシャットは手を洗ってから玄関へと向かう。すると呼び鈴が丁度玄関についた瞬間に鳴った。
「はい」
カメラがないタイプのインターホンなので声だけを相手に送る。
「お届け物です」
「はい。少々お待ちください」
なるべく足音をならすようにしながら玄関の戸を開ける。
その瞬間、リシャットの眼前に包丁がつき出された。
「こんにちは。近所迷惑だから大声とか出すなよ?」
「ええ、こんにちは」
笑顔で対応するリシャット。その様子に相手が戸惑った。
「おちびちゃん、今の状況わかってるかな?」
「おちびちゃんと呼ばれるのは些か不満ではございますが………状況は確りと把握しております。ですので屋敷内に通すわけにはいきません」
子供にしてはあり得ないほどの語彙力を発揮しながらつらつらとそう述べる。あまりにも冷静な上に一切怯える様子を見せない。
「状況わかっててこんなこと言うんだ?」
「そうですね。私にも良心というものは存在するのでここで引き返すのなら見逃しますが」
「はぁ?」
寧ろ上から目線で突っかかってきたリシャットに怪訝な目を向ける。
「この人数を見てもそれが言えるかな、おちびちゃん」
「おちびちゃんではありません。それと、人数も最初から把握しております。五人、後近くの車にも一人。ああ、その後ろの車にも一人」
そういって外に出るリシャット。そのまま後ろ手で鍵を閉めて誰も入れないようにする。
「ここで引き返さないのなら、戦う意思ありと見なします。宜しいですか?」
「はっ、どうせガキのおままごとだ」
「ええ。ですが、これでも武道は粗方習得しております故、見くびられては困ります」
手袋を嵌めながら静かにそう言う。
「子供と大人じゃ力が違うんだよ」
「そうですね。でも貴方達は私に劣っているものがありますよ」
「は?」
「それは……戦いの経験と技の練度です」
そういった瞬間、下に屈んで一気に懐に飛び込んだ。対応できていない相手にため息を吐きつつ鳩尾に一髪軽く蹴りをいれ、そのままの勢いで体を反転させ隣の鳩尾に拳を叩き込む。
わざわざ鳩尾に当てているのは骨を折らないようにという配慮なのだ。
「なっ⁉」
「遅いですね。せめてもう50倍のスピードはないと私に反応することすらできませんよ」
一瞬にして二人が無力化され、動揺が走る。
「さて、いかがなさいますか?」
恐ろしい笑顔でそう聞くと一人が腰を抜かして立ち上がれなくなってしまった。
失禁しているのもみえたのでもう戦意はないだろうと判断する。
「なんだよ……この化け物は」
「化け物ですか。まぁ、おちびちゃんよりかは良いでしょう。残念ながら私は人を甚振る趣味はないのでさっさと終わらせたいのですが」
ガラス玉のような透き通った底の見えない色をした目を向けて冷たい声で言い放つ。
「う、狼狽えるな。こっちには武器だってあるんだ」
「武器? その包丁ですか」
「いや、違う。これだ」
ニヤッと悪い笑みを浮かべながら男が取り出したのは真っ黒のプラスチックでできた武器だった。
「そんなもの脅しにもなりませんよ」
「これは本物だぜ?」
リシャットが偽物だと思っていると考えているのかそんなことを言う。
「残念ですがそんなもの見飽きました。私が昔住んでいたところは紛争が頻繁に起こる所だったので銃なんてしょっちゅうみていましたよ」
避けるのは勿論、弾丸を手で掴む事も可能なほど動体視力がいいのだ。そんなもの本当の意味で脅しにすらならない。
「それが本物だろうが偽物だろうが私からすればどうでもいいことです。ただ、それは脅しにすらならない、ということだけお伝えしておきます」
「意味がわからないな」
拳銃を向けたまま嗤う男。その隣の男も包丁を両手に持ったままニヤニヤとした笑みを張り付けている。
「はぁ……では証拠をお見せしましょう」
服の袖に手を突っ込む。するとそこから二丁の拳銃が出てきた。
「「!!?!?!?」」
「言ったでしょう。脅しにもならないと。私はこの国出身ではないのでよくわかりませんが私の国では持っていないと死ぬことになる場合が多いのでいつも肌身離さず持ってるんですよ」
拳銃を互いに向けるようにして話すリシャット。すると包丁を持った男がそれを投げ捨てて両手を上に挙げた。
「っ、おい!」
「無理だよ兄貴………あっちの方が一枚上手だ」
どうやら兄弟だったらしい。リシャットは包丁を誰の手にも届かない場所に蹴っておく。
「これで貴方の優位性は完全に無くなりましたね。どうしますか? それを撃ちますか?」
「舐めるな!」
「こちらの台詞です」
リシャットは左手の銃を右手に移動させ、手刀で相手の拳銃を切断する。
「………は?」
「ここまでする必要もないかもしれませんが、ちょっと切らせていただきました。どちらにせよそれモデルガンなので問題ないかなと思いまして」
男が震えながら真っ二つになって地面に落下しているモデルガンとリシャットを交互に見る。
「私はここの執事であり、お嬢様の家庭教師であり、警備員でもあります。舐められるのは仕方ないと思っていますがそれで自分の首を絞めることになると自覚してから襲ってくださいね」
にっこりと笑みを浮かべて男の首に銃を突きつけた。
「強盗が入ったんだって⁉」
「はい。ですが、話し合いで解決したので問題ありません」
「いや、大有りだよ⁉」
あのあと警察に連絡して強盗犯を捕まえてもらった。リシャットの銃刀法違反は不問だった。
なぜならリシャットの持っているそれは麻酔銃だからだ。ちゃんと専門家の許可をもらっているという書類まであるので問題は一切なかった。
専門家、というのは実はヨシフの事だ。こういうものを扱う免許を取っているので法の範囲内で作られているものだとちゃんと証明されているのだ。
「本当に良かったよ……君に何かあったらどうしようかと」
「大丈夫ですよ。旦那様も心配しすぎです」
リシャットの手にかかれば基本どれだけ強かろうが赤子の手のように捻ることができる。
人間の限界を越えるほどの力を持っているので当然と言えば当然なのだが。




