「そっちの方が面白そうだったから」
カモミールとエルダーフラワー間違えてました。
本当にすみません……。
「ウォン」
「ん………ああ、起きる」
砂時計の砂が落ちきっていた。ビショビショの欄丸が体を震わせて水を落とし、リシャットはその体をタオルで拭いてやる。
「行くか」
「ウォン」
一休みして魔力が粗方戻ったのを感じつつ再び山を下り始める。暫くすると突然リシャットが立ち止まった。
『どうしたのだ?』
【…………欄丸さん。少し此方へ】
気を利かしたライレンが欄丸を少し離れたところへつれていく。
『なんなのだ?』
【あそこでリシャットさんのご両親が亡くなられたんですよ】
『にほんが故郷だとか言っていたが……リシャットはこの国の者なのか?』
【話せば長くなりますが………そうでもあり、そうでもないというのが一番正しい答えでしょうね】
『どういうことだ?』
欄丸の声に、ライレンは答えなかった。
「別に待ってくれなくていいよ。早く下りよう」
先程までリシャットが立ち止まっていた所にはエルダーフラワーの押し花が置いてあった。
『リシャット』
「……ん?」
『少しでいい。……貴様のこと、話してはくれまいか?』
「俺のこと? ………話すほどのことなんてないから」
はぐらかして少し下を見た。それ以上は言わないとばかりに。
「……………」
欄丸もなにもそれから話し掛けることはなかった。リシャットとは違って欄丸は空気の読める子なのだ。狼だが。
そして何度目かの休憩に入ったときリシャットが空を見上げて耳を澄ます。
(雲行きが怪しいな…………)
リシャットは風の音を聞き分け、鞄から取り出したシートを木に引っ掛け始めた。
『何をしているのだ』
「今日はここで休もう。この辺りは木が沢山根を張っているから土砂崩れも起きにくいし」
『まだ少し明るいぞ』
「明かりがないでしょ。電池は出来るだけ節約したいしそろそろ雨も降る」
リシャットは手際よく少し平らな場所にテントを張っていく。
『そこにテントを張るならこちらのシートは必要ないのでは?』
「見張りがいるだろ。この辺りは熊も出るしなにより奴等が来ることもある」
『確かにそうですね』
以前ここに来たとき、亜人戦闘機が来たからそれも判明している。念には念を、といったところだろう。
「食べ物はこれで我慢してくれ」
欄丸にいつものドッグフードを渡す。
『肉は』
「無理だろこんなところで。下手に匂いが出るもの食べたらそれこそ危険だ」
『むぅ』
話し方は大人っぽくてもまだまだ欄丸は子供なのだ。忍耐というものが足りないらしい。
「おい。起きろ」
リシャットはテントの中で雑魚寝しているライレンと欄丸を起こす。
「クゥ………」
「欄丸。早く起きて食べろ。少し………。いや、俺が疲れるからな」
「?」
寝惚けながらグッと伸びをする。そこで妙な違和感を覚えた。
目を開けると色とりどりの華が周りに見えた。
「⁉」
よくわからぬまま、自分の前足を見る。人間の手だった。
「!?!!!?!???!」
自分でも何を言っているのかわからない言葉を口走りながら自分の体をマジマジと観察する。
まず、尻尾がなかった。頭に手をやると耳がやけに小さいものになっていて、今まで見えていたものよりハッキリと色が見える。
自分の体を隅々まで見ているとリシャットが再びテントの中に入ってきた。
「どうだ? 新しい体は。昨日のうちに魔法をかけておいたんだ。定着するまでに五時間はかかるからな」
『なぜ言わなかった』
「そっちの方が面白そうだったから」
悪びれもなくそういう。
【へ? どなたですか!?】
「欄丸だよ」
【欄丸さんは犬です】
『狼だ!』
爪を立てて唸る。リシャットがすかさず欄丸を小突いた。
「人間は唸らない。あと声を出してみろ。いつまでも念話を使い続けるのは魔力が常に消費されて溜まるものも溜まらない」
欄丸は頬を膨らませて不満げな顔をする。狼の時ですら表情がよくわかるやつだったのだ。人間になって余計に表情豊かになったものである。
リシャットは意識しなければ普段真顔なので二人並べると物凄い違和感である。
「今日は少し人の居るところに下りるぞ。言葉も話せるようになっておけ。………通じないとは思うけど」
『なにか言ったか?』
「別に。お前には関係のない独り言だ」
そう言って出ていくリシャットの後ろを四つん這いでついていく。
「おい。足使え。足」
『む、むぅ』
立ち上がれない。リシャットが支えてやっと二本足で立ち上がれたが、歩くなんて無理である。
だが、それを無理矢理にでもやらせるのがリシャットである。要は、鬼である。
「立て。そっちの足出して。ほら」
自分の手を掴ませながら立ち上がらせ、プルプルと震える足を動かさせて体に叩き込ませる。
このやり方が良かったのか欄丸に二足歩行のセンスがあったのかわからないが、僅か十数分で歩けるようになった。
「ぁ………ヴ」
「違う。もっとはっきり声を出せ」
それが終わったら話す練習に入った。元々リシャットがヨシフ達の言っていることを理解したいと言っていた欄丸に言葉を教えていたので話すのは割りとすぐにできた。
「これでひとざとにおりてもあんしんだな」
「子供みたいなしゃべり方だから不安だよ。それに………いや、これは俺がカバーできるからいいや。さっさと食べてくれ。出発するぞ」
先程から、リシャットが妙に口ごもっている。言葉が見つからないというより、面倒くさいから説明していないような感じだ。
欄丸もそれを薄々感じていた。
これで後に欄丸が大変なことになることに繋がってくるのだが、それはまだ先の話である。
「ここが………にほん」
「そうだな。田舎だけど」
村に下りた欄丸は目を輝かせながらキョロキョロと辺りを見回している。
「リシャット! あれはなんだ」
「電波を受信するアンテナ」
「あれは」
「もう一旦黙って歩け」
質問攻めにしてくる欄丸に微妙なウザったさを感じながらリシャットは辟易とした様子だ。
欄丸は黒髪に黒目の18歳くらいの容姿だ。大人にしたのにはいろいろと理由があるのだが、それは割愛する。
日本人風の顔立ちだがリシャット程ではないがかなり整っており高い背と相まってモデルといわれても違和感がない。
リシャットも目立つ顔立ち、というか一目見たら忘れられないほど整っている上必要のないときは本当に喋らないのと無表情なせいで人形のようである。
欄丸は日本人と言われても納得できるが、リシャットは元々日本人離れした顔立ちで今は金髪青目なのでもう完全に日本人ではない。
「まずはお前の服調達しないとな」
「これではだめなのか?」
「一着しかないのはちょっとな………」
リシャットが昨晩自分の服を欄丸の服に仕立て直したのだが一着しかない上に下着もない。
「金ならない訳じゃないからな」
「あまりきゅうりょうはもらえないのではなかったか?」
「そのもっと前から一応金はあるからな。口外するなよ」
気力で作った物を売った分の金やそれ以外にもこっちの世界に貯えはある。
「まぁ、心配するな」
そう言いながら真っ直ぐと駅へ歩いていく。
「これは?」
「電車。取り合えず首都に向かうぞ」
田舎の更に田舎に住んでいた欄丸は見たことのない箱に興味深々のご様子だ。
「ほら」
「?」
「ここに通して通過する」
改札機に手まどいながら少し遅れてきた電車に乗る。
「だれもいない」
「ここ、終点一歩手前だからな。着くまで結構かかるしゆっくり待とう」
リシャットが足を組んで座席に座ると欄丸は恐る恐るそのとなりに座る。そして窓の外を見始めた。
「リシャット! はしだぞ」
「知ってる」
冷めた返答を返されても欄丸はめげずにリシャットに話しかけ続ける。本来なら五月蠅いと叱られてもおかしくないのだがこの車両、誰もいない。
リシャットも誰もいないからいいか、と特になにも言わなかった。
そのまま、ゆっくりと時間が過ぎていった。




