「ラン! 走って逃げろ!」
「どうなってやがる……!」
誰がそう声を出したかは判らない。もしかすると全員そんなことを口にしたかもしれない。
トランプがどこから飛んできて突き刺さって戦闘不能になる者の人数が半端ではないのだ。
しかも、ある特定の場所に居るものだけが狙われているようである、と相手は認識していた。
正確に言えば、ヨシフ達に攻撃を仕掛けた者のみを仕留めているだけなのだが。
「もう今回は撤退した方が…………」
「そうかもしれないが……」
そんな会話が耳に入ってきてリシャットは一旦攻撃の手を止めた。もうそろそろヨシフ達を攻撃するものも減ってきた頃合いだったので。
「欄丸。少し止まれ」
首の横に手をやると欄丸が減速してその場に立ち止まる。リシャットはその会話にじっと耳を傾ける。
「死者は?」
「ほとんどいませんが、戦闘不能者が多すぎます」
「………撤退する」
「はっ!」
リシャットは内心でガッツポーズをしながら蘭丸にもたれ掛かった。
『お疲れ様です』
「ん……皆無事で良かった」
『だな』
まるで視界が回転してるかのような気持ち悪さを感じながらも仲間たち全員の体に傷がないかじっくり見ていく。
「殆どが掠り傷だ………良かった。…………本当に良かった」
右腕は使ってはいないが下手に動かしたので痛みを訴えているわ、トランプを取り出すときに何度か指先を傷つけて血が垂れているわ熱で朦朧としているわで満身創痍ではあるが、皆無事だったことに何よりも安心しているようである。
互いの兵が徐々に撤退していくのを見ながら、安堵の息を溢し、自分と欄丸を縛っていたマフラーをとる。
『どうした?』
欄丸の問いにも答えずにマフラーを蘭丸に再び巻き付ける。そして、
「ウグッ――――」
地面に向かって盛大に吐血した。
『リシャット‼』
胃液も一緒に出ているようでそれほどまでの血の量ではないのだが、危険な状態なのは確かである。
そのままゆっくりと地面に横たわり、咳と荒い呼吸を何度も何度も繰り返す。
『どうすれば』
『取り合えず家に帰りましょう‼』
『わかった』
口から血を流すリシャットの服を引っ張って自分の背に乗せようと欄丸が奮闘していると、誰かが近付いてきた。
『! リシャット! 誰か来る!』
なんとかこの場を離れようとリシャットを鼻先で突付くが本人の意識が既にない。ぐったりとして不規則な浅い呼吸を繰り返している。
欄丸はリシャットの鞄をくわえて全力で引っ張った。
「ワゥン!?」
その瞬間、鞄だけがするりとリシャットの背を離れて勢い余った欄丸だけが遠くへ吹っ飛んでいった。
それと入れ違いに横腹を押さえた男がそこに現れた。
「子供………?」
リシャットを軽く揺すって持ち上げる。束を解いたままになっていたトランプがパサパサと地面に落ちた。
「トランプ……まさか…………あれをお前がやったのか……?」
リシャットを驚愕の目でみる。本人に意識がないと見た瞬間にそれを担いで行ってしまった。
『リシャット! !? いない!?』
つくづくタイミングの悪い欄丸が帰ってきたが、既にリシャットは連れていかれている。
どうしようかとあたふたしていると少し離れたところから声がしたのでとりあえずその方に向かって走った。
「!」
服を掴まれて上に掲げられているリシャットが見えたのでとりあえず突進した。
「ガウッ!」
「なんだ、コイツ………!?」
「ラン! よくやった」
ヨシフが遠くから声をかけてきたがそれを一旦無視してリシャットを救出する。
このとき欄丸は知らなかったのだが、リシャットが捕まったのは運悪く敵方の男だったようで、殺される寸前だったらしい。
「ラン! 走って逃げろ!」
「ウォン!」
リシャットをくわえたまま取り合えず家に向かって全力疾走した。その瞬間、後ろの右足に痛みが走る。
「ギャン!」
あまりの痛みにリシャットを放り投げてしまった。欄丸が自分の足を見てみると撃たれている。
「ぐぁっ…………」
少し離れたところにリシャットも墜落した。今日一番のダメージだったかもしれない。
「逃がさねぇ……絶対に!」
「グルルルル………」
足が動かないほどの痛みに耐えながら唸り声をあげて威嚇する。リシャットの方に少しずつ後退していきながら逃げる好機を見逃さないように周囲に目を光らせる。
「死ね!」
だが、欄丸に攻撃手段も防御手段もない。高速で飛んでくる弾に対応できるはずがないのだ。
リシャットを除いては。
ガキン、と金属と金属がぶつかり合う音がして欄丸の方に飛んだ筈の弾がカードと共に地面へと落ちる。
「よく………頑張ったな、欄丸………。いい子だ」
血で汚れた顔を袖で拭きながら痛みで震える右手で欄丸の頭を撫でる。
『貴様………右手』
「いいんだ。…………もう、使えないし……」
カードを指先に挟みながら真っ直ぐそれを構える。
「やりたければ気の済むまで撃てばいい………大砲でもなんでも切り刻んでやる」
そう言って手首だけを動かしてカードを投げた。すると、奥で銃を構えていた男の頬を浅く切り裂きながら大きく旋回するように飛来し、再びリシャットの手に戻る。
「俺の目は………どうやったって誤魔化せないぞ?」
怒りに燃える目を向け、小さくも大きくもない、ただただ心のない冷たい声でそう言った。
「人を殺す躊躇など、とうの昔に捨てている」
そこにいる全員が、多少の差はあれど小さな子供に震えていた。割れた額の血を滴らせながら息も絶え絶えとも言える満身創痍の子供に底のない沼のような恐怖を感じていた。
ここにいる者達は何度か戦場に出ているものが多い。
恐怖などは普通に暮らしている人間等より感じにくくなっている。だが、リシャットは違う。感じにくい、ではなくほとんど感じていないのだ。
恐怖の連続にさらされ、何度も命を落とし、拷問並みの痛みでも叫び声ひとつあげない程に。
その異常さを皆感じ取っていた。
「子供だからって………舐めてると痛い目見るよ」
銃と同等以上という恐ろしい威力のカードという武器をいつでも放てるように気を張るリシャットの声に誰もが怯えていた。
恐ろしいほど透き通っていて暗い、触れば切れそうな目を油断なく周囲に向けて欄丸の傷をみる。
「………痛いか?」
「キューン………」
「もう少しだ。頑張ってくれ」
自分の腕を巻いていた包帯をとり、欄丸の足に巻く。真っ青になっている肩や腕の傷が露になった。
「………少し、痛いぞ」
指を欄丸の傷口に近付ける。
「ギャン!」
欄丸が苦悶の声をあげて体を震わせる。リシャットは丁寧に指先で状態を確認し、何かを掴む動作をした。
その掴んだものを左手で投げ捨てる。
カラン、と石の上に弾が落ちた。今取り出したらしい。
「………担ぐぞ」
左手でゆっくりと欄丸を肩に乗せて後ろを一瞥もせずに歩いていった。黒ずみ始めている右肩をだらりと下ろし、左手にコートやマフラー、狼を抱えて歩くその姿を誰も忘れることは無いだろう。




