「お前……狼なのに器用だな」
「お前をつれてこいって言われたんだよ!」
「私は留守番を頼まれています。ヨシフさんに留守番しなくていいと言われるまでここを離れる気はありません」
殴られたのに全く動じていないリシャットに相手は焦っているようだった。
「………っ! そのヨシフから聞いたんだよ!」
「………本人から聞こえない限り信用できませんし………貴方、今嘘をつきましたよね?」
本心を聞いたのだろう。リシャットは普段人の心は覗かないように能力を抑えているがなにかあれば聴力を極限にまで高める。
逆に言えば、今リシャットは目の前の男を少なくとも敵と認識しているようだ。
「なにを……」
「これでも表情を見るの、苦手じゃないんです」
心の声が聞こえたから、なんて言えないのでそういうことにしておくらしい。
「そういうわけで、失礼します」
踵を返して家に戻ろうとする。
「待てよ!」
「………まだなにか?」
少々苛立った声を上げながらもう一度振り返る。それと同時に地面に這うくらいの低さでその場を飛び退くように離れた。
「…………やる気ですか?」
「こっちは引き摺ってでもつれてこいって言われてるんだよ。大人しくついてこればこんなことにはしなかったのによぉ」
丁度リシャットの頭辺りに足を振り抜いた男がニヤリと笑う。避けられたのに全く驚いていない。
「子供の癖に滅茶苦茶戦いなれてるとは聞いたけど………この不意打ちをあっさり避けるとは思ってなかった。……面白いじゃん」
「こちらはなにも面白くありません。家に傷をつけたら……トラック壊しますよ?」
「………この人数に太刀打ちできるなら、やってみれば?」
右手を高く上げるとトラックの荷台からぞろぞろと人が出てきた。二十人はいる。
『かなりの大所帯だな………。俺一人つれてくためにどんだけ力入れてるんだろ』
『ぼんやりしてないで前を見てください。家を守りきらなきゃいけないですし、油断は出来ませんよ』
『判ってるさ』
女子供も数人混ざっている。
『数合わせ………? いや、俺みたいに戦える子供だったり』
【私も手伝いましょうか?】
『いや、さっき言ったみたいにお前は家を守れ。銃痕でも増えたら一年は食い物やらないから』
【そ、そんな………。命にかけても守りますよ】
『かけてもらわないと困る』
家を一軒守るだけでここまで気合い入れる人も早々いないかもしれないがリシャットなので仕方ない。
「文句は受け付けませんけど、宜しいですか?」
「子供に何ができるって言うんだよ」
「そうですね……占いとか?」
リシャットがニヤリと笑って懐から何かを取り出して指先で挟む。殆ど体を動かさずにそれを真っ直ぐ投げた。
風を切りながらそれは荷台から出てきた男の方へ飛来し、足をザックリと切り裂いてトラックの荷台の側面に突き刺さる。
「ギャァァアアア!?」
「そんな叫ぶことじゃ無いでしょう? ただのトランプ投げただけですし」
両手に大量のカードを持ち、悪魔よりも悪魔らしい笑みを浮かべて低い声で小さく笑う。
ただのトランプ、では勿論無い。元々はただのトランプなのだがリシャットが少し弄った結果人の骨さえも切断できる凶器になった。
これの恐ろしいところはリシャット以外には本当にただのトランプにしかならないというところである。投げナイフのように投げ返されることがないのだ。
まさに鬼に金棒である。実際は神にカードであるが。
「逃げないでくださいよ? とはいっても後まだ二百枚近く服の中にあるので弾切れは早々無いですが」
リシャットの顔に青筋が浮かんでいる。
【あー。これ相当怒らしちゃってますね……】
屋根の上で傍観しているライレンが苦笑いしながら家の周囲に何重もの防護魔法をかけていく。
【いやぁ、あの状態になったリシャットさんは止められる気がしないんですよね……。いざとなったら逃げよう】
周辺破壊しだすのも時間の問題である。恐らく家は絶対に安全なので家の中に避難すれば大丈夫だろうが。
「ヒッ………!」
「怖いなら手だししなければ良かったんですよ。私を怒らせた時点でアウトです」
カードを目にも止まらぬ速度で二枚、三枚と投げる。しかも百発百中どころか一枚で二人三人やっていく正確さである。
あまりの早さに動こうにも動けない。
「ちょっと痛いかもしれないけど………我慢しろよ」
袖口から麻酔銃を取り出して女子供を眠らせる。その代わり男には容赦なくカードで切り裂いていく。
「このやろ!」
「不意打ちするなら声を出さないことをお薦めしますよ」
「ぐぎっ!?」
真後ろから黒い棒のようなもので殴られそうになったのを瞬時に判断して半身をずらすことで回避し首の後ろに手刀を入れて気絶させた。
「………張り合い無いな」
最初にトラックから降りてきた男以外を戦闘不能に追いやった。
「………俺さぁ、怒ったらすぐに発散するって決めてるんだよね」
カードを口にくわえて右手に持っていた男をトラック付近まで投げる。
「お前……右手動かないんじゃ」
「ぁあ? 動かないのを無理矢理動かしてんじゃねーか。片手で戦うのはまだ違和感あんだよ」
イライラした様子で話す。相当怒っているのは間違いない。口調も別人のようになっている。
「まぁ、いいや。早く帰ってくれない? イライラしてるから………」
冷たい氷点下の温度を持つ目で睨み付け、
「………殺っちゃうよ?」
恐ろしい笑みでそう言ったのだった。
「聞き分けがいい人で助かったな」
「クゥン………」
どの辺が、と突っ込みたいところだったがリシャットのまとう雰囲気がいまだにイラついているようだったので欄丸は自重した。
「さて、飯にするか」
まだイラついているのは確実だ。何故なら、いつもなら力加減を間違えるはずがない。
「あ……まな板ごと切っちゃった……」
無意識に力が入っているリシャットを見て、ライレンと欄丸は目を見合わせて今日は刺激しないようにと言葉も交わさずに確りと互いの心に刻み込んだ。
「はい。欄丸の分」
「クゥン」
「………何でそんな遠いんだ?」
少し遠くから見つめてリシャットの機嫌を害わないように努める。勿論ライレンもで、
「そうだ。ライレン」
【な、何でございましょうか】
「なんでそんなガッチガチなの?」
むしろ違和感をリシャットに植え付けるだけでなにも起こらなかった。
朝食を終え、昼までグデグデしていたのだが、昼前になって突然リシャットがライレンを呼びつけた。
【どうされました?】
「ヨシフさん達の様子を見てきて欲しい。さっきあんなことがあったから少し心配なんだ」
【構いませんけど、魔眼を使わないんですか? 私が見に行くより早いかと】
「そうなんだけど……。朝さ、右手使っちゃったじゃん?」
【はい】
「ちょっとそれが不味かったみたいでさ……」
肩を曝け出す。真っ青になっていた。
「こんな感じで、こっちに魔力回さないと結構辛いんだよな、今」
【じゃあなんで使ったんですか】
「なんとなく………使わないと、って思ったんだよ」
特に理由はなかったらしい。
【わかりましたよ。行ってきます。ただし、安静にしていてくださいよ】
「ああ、わかった」
ライレンが飛んでいったのと入れ違いに欄丸が部屋に入ってきた。
『!? どうした、その腕は………!?』
「ああ、朝右手使ったときにやっちゃったみたいで」
『はぁ………』
ため息をついて部屋から出ていった。
「?」
暫くしたら箱をもって帰ってきた。
『冷やした方がいい。それと、怪我をしたところも包帯を巻け』
「あ……気付かれてた?」
『当然だ』
救急箱を取りに行っていたらしい。意外と優しい面もあるようだ。
右肩に湿布、走ったときに少しナイフが当たって切れた場所には消毒をして膿を出してから包帯を巻いた。………欄丸が。
「お前……狼なのに器用だな」
『狼だから器用なのだ』
どうやって巻いたのか。前足で先端を押さえながらリシャットの手を中心にくるくる回って巻いた。
世界初、狼が包帯を巻いたシーンだったのではないだろうか、とリシャットはくだらないことを考えていた。




