『狼がスキップ出来るんですか?』
「というわけでここで飼ってもいい?」
『な! 我は家畜では……!』
『俺がお前と会話して決めたなんて言えないし残念ながらお前はペット枠だ』
『ぐ』
反論できない。
「へぇー。いいよ」
「噛まないように躾してくれよ」
「うん」
リズ達にはあっさりと許可をもらえた。そんな気はしてた、といった顔である。
「で、名前は?」
「ない」
「付けてないの?」
「飼えるかどうか判らなかったし」
「早く付けてあげなよ」
「わかった」
というわけで。
【何にします?】
『貴様が決めるのか』
『いや、俺だけど』
リシャットにはあまりネーミングセンスがないので皆で決めることになった。とはいってもシアン、ライレン、リシャットの三人プラス名無しの一匹なので脳内会話である。
『古風な感じを期待する』
『古風………古風ってなんだ』
【私に訊かれましても】
『日本名でもいいんじゃないですか?』
暫く話し合った結果、
「欄丸になった」
「ら、、ランマル? なんか凄いな………」
本人がこれがいいと言い張ったのだ。本人が喜んでいるなら良いのだろうが、思いっきり日本名である。
それからランちゃんと呼ばれるようになったのはその後すぐの話である。
「可愛い!」
「へぇ……こんなところに捨て犬か。や、こんなところだから捨てられたのか」
この周辺、人通りがないので誰かが捨てに来たと思っているようだ。あながち間違ってないのでリシャットも訂正しない。
『我は捨て犬ではない!』
『群れに捨てられたんだろうが。いいから大人しくしてろ』
『何故洗われねばならぬ! 前のように魔法とやらをかければ良いではないか!』
『あれ見た目より疲れるんだよ。いいから動くな。目に入るぞ』
ミラ達が見ている前で洗われている欄丸。リシャットが念話で動くなと押さえつけているのでおとなしい犬に見られているようだ。
『嫌だ! 離せ!』
『男なんだから我慢しろ』
『人間と我らを比べるでない! そもそも我は犬ではない!』
『狼ってばらした方が危ないから犬で押し通してんの。それぐらい察しろよ』
そう。欄丸は本当は狼なのだ。リシャットは見た瞬間から気づいていたがあえて誰にも言っていない。
「キャン!」
「ちょ、おい」
逃げようとしたところをリシャットに首輪を引っ張られて捕まえられる。
『何故我にこのようなものを付けるのだ!』
『野生と間違われないようにだよ! いいから座れ!』
石鹸を体に押し当てて洗っていくと灰色になった泡がどんどん出来上がっていく。
『汚い………』
『失礼だぞ!』
ウウッと唸って威嚇する欄丸だが、リシャットにその威嚇は通用しない。
「リシャットの言うことだけは聞くんだよな……。何が違うんだろ」
「リシャットだからでしょ」
「成る程」
今の話のどこに納得するところがあったのだろうか。
「よし。流すぞ」
「キューン………」
尻尾を股の中に挟みながら泡を洗い流される。当然尻尾の泡も流さなくてはいけないので、リシャットはそれを容赦なく鷲掴みにして流す。
「キャイン!?」
『何をする!?』
念話と悲鳴を同時にあげながらその場から飛び退いた。
『洗わなきゃいけないし』
『尻尾はデリケートなのだ! 一声かけろ!』
『ああ、じゃあ掴むわ』
『遅い!』
その後は少し乱暴なリシャットに丸洗いされたが特にこれといったことはなかった。
「それにしても見たこと無い犬種だな」
キルサンにそう言われ、一瞬考えて、
「俺も見たこと無いから……雑種じゃないかな?」
「だよな」
どれか近そうな犬種に当てはめようかとも一瞬思ったが雑種ということにしておいたら楽なので。
『我は雑種ではないぞ!』
『はいはい。でも狼ってばれたらヤバイから雑種ってことにしとくぞ』
近頃、リシャットのスルースキルのレベルが上がってきた気がする。
「ランちゃん。おやつあげる」
「ワフ!」
乾かされて直ぐにミラが犬用のパンを持ってきて与え始める。ライレンがミラに聞こえないようにこっそりと言う。
【こう見ると狼には見えませんね】
『そうですね。犬ですね』
『犬だな』
『貴様ら! 聞こえているぞ!』
尻尾を振ってお手をしながら反論してくる欄丸。器用だ。
「今度の依頼の件だけど………リシャットは留守番していてくれないか?」
「え? なんで?」
「右腕のこともあるけど、依頼主が軍なんだよね」
「確かにそれなら行かない方がいいかもな……。判った。待ってる」
「ごめんな」
「自分のせいでもあるから」
軍には正直近寄りたくないとリシャットは考えているので。
「それで、なんの依頼?」
「………弾運びだ」
「………大丈夫?」
「大丈夫だって」
弾運びという仕事は戦闘には基本関わらないが弾薬や補給物資を運ぶ役割のため、最も狙われやすい仕事だ。
場所は紛争地帯。食べ物の補給もしなくてはならないので急がなければならない。
「昼過ぎから行くから、家を頼んだぞ」
「判った」
留守番はそう珍しい事ではない。たまに行く場所によって今回のように一人家に残る事もある。
「じゃあさっさと昼食作るから」
「お。ありがと」
全員分なので相当な量になるがヨシフの家に全員が集まることは珍しくないので食べ物のストックは大量にある。特に乾パン。
「さてと………軽食もついでに作っておくか」
『我も貴様らが食べているものを食べてみたいのだが』
『ん? いや、塩分高過ぎるし、食べちゃいけないものとか入ってるし』
『むぅ………』
『はぁ………。わかった。ただし、ちょっと俺達とは違うからな。玉葱とか抜くし』
犬にネギ類は中毒になるものなのだ。犬ではないが。
「ウォン!」
尻尾を振って喜んでいる。この当たりは本当に犬にしか見えない。
【何にするんです?】
「ん………材料の関係でシチュー。ついでにサンドイッチ大量に作っておく」
そう言うと冷蔵庫からニンジンや玉葱等を取り出して皮を剥く。左手で空中に野菜を放り投げて浮いている間に皮剥きをするという、もう隠すことを完全に止めた包丁裁きである。
隠すもなにも魔眼を見られた時点でアウトだったからなのだが。
「ん? 水がでない」
【え。またですか】
「んーと………。また水道管に水が流れてないな……」
この周辺には人が住んでいないため水道管に異常があっても誰も気づけないのだ。
何故なら、リシャットが全部自分でできてしまうからなのだが。
「我の魔力によって美しき水を作り出せ。アクア・プール」
ほんの少しの魔力で作られた水が空中で玉になって浮かぶ。大体その量はお風呂一杯位だろうか。
リシャットはそれを水道がわりに使い、お湯を作ったりしている。余った分は近くのタンクに入れておく。水道水よりも圧倒的に旨いので皆こっちを飲む。
結果、誰も水道管の詰まりに気づかないのだ。
「よし。後はサンドイッチと」
サンドイッチに使うパンはミラが持ってくる物なのでほぼタダである。遠慮なくリシャットはそれを厚めに切って具を挟んでいく。
人数分×2人前と小さいあまり具が入っていない物を作り、ベルを鳴らす。
チリリン、と涼やかな音が辺りに響くと、それと同時に何人かの足音が聞こえてきた。
「リシャット。出来た?」
「出来たよ。これ運んでくれる?」
「わかった」
ベルは料理が出来たという合図で右手が使えないリシャットの為にアルビナが買ってきたものである。
この音を聞いたら料理を運びに来い、という物だそうだ。
別に一人でも運べる、とリシャットは言ったのだが本当は全く問題ないと判っていても6歳の子供が自分の頭よりも大きい皿を片手で運ぶという光景がどう見ても危なっかしくて仕方がない。
ただそれだけの理由でこれが設置された。
確かに楽なのでリシャットも重宝している。
「そのシチューと大皿運んで。一人一個ってちゃんと言ってね」
「わかった」
一人一個と言っておかないと二個食べそうな人が一人いるので。
リズ達が料理を運んでいくのを横目で見ながら残りのサンドイッチをラップにくるんでいく。これは軽食用。ようはおやつだ。
『我のは? 我のは?』
「あるからもう少し待ってろ。自分の皿を持ってきて………るのか」
『当たり前ではないか』
「はいはい。向こうで皆で食べろよ」
『うむ!』
小さいサンドイッチを欄丸用の皿に乗せてやると嬉しそうにそれをもってリビングへ走っていった。
(なんか………スキップでもしそうな勢いだったな)
『狼がスキップ出来るんですか?』
(さぁ………?)
ラップにくるんだサンドイッチを保温バッグに入れながら苦笑するのだった。




