(外す道理がないからな)
魔眼を戻し、再び話し始める。
「本当にただ見えるだけですが、この先お見せすることがあるかもしれないと思ったので今ここで明かしました」
「誰にも言わないから、安心して」
「そうですか」
今ここで魔眼の能力を全部言わなかったのは、この先もし魔法を使ってしまうことになった時、魔眼の能力だと言い張れるようにするためだ。
真っ暗な中で明かりも持たずに動き回る予定なので先に明かすことにしたのである。
因みに誰に聞かれてもいいようにこの周辺は結界で守っている徹底ぶりだ。
「それを使えば助けることができるの?」
「これは結果ではなく過程に繋がる物ですから、その辺りはなんとも……。ですが、絶対に助けます。勝てなくても、負けませんから」
確実に勝てなくても逃げることも戦いだ。リシャットにとって負けることは人質を助けられないこと。勝つというのは相手を捕まえること。
もし勝てなくても逃げるという選択肢がある分、大分楽なのだろうな、と他人事のように考えていた。
『昔は、人質を助けることは当たり前でその先を求められ続けていましたもんね』
(そう、だな………)
助けられなかった人質が出ると、当然のように怒られた。期待等、リシャットにとっては呪いでしかない。
自分が関与していなくとも、疑われる地位に居たのだから。
「……力があっても、出来なきゃ意味がないから」
それは、独り言だったのだろうか。それともリズに向けていったことなのだろうか。リシャットは小さくそう言った後、静かにその場から離れていった。
「………本当に大丈夫?」
「恐らくは」
「妙にハッキリしていない解答………」
「いや、正直どうなるか行き当たりばったりなので」
埃まみれの通風口を匍匐前進で進んでいく。リシャットは真っ暗でもはっきり周りが見えるので懐中電灯の類いは全てリズに渡してある。
見付からないように先行しているのだが微妙にリズが付いてこれていない。
「ちょ、もう少しゆっくり………」
「ヨシフさん達の計画に支障が出ます。頑張ってください」
しかもいつも以上に厳しい。
【見えましたよ。ファンは取り外しておきました】
(了解。そのまま待機しておいてくれ)
【判りました】
先に行かせたライレンと連絡を取り合いながら進む。かなりの速度で。
「リズさん。そろそろ例の場所に着きます。準備はよろしいですか?」
「へ? あ、うん」
「ここから先は話すとバレるので単独行動になります。鍵を開けるまで時間を稼いでください」
「わかった」
そう言ってリシャットが分かれている道を進んでいく。リズはその反対の道に入っていく。
暫くリシャットが進むとファンが外れた換気扇を発見した。ライレンに予め外しておくように頼んだ物である。
「………」
金網越しに周囲の状況を見る。幾つか扉があり、その前に男が二人座り込んで談笑している。
『見張りが雑ですね』
(夜中だし仕方ないんじゃないのか?)
音を出さないように慎重に動きながら服の袖に仕込んだ銃を二丁取り出す。
『外すと普通に戦うことになりますし、相手にも気付かれるので慎重にお願いしますね』
(大丈夫だ)
ピタリと両手の銃を二人の男に一丁ずつ向ける。
(外す道理がないからな)
カチ、と小さな音がして先端から二本の針が射出される。
「なっ………」
気付けないまま見張りが二人その場に崩れ落ちた。
【流石ですね】
(世辞は良い。さっさと縛れ)
【了解】
少し離れた場所にいたライレンと合流した。男二人は首筋に針を突き刺したまま痙攣しつつ気絶している。
「ちょっとやり過ぎたかな」
『大丈夫ですよ。ただの麻酔薬ですし』
【ただの、ですか……】
エグい材料混ぜ合わせて作った劇薬である。一瞬でも体内に入れば抵抗できずそのまま気絶するもので、少しでも量を間違えたら死に至るものである。
最早毒薬である。
「んー………成る程」
扉の前に跪き、鍵穴を覗き込んで魔眼を発動させる。
「……こんなもんかな」
指先に氷で鍵を作っていく。鍵穴にぴったりと収まるサイズの物だ。
それを差し込んで回すとかちりと音がして鍵が開く。
音が出ないよう慎重に扉を開けると女性と子供合わせて6人がそこで眠っていた。
(ライレン)
【もう張り終えてます】
(ありがと)
そっと近くの子供に近付き、肩を揺らして起こす。
「起きてください。………全然起きねぇ」
『取り合えず大人から起こしましょう』
「そうだな」
女性の肩を同じように揺らし、
「あの。すみません」
「ぅ……? ん?」
「起きて直ぐで申し訳ないのですが、ここにいる人を全員起こしてもらえませんか?」
「なんで? ふぁぁ……」
未だ寝ぼけているようだ。
「ここから逃げましょう。退路は確保済みです」
「へっ!?」
その言葉で起きたらしい。顔を上げてリシャットをまじまじと見る。とはいっても顔がバレないようにスカーフで半分以上顔を隠している上にフードを被っているので殆ど顔は見えないのだが。
「こんな怪しい人に付いていけと」
「ごもっともです」
そう言って顔を晒す。魔眼発動は一旦止めたので目は元に戻っている筈だ。
「……子供じゃない」
「はい。子供です。ですが、……っ!」
ハッとした顔をして扉の方に目を向ける。
「不味い……最低限の戦闘しかしてこなかったのが仇になったか………」
リシャットの耳はハッキリと此方に近付いて来る足音を捉えていた。
「私の事は信じてもらえなくても良いです。ですが、ここから逃げ出すには今しかない。少しこの場を離れるのでここの人達を起こしてください。信じてもらえなくても結構ですので」
取り合えず急げ、と急かして扉から出る。
【思ったより気付かれるのが早かったですね】
『見張りから連絡がなかったのが不自然だったんでしょうね。監視カメラの方も誤魔化すのはもう限界ですし』
顔を再び隠して天井にあるパイプの上に飛び乗る。
(気配は……三人)
『未だこちらの様子はバレていないようですね』
麻酔銃は二丁しかない。二人一気に眠らせたとしても一人にはその光景を見られてしまうことになる。
特に、他の人間にバレることはできるだけ避けたい。
(後ろに回って一人仕留めるか? いや、今の俺の体じゃ見えないほどのスピードで動けるかは微妙だな……)
『魔法は使わないんですか?』
(ギリギリまで使いたくない。手札がバレるのは不味いし何より魔力切れでも起きたら本当にヤバイ)
迷っていると、出てきた部屋の扉が開いた。
『未だ倒してないのに出てきちゃいましたよ!?』
(仕方ない! ライレン! 右端のやつを仕留めろ!)
【了解】
銃を二丁袖から出してその場から飛び降りつつ照準を合わせ、そのまま空中で撃った。
「ぐっ……!」
「かはっ………」
「な、にが……」
ライレンもほぼ同時に首筋を手刀で叩いて気絶させた。
「わっ!? なんで飛び降りて……」
「すみません。勘づかれる前に仕留めなければいけなかったもので」
そのまま倒したもの達を縛り、一ヶ所に固めずに放置する。もし誰かが起きたときに直ぐに接触できないようにしたのだ。
気休め程度のものでしかないように思えるが、周辺は真っ暗なので起きたときに誰もいないと錯覚するのだ。
「なるべく静かにお願いします。ここの道を抜ければ私の仲間がいますのでそこからは彼女に」
「君は?」
「私はここで追われないように見張る必要があるので」
早く行って、と目で訴えながら周囲の状況把握につとめる。
「………ありがとう」
「礼なら助かった後でしてくれると嬉しいです。さぁ、そろそろあっちも監視カメラに気づく頃なので行ってください」
部屋から全員脱出したので後はリズに任せることになる。
(さてと、ヨシフさん達に連絡いれないと)
ベルトについている防犯ブザーのようなもののボタンを押す。
その瞬間、警報音が建物全体に鳴り響いた。
(始まったな)
『大丈夫でしょうか』
(ヨシフさん達のことだ。何かあっても絶対帰ってくるだろう。俺はここを守りきるだけだ)
ニヤリと笑って麻酔銃を両手に構えるのだった。




