「工事とかですか?」
【でも私霊体に近い存在ですよ?】
「? それになんの意味がある?」
【触れられませんよ?】
「こうだろ?」
バゴッと変な音がライレンの鳩尾から聞こえた。リシャットの右ストレートが見事に食い込んでいる。
【い、痛い! メチャクチャ痛いです!】
「ふーん」
【私の扱い酷くないですか】
「さぁな」
ため息をつきながら本を持ったまま先程部屋に飛び込んできた女性に近付く。
「申し遅れました、昨日からここでお世話になっているリシャットです」
「どういうこと」
「少し………色々ありまして、遭難しかけていたところをヨシフさんとリズさんに助けていただいて」
よくよく考えると奇妙な関係である。先ずもってリシャットの生物としての種類が奇妙すぎるのだが。
「そうなんだ………なんでこんな部屋に一人で?」
「いえ、お邪魔しては不味いかと」
「そこまで気を使う必要はないと思うけどね」
ここに来た人たちがどんな集まりなのかさえ不明なのでその辺は妙に慎重なのだ。
まぁ、大体の予想はつくが。
「それで、ヨシフさん達とはどんなご関係で?」
「あー………仕事仲間よ」
「そうですか」
仕事仲間。その仕事とはなんなのか。
買い物に行ったとき、要る筈のない苗までガバガバ買ってしまう二人である。ただ単に浪費家というわけでもないようだ。
つまり、それなりに稼いでいるということだ。普段家にいるのに。
「それと………これのことは内緒にしていただけませんか? 流石に他の人には見えないので確認のしようがないですけど……」
「それぐらいは良いわよ?」
「ありがとうございます」
「やっぱり子供らしくないわね」
「うっ……自覚はしているのですが」
目線を逸らす。相変わらず正直な上に隠し事ができない。
「何か事情がありそうだから追求はしないけどね。そうだ。皆に紹介しよう?」
「え、ですがお邪魔では」
「大丈夫大丈夫」
ズリズリと引き摺られるようにして廊下を移動するリシャット。
(ヨシフさんが俺を遠ざけようとした意味がわかったかもしれない)
『ですね………』
我が道を行くタイプなのだろう。
「皆ー」
「あ、戻ってきた」
「悪霊はどっか行ったのかー?」
「…………う、うん」
返事に間があったのは真横でライレンが話を適当に合わせろといっているからである。
声が聞こえていないとこういうところでは便利だ。
「それよりもリズ! 可愛いわねこの子!」
首根っこを掴まれたような体勢になっているリシャットを前に突出す。
幸いリシャットはそれぐらいでは首はしまらないので問題はないが。
「リシャット!?」
リズの手によって救出された。もう色々と面倒くさくなっているリシャットはされるがままである。
「ちょっと大丈夫!? 変なことされてない!?」
「少し……痛いです」
「何されたの!?」
「首が」
「あ。ごめん」
首を直接掴まれていた。痛い筈である。
「なんだよそのガキ。どこで拾ってきた?」
「小さいねー。何歳?」
子供に群がる大人達。ヨシフが頭を抱えて少し離れたところで、
「あー……だから隠しておきたかったのに……」
と、溜め息を吐きながら呟いた。
「……リシャット。自己紹介してやれ」
「えっと、昨日からここでお世話になっているリシャットです」
「なんでここに?」
「遭難しまして」
「え?」
そう簡単に遭難なんて事態にはならないだろうが、リシャットが言うとどんな重大発表もサラッと流されていくので。
「色々あってここに住まわせて貰っています」
「へー、やるじゃん」
にやにやしながら男がヨシフを突付く。
「あ、俺達も自己紹介しないとな。俺はデニス。で、そっちにいる無愛想がイリヤ。そこでなんか食べてるのがキルサンだ」
男メンバーが先に紹介を終え、
「私がミラ。横にいるのがアルビナよ」
霊感ある方がミラ、無い方がアルビナ、と頭の中で反芻する。
「宜しくお願いします」
何と言ったらいいのかわからなくなったので取り合えず挨拶をしておいた。
「ここにいらっしゃる皆さんはお仕事で?」
「え? ああ、そうそう」
「うんうん」
ヨシフとリズが二人同時にリシャットの質問に被せるように返事をした。
「リシャットは俺達と仕事するのか?」
「? 出来るんですか?」
「やろうと思えばできる」
「へぇ」
チラリ、とヨシフ達の反応を見る。二人揃って高速で首を横に振っている。息ピッタリだ。
「いや、子供には危なすぎるだろ」
「そうそう」
「工事とかですか?」
子供には危なすぎる仕事=工事? と考えるリシャット。
「違うよ?」
即座に否定するデニス。
「子供でもできて、でも危ない仕事?」
「そだよー。やってる人は物心ついたときからやってるから」
「え?」
スポーツ? と頭の端によぎった。だが、もう答えは大分前に出ている。言うかどうか迷ってはいるがヨシフ達が隠そうとしているようなので黙っているだけである。
「リシャットには関係ないから!」
「リシャットはご飯手伝ってくれるだけで十分だから!」
また二人の声がぴったり被る。
「なんで? 言わないの? どうせいつかバレるよ?」
ミラがソファに寝転がりながらそう言う。
「余計なこと言わないの!」
リズがそう返すが、その返答をした時点でもう色々怪しい。
「いいじゃん。別に」
「良くはないだろ!」
ついには言い争いに発展した。目の端でキルサンが皿の上の菓子が無くなったことにしょげているようだったのでこっそり部屋を抜け出してキッチンへ向かう。
足音一つ立っていないので誰も気づいていないだろう。
リシャットは歩くときなるべく足音を立てるようにしている。意識しないと隠密行動が常になってしまっているので変に怪しまれかねない。
もう色々手遅れだろうが。
「買ってきたやつ………あったあった」
【何か作るんですか?】
「お菓子無くなってたみたいだし」
『ケーキですか?』
「んー、ちょっと違う」
リシャット用に買ってもらった脚立を引っ張り出して高速調理を始めた。
【ああ、なるほど】
「最近これが値下がりしてるからってヨシフさんが一杯買ってきて」
『そんなこと言ってましたね。量は足りるんですか?』
「大丈夫。夕飯の分も一気に作っちゃえば楽だしな」
出来た物を等間隔に切り分けてリビングへ運ぶ。
「あれ? リシャット居なかったの?」
「はい。お菓子がなくなったご様子でしたので作ってきました」
「私より上手いんだけど………」
言い争いがまだ続いていたが、リシャットが持ってきたアップルパイに負けて皆大人しくなる。
「林檎が値下げしていたそうなのでヨシフさんが一杯買ってきてくれたんですよ」
鮮やかな手つきで皿を並べていく。既にフォークは皿の上に乗っている。
「もう少し訪問が遅かったらハーブでも育てて香り付けしたんですけどね」
なので今日はシナモンです、と付け加えながら全員を椅子に座らせる。
こんがり焼き目の入っているパイからはシナモンと林檎の甘い香りがふんわりと漂っており、部屋全体が甘い香りで満たされていく。
「食べていいの?」
「どうぞ。夕食時のデザートにも出すつもりですよ」
歯ごたえが少し残っているので齧る度にシャクシャクいっている。特にキルサンの表情が段々と恍惚としていく。
「旨い」
「これ本当に一人で?」
「はい。お代わりも少しならありますよ」
その瞬間、リシャットの前に全員分の皿が突き出された。
「「「お代りください」」」
子供にお代りをねだる大人達。シュールな光景だった。




