「君、今すぐそこから逃げて!」
「すっげぇ………」
「あ、掃除はもう終えましたので」
「そ、そうか…………」
庭の雑草まみれだった花壇が綺麗になっている。それどころか花で絵ができている。
「先程苗を買ってきましたので。これは全部冬咲きの花なのでここ暫くは枯れないかと。それから、マリーゴールドは虫除けで植えてあるので抜かないようにお願いします」
「いや、抜く気無くすよ、これは」
女子力大パニックである。本人自覚していないところがまたチグハグ。
「それにしても、ここいままで使ってなかったんですね」
「そうだな。昔はよく花とか植えていたけど」
「ここ、結構栄養がある土が一杯あるみたいなので、きっと沢山育ちますよ」
土いじりは城の庭で毎日やっていた。土の善し悪しやどの辺りにはどんな植物が育ちやすいかは粗方覚えている。
(そういえば花壇どうなったんだろうな)
『きっと誰かやってくれていますよ』
(だといいけどな)
収穫時だったハーブが幾つかあったのを思いだし、あいつらなら知らずに放っておくだろうなぁ、と遠い目をする。
「それで、もう買いに行くものは本当に無いのかい?」
「はい。最低限着るものと毛布一枚あれば十分ですし、そんなことより………食べ物が優先でしょうし」
「それはそうだな……」
あのすっからかんな冷蔵庫を見れば誰だってそう言うだろう。調味料だって殆ど入っていなかったのだ。
因みに、なぜ調味料が殆ど無いのに辛めの味付けに出来たのか。簡単である。創造者をしたからである。
流石のリシャットも塩のみのスープには耐えられなかったらしい。
「それで、買ってきたんだろ?」
「はい。苗は安かったので、状態の良かったものを幾つかもらってきて」
それにしては妙に多いというのはお察しである。ヒントは魔晶だ。
好きな植物生やし放題である。便利なのか微妙なのかよくわからない力だが。
「服、本当にそれでいいのかい?」
「動きやすいですよ?」
「でもそれメンズ………」
「こっちの方が楽ですし、女っ気が無いのは自覚していますので」
女子力高いのと女っ気が無いのは別なのだそうだ。
「お?」
その時、ヨシフの携帯が着信を知らせた。
「はい。―――ああ、いるけど? ―――――は!? 一昨日来たばっかりじゃ――――何を勝手に、っておい!」
リシャットに聞こえないように少し離れたのだが、耳がとてつもなく良いリシャットには双方の会話丸聞こえである。
「ったく、切りやがった」
「ご友人の方ですか?」
「へ? あ、そうそう。これから家に来るから宜しくって突然言われてさぁ」
「そうですか」
会話の内容知っているリシャットとしてはわざわざ訊くまでもなかった会話だが、これを訊く理由がリシャットにはあるのだ。
【今、嘘をつくかどうか試しましたね?】
(まぁな。本棚の回転扉といい、壁の銃痕といい、気になるところがちらほら見えるし)
『火薬や死臭ですか』
(シアンは本当に俺の考えを読むのが速いよな………)
リシャットの鼻は犬以上である。それこそ、臭いを覚えて誰かを追跡する事も簡単なほどに。
だから、この家のあちこちにある武器や火薬、毒物の臭い。それから死人独特の香りが鼻についてしまう。
これが揮卿台 白亜の頃だったら気がつかなかったであろう。だが、ハクアは死臭に慣れすぎてしまった。ほんの少しの臭いからそれが予測できてしまうのだ。
「いつ頃ですか?」
「なんで?」
「いえ、お邪魔になるのでしたらどこか適当に散策しておこうかと」
「そこまでしなくていいよ!?」
これが日本だったらまだいいかも知れないが、今降っていないとはいえ少しの気温の上がり下がりで雪が降る国である。
放っておいたら遭難しかねない。
リシャットなら帰ってこれるだろうが、それは根拠のない話である。実際、シアンがいるので全く問題は無いのだが。最悪ライレンに空中から見てもらえばいいのだ。
「それじゃあなにか食べられるものでも作りましょうか?」
「いや、大丈夫だから」
「そうですか? では、どこかに籠っていた方が良さそうですね」
「それは………そうかもしれない。あいつら面倒臭いし……」
そんなこんなしていると、遠くから車のエンジン音が聞こえてきた。
「あの、ヨシフさん」
「ん?」
「いらっしゃったようですけど」
「え、どこ?」
「いえ、車の音が聞こえるだけです」
「全然わからないな……耳いいのかい?」
「少しだけ目と耳と鼻には自信があるんです」
本当に索敵向きの身体能力である。
「来るの?」
「恐らく」
「はぁ………それじゃあ、部屋に居た方がいいかも」
「はい。では、部屋に籠ることにします」
苗を植えた時に使ったスコップを軽々と持ち運びながら家に入っていった。
このスコップ、かなり重いものだということをヨシフは忘れていたので普通にそれを見送った。
普通に考えてみると、色々とおかしい子供だがそれになぜか気づかないのだ。気付けという方が酷なのかもしれない。
「来たぜ」
「来るの早すぎるんだよ」
「どうせ暇だろ?」
「今は確かに無いけどよ……」
リシャットは部屋に上がり込んできた者達の声を聞きながら本を読む。
この本、創造者で作った魔法書である。もし人に見られたらどう誤魔化すつもりなのだろうか。
因みに、リシャットの部屋は二階の一番端の部屋で物置になっていた場所だったらしい。ベッドが無いのでソファーで寝ているが、体が小さいのですっぽり収まる。
【見に行きません?】
「いや、俺はパス。なんか面倒くさそうだ」
【えー。じゃあ私行ってきてもいいですか?】
「………行ってこい」
【はーい】
壁をすり抜けて出ていった。
「全く、あいつは自由すぎる……」
『それは同意します』
魔方陣を書き写しながら欠伸をしていると、一階から悲鳴と何かが割れる音がした。
「!?」
リシャットは確かに耳の聞こえる範囲が相当広いのだが、いつもそれをやっていると当然のごとく疲れてしまう。
気を抜けるときは一気に抜かないといつか倒れてしまうのだ。
人が多いから大丈夫かと思い、音を聞くのを止めていたのが仇となった。
【助けてください‼】
「お前かよ! 何をいったいやらかして………」
「悪霊退散! 悪霊退さ―――え? 子供?」
「あ」
十字架やら札やらを持ってひたすら神よ、とか悪霊退散、とか叫んでいた女性が部屋に入り込んできた。
【助けてください‼】
「君、今すぐそこから逃げて!」
「え?」
「見えないかもしれないけど、そこに悪霊がいるのよ!」
【私は悪霊ではありません!】
「そんな禍禍しい霊気を漂わせておいてよくそんな事言えるわね!」
どうやら、家に来た人のなかに視える人がいたようだ。
そして悪霊に間違われている。
「ククク………」
【何笑ってるんですか!】
「いや、だって………悪霊って……言い得て妙というか……しっくりきすぎて………クク」
「………視えてるの?」
「はい。バッチリと」
これでしょう? と指を指す。
「なら、尚更離れた方が良いわよ! 悪霊は居るだけで精神を侵すんだから!」
「そうなんですか?」
【そもそも私は悪霊ではありません!】
悪霊とは、地縛霊とはまた別の方法で現世に残ってしまった魂が長い間留まりすぎて悪さをし出すことである。
強いものだとポルターガイスト等を力として使うことができるので危険と言われれば危険な存在である。
現世に残る霊というのは意外にもかなり少ない。一億人に一人いるかどうか位の物である。なので悪霊になる可能性もかなり低いのだが。
「あー………これ、悪魔なんです」
「悪魔………?」
「色々ありまして私と一緒に行動しているだけですので害はないかと。もし変なことしたら即行で対処しますのでご安心下さい」
「へ、へぇ………」
リシャットが対処、と言った瞬間、ライレンが震えだした。
リシャットが何を想像しているのか大抵わかるので、何をされるか感じ取ったせいである。
内容はお察しであるが、相当残虐だ。
何故お祓いの仕方が日本風なのか? だってそっちの方が緊迫感ありそうじゃん? と思ったからです。そんだけです。




