白亜は超絶無気力でした!
学生寮の管理人に近づく明らかに学生ではない男が2人。
その男達は警察手帳を見せて、白亜という学生に会いたいという旨を伝える。
「白亜君ですね。番号は58号室です。一階の一番端の部屋ですよ。今日は多分ここにいるでしょう」
「ありがとうございます」
「ご協力、感謝します」
男達は58号室に向かう。
「それにしても意外とすんなり入れましたね」
「まぁ、手帳みせたしな」
「それにしても警備ガッバガバな気がしますけど」
「何か高度なセキュリティでもあるのか?」
この学生寮は最近建て直されたばかりのとても綺麗な寮だ。
セキュリティも実は万全なのだが、そのシステムを知らない寮生も多いらしい。この二人は当たり前だが。
「58‥‥‥58‥‥‥ここか」
「本当に一番端っこですね」
ピンポーン。
インターホンを先輩警察官がならす。
『‥‥‥はい』
やや遅れてインターホンから声が聞こえる。
「警察の者です。少々お話を聞かせていただけないでしょうか」
『‥‥‥どうぞ』
ガチャン、と音がドアから聞こえた。オートロックだ。
「お邪魔します」
「失礼します」
ガサガサっと音がして、個室が開く。
そこから出てきたのはまさにあの映像で見た青年だった。
ただ、物凄く面倒臭そうな顔をしている。生きるのも面倒だ。とでも言いたげな真っ黒なやる気のない目を向けられて、後輩警察官だけでなく、先輩警察官までもが息を呑む。
「警察の方が一体‥‥‥‥いや。聞くまでもないですね。こちらへどうぞ」
そう言って2つスリッパを出したあと、フラフラと奥へ歩いていく。
「え、本当にあの人?」
「俺も一瞬見間違いかと思ったんですが、間違いなくあの人ですね」
「なんだあの生気のない目は」
「さぁ‥‥‥」
奥のリビングに入る二人。
「「凄い‥‥‥!」」
同時に呟く二人。
そこはまるで、人に魅せるために作られた空間のような異様さと美しさがあった。
あらゆるところにクリスタルか何かで創られた美しい彫刻が並んでおり、壁には何枚か美術館に飾られていてもおかしくないような風景画なんかが飾られている。
それだけではない。
彫刻の無いところには様々な弦楽器が並んでおり、一層この部屋を美しく飾っていた。
「片付いてないんで‥‥‥すいません」
「君、普段ここ使ってないの?」
「‥‥‥?普通に生活してますが?」
「ああ、いやすまないね。この部屋があまりにも綺麗で生活感が無いもんだから」
「‥‥‥掃除は普通にしますよ?」
掃除をするだけでこうなるなら今頃世界各地のあらゆる家がこうなっているだろう。そんなことを考えながら周りの彫刻を観察する二人。
「この絵や彫刻は?」
「造ってたやつの失敗作ですね。‥‥‥勿体ないので置きっぱなしにしてしまってるんですよ」
失敗作?これが?
二人の思考がリンクした瞬間だった。
「大体話しは解ってますけど確認です。‥‥‥あなたがたは何故ここに?」
「力を貸して欲しい」
相変わらずのやる気のない目で二人を見つめる白亜。
「‥‥‥無理です」
「な、なんで!あの力があればーーーーーー」
「亜人戦闘機、通称魔獣を倒せる、ですか?」
やる気のない、しかし射ぬくような眼差しを受け、一瞬二人の動きが止まる。
「‥‥‥あれは、使ってはいけないんですよ‥‥‥人間の手に余る力。あれを、求める人はどれだけいるでしょうか」
「‥‥‥?」
その言葉を理解できていない二人に畳み掛けるように白亜は話しかける。
「この力は‥‥‥下手に使えば命を削ります」
二人が同時に息を呑む。
「あなたは‥‥‥どうお考えですか?」
「どうって‥‥‥」
「俺なら、命を削ってでもあれを何とかしたいです」
「‥‥‥あっちはなにもしてこないのに?」
「攻撃してくるじゃないですか!昨日だって!」
「‥‥‥あれは、あなたが悪い」
「確かに‥‥‥」
簡単に言い負かされる大人たち。
「‥‥‥それに、今は学生です。この先どうしようとは全く決まっていませんが‥‥‥」
「そうですか‥‥‥」
白亜は全くやる気のない目を悲しげに伏せる。
「‥‥‥何とかできる方法は、無いわけではありません」
「「‥‥‥?」」
「俺‥‥‥じゃなかった、私はーーーー」
「もうタメ口で結構ですよ」
「本当の口調は多分昨日のあれでしょう?」
「じゃあ、普通に話す。俺は、あの力を人に貸すことができる」
警察官の二人は目を見開く。
「じゃあ!今すぐにでも!」
「‥‥‥準備が要るんだよ」
「それに、あんなもの‥‥‥本当は無い方が良いんだ」
一層やる気のない目を悲しげな色に染める。警察官の二人は先程の白亜の言葉を思い出していた。
ーーーーこの力は、命を削るーーーーーー
それの意味がようやくわかった。
「人の命を削って使うから?」
「それは‥‥‥理由の一つでしかない。それに、多分この力は相当頭が良くないと使えないと思う」
まるで自分は頭がいいと断言しているような口振りで白亜は話し続ける。
「頭‥‥‥?」
「簡単に言えば、計算力、想像力、国語力。あと、閃き」
何処かの偉人が言いそうな言葉だな。と若い警察官は思う。
「ただ、力を渡すならかなり制限をつける」
「制限‥‥‥?」
「付けるのは身体強化、気弾のみ」
「身体強化はわかるが気弾と言うのは‥‥‥?」
面倒だ。と言っているようなオーラを発しながら生気が一切ない目を二人に向ける白亜。
「俺が‥‥‥昨日使ってた青い光」
「あれを気弾というのか?」
「俺が‥‥‥勝手につけた」
二人の警察官は、ふーんと頷き話し始める。
「それだけでもいい。我々に力を貸してくれ」
「お願いします」
「‥‥‥まず、この人が喋った時からもうそれはやらなきゃいけないと思ってたからいいよ‥‥‥」
先輩警察官が後輩警察官を睨む。後輩警察官はあらぬ方向を向いて下手くそな口笛で誤魔化す。
「それは‥‥‥すまなかったね」
「もう過ぎたこと‥‥‥どうせいつかバレると思っていたし‥‥‥期間が早まっただけ」
ため息をつきながら白亜は説明する。
「ただ‥‥‥もうここには居られないからな」
「?どうしてだ?ここに住んでいても問題はあるまい」
「情報は‥‥‥どこから漏れるかわからない。亜人戦闘機が襲いに来ないとも限らない」
先輩警察官はことの重大さを理解する。この決断は白亜の全てを捨てさせる決断なのだから。
「君の事はこちらで保護しよう。それなら問題ないだろう?」
「‥‥‥不安要素が一杯だけど。それなら、まだいいか‥‥‥」
これほどまでの決断をしているのにも関わらず、相変わらずのやる気のない目をし続ける白亜。
「‥‥‥1つ、いいかな?」
「‥‥‥どうぞ」
「なんでそんなにその‥‥‥生気のないというか」
「目のことですか?態度ですか?」
「あ、気付いてたんだ‥‥‥」
白亜は先輩警察官に改めて顔を向ける。後輩警察官はもう無視を決め込んだらしい。
「面倒だ。ただ、それだけ」
「めんどう?」
「‥‥‥俺は、超絶貧乏暮らしでね。ここの学校に入ったのも家賃浮くからだし、周りの彫刻とか絵は売り物だし。小さい頃から働いている記憶しかなくてね」
「貧乏?」
「親に親戚がいない上にブラック企業で働いてて全然収入足りてなかったし、二人揃って交通事故で死んだし」
やる気のない目で驚愕のカミングアウトを連発する白亜。
「それはまぁ‥‥‥ご愁傷さま」
「もういいって‥‥‥‥」
白亜は二人を見つめる。
「もう一度聞きます‥‥‥本当に、この力を使おうとお思いですか?」
「引っ越しの用意はできたかい?」
「まぁ‥‥‥‥用意なんてあってないような物だから」
結局二人は白亜に魔獣の駆除を頼んだようだ。
「下手に周囲に広めてないよね‥‥‥?」
「大丈夫だよ」
「あの人が居るって言うのがちょっと‥‥‥」
白亜の言うあの人とは若い警察官の事だ。
「まぁ‥‥‥そこは我慢してくれ」
白亜に用意された住む部屋は亜人戦闘機対策本部に用意された部屋の一室だ。
元々は仮眠室だったのを白亜の為に色々と模様替えしてある。
「ここか‥‥‥」
「寮よりは小さいけど良いだろう?」
「まぁ‥‥‥防音なのは助かった。楽器はやりたいから‥‥‥」
この部屋は完全防音。奥にシャワーやトイレなどもあり、そこら辺のアパートよりも過ごしやすい。
「あの彫刻とかは?」
「売った‥‥‥全部売り物だったし」
「いくらになった?」
「それ聞いちゃう‥‥‥?300万になった」
「さ!?」
「値段としては妥当‥‥‥材料費も高いから」
逆に何処からあの透明な鉱石を調達しているのか、謎である。
「あれ、なんの石だったの?」
「‥‥‥教えない」
とか言いながらその手にはその宝石が乗っかっていた。クリスタルのようにも見えるが、クリスタルよりも圧倒的に透き通っており、美しく照明を反射している。
「ここでも、ちょっとだけ作る‥‥‥」
「程々にしてくれよ」
白亜の荷物はスーツケース1つと大量の楽器類だった。
「楽器弾く気満々だね」
「ここで弾けないなら‥‥‥スタジオ借りる‥‥‥その為の彫刻」
「スタジオ借りるために作って売ってたの!?」
「変か‥‥‥?」
白亜は趣味のことにはとことん尽くす人間だった。