白亜という音大生に助けられました!
「先輩!先輩!先輩!」
「五月蝿いな!朝っぱらからなんだ!こっちは徹夜してんだぞ」
「す、すいません!でも居たんですよ!」
「なにが?」
「超能力者です!」
「どこで頭ぶつけてきた?」
一人の若い男と一人の30から40代位の男が話し合う話ではない。少なくとも超能力等と非現実的な話は。
先輩と呼ばれた男はそう思った。
若い男は尚興奮した面持ちで話し続ける。
「居たんですって!俺は助けてもらったんですよ!」
「スリからか?」
「奴等ですよ!やつら!」
「まさかお前、奴等に洗脳されてそんなアホなことをーーー」
「俺は至って正常です!」
彼らは警察官。その中でも奴等に対抗する為にくまれた特殊部隊に所属している。要は、警察の中でもエリートと呼ばれる者達だ。
「何でお前がこの部隊に入れたのか謎だわ」
「射撃テストで結構良い点数が‥‥‥じゃなくて!」
「これを観てください!」
若い警察官が開いた手のなかには小さなチップが握られていた。
このチップは一般では発売していない。特殊な映像記録技術が使われており、ある特定の機器でないと映像を観ることが出来ないが、その分情報の流出を防ぐことができる。
「お前な‥‥‥そのチップは遊びで使えないくらい高価だと言ってるだろう?」
「とにかく!観てください!」
閲覧室に二人の男が入る。この閲覧室は個人情報や先程のチップの映像を観ることができる部屋だ。
「これですよこれ!」
そう言って若い警察官が映像を流す。
そこには奴等が映っていた。
「おまっ!ここまで接近したのか!?」
「いけると思ったんですよねー」
「あほか!」
「まぁまぁ。重要なのはここから先です」
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どうやらこのカメラは襟元につけて撮影しているらしい。
少し低めの目線から奴等が見える。
『ギシャアアアアアァァァ!』
『う、うわ!ちょっと‼何で襲いかかってくるの!?』
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「当たり前だろうがボケぇ!」
「痛い!何で叩くんですかぁ」
「あんなに近づくバカがいるか!そりゃ襲いかかってくるわ!」
「だって襲われた報告とか無かったし‥‥‥」
「普通に考えればわかるだろうが!」
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どうやら若い警察官は尻餅をついたようだ。そのままずるずると這っていくかたちで逃げようとする。
助けを呼ぼうにも周囲に人影はない。
『ちょっ‼』
『ギシャアアアアアァァァ!』
奴等のうちの1体が凶悪なまでに鋭い爪を振りかぶり、若い警察官にむけて降り下ろす。
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「お前、幽霊じゃないよな?」
「さっきから俺のこと触ってるじゃないですか!ここからですよ!」
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爪が若い警察官に届く直前にその爪の目の前で青い光が飛び込んできてパンッと弾ける。
青い光に弾かれたそいつはかなり大袈裟に飛び退く。
『馬鹿か!コイツらは戦闘のプロだぞ‼丸腰で戦えるか‼』
そんな怒声が聞こえた。
声にする方向にカメラが向いていく。
そこには、明らかに下校途中の大学生のような青年が立っていた。学生鞄からは教科書のようなものが見え、背中にはギターを背負っている。
『死にたいのか‼』
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「お前、学生に説教されてるな」
「まぁ、これは俺が悪いですからねー」
「この状況‥‥‥笑い事じゃねーだろ」
ため息をつくおっさん警察官とけらけらとまるで他人事のように笑う馬鹿な若い警察官。
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『ギシャアアアアアァァァ!』
『わかっている!こちらが悪い。対価は払う!』
『シャアアアァァァ』
『それは、申し訳ないが呑めない』
『ギシャアアアアアァァァ!』
『‥‥‥交渉不可能、か‥‥‥』
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「話してんの!?」
「そうなんですよね。言葉分かってるんですよね、彼」
「スゲエ‥‥‥」
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『そちらがその気ならこちらもしかるべき態度をとらせてもらう』
『ギシャアアアアアァァァ!!!』
そいつが青年に襲いかかる。
青年は振りだされた爪を殆ど見ないで避けながら荷物をこちらに持ってきた。
『それ持っていてくれ‼絶対に傷付けるなよ!』
『は、はい!』
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「どっちが年上だよ‥‥‥」
「いやー、なんか普段の癖で」
「はぁ‥‥‥」
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青年はそいつの爪を避けて手首の近くを掴み、後方へ吹き飛ばす。
青年の攻撃はそれでは終わらない。
『反撃』
そう呟くと先程の青い光が青年の差し出した手の上に出現する。
青年はそれを野球のボールを投げるようにして投げつける。
『ギシャアアアアアァァァ!!!!!』
断末魔の声をあげ、そいつが蒸散した。
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「‥‥‥は?」
「凄いですよねー」
「え?あいつは?」
「いや、あの攻撃で消えたんですよね。どこに行ったのかな?」
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『これは他言無用だ。これを一発打つだけでかなり疲れるしな』
『え?あ、はぁ。』
青年はギターを背負い直し、教科書のようなものが覗く学生鞄を手に去っていった。
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「ちょっとまて‥‥‥どういうことだ」
「信じてもらえました?」
「合成だと言いたいところだが‥‥‥このチップはそう言うの出来ないからな‥‥‥」
「本当だったでしょ!先輩!」
先輩と呼ばれた警察官は暫し考え‥‥‥。
「ん?さっきあの学生が他言無用とか言ってなかったか?」
「あっれ?そんなこと言ってました?」
「助けてもらったのに約束の1つも果たそうとしないお前の神経を疑うよ」
「良いじゃないですか。彼がいれば日本中のあいつらが倒せますよ!」
「そこなんだよな‥‥‥」
先輩と呼ばれた警察官は、その事で悩んでいた。
上に報告すべきなのか、しない方が良いのか。これはかなり判断に迷うケースといえる。
この学生はどうやら自分の力を隠したいらしい。できる限り尊重したいが、これほどの大事だ。どうするか‥‥‥。
その考えはずっと同じところをグルグルと廻るだけでなにも進まない。
先程から、「あいつら」、「奴等」、「そいつ」等と呼んでいるのは、【亜人戦闘機】と呼ばれる何処から来たのかも分からない宇宙人のような存在だ。
亜人戦闘機は基本的に人間に危害を加えないが、こちらが手を出してしまうと手の付けようがない凶悪な殺人兵器になる。
何処かの国の殺人兵器とも言われているが、どうやらあれは生きているらしい。
正確に言うと、自我があり、呼吸もしているうえに、心臓まであるらしい。生き物の特性を持った機械のような何かそれが亜人戦闘機だ。
「っていうか、亜人戦闘機って、魔獣って言われてるらしいですよ?」
「まぁ、そっちの方が呼びやすいしな」
結局この二人は先程の学生を捜すようだ。
閲覧室のパソコンから個人情報の監査室に繋ぎ、情報を先程の映像と照らし合わせながら捜しだす。
「あいつら来てからもう3ヶ月も経ってますねー。いつか日本が侵略されるんでしょうね」
「なに怖いこと言ってんだよ手を動かせ、手を」
「それにしても、何で外国には行こうとしないんでしょうね」
「お陰で日本は観光者激減だとよ」
「うわぁ‥‥‥日本って何で狙われたんでしょうね?」
「俺に聞くなよ」
「お、この大学かな?」
話しながらあの少ない情報を示唆し、絞り込む手腕は流石だ。
「何大ですか?」
「ピンバッチに書いてあった。音大だな」
「わ!名門校じゃないですか!」
さらに詳しく絞り込んでいく。
「見付けた‼こいつじゃないか?」
「この人です!先輩!流石!」
「よし、メモしておかないとな」
メモとか言っておきながらコピーするのはきっとそっちの方が見易いと判断したからに違いないと後輩は思っていたが、先輩の方はただただ面倒くさいから、という至極適当な考えであることは知るよしもない。
「大学2年生、弦楽器専攻、【揮卿台 白亜】」
「ききょうだい、はくあ‥‥‥?」
「凄い名前だな」
「親御さんのセンスですかね?」
「俺に聞くなっての」
「って言うか弦楽器専攻って‥‥‥普通もっと分れてるもんじゃないのか?」
「はじめて聞きますねー」
「何々‥‥‥弦楽器専攻ではあるが基本的にどんな楽器でも弾ける、成績評価抜群の生徒である‥‥‥ってべったぼめじゃねーか!」
「それでこの顔‥‥‥僕ら、勝ち目ないですね」
あえて何も言わない先輩警察官。
「ひ、人は顔じゃねぇ!性格だ!」
「負け犬の遠吠えにしか聞こえませんよ‥‥‥」
いたって普通の若い警察官と最近ポッチャリでは言い表せなくなってきたお腹の40代警察官。
ボーっとしていたらいつか婚期を逃しそうな面々である。
「取り合えず、今日はこのクッソイケメンは休講で休みらしいから一旦荷物まとめていくぞ‼」
「引っ越しじゃないんですから‥‥‥」
二人はチップを回収、閲覧を削除して閲覧室から出る。
閲覧は常に削除していかないと最悪外に情報が漏れたときに裁判などになりかねないので確実に消すのがルールになっている。
「ほら、さっさといくぞ‼」
「先輩徹夜あけって言ってませんでしたっけー!?」
小走りで向かう先は、白亜という学生が通う大学の学生寮。この先で白亜という学生がどんな人間なのかはこの時は想像もしていなかったのである。