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國原に連れていかれたのは、所謂高層ビルだった。都心のオフィス街に聳えるそれの周りにはスーツ姿の男女と外国人が多い。雑多な街を通り抜け、そこの敷地へと足を踏み入れる。自分の周りと同じようにスーツ姿だというのに、違和感を覚えざるを得ない。どこか、浮いているように思えてしまうし、実際、浮いているだろう。
かっちりとブランドものであろうスーツを、戦闘服のように身に纏う彼ら。髪型もぴっちりとしていて、鳴らす靴音も違う。
──これが、エリートと呼ばれる人達なんだろうな。
千里は忙しなく行き交う彼らを見ながら、そう思った。
「こんなところの誰に用があるんですか?」
千里は國原の背を追いながら尋ねた。ゆかりに話を聞きにいった帰り、そのまま電車に乗り、この土地へと連れてこられたのだ。初めて降り立つ街は疎外感を与えてくるのと、オフィス街の為か、目まぐるしく人が行き交っていた。そんななかを、数分歩き、目的のビルへと辿り着いた。
「んー、ちょっとな」
國原の口調は勤務中のものではなかった。受付と思われる場所に足を進める國原の後をついていく。國原は、このオフィスビルにいてもさして違和感はない。スタイルがいいからだろうか。千里は國原の広い背を見ながら、そんなことを思った。
國原は受付に立つ女性に何かを言い、その受付の女性は電話機を耳に当てた。そして、綺麗に口紅を塗った唇を上品に動かす。一歩離れた千里の耳に、その内容は入ってこない。大勢の人間が出入りしているだけで、辺りは騒がしく感じるのだ。美人と称すことの出来るその女性は電話機を置くと、通行証らしきものを二つ、國原に手渡した。洗練された動作は、千里には真似できなそうなもので、だからこういった場で働いているのだろうなと思わせるものだった。
「行くぞ」
國原が通行証を千里に渡してくるなり、駅の改札に似た機械の方へと足を向けた。千里は相変わらず國原の後をつけ、彼の見よう見真似で、その機械を通り抜けた。
テロが多発する時代。大手の企業などが入るこのビルもテロ対策を徹底しているのだろう。あちらこちらに警備員の姿がある。
千里はまるで地方から上京してきた者が東京見物でもするように、きょろきょろとビル内に視線を這わせた。
「きょろきょろするな」
「はい、すみません」
國原に注意を受け、千里は視線を動かすのを止めた。そこで初めて気付いたのだが、行き交う人々は誰も千里達のことを気にしていない。それもそうだろう。一日で何百人という人間が出入りしているのだ。見たことのない顔などと気付くものなど、いない。
──当たり前なんだろうけど、どこか希薄に思える。
この人数、認識しろというほうが土台無理な話なのはわかる。他所の者だって出入りしているだろうから、社員証でないもの掛けていても気にならないのもわかる。けれど、ここは現代社会の縮図のようにも思えた。明らかに場にそぐわない人物が歩いていても、一目もくれないのだから。
複雑な想いを抱きながら、國原と共にエレベーターに乗り込む。エレベーター内も大勢の人がいて、背広姿の背中に囲まれ、窒息しそうだ。満員電車を思い出す程の混み具合。止まる毎に人が減ったり増えたりするので、目的の階に到着するまでさして状況は変わらなかった。
「はぁ。苦しかった」
それに、香水やら化粧やらの臭いが混ざりあって酷い異臭と化していた。
「忍耐力がないな」
國原に言われ、千里は少し頬を膨らました。それは、國原の口調が柔らかいから出来ることだ。
「背の高い國原さんにはわかりませんよ。背中に囲まれる気持ちなんて」
満員電車に乗るときもいつもそうだ。いつも目の前には背中があって、左右隣にも背中があって、見える景色は背中だけなのだ。
「うん、確かにわからないな」
國原は長身なので、そういったときも、人より頭が飛び抜けている。息苦しい思いなどしたことがないのだろう。
「こっちだ」
エレベーターから漸く抜け出し、深呼吸をしていると、國原が右を指した。ふかふかの床は絨毯が敷き詰められているようだ。こんなビル、入ったことがない。廊下だというのに靴音が鳴らないのは変な気分だった。
國原の後をつけていくと、一つの扉の前で止まった。そこは、磨りガラスのドアだが、その横にインターホンのようなものと、オートロックみたいなものが付けられている。そして、ドアには警備保証会社のシール。上を見れば防犯カメラ。あまりの徹底振りに、感心の息が漏れる。
國原はインターホンのようなものを鳴らすのかと思いきや、スマートフォンを取り出し、何やら操作をするとそれを耳にあてた。電話をかけているようだ。
「俺だ。開けてくれ」
まるで、実家にでも言うような気軽さで國原は電話の相手に告げた。そして、直ぐにスマートフォンを耳から離す。
「……お知り合い、なんですか?」
千里はスマートフォンをスーツのポケットへと仕舞う國原に尋ねた。
「ああ、そうか。まだ説明してなかった──」
かたん、という音がして、自動ドアのように扉が開く。引き戸ではないが、内開きに扉は静かに開いた。
──一瞬にして、目を奪われた。
あまりに鮮やかな白銀の髪は、建物内だというのに陽の光を浴びているかのように眩しい。そしてそれは、白い、陶磁器のような滑らかな肌によく映えていた。
「どうぞ。お入り下さい」
屈託のない笑顔を向けられて初めて、目の前の人物が男だということに気付いた。女性だと思ったわけではない。ただ、性別を感じさせなかったのだ。顔立ちや背格好というわけでもない。確かに小柄だし、男らしい顔付きというわけではないが、女性に思える程ではない。恐らく、その髪の毛のせいだろう。
「あ、貴方っ」
千里は我に返り、彼を指差した。
「はい、何でしょうか」
彼は黒目がちの瞳を動かし、首を傾げさせた。可愛らしい仕草だ。真っ白の髪がさらりと揺れる。
「どうした」
千里の行動に驚いたらしい國原が問い掛けてくる。千里はそれに対し、どちらに答えたらいいものか迷いながらも、國原を選んだ。
「彼、昨日の現場付近にいたんです」
この鮮やかな髪色を見間違えるわけがない。彼は、闇の中、真っ白な髪をやけに目立たせていたのだから。
「ああ、はい、いましたよ」
彼が笑顔で答えた。人好きする笑顔は小動物を思わせる。
「静馬さんに言われて、見に行きました。僕の住むアパート、あの近くなんです」
彼はにこにことしたまま言う。特別顔立ちがいいというわけではないが──とはいえ、平凡というわけでもない──どこか惹き付けられるものがある。整ってはいるが、これといった特徴もない顔立ちと言えるだろう。
「静馬が? 」
彼の言葉に反応したのは國原だった。
「はい。静馬さんから。現場の雰囲気と、周りを見て来て欲しい、と」
柔らかな声だ。抑揚は少ないが、淡々としているわけでもない。
「あ、こんなところで立ち話もあれですから、お入り下さい」
彼はそう言って、千里達を中に招き入れた。
「椿 祈咲と言います」
彼は、千里達を案内しながら、少しだけ振り返って自己紹介をした。
「赤い花の椿に、祈りに、咲く、と書きます」
何故か、彼にぴったりの名前だと思った。赤い椿が咲く様を想像すると同時に、それが朽ちるところまで想像してしまった。真っ赤な椿が、ぽとりと頭を落とす様子。背筋がぞっとした。
お前も自己紹介、と國原につつかれ、千里は慌てて自己紹介をした。背筋を這った妙な感覚はもうない。
「影石 千里です」
國原が自己紹介しないところを見る限り、彼らは面識があるのだろう。
「宜しくお願いしますね。僕、この事務所の助手をしてます」
祈咲は明るい声の調子で言う。この事務所、と言われても、千里には此処が何なのかまだわかっていなかった。扉にも何も明記されていなかったし、國原の説明も途中のままだ。
祈咲は夏だというのに、長袖の赤いシャツと、首には黒の格子柄のストールを巻き付けていた。部屋の中は低めの温度設定にはなっているが、外に出れば暑いだろう。
「先生。お連れしましたよ」
祈咲は奥へと進み、大きな声を出した。明るい子だ。表情も笑顔が多いし、可愛らしい、という印象を抱ける。年齢は、十代後半くらいか。
「ああ、どうぞ」
千里と國原は同時に足を踏み出した。奥まった部分は企業の応接室のような造りになっている。豪奢なテーブルに、皮張りのソファー。複雑な形をしたインテリアライトに、大きな観葉植物。広く取られた窓からは眩しい程に陽の光が差し込んでいて、見える景色は格別だ。辺りの高層ビルを見渡せる。
「久し振りだね、弘輝」
すらりとした男性が歩み寄ってきた。長めの黒髪は前髪が目にかかっていて鬱陶しそうだ。
「お前、あれが連続殺人だって気付いてたのか?」
國原は挨拶もなしに男に問う。
「久し振りなのに、挨拶もなしなのかい? 相変わらずつれない幼馴染みだ。それなら、隣の可愛いお嬢さんを先に紹介してくれないかな」
男は千里に視線を向け、微笑んだ。切れ長の瞳が特徴的な美青年だ。年の頃は國原と変わらないくらいだろうか。長身細躯はまるでモデルのようだ。
「はぁ。お前も相変わらずだな」
男にずい、と顔を近付けられ、千里はそれに思わず身を引いた。幾ら綺麗な顔とはいえ、こんなふうに不躾に近寄られることには抵抗がある。
「こんにちは、可愛いお嬢さん。私の名前は古味 静馬。職業は探偵です」
静馬、と名乗った男は身を引いた千里に気付いてか、顔を離した。
「影石 千里……です。國原さんの部下になります」
こんな自己紹介でいいのかと思いつつも、それ以上に気になることがあった。それは静馬の自己紹介に対してだ。彼は今、自分の職業を探偵、と言った。千里だって一応刑事の端くれだ。そういった職業がドラマや漫画の中だけでないことは知っている。知っているが、現実の探偵はドラマや漫画などの登場人物とはかけ離れていることも知っていた。
探偵事務所、というものは確かに世間には存在する。しかしそれは、大きな事務所を構えていて、そこにも何人もの探偵がいるのだ。主な仕事は身辺調査や家出人探し。それらもドラマや漫画と相違ないだろう。無論、個人で事務所を構える探偵だっている。けれどそれはこんな高層ビルでないことだけは言える。細々と個人の依頼を受けて生計を成り立てているのだから。
──なんというか、理解が追い付かない。
千里はどこからどう考えたものか悩みながら、静馬の綺麗な顔を見た。光沢のある艶やかな髪を揺らしながら、静馬は微笑む。
──色男って、こういう人のことを言うのかな。
理解が追い付かないがために、千里の思考回路はずれていく。
「で、弘輝、何の用だったかな?」
静馬は千里から視線を外し、國原に尋ねた。少々芝居がかった喋り口調ではあるが、それは彼の風貌によく似合っているので問題はない。
「はぁ。その前に、こいつにきちんと説明させてくれ」
國原がぽん、と千里の肩を叩いた。そういえば、まだ國原の口から説明を受けていなかった。
「弘輝の悪い癖だね。何でも自分がわかっていれば、周りへの説明を怠ってしまう。よくそれで刑事が務まるものだと感心するよ」
そう言われてみれば、國原にはそういったところがあるかもしれない。事件の捜査中もよく、肝心なことを千里に伝え忘れたりするのだ。自分が知っているので、相手も知っていると錯覚してしまうのだろう。
「放っといてくれ。悪かったな」
國原は珍しく軽い口調で言う。それだけで、國原にとって静馬が心を許している相手だというのがわかる。
「こいつは、俺の幼馴染みなんだ」
「生まれた病院も一緒なんだ」
「それでもって、今はここで探偵業を営んでいる」
「優秀な探偵なんだよ」
「いちいち口を挟むな」
國原が何かを言えば、それに静馬が付け足す。そんなふうに静馬の説明は終わったが、わかったことといえば、静馬が國原の幼馴染みで探偵だということだけだ。しかし、それ以上を知る必要はない。千里はわかりました、と頷いた。
「こちらのお嬢さん、結構ドライだったりする?」
静馬が國原に少しだけ身を寄せて訊いた。
「誰だって、お前みたいな奴と比べたらドライに見えるさ」
國原は大きな溜め息を吐いて答えた。千里はそんな二人のやり取りを見て、くすりと笑った。気兼ねせずに済む相手がいるというのは、このうえなく幸せなことだと思う。
「静馬先生、お茶の準備が出来ましたよ」
その声に、祈咲がいつの間にか離れていたことに漸く気付いた。祈咲は大きなトレーを手にして、笑顔を見せた。
「ありがとう、祈咲。君も一緒にどうぞ」
「では、こちらを置いたら僕の分も持ってきますね」
祈咲は言いながら、トレーの上に載せたものをテーブルの上へと移していく。無駄のない動きは洗練されているようだ。こうしたことに慣れているのがよくわかる。
テーブルの上には、薄茶色の液体と氷の入ったグラスが三つ─全てにストローがさしてある──と、皿に載せられたクッキーが置かれた。千里がそれを眺めていると、静馬に座るように促され、國原がソファに腰を下ろすのを待ってから、その隣に座った。
「アイスアールグレイティーです。苦手だったりしますか?」
祈咲に不安げな表情で訊かれ、千里はいえ、と首を横に振った。すると祈咲はよかった、とまた笑みを見せた。祈咲はきちんと礼をしてから下がり、直ぐに自分の分のグラスを手に戻ってきた。祈咲は腰を下ろした静馬の隣に座る。千里の向かいの席だ。
「では、話を聞こうか」
静馬は長い脚を組み、膝の上に手を乗せた。どんなポーズも様になるスタイルのよさだ。
「俺が来た時点でわかってるくせに。面倒なやり取りをしてる暇はない。本題に入ろう」
國原は溜め息混じりに言った。こうして数分見ているだけで、國原が静馬に振り回されているのがよくわかる。
「この界隈で、こどもを相手にする職業に従事している者が数人、殺されている。これを、お前は連続殺人事件だと思っているんだな?」
探偵といえど、一般市民。そんな話をしてしまって大丈夫なのだろうかと、千里は内心で心配をした。しかし、今のところは報道されている内容だ。
「うーん、確信はないんだけれどね。でも、あまりに不自然だろう?」
静馬が言ってからストローを口につけた。その隣では祈咲もストローを口にしている。長い睫毛が白い頬に影を落としていた。肌の白さといい、髪の白さといい、アルビノの可能性を疑ったのだが眉毛と眉毛を見て、違うと気付いた。
「確かに、立て続けというのは不自然だな」
「お嬢さんの解釈を聞いてもいいかな?」
祈咲を眺めているところに不意に話を振られ、千里は、え、と妙な声を出した。
「ああ、祈咲に見惚れていたかな。気持ちはわかるよ。祈咲は美しいからね」
静馬に言われ、千里は顔が熱くなるのを感じた。見惚れていた。そう言われればそうなのかもしれないが、本人の前で言葉にされると恥ずかしい。
「い、いえ、そうじゃなくて」
「僕の髪色が気になるんですよね」
祈咲がにっこりと笑いながら言う。そうなのだが、なんだか事情がある気がして聞けなかったのだ。たんに脱色している、とは思えない色だったから。
「これ、脱色してるんですよ。お洒落でしょう?」
しかし、祈咲から告げられた言葉は、あまりに普通のものだった。
「大変なんですよ。少しでも地毛が出てくると格好悪いから、こまめに脱色してるんです」
なんとなく、嘘だと思った。それはただの勘でしかないが、そう思ったのだ。
「そうなんですか」
それでも、千里は話を合わせた。本当のことを言わないのは言いたくないから。その気持ちはよく理解出来たから。
「で、お嬢さんは、この事件についてどう思う?」
この事件。静馬はそう纏めることで、複数の事件が連想殺人であることを示唆しているように思えた。
「私には……なんとも」
千里はぼそりと答えた。
「駄目だよ、お嬢さん。君は刑事なんだ。自分の意見ははっきりと口にしなくてはね」
静馬は言い終えるとにっこりと笑った。
「はい。しかし、本当に私としては、なんとも言えないのです。同じ手口もあるようですが、まだ捜査資料などを見ていませんし、被害者達の共通点などもわかりません」
千里は素直にそう答えた。実際、最近起きている複数の事件が同一犯の可能性があると聞かされたのも昨夜のことだ。今回の角田殺害の事件は自分の担当であるが、その他は違う。まだ手元に他の事件の捜査資料は回ってきていないのだ。
「成る程。よくわかりました」
静馬は静かに頷いた。
「では、私の意見を言いますね。客観的にニュースを見る限りでは、同一犯だと思われますね。犯行の手口が一致しているものもありますしね」
それは根拠とするにはあまりに些細なことだ。確かに剃刀状のもので喉を裂く、というのは殺人として一般的な手口ではない。けれど、世には模倣犯もいうものも存在するのだ。
「まあ、これだけでは説得に欠けるとは思いますが、後は直感でしょうかね」
千里の心のうちを見抜いたかのように静馬が言う。
──直感。
刑事にとって、大切なものであり、それと同時に信用してはいけないもの。直感というのは千里にとってそういった認識であった。
「僕はこれで失礼します。仕事がありますので」
不意に祈咲が立ち上がった。グラスにはまだ半分以上アイスティーが残っているが、祈咲はそれを手に、千里達から離れていった。離れるときも、笑顔で丁寧に頭を下げる。全てが育ちの良さを思わせた。
「彼は、いつから助手を?」
なんとなしに質問してみた。
「祈咲かい? 祈咲は、私がこの事務所を立ち上げてからずっと助手をしてくれているので、もうかれこれ五年になるかな」
「五年……」
彼の見た目から推測出来る年齢から五を引くと、どう見積もっても中学生くらいになってしまう。
「ああ、そうか。祈咲は幼く見えるけど、あれでも二十三歳だよ」
そう言われ、千里は驚いた。祈咲の見た目はどう見積もったとしても十八歳がいいところだ。素直に見れば、もう少し下に見える。なので、先程の質問をしたのだ。だというのに、祈咲は立派に青年と呼べる年齢だった。
「驚くのも無理はないね。美しい見た目だし、小柄だからね」
特別背が低いという程でもないが、決して高くはない。それと、鮮やかな色の服装のせいもあるのだろう。それと、白髪。それがきっと、彼の外見をあやふやにしているのだ。
「もう少し、お前の見解を聞かせてもらっていいか」
國原が話を戻した。
「私の見解を、と言われても、ね。これといったものはないよ。ただ、繋がりを感じるだけだ」
「繋がりを?」
國原はメモも取らずに静馬の話を聞いている。捜査の一環というより、彼に助言を求めに来たように見えるし、実際、そうなのだろう。
「ああ、そうだね。この事件は繋がっている。そう思えるだけだよ。もっと話を聞きたかったら、情報を揃えてきてからにしてくれないかな? 報道だけでは何もわからない」
國原はそれにわかった、とだけ答えた。情報を揃えて、というのは、彼に捜査状況を教えるということになる。それを國原は承知しているようだった。
「じゃあ、私には私の仕事があるからね」
静馬が言うと、國原は立ち上がり、また来る、と言った。千里もそれに続いて立ち上がる。
「では、お嬢さん、またお会いしましょう」
静馬は綺麗に微笑む。千里は、ええ、と答え、小さく頷く。苦手というわけではないが、どこか心を許せる相手には思えなかった。
「いいんですか?」
高層ビルから少し外れた場所にあるカフェは外国人が多かった。仕事中のような外国人もいれば、ベビーカーを横に置いている外国人もいる。
「何がだ?」
千里の問いに、國原はアイスコーヒーを飲みながら返してきた。
「探偵といえど、一般市民ですよ」
國原は基本的に規律に厳しい。だというのに、静馬に捜査情報を与える約束をしていた。それが千里には理解出来なかった。
「ああ、静馬のことか。いいんだよ。静馬は所謂、警察庁公認の探偵だ」
「警察庁公認?」
そんな肩書きは初めて耳にする。
「あいつの母親が警察庁の人間で、あいつも警察学校を主席で卒業し、一時は警察に籍を置いていたこともある。でも、警察の規律だとか柵が嫌で、探偵事務所を開いたんだ。頭も切れるし、勘も冴えてる。だから時折こうして、捜査の手助けを依頼してるんだ。俺に限ったことではない」
俄には信じ難い話ではあるが、國原は嘘を言うような人物ではない。千里はそうですか、と納得した。
「どうも、一筋縄で行きそうにない事件だから」
確かに、単純な殺人事件には思えなかった。
一体、事件の浦には何があるというのか。それを解き明かすのが、千里達の仕事なのだ────。