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Wing Fighter Ν  作者: 屋久堂義尊
episode03 勝沼
8/69

第二幕

「片桐司令」

 本郷が驚いたように声を挙げた。

「各位そのままで。この巨人、どう扱うかは至って単純です」

 戸ヶ崎は乗り出して片桐の言葉を待った。片桐はそんな戸ヶ崎を一瞥すると、にやりと笑った。それが戸ヶ崎には不快だった。

「即ち、この巨人、確かΝと呼称していましたね? これはプレデターで有るとの意見で司令部は合致致しました」

「そんな……!!」

 戸ヶ崎は思わず立ち上がっていた。

「彼はグラーシャーと戦いました。自分達の宿敵であるプレデターとです。その彼を攻撃しろと仰るのですか!?」

「戸ヶ崎隊員、落ち着きなさい」

 本郷が窘めた。

「片桐司令、では奴を攻撃しろと仰るのですね?」

「ええ、そうです」

「彼はプレデターでは有りません! 自分はそう信じています!」

 戸ヶ崎は片桐を睨み付けた。だが片桐はそれを受け止めると、その上で再度笑みを漏らした。

「例え、Νがプレデターでは無いとしても、プレデターを単体で仕留めるだけの戦闘力を持ち合わせている事は確かです。それが我々に牙を剥けば、大きな脅威となり得ます。今は、プレデターと戦っていてくれている事は我々にとっては幸運です。あわよくば、共倒れを狙えます。危険な芽は、早い内から摘み取ってしまうに限ります」

 片桐は顔色一つ変えずに、流れるように言葉を繋げた。戸ヶ崎は、他の隊員の顔色を伺ったが、誰一人として戸惑いの様子は見せなかった。

「戸ヶ崎隊員、自衛隊に所属していた貴方なら分かるはずです。これは決定事項なのですよ。これに従えないならば、貴方には隊を去って頂きます」

「隊を去る?」

「ええ。勿論、簡単には去れません。精神病院の閉鎖病棟で電気治療を受けます。或いは、そこから一生出れないかもしれないですね」

 にべも無く告げる片桐に、戸ヶ崎は恐怖を感じた。

「戸ヶ崎隊員、命令に従った方が賢明よ。席に着きなさい」

 本郷が諭した。戸ヶ崎は彼女の眼を見たが、そこには曇りは無かった。

「……分かりました」

 戸ヶ崎は着席した。

 片桐がそれを満足気に見るのだった。

「Νが我々の脅威になり得る事は各位、理解して頂けましたね。問題はその検出です。モニターをご覧下さい」

 片桐は、彼の部下達が一斉に彼に背を向けて、ブリーフィングルームのモニターを見るのを許した。そこには、エメラルドグリーンの光の中から、白銀の巨人が現れる様子が映されていた。

「このように、Νの出現は、物理学的な観点からは考えられない物となっております。Νは光の中から突如実体を現し、我々の境界面に接触しています。謂わば、肉体を得た光粒子ですね」

「肉体を得た光。実体化したと言うのですか?」

 木元が問うた。

「その事に関しては、藤木隊員の方がお詳しいかと。説明を」

 藤木は、ノートパソコンを開くと、キーボードを叩き始めた。ΝとGRASERの戦いを映していた画面から、分析データの散らばった画面に切り替わった。

「クロウ2からのデータを元にして解析した物です。それを元にすると、GRASERは、これまでに現れたプレデターと変わりの無い物である事が判明しました」

「変わりの無いとは?」

 宮本が思わず聞いた。

「はい。構成物質は蛋白質を元にしています。謂わば、生命体です。所がΝですが……」

 藤木がキーボードを弄ると、モニターにΝの全身画像が現れた。

「解析不能です。Νは、生命体でありながら、我々の位相とは異なる位相に存在していると考えられます」

「分かるように説明して貰えますか?」

 木元が首を捻りながら問う。

「つまり、Νの存在は、僕達のいる空間とは、異なる次元に有ると考えられるんだ。そこからこちら側に干渉して来ている」

「倒す事は可能なの?」

 本郷が口を開いた。それを聞いた戸ヶ崎は、失望の色を浮かべた。

「こちら側に干渉している間は攻撃出来ます。ただ……」

「ただ?」

「我々の持ちうる装備で、Νを倒せる保証は無いです。Νに関しては、他のプレデター以上に我々の知識が足りません。どうやって、こちらに接触して来るのかを解析し、その上で奴の弱点を見付ける必要が有ります。一応ですが、メーザーバルカンや振動ミサイルの効果は認められますが、果たして決定打になり得るかは……」

「兎に角、Νも他のプレデターと区別する事無く殲滅する事が必要と考えれば良いのですね」

 五藤が片桐に身体を向けた。その眼には闘志がぎらついているのが戸ヶ崎には分かった。

「そうして下さい。我々の脅威になる前に、叩き潰す事を考えて下されば幸いです。分かりましたね、戸ヶ崎隊員」

 片桐は、念を押すように、付け加えた。そして、ブリーフィングルームのブラストドアから外へと出て行った。


 森の中を、黒ずくめの男が走っていた。胸には菱形の、メタリックグリーンのペンダントがちらつく。男は、走るのを止めると、そのペンダントを手に持った。その結晶のように美しい中心が、エメラルドグリーンの光を放った。

「……近い」 

 男は呟くと、再び駆け出した。

 すると、地面から何かが突き上げるような振動が起こり出した。男は立ち止まると、しゃがみ込んだ。地震は暫く続き、そして収まった。だが男は、前をキッと睨み付けると、そのまま動かなかった。

 その時だった。地面がドッとめくり上がり、巨大な背中が姿を現した。そして、二足歩行の肉食恐竜のような恐ろしい姿のプレデターが出現した。

 男は吹き飛んで来た土砂や岩を避けると、ペンダントを握り締めた。ペンダントがエメラルドグリーンに輝き、そこから光の粒子が溢れ出した。


 メサイアの基地に、警報が鳴り始めた。プレデターが現れたのだ。

「長野県上伊那郡辰野町に、プレデター出現」

 至って機械的なアナウンスが流れ、戸ヶ崎はイグニヴォマを持つとハリアーMK9に走り込んだ。五藤が操縦桿を握ると、ゆっくりコックピットカバーが降りた。

「クロウ1、スタンディングバイ」

「クロウ2、スタンディングバイ」

 戸ヶ崎のインカムに、木元と宮本の報告が入った。

 その後に、五藤が口を開いた。

「良いわね、戸ヶ崎隊員」

 戸ヶ崎は深呼吸をすると、前を向いた。

「大丈夫です、やれます」

「クロウ3、スタンディングバイ」

 三機のハリアーMK9は、垂直飛行してδ地点から浮き上がった。そして、プレデター検出の報告の有った辰野町の方へとアフターバーナーを吹かすのだった。



“GWOOOOOOOOO!”

 巨大なその化け物は、山をゆっくりと下り出した。その先には、住宅街が広がっていた。しかし自然と、人々はパニックを侵さなかった。誰もが、その眼の前の出来事を、何かのイベントのように考えていた。それは、エメラルドグリーンの光が溢れ、白銀の巨人が出現したその非現実的な展開から更に確固たる物となった。

 巨人――Νは、プレデターの前に立ちはだかった。それは唸り声を上げると、Νに掴み掛かった。だがΝは、フロントキック一発で、プレデターを大きく蹴り飛ばすのだった。再び山の稜線に、Νとプレデターが隠れた時、人々はそのイベントに拍手喝采を送るのだった。

 Νは、プレデターの腹を再度蹴り上げた。プレデターは怯み、大きく後退する。そこにすかさず、チョップを食らわせ、地面に突っ伏させた。Νは更に山間部の奥へとプレデターを追い詰めていった。

 その時だった、メーザー光線が、プレデターとΝの間を爆発させた。プレデターもΝも、その発射元を見た。ミサイルパックを積んだ木元のクロウ1が、その間を抜けて行った。

 その後を追うように、クロウ2、クロウ3が振動ミサイルを発射した。

「うあああああああああああ!!」

“GSHEEEEEEEEEEEEE!!”

 Νも、プレデターも悲鳴を上げた。

 クロウ3でガンナーを任せられていた戸ヶ崎は、ミサイルをプレデターにだけ命中させる事で誤魔化していた。彼はもう、積極的にΝを味方だと主張する事を止めざるを得なかった。だから彼は、表立った反論は避ける事にした。宮本と藤木が乗り込むハリアーMK9のクロウ2が、積極的にΝを攻撃するのを見るのは心が痛んだ。

「戸ヶ崎隊員」

 五藤が機体をゆっくり傾けながら話し掛けて来た。

「私の眼は誤魔化せない。ちゃんとΝも狙いなさい」

「……分かりますよね……」

 戸ヶ崎は、諦めたように、Νをロックオンした。

「すまない!」

 戸ヶ崎が狙いを定めて発射ボタンを押すと、レーザーバルカンの弾の雨霰が、Νを炎に包み込んだ。Νは、しゃがみ込んで、その攻撃を凌いだ。

 だが、今度はプレデターが、攻撃をΝへと向けた。Νは、右腕に噛み付かれると、そこからエメラルドグリーンの光の“血液”を流し出した。

「二体が組み合った。チャンスだ、どちらも殲滅する」

 宮本の指示を聞き、メサイアの三機は、掴み合う巨大な影を囲んだ。

「振動ミサイル、ファイア!」

 木元機のミサイルポッドが、次々に振動ミサイルを吐き出した。それに呼応するように、クロウ2、クロウ3も、機体下部の振動ミサイルを全弾叩き込んだ。

 爆発に次ぐ爆発! 炎の球が、森を軸にして盛り上がっていた。

「倒したか?」

 藤木が急いで解析を始める。

 煙が晴れた時、そこには巨大な空洞が出来ていた。

「プレデターは地中へと逃走した模様。Νは分かりません」

「隊長、どうします?」

 宮本が、δ地点のメサイア本部に残る本郷へと通信を入れた。

「地上に五藤、木元、戸ヶ崎の各隊員を残し、宮本隊員、藤木隊員は帰投して。地上部隊は、プレデターの手掛かりを探す事。それと、言うまでも無いけれど、Νに関する何らかの痕跡が有れば、逐一報告しなさい。それで行きましょう」

 本郷はそう述べると、スクリーンに映っていた先程の巨大な二体の戦いを観察するのだった。


 男は右腕を押さえていた。酷く出血をしていて黒い長袖の服の袖を伝って赤い液体が右腕から垂れていた。やがて大木の根元に座り込むと、息を荒げた男は、天を見上げるのだった。

 物音がした。がさがさと草を揺らす。男は立ち上がり、警戒した。思わず、ペンダントを握り締める。

 戸ヶ崎がそこに現れたのは本当に偶然だった。彼はΝの残した僅かな手掛かりを頼りに、Νが敵では無い事を証明したかったのだ。しかしながらΝの残した手掛かりとは、僅かな光の波動だけだった。それも今、完全に消えようとしていた。その時に、彼は、男と会ってしまった。

「貴方は……?」

 戸ヶ崎は男を見てその苦痛に歪む様子を観察した。

「ミッションエリア内にまだ民間人がいたとは」

 戸ヶ崎は男の右腕を見た。どろどろと血液が流れている。戸ヶ崎は通信機を使って、救護班を呼ぼうとした。

「ま……待て!」

 男が急に口を開いたので戸ヶ崎はその顔を不思議そうにまじまじと見た。

「誰も呼ばなくて良い……」

 戸ヶ崎は苦痛に顔をしかめている男を見て、記憶の中からそれを引き出した。

「貴方、前にも見掛けましたね」

 戸ヶ崎はイグニヴォマを脇に抱えると、男へ近付いた。

「そうだ、あの訓練の時。貴方はδ地点にいました。自分の事を見ていました。そうでしょう?」

 男はペンダントを強く、捻り潰すかのように握った。それは苦痛による物では無かった。

「貴方は、どうしてそんな所に? そして何故今ここにいるのですか?」

 戸ヶ崎と男の距離は、せいぜい二、三十センチ程にまで縮まった。男は、大量の汗と、血液を垂らしながら、その眼の向かう先は戸ヶ崎を貫通していた。

「何故救護班を拒むのですか? どういう目的でこんな危険地帯にいたのですか?」

 戸ヶ崎はいつの間にか詰問調になっていた。彼の中では次々と疑問が沸き起こるのだろう。

 その時、男は急に戸ヶ崎を突き飛ばして走り出した。戸ヶ崎は、後ろに下がったものの、体勢を崩す事無く、後方へ向かった男にイグニヴォマを構えた。だが男は、エメラルドグリーンの光に分解されて、戸ヶ崎の眼の前から消え失せた。

「何だ今のは……」

 戸ヶ崎は、男の消えたその地点に近付いたものの、何一つ彼には変化が無かった。ただ、データだけは残されていた。あの光の発信源はあの男だった。

 戸ヶ崎は幾らかの疑問を解決する結論を見出した。そうだ、彼がΝなのだ。彼だったのだ。右腕の傷、それは先のプレデターとの戦いで生じた物なのだろう。

 そして、自分達が、彼を攻撃した事に、心を悩ませた。

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