第三幕
笑みを浮かべたまま沢に立っていた長峰深雪は、彼女の攻撃を勝沼が避けた事を知った。それが彼女には可笑しかった。竜ちゃんは、まだ私と遊んでくれるんだ。そう思うと全身に力がみなぎって来た。竜ちゃんの居場所は分かる。今眼を閉じれば、彼女から逃げる竜ちゃんの息遣いが聞こえる。
待っていて、直ぐに追い付くから。
長峰は沢辺に足を踏み入れた。彼女の身体は宙に浮き、そのままゆっくりと横滑りして行った。
同時に長峰は、眉間に皺を寄せた。そろそろ奴を目覚めさせる時だろう。勝沼竜の相手は彼女がするとして、先程述べたように邪魔なメサイアを壊滅させる必要が有る。その為のお相手は、金澤では無く彼女が指揮する怪物に任せる事にした。それに奴を出せば勝沼竜もただ逃げ続けるという訳には行かなくなるだろう。それはそれで楽しい余興になる。
「竜ちゃん、そんなに私と遊ぶのが嫌なんだ」
長峰の周りに紫色のオーラが沸々と沸き出した。それは彼女が腕を伸ばした先に一気に突撃した。爆発が起き、ヒノキの木がめきめきと音を立てて倒れた。その陰に勝沼がいた。今の一撃も回避したらしく傷らしい傷は負っていない。勝沼の眼には悲しみの色が見えた。それを前にしても長峰は満足出来なかった。彼女が求めるのは純粋な闘志だ。彼女と真剣に戦わない勝沼の態度は無礼であるとすら感じていた。
長峰は容赦無く紫色に輝く光弾を勝沼に向けて放った。良く見ると、勝沼はそれをバリアーのような物で防いでいた。彼が胸のペンダントを前に向けると、そこからエメラルドグリーンの光が溢れて光の壁を作っていたのだ。
「そんな技で私との戦いを誤魔化すつもり?」
長峰は最大の嘲笑を浴びせた。
「深雪ちゃんとは戦いたくない!」
勝沼はペンダント握った手を下すと叫んだ。
「そんなに私と遊ぶのが嫌なの?」
「当たり前だ。深雪ちゃんはそんな娘じゃ無かったはずだろ? もう良いじゃないか」
「もう良い?」
長峰の中で何かが爆発した。
「私の未来を奪ったこの世界を許せと言うの!? それこそおかしいじゃない!! 竜ちゃんは私がこうなってしまった事を何とも思わなかったの!? おかしいのはこの世界よ!!」
「深雪ちゃんの苦しみや悲しみは俺には理解出来ないかもしれない。でもだからってこんな事しても良いはずが無い!」
長峰は右手を上げると、紫色の光をそこに宿した。
「お説教ならば聞くつもりは無いわ」
「説教じゃない、俺の願いだ」
「私の事は大切に思っていないんだ? それが竜ちゃんの本音なのね?」
長峰が右手を振り下ろすと、紫色の光弾が突き刺さるように勝沼を襲った。爆発が起き、周囲の木々が放射状に倒れた。勝沼の身体もその爆発の全てに耐えきる事は出来なかったようだった。体勢が少し崩れていた。
「竜ちゃんは私を切ったのね?」
長峰の足が再度地面に着く。勝沼は良く見ると、右脇腹を押さえていた。そこから血が滴っているのを見て長峰は悦に浸るのだった。
「切ってなんかいないよ。俺は信じている」
「信じる?」
「ああ。深雪ちゃんは完全に悪に堕ちたんじゃ無い。まだ正しい心を持っているはずだ」
勝沼は姿勢を正した。黒い服だが、右脇腹に出来た染みが分かった。
「悪? 正しい? そんな物はどうでも良いのよ。私は私をこうしたこの世界を憎んでいるだけ。勿論竜ちゃんも例外じゃ無いわ」
「だったら何で俺を殺さない? 殺すチャンスは幾らでも有ったはずだ」
「有るわよ?」
「それは、深雪ちゃんの中にまだ優しい心が残っているからだろ? 俺はそれを信じているんだ」
本当に甘ちゃんだね。長峰はほくそ笑んだ。竜ちゃんは優しい。確かに優しい。でもその優しさで、私は救われなかった。竜ちゃんは、私の苦しみに気付く事すらしなかったじゃないの。
「そんな事も何時まで言っていられるかしらね?」
長峰は頭の奥のそのスイッチを押した。
秩父の西の方にメサイアのハリアーMK9は到着した。それと略同時に、山肌がめくれ、中から巨大な影が現れた。夜の闇に映えていたその姿はまるで巨大なカマキリだった。両腕の鎌に捕まれば一撃で葬られてしまうだろう。
「各機、敵を市街地に近付けるな」
本郷の命令が走った。
「了解」
クロウ3のコックピットで五藤が短く返した。五藤は華麗な操縦桿捌きでそのプレデターの前に躍り出た。そのままメーザーバルカンで攻撃を仕掛ける。その攻撃が命中した箇所から火花が散るが、相手は怯む様子も見せなかった。
「奴のコードネームはKADANMAとする。KADANMAを囲んで一斉射。一気に仕留めましょう」
「隊長、奴の背中に翅を確認しました。空を飛ばれると厄介です」
藤木が分析に入ったのだ。
「クロウ2は背後から翅を狙って攻撃。クロウ1、クロウ3は左右から畳みかけるわよ」
「了解です」
KADANMAの右側を五藤は捕捉した。戸ヶ崎がロックオンし、再度メーザーバルカンを放った。その反対から木元と本郷が乗るクロウ1が同じく攻撃を浴びせていた。同時にKADANMAの背面に回り込んだクロウ2もメーザーバルカンと振動ミサイルで一気に畳みかけた。爆発の炎にKADANMAの姿が包まれると、三機のハリアーMK9は一度距離を置いた。
「どうか?」
戸ヶ崎が思わず聞く。爆炎が止むと、KADANMAは何事も無かったかのようにその四本の足で前へと進んでいた。
「奴の顔面を狙う」
五藤が再度前へと機体を運んだ。その時KADANMAの顎が開き、中から無数の氷の槍が発射された。五藤が急に軌道を変えたから、戸ヶ崎は一瞬眼が眩むのを感じた。それでもしっかりとKADANMAの頭部をロックオンした。メーザーバルカンを敵の開いた顎の中へ目掛けて叩き込んだ。
しかし、KADANMAは全くそれを受け付けなかった。KADANMAの複眼が光を放つと、クリスタル状のバリアーが空間に現れ、メーザーバルカンの攻撃を散らした。勿論KADANMAは無傷だった。
「こいつ、正面からの攻撃は効かない!」
戸ヶ崎は苛立ちを覚えた。
「だったら背後から狙うまでよ」
藤木の声と共に、クロウ2が再度翅を狙って攻撃を浴びせた。しかしそれもKADANMAの複眼が光ると同時に発生したバリアーに完全に防がれた。その飛び散ったメーザーが、クロウ3を掠める。咄嗟に五藤が回避行動に移ったから良かったが間一髪だった。
「すまない」
藤木が謝罪の言葉を送って来た。
「隊長、どうしますか?」
戸ヶ崎は相手の顔面をロックし続けながら聞いた。
「プロメテウスカノンを使いましょう」
本郷の決断は早かった。
「あれならばバリアーを破れるかもしれませんからね」
木元も明るい声で応じた。まだ余裕が有る。
クロウ1が、敵の正面に回り込んで、プロメテウスカノンの発射態勢に入ろうとした。
「戸ヶ崎隊員、援護して」
「了解です五藤隊員。ジャベリンを遣います」
クロウ3の増加ミサイルポッドから徹甲弾が放たれた。弾速の遅いそれは、KADANMAの両腕の鎌であっさり叩き落された。それでも時間を稼ぐ分には充分だった。その間にチャージが完了したクロウ1の上部砲身から熱戦が放たれた。プロメテウスカノンは真っ直ぐにKADANMAのの顔面に叩き込まれた。
しかし――。
プロメテウスカノンはKADANMAの顔面前でバリアーに弾かれて無数の光の矢となって周囲に飛び散った。その数本がクロウ2とクロウ3を襲った。
「く!」
五藤が必死に避けようとしたが、その光の密度は彼女の操縦テクニックをしても避け切る事が出来ない物だった。クロウ3は空中で被弾し、そのまま一気に高度を下げていった。クロウ2も同じだった。クロウ2は煙を棚引かせながら森に墜落したのだった。クロウ3は五藤が最後の踏ん張りを見せて胴体着陸に成功した。
「何て事……」
木元の息を飲む声が聞こえたから戸ヶ崎は自分が生きている事を確認出来た。しかし、五藤の反応が無かった。
「五藤隊員!?」
五藤は気を失っていたが、同時にその頭部から血が流れていた。戸ヶ崎はコックピットハッチを手動でずらすと、五藤のベルトを外しに掛かった。その時、不吉な音が聞こえた。見上げるとKADANMAが巨体をこちらへ向けて進めて来ていた。このままだと踏み潰される。何とか五藤を助け出さないといけない。
「隊長、五藤隊員が!」
戸ヶ崎は叫んだ。KADANMAの進撃を留まる事を知らない。どんどんと前へ向けて歩いて来る。時間に猶予は無い。覚悟を決めた戸ヶ崎は、コックピットに備えて有ったイグニヴォマを構えると、五藤を守る為にそれを上へと向けるのだった。
勝沼は新たなプレデターが現れた事を感知した。それを長峰が操っている事も。だが彼女は勝沼をそこに行かせないつもりらしい。メサイアを完全に滅ぼすつもりの長峰を前に、勝沼に迷いが生じた。ここで彼女の相手をしている場合では無い。それは分かっている。だが一体どうやったら彼女をまけるのか。
勝沼は覚悟を決めた。
長峰が嘲笑し、再度紫色の光弾で攻撃を始めた。勝沼はその爆発にわざと飲まれに行った。その時の長峰の表情は驚きの物だった。
「変身!」
勝沼の首から外されたペンダントからエメラルドの光が溢れ、勝沼の身体を光の粒子に分解し、巨人へと再構築した。Νだった。
「ふーん、そうするんだ」
長峰の声が聞こえた。Νは、長峰を一瞥すると、背中から翼を伸ばして空へと浮かぶのだった。
戸ヶ崎はイグニヴォマのレーザーライフルでKADANMAと交戦状態に入った。KADANMAの近寄って来る脚部を狙った射撃は、相手のバリアーに妨げられる事なくその細い足を傷付けた。だがそれが悪かった。戸ヶ崎にKADANMAは視線を向けた。その顎が開かれると、氷の刃が連続で放たれた。戸ヶ崎は咄嗟に避けたがそれも良く無かった。氷の槍は、墜落して煙を上げているクロウ3を更に傷付けた。
「五藤隊員!」
ハリアーMK9はその攻撃で大きく宙を舞い、再度地面に叩き付けられた。コックピットの五藤がどうなったかは分からない。
「こいつ!」
戸ヶ崎はレーザーライフルを連射した。今度は相手の顔面を狙って。しかしそれはバリアーに防がれてしまった。そして、KADANMAは右の鎌を持ち上げると、戸ヶ崎目掛けて振り下ろした。戸ヶ崎の前が真っ暗になった。
「副隊長、どうだ?」
ただ一機生き残ったクロウ1の本郷はクロウ2の様子を気にした。ノイズが走った後に藤木の声が聞こえた。
「隊長、駄目ですハッチが開きません。脱出装置も作動しません。副隊長は意識不明です。このままだと燃料に引火して爆発します」
「諦めるな、今助けに行く」
「いえ、隊長達はKADANMAの攻撃を。奴を市街地へ向かわせれば全てが駄目になります。今の敵の状態は?」
「戸ヶ崎隊員が戦っているけれど……」
その時、KADANMAは右の鎌を持ち上げると、そのまま地面に叩き付けた。そこは戸ヶ崎がいた所だった。
「戸ヶ崎君!?」
ガンナーを任されている木元が絶句した。あの鎌の一撃は、恐らく戸ヶ崎を葬っただろう。金澤の預言を思い出す。本当に勝つ事が出来ないのだろうか……。
諦めたらいけない。生存者の確保を優先するべきか、またはこのまま戦闘を続行するべきか。KADANMA今度、クロウ1に注意を向けた。叫び声を上げると、氷の槍を連続では吐き出した。本郷はそれを軽い捌きで避けてみせたが、何時まで持つかは時間の問題だった。
しかし、事態は急変した。緑色の光の粒子が、KADANMAの身体を遠くへとと飛ばした。
「何?」
本郷が問う。
その光の粒子は空から放たれていた。そしてそれが何かは本郷にも理解出来た。空の上でエメラルドグリーンの光の粒子を撒きながら、翼を生やした巨人がゆっくりと降下して来ていた。
「Ν……」
Νが着地した際、その足元から土埃が舞い上がった。Νが光る瞳を輝かせると、KADANMAと向き合った。だが本郷は気付いた。Νの右脇腹からエメラルドグリーンの光が漏れ出ているのを。負傷しているのだ。
KADANMAは一気にΝに飛び掛かった。その鎌の一撃がΝを切り裂こうとする。だがΝは、肘を使って鎌の根本を押さえると、刃の部分を広げて剥き出しの胸部に蹴りを叩き付けた。KADANMAは苦しそうな声を上げて後退した。そこをチャンスとΝがジャンピングチョップを浴びせた。関節がもろそうなその頭部に火花が散った。
今度はKADANMAの反撃だった。顎を開くと氷の槍を連続で放った。それはΝの胴体に直撃し、Νは後ろに倒れてしまった。
「マウントを取られる!」
木元が焦った。
だがΝは、飛び掛かって来たKADANMAを巴投げの要領で頭上に飛ばした。KADANMAの巨体が地面に叩き付けられて木々が倒れ山が崩れた。立ち上がったΝは、手の甲からエメラルドグリーンの光弾を放った。追い討ちを仕掛ける形になったのだ。だが、KADANMAはそれを回転して避けると再度Νに鎌で斬りかかった。Νはそれを防ごうと、両手を合わせてエメラルドグリーンの光線を放った。それは真っ直ぐにKADANMAの頭部を打ち砕くかに見えた。しかし敵の方が速かった。クリスタル状のバリアーが展開され、放たれた光線は四方八方に散ってしまった。驚くΝに対して鎌の一振りが直撃した。Νは身体から火花を散らし、膝から崩れ落ちた。その剥き出しの背中に向かって、KADANMAは氷の槍を連続で放った。Νがのたうち回る。やがてΝは動きをのろくし、立ち上がろうとするも出来ない状態になった。
KADANMAはそんなΝに近付くと、鎌を使ってその身体を掴んだ。そしてΝの剥き出しの背中に顎を押し付け噛み付いた。Νが悲鳴を上げる。その噛まれた傷口からΝのエネルギーがKADANMAの中に流れて行くのが分かった。
「隊長、どうします!?」
木元が焦燥感を露わに聞いて来た。
「仕方が無い、Νを援護しよう」
「援護ですか? 勝沼竜を?」
「目下の所の脅威はプレデターだ。それにΝに死なれては困る。プロメテウスカノンは?」
「ゲインをフルで活用すれば、後二発は撃てます。ですがそうすると、このクロウ1の全ての機器がダウンします」
「構わない、プロメテウスカノンの用意を!」
KADANMAは顎でむしゃむしゃとΝを食らっていた。Νは何とか抵抗しようとしたものの、鎌でがっちり挟まれていて逃れる事が出来ない。段々に身体の力が抜けて来たのか、両腕をだらりと下げてしまっていた。
「プロメテウスカノン、チャージ完了! 狙いは?」
「奴の頭部だ。吹き飛ばしてやりなさい」
「了解。ファイア!」
プロメテウスカノンの赤色熱戦がクロウ1から放たれた。その一撃はKADANMA頭部を向けて真っ直ぐに突き進んだ。しかし、敵はΝを手放すと、バリアーを発動させた。再び飛び散るプロメテウスカノンの光が周囲を焼き、Νの身体にも突き刺さった。Νはふらふらとしながら後退した。
「奴の拘束を解きました」
Νは、頭を横に数回振ると、気を取り戻したように構え直した。KADANMAが氷の槍を連続で放つ。Νはそれをバリアーで防御した。そして両腕を広げると、指と指の間にスパークを起こした。クァンタムバーストの構えだった。本郷はそれを見て、Νの最強の一撃を前に果てるKADANMAを想像した。KADANMAはと言うと、Νの動きを見ても自分の鎌を舐めてケアする事に夢中だった。クァンタムバーストのエネルギーがチャージされ、Νの手から放たれた時もKADANMAは余裕だった。
その最強の一撃はKADANMAのボディーを目掛けて進んだ。それに対してKADANMAは予想通りバリアーを展開した。二つのエネルギーがぶつかり合って、周囲を猛烈な熱風と衝撃波と空気の摩擦で生じた落雷が襲った。クロウ1はそれに巻き込まれて、錐揉み回転をし、墜落するコースを辛うじて回避する事がやっとだった。本郷は墜落した彼女の部下達を思うと、この現象が彼等の生存状況を更に悪化させている事を歎いた。だが今は助けに行けない。気が付くと藤木との通信も途絶えてしまっていた。
衝撃が治まった時に見たのは、無傷のKADANMAだった。あのバリアーはクァンタムバーストの一撃をも防いだのだ。Νに狼狽の色が見えた。
CCCCCCCCCCCCCCCCCCC!
KADANMAは唸り声を上げると、Νに向かって突進した。Νは鎌を両腕で掴み防御したが、その顎から氷の刃が放たれようとしていた。その距離では避ける事が出来ないと本郷は感じた。
しかし、意外な反撃が展開された。Νはそのまま翼を広げると、空へと向けてKADANMAを持ち上げたのだ。鎌を掴まれたままのKADANMAは段々に上体を起こし、遂には完全に地面から足を放しそうになった。そこでΝは体重を一気に掛けてKADANMAを後転させた。KADANMAはひっくり返りじたばたともがいた。その隙を、Νは逃さなかった。クァンタムバーストの一撃がΝの手から無防備なKADANMAの腹部目掛けて放たれた。直撃だった。大爆発が起き、本郷と木元の機体はその爆風圧されて、山に墜落してしまった。
勝沼は勝利を確信したように、そのまま宙に浮いていた。一瞬のスキを突いた攻撃だった。彼の機転が無ければ勝てなかったろう。そう思うと脇腹の痛みも消えてしまったように思えた。
だが勝沼は眼を疑った。ひっくり返ったままだったがKADANMAは健在だった。そしてゆっくりとその身体が正面を向き直り、Νに向かって威嚇の声を上げていた。
どうしてだ?
Νはそう疑問に感じたのだろうか。羽を収納し、地面に下りた。
そこには紫色の光の粒子が散っていた。Ξが立っていたのだ。長峰深雪が戦いに加わったのだ。
「竜ちゃん、私の狙いを覚えている?」
勝沼の――Νの脳裏にあの声が響いた。勝沼は頭を振った。狙い? 何の事だ?
「この怪物は竜ちゃんを殺す為に生まれた訳では無いんだよ」
そう言うと、Ξは戦闘の構えを見せた。
「メサイアを壊滅させるまで、この子の戦いは終わらないんだよね」
それを聞き、Νは耳を疑った。Νと戦う為のプレデターでは無い。それでもこの強さだ。
「竜ちゃんの相手は私がする」
Ξは、拳を作ると、一気にΝに向かって駆けた。そのままの勢いで腹部に強烈な一撃を浴びせた。Νは腹部を押さえながら後退した。だがΞの力は有り余るかのように次々にΝを襲った。Νはそれを受け続けるしか出来なかった。その隙にKADANMAが残ったメサイアを皆殺しにする為に動き出したのが分かった。
今は、深雪ちゃんと戦っている時間は無い。だがこの猛攻をどう防ぐかだ。
Νは積極的な攻めを見せる事にした。Ξの伸ばした腕を掴むと肩に掛けて一本背負いの要領で地面に叩き付けた。
「やるじゃん」
Ξは立ち上がると身体に付いた土を払った。Νも構える。両腕を前に伸ばし、腰を少し落として。Ξは怒り狂うように、連続でパンチを繰り出した。Νはそれを受け止めて受け流す事に集中した。Ξの攻撃は激しく、一見撃ち破る事は難しいように感じられた。だがΝが避け続けている間にその感情に怒りが混ざり始めた。それが隙を作った。Νは、Ξの首元を掴むと、股の下を支えながら大きく投げ飛ばした。Ξはそれを空中で回転して着地したが、Νはその隙を更に突いた。Νの飛び蹴りがΞに命中し、Ξはよろけながら前の方へと数歩よろめいた。
それがチャンスだった。Νは一気に加速してKADANMAへ向かった。KADANMAは鎌を振るい、墜落したハリアーMK9を狙っていた。
「止めろおおおおおおおおおおおおおおおお!」
ΝのタックルでKADANMAは吹っ飛ばされた。そして間髪入れずに放ったエメラルド色の光弾がKADANMAの右の鎌の根本を貫いた。黄色い体液を噴出させながらKADANMAはのたうち回った。
「やってくれたね」
長峰深雪の悔しそうな声がした。
「今日は大人しく退くとするわ。メサイアを戦力的に削る事には成功したし。竜ちゃん、またね」
Ξは紫色の光の粒子にばらけて、KADANMAは地面に潜って行った。Νも光に身体を分解し、辺りは静けさを取り戻すのだった。
勝沼は戦いの跡を歩いていた。周囲には今度の戦いで薙ぎ倒された木々が転がっていた。酷い物だ。ここが市街地で無くて本当に良かったと勝沼は思った。またしても深雪ちゃんを説得する事は出来なかった。それどころか、彼女の狙い通りメサイアは全滅したも同然だった。今勝沼に出来る事は何か、それを求めて彼は歩いていた。
そして見た。血達磨になって転がっているのは戸ヶ崎だった。
「戸ヶ崎……」
勝沼は意識を失っていた。出血が酷い。長く持ちように思えなかった。メサイアの救護班が到着するにしても間に合うと思えなかった。
「戸ヶ崎、死ぬなよ」
勝沼はしゃがみ込むと戸ヶ崎の方へと手をかざした。勝沼の両手からエメラルドグリーンの光が溢れた。それは光のシャワーとなり戸ヶ崎へと降り注ぐと、彼の全身を包み込むのだった。
「俺にはこれしか出来ない。生きろよ、戸ヶ崎」
勝沼は独り呟くと、森の奥の方へと姿を消すのだった。




