第二幕
その晩、戸ヶ崎伸司は郷野秋子とメールでやり取りしていた。郷野は相変わらず明るく戸ヶ崎の凍り切った心を溶かしていた。時に回答に困る質問も飛んだがそれも戸ヶ崎に取っては恵みだった。
CANAS撃退後、メサイアの出るような戦いは無かった。片桐司令はそれを怪しい物だと睨んでいた。わざわざこちらの準備期間を設けるプレデターに当初は偶然を考えていたが、今はΞというブレインが付いている事を考えると何かしらの策が有るように思えてならないのだ。そのΞも現われない。長峰深雪が消滅したとの考えまで生まれていた。
戸ヶ崎はその意見には異を唱えたが、彼も身体を休めている事を考えると、少し長峰の考えが分からない物だった。もう戦う意志が無いならばそれが一番だった。戸ヶ崎や勝沼に取って最も良いパターンで戦いが終結する。だが恐らくそれは無いだろう。長峰は如何に勝沼を苦しめるかで行動しているはずだ。それを全く警戒しないのは甘過ぎると思う。どのような場合でもプレデターを率いてまた攻勢を強める可能性の有る存在を野放しにしているのが現状なのだ。そう思うと色々な物事にナーバスになってしまうのが戸ヶ崎だった。
郷野からのメールはそんな戸ヶ崎の荒んだ心へと潤いを取り戻してくれた。戸ヶ崎に取っては分かり易い「守るべき存在」だった。郷野を不幸に貶める物が有るならばそれを取り除く事こそが彼の出来る最大の正義だった。家族との縁も切られて他に具体的な物を見失っている彼にはとても大事な存在になり得た。無論自衛官時代から人を守る仕事には誇りを持っていた。そういう意味で彼は不特定多数の為に命を削る事への抵抗は無かった。寧ろメサイアのような組織にこそ疑問を見出す方が多かった。
戸ヶ崎は必要悪という言葉が嫌いだったが、仮に自衛隊でプレデターに勝てるかと言うと怪しい。そういう意味でメサイアは必要かも分からない。ただだとしても日本国民を殆ど騙す事になっているのも事実だ。それは戸ヶ崎の望む姿では無かった。
郷野は今度、父親に会いに行くらしい。彼女の父親がどういう人物かは戸ヶ崎も少し知っていた。「加藤のおじさん」だ。軽い感じの人間だったが何が原因で離婚したのかは分からない。今でも戸ヶ崎は郷野の事を加藤と呼んでいたがそれは無礼になる可能性も僅かに心に持っていた。だが彼女がそれで良いと言うのだからそれに甘えた。
「戸ヶ崎君はもう帰って来る予定は無いの?」
郷野のメールにはそう書いて有った。それは戸ヶ崎に中々答えにくい内容だった。帰っても仕方が無いのだ。他のメサイア隊員のように帰れない事は無いが、帰っても先ず両親に迷惑を掛けかねない。そう思うと躊躇してしまう。縁を切られた両親だがそれでも情は湧く物だった。
戸ヶ崎は迷い迷って、「今の所は分からない」と郷野に返した。郷野は深く詮索する事が無かったので戸ヶ崎はほっとした。戸ヶ崎は郷野に自分の今の仕事についても聞かれて迷う事が有った。一応陸上自衛隊の一員だと言って有るが、あの狭い町でそうでは無いという噂が広がるのは今考えても時間は掛からないだろう。
戸ヶ崎は郷野とのメールを切り上げる事にした。彼も休みを取る事が業務だと分かっていたからだ。郷野には明日早番だと伝えて誤魔化した。郷野はそれに対し、謝罪のメールをくれた。そういう所の気の遣い方は昔から変わっていないなと戸ヶ崎は思った。
木元ホムラは、ブリーフィングルームで眠気と戦いながら様々なモニターや計器を見つつ、警戒態勢を一人で続けていた。当直という奴だ。プレデターの様子は一切感知していない。ΝやΞもどうなったか分からない。
ただ木元は苦い気持ちを持っていた。彼女は一度、Νの人間体である勝沼竜を眼の前で逃がしてしまった。あの時彼を捕らえていればメサイアの対応も変わったはずだ。そう思うと悔しかった。
その時、ブリーフィングルームのメインドアが開いた。木元は眠たい眼を擦りつつ、その方を向いた。金澤みのりが立っていた。
「金澤隊員」
木元は欠伸を噛み殺しながら金澤を迎え入れた。
「どうかしたの?」
「夢を見ました」
「夢? まさか、予知夢?」
木元は一気に眠気が吹き飛ぶのを感じた。金澤がわざわざそれを伝えに来た事は意味が有るのだろう。木元は直ぐに他の隊員達に警戒態勢を命じようかと動いた。
「でも、待って下さい」
木元の動きを察知したように金澤が鋭く止めた。
「どうして?」
木元は少し苛立ちを感じた。先ず予言の類は本郷隊長か片桐司令に報告するのが筋だ。それを一端の隊員である木元に報告して置いて、更にその情報拡散を止めようと言うのだから。だが金澤の眼には悲しみが見えた。木元はその瞳の色を見続ける事がまるで自分という暴君が力無き小市民を眼の前で嬲るかのように感じられたから視線を逸らした。金澤はそんな彼女の様子を見てか、軽く溜め息を吐くと、今度は木元に謝罪の意を表した。
「今回は、少しどうするべきか私も困っています」
「意味が分からない……」
木元は話の流れが読めなかった。ただ、結論を聞きたかった。
「プレデターが現れるのでしょう?」
「そうです」
金澤の瞳に影が差した。木元はそれを見逃さなかったが、敢えて指摘する事はしなかった。
「だったら、私達が出なくちゃいけない」
木元はさも当然と言い放った。
「駄目です!」
だが木元は金澤のその気迫に圧倒された。金澤は肩で息をしていた。興奮の為か耳が紅く染まっていた。木元が理解に苦しんでいると、金澤はぼそりと口にした。
「今度の敵と戦ったら、死にます――」
「え?」
「メサイアは全ての力を尽くしても勝てません。それ所か、皆で殉職します」
木元は何故金澤が頑なにメサイア戦闘班がその情報を知る事を拒んでいるかを漸く知ったのだった。
「金澤隊員、でも隊長には報告します」
「そうすると、皆さん出撃するんですよね? それでは意味が無いです」
「ならばどうしろと!?」
「あのプレデターと戦わなければ……」
「そうして罪の無い民草が苦しむ姿を指を咥えて見ていろと言うの?」
「それは――」
金澤は詰まった。木元はそれでこの論戦の軍配は木元に向けられたと悟った。彼女は金澤が止める隙を突き、直ぐにメサイアに警戒配置を強いるのだった。
勝沼は沢の方へと出ていた。身体が火照っている。それを冷やそうと沢の澄んだ水を頭から浴びた。ハグロトンボがひらひらと舞い、勝沼の足元の岩に止まった。勝沼はそれを横目に見ると、自分もその岩に腰掛けた。ハグロトンボは暫く頭をクリクリと動かすと、再びひらひらと舞い出した。勝沼がそれを眼で追うと、一瞬の輝きがそのトンボの進路を絶ち切った。勝沼の眼の前でハグロトンボはギンヤンマの顎で噛み砕かれる所だった。
「皮肉な物ね」
勝沼はハッとして振り返った。沢の上流の方に、赤いワンピース姿の少女が立っていた。長峰深雪だった。
「深雪ちゃん――!」
「久し振りね」
長峰は笑顔を浮かべながら、ゆっくりと勝沼の方へと近付いて来た。
「まだ俺と戦うつもりなのか?」
勝沼は心の底から絞り出したその言葉を口にした。言霊と言う物が有るならばそれを頼りたい。勝沼の念じる物が直接長峰の心に届けば良い。
だが長峰の口から出たのは嘲笑に似た物だった。勝沼はその笑いに背筋が凍る感じがした。
「それは私の選択肢では無いわ。私はただ、自分の復讐の為に動くだけ。誰が止めようとも関係無いわ」
「そんな事――」
「暫く私が姿を見せなかったから改心したとでも思ったんでしょ? 甘いわよね」
長峰は、気が付くと勝沼とほんの一メートルくらいの位置にまで近付いていた。勝沼が身を乗り出し手を差し出せば捕まえられる範囲だ。だが勝沼はそれをしなかった。いや、出来なかった。
「私は力を溜めていたに過ぎない。必ず、決着を着ける為に」
「俺と深雪ちゃんのか?」
長峰は眼を細めて歯を剥き出しにした。
「違う。私と世界とのよ!」
気の圧力という物だろうか。長峰深雪を発信源に勝沼は眼に見えない波動を感じた。もし勝沼が力を込めていなければ後ろへ下がってしまっていただろう。
「その前哨戦がもう直ぐ行われるわ。今度のプレデターで先ずは目障りなハエ共を捻り潰す」
「ハエ?」
「そうよ、何時も私達の邪魔をするメサイアを皆殺しにするの」
勝沼は眼を見開いた。勝沼や五藤達がやられる。勝沼は決してメサイアに心を許した訳では無いが、それでも戸ヶ崎と五藤には情が移っている部分が有った。あの二人ならば自らの命を投げ出してでも深雪ちゃんと戦うだろう。
「そんな事しないでくれよ!」
「何で?」
「深雪ちゃんは優しい娘だろ、元に戻ってくれよ!」
「元に戻ってどうなると言うの? 私の境遇が変わるとでも言うの?」
長峰の笑い声は冷たく鋭かった。勝沼は哄笑を浴びているのだ。
「私はね竜ちゃん、世界の為に自分の存在を無理矢理捻じ曲げる事は止めたの。私が私でいられない世界なんかに価値は無い。壊れて当然よ。それともまだこの世界にそこまでの意味を見出せと言うの? それこそ無理という物だわ」
「それなら、何故俺の前に現れた!?」
「今回は釘を刺して置こうと思ってね。今度の戦いでメサイアは全滅させる。それをどういう出来心か知らないけれど竜ちゃんに邪魔されたく無いのよ。私が折角用意した余興なんだから、それをあの暴力主義者のメサイアの隊員に楽しんで貰わなくちゃね。そこにウイングファイターΝなんて物が邪魔に入るとぶち壊しも良い所じゃない? 分かって貰えないかな?」
「分かるはずが無い!」
「どうして? メサイアは殺すけれど、他の市民は傷付けないと約束しても良いんだけど? 竜ちゃんはか弱い市民の為に戦っているんでしょ? 武器を持って私を殺しに来るメサイアを潰す事くらい許してくれても良いんじゃないの?」
「それは、そうだが……」
「ひょっとしてメサイアに何かいけない感情を抱いちゃったの? それこそ愚かよ。メサイアも充分この世界の力無き者達をだまくらかしていると思うけれど?」
「確かにメサイアは信頼出来ない。でも深雪ちゃんは、メサイア亡き後、守る存在を失った一般人を殺すんだろ? だったらメサイアにはまだ存在価値が有る」
勝沼は長峰からの気が強くなったように感じた。長峰は舌なめずりをすると、満面の笑みを浮かべた。
「ふ~ん、そう来るんだ。だったら仕方無いね」
長峰の身体から紫色のオーラが溢れた。
「直接私が足止めしてあげる」
長峰が右手を伸ばして勝沼の方へ向けた。その掌から紫色の波動弾が放たれ、勝沼を襲った。勝沼が一時を過ごしていた沢は爆発し、そこに残されたのは長峰も笑い声だけになった。
戸ヶ崎はブリーフィングルームに向かっていた。眼の前では五藤が中へ入ろうとしていた。
「敵ですか?」
藤木が自分のデスクに座りながら奥でモニターを見ている本郷に聞いた。その横では何故か金澤が複雑そうな顔をしていた。木元がそれをちらちらと見るのも気になった。何か動きが有ったから招集された事は確実だがその独特な雰囲気が戸ヶ崎の理解を越えていた。
「全員揃ったわね」
メサイアの戦闘部隊の面々は、本郷の方へと意識を傾けた。
「先程、金澤隊員から新しい預言が通達されたわ」
「成る程、こちらから打って出るのですね」
藤木が何処か勝ち誇ったような口調で述べた。戸ヶ崎もそれに同感だった。敵の動きが分かれば、こちらから先手を打てる。それは大きい。住民の避難から始めて敵の完全な殲滅も不可能では無い。戸ヶ崎は未だに金澤の力を借りる事に抵抗感が有ったが、それも戦いを続けて行くにつれて少しずつ薄れて行くのが分かった。それが慣れという物だとしたら、戸ヶ崎は自分の慣れを中途半端な物だと感じるのだった。或る意味では金澤を認め、別の或る意味ではそんな金澤の扱いに抵抗を感じる。どっちにも立ってしまっている。それをどう処理すれば良いか、戸ヶ崎は未だに主張と行動が合致していなかった。
本郷はそんな戸ヶ崎の迷いを無視するかのように話を前に進めた。
「秩父に敵が現れます。幸い人口密集地からは離れるようだわ」
「一気に片を付けましょう」
宮本が早速作戦を立てようとばかりに立ち上がった。だが本郷の顔にはそれを制する物が有った。
「副隊長、ちょっと待って。金澤隊員の話を聞いて」
「まだ何か預言が有るのですか?」
藤木が素朴な疑問をぶつけた。本郷は金澤に目配せをした。良く見ると木元が何故か頭を抱えていた。戸ヶ崎は異常な事態が発生している事を肌で感じるのだった。
「今度の敵を迎撃する事を止めて下さい」
金澤の口から出た言葉は戸ヶ崎だけでなく、メサイアの面々全員に困惑を与えた。その発言の意図が分からなかったからだ。
「どういう?」
藤木の言葉は少なかったが、意図する所は理解出来ない訳では無かった。何か作戦上の都合が有るように思えたからだ。だが戸ヶ崎は直感でそれが違うだろうと分かった。若しそうならば本郷が述べれば良いだけの話だ。それを金澤の口から言わせる事に何か狙いが有るに違いないと戸ヶ崎は分かった。
戸ヶ崎は金澤の方へと意識を集中させた。考えても仕方が無い。今は眼の前の現実を受け止めよう。そう思い金澤の発言を待っていた。
そして金澤の口は、少し急くように開かれた。
「預言が出ました。新たな敵が現れます。ですが、私達では勝てません」
「何だと?」
宮本が多少怒りを込めたように噛み付いた。彼等の戦力を全否定されたようなものだからだ。それは今まで百戦錬磨の誇りを持つ宮本には多少屈辱的な発言だったと思われる。
だが、宮本がさすがだと言えたのは、一瞬いきり立ったような彼が次の瞬間にはもう冷静さを取り戻していた所だった。宮本は、金澤に先に進めるように促した。
「私達メサイア戦闘ユニットが戦いに出ると、全滅します。それが私の見た預言です。どのような作戦を選んでも、そこに待つのは私達の最期です。皆さんの命の危機が迫っているのです」
金澤は必死だが淡々と話した。メサイアの力を以てしても、勝てない相手なのか。それも彼等の全滅も有り得るというのだからより深刻に金澤が考える事も理解出来た。
「言いたい事はそれだけか?」
宮本は溜息を一つ漏らすと、金澤の方をじっと見ていた。一体どういうつもりなのか戸ヶ崎は分かった。金澤の次の言葉を待っているのだ。彼女はそれが分かっているかのように黙り込むと、何処か憐れむような眼で戸ヶ崎達を見詰めていた。
「僕達が出撃しないとプレデターは民間人を襲うのでは?」
藤木が素朴な問いをぶつけた。戸ヶ崎も気になっていた事だった。金澤は再度困ったように戸ヶ崎達を見回した。
「それは……、有り得る話です」
やっと金澤が口を開いた時にはもうメサイアの覚悟は決まったと言えた。
「だから甘ちゃんは困るのよ」
今までずっと沈黙していた木元がうんざりしたように述べた。
「そんな事で私達の作戦が変わるはず無いじゃない。メサイアは全力でプレデターと戦うわ。多少の犠牲はつきものよ。そんな物を恐れる私達じゃ無い」
「しかし」
金澤の声に痛みが走った事を戸ヶ崎は感じ取った。だがそれが彼等の行動を阻害する物にはならないと戸ヶ崎は思った。メサイアが果たして本当に民間人を守る事を第一にしているかはさて置きだが、戸ヶ崎の覚悟は揺らぐ事は無かった。
「金澤隊員」
戸ヶ崎は、出来るだけ優しく話し掛ける事にした。
「自分は元々陸上自衛隊の自衛官でした。民草の命を守る為ならば災害救助からテロリストの鎮圧までやって行くだけのモチベーションが有ります。その為にこの命を投げ出す事も惜しむ事はしません」
「戸ヶ崎隊員……」
「それに自分には命を捨ててでも守りたい存在が有ります」
戸ヶ崎はふと、郷野の事を思った。戸ヶ崎の事を良く知っていないとは言え、彼の事を昔と変わらないように接してくれる存在。郷野秋子の幸せの為ならば戸ヶ崎は身を捨てる覚悟は出来ていた。金澤には分からない感覚かもしれない。
「戸ヶ崎君の言う通り、私達が戦わないと犠牲が増えるんでしょ? だったら戦いに出る」
木元が援護してくれた。その間も、金澤の表情は暗かった。その瞳に映る物の意味は分かった。”どうして分かってくれないのですか?”だ。命を投げるという事は、金澤には理解出来ないのかもしれなかった。
「それに、金澤の見た未来は変えられる可能性も有るだろう?」
宮本がさも当然とばかりに述べた。戸ヶ崎もそれを聞き、そういう発想が有ったかと納得した。
「未来は変えられるとは思えません」
金澤は半分しゃくりあげるように反論した。
「そんなの、やってみないと分かんないじゃん?」
藤木も宮本の側に就いた。
「金澤隊員、君は自分達とは違う。自分達は誰かの命を守る為に生きて来た。だからこそ戦えるんだ。君には分かって貰えないかもしれないがそれが自分達の生き方だと思ってくれて良い」
「戸ヶ崎隊員」
「話はまとまったようね」
本郷がふっと笑みを浮かべるのが戸ヶ崎に見えた。
「出動しましょう。でも金澤隊員、貴方はここに残りなさい」
「え?」
金澤は再度困惑したような声を上げた。それが何を意味するのかを一瞬戸ヶ崎も理解出来なかった。だがその意図は直ぐに分かった。危ない橋を民間人上がりの金澤にまで渡らせる必要は無いと判断したのだろう。戸ヶ崎はその本郷の気遣いを知り、彼女の決断は正しいと感じた。金澤は勿論戸ヶ崎達が全滅してももう昔の生活には戻れない。それは分かるはずだ。だがだからといって死に急がせる必要も無い。彼女が生きる道を選択させても罰は当たらないだろう。
「ハリアーで出て付近を警戒しましょう。私も出るわ」
「こっちにはプロメテウスカノンが有りますしね」
木元が武者震いをした。戸ヶ崎も真似た。
「必ずや勝利を手にしましょう。未来は変えられると信じて」
「金澤隊員、待っていてよ。ちゃんと生きて帰って来ますからね」
木元は悪戯っぽい笑みを作った。
「そんな……!」
金澤は信じられないという顔付をした。みすみす死にに行くよう物だと感じたのだろう。彼女は行動に移した。ブリーフィングルームの出入り口に向かうと、仁王立ちをした。
「ここから先には行かせません」
戸ヶ崎は正直驚いていた。金澤にそこまでの行動力が有るとは知らなかった。恐らくそれだけ彼女が見た預言はリアリティーを持っていたのだろう。そして同時に金澤はその預言がこうして戸ヶ崎達が出撃する事によって無意味な物になる事を恐れているのかもしれない。良く見ると、金澤の眼には光る物が浮かんでいた。金澤がどれだけ戸ヶ崎達の事を想っているかが良く分かった。それは凄く有難い事だった。
だが、今このような行動をされるのは聊か困惑の念を抱きかねない。覚悟を決めた戦士達を気持ち良く送り出せないのは戸ヶ崎にすれば風流では無いと感じた。彼等がどうして覚悟を決めて今に至るかを考えれば、その決心が揺らぐ事を避けて欲しかった。金澤の涙も、もう戸ヶ崎達を止める物にはなり得なかった。それは金澤が魅力的で無いとかそういう理由では無い。もう決めた事だからだ。それを貫徹する事が自衛官時代からの戸ヶ崎の主義だった。
「金澤隊員、どきなさい」
本郷が命じた。
「嫌です!」
「これは隊長命令です。従わないならば、それなりの処分は覚悟して貰うわよ」
「でも」
「必ず生きて帰って来るわ」
「それは出来ないんです! 未来はもう決まっているのだから!」
本郷は溜息を吐いた。
「この手は使いたく無かったんだけどな」
本郷は、金澤の鳩尾目掛けて拳を突き出した。金澤は、うっと一言反応して、その場に崩れ落ちた。
「後で私も始末書を書かないといけないわね」
本郷が自嘲的に述べた。
「木元隊員、私もクロウ1に乗せてようね」
「了解です」
イグニヴォマをそれぞれ担ぐと、メサイアはブリーフィングルームを後にした。残されたのは気を失い倒れている金澤だけだった。
やがてδポイントから三機のハリアーMK9が発進した。目指す場所は金澤の預言に有った秩父だった。未来を変える事を目指して、戸ヶ崎はクロウ3のメインパイロットを勤める五藤の後ろから願うのだった。




