第三幕
勝沼は、脳内でそれを感じた。またプレデターが出る。その事は明らかだった。勝沼が変身用のペンダントを握り締めると、微かな鼓動が聞こえた。その反応は弱々しかった。勝沼は確実に体力を奪われていた事も感じていた。しかし、それでも彼は前へと進まねばならない。これ以上深雪ちゃんに悪事を働かせない為にも。勝沼はそれが今のモチベーションになっていた。
菱形のペンダントを持ち、変身を試みた。眼を閉じて、瞑想する。身体中に力が染み渡り、彼の身体が光の分子に分解される事を彼は待った。
しかし、結果は違った。勝沼が幾ら力を込めても、彼の身体に変化は訪れなかった。
「どうして?」
勝沼は彼の胸元にぶら下がるペンダントを見た。エメラルドグリーンの光はほんの僅かしか漏れていなかった。エネルギーが切れたのだ。
彼はがっくりと膝を突いた。ここに来て変身が出来ない。それは彼が守りたい物を守れないという事だ。
いや、ここで立ち止まってはいけない。せめて前へと進む事はしなければ。戦場となる地に向けて勝沼は痛む全身を庇いながらゆっくり進んで行くのだった。
山梨県南部町十島。メサイア戦闘班はそこに向かっていた。防災訓練を口実に、避難誘導は始まっていた。
「さすがに駅前で核は使えないわね」
戦闘エリアの区分を見た木元は、後部座席、ガンナーを担当する金澤へ聞いた。小さな町では有るが、そこの所は考慮されていた。
「地中から来る……」
金澤が全神経を集中して預言を述べた。
「目標エリアは作戦区域G4です」
駅前だった。それを聞いた宮本は即座に作戦を立てた。
「CANASを誘導する。山間部へと奴を動かし、牽制。そしてその先は――」
宮本の指示は珍しく歯切れが悪かった。彼も核の使用について考えが有るのだろう。ただそれを避けたいのは山々だが、他にCANASと戦う手段が見出せないのも事実だ。何をするのが正解か、誰もが迷っていた。木元も同じだった。結局彼女等では、奴を攻撃する事も無意味に終わるのか? そう思うと、木元の操縦桿を握る手に力がこもった。いや、諦めるな。必ず良い方法が見付かるはずだ。
木元は出現予定地点に構えていた。プロメテウスカノンの用意も出来ている。他のハリアーMK9も臨戦態勢を取っていた。
「こちら本郷、住民の避難はまだまだよ。恐らく間に合わないわ」
今回本郷は戦闘ヘリに乗っていた。これもメサイアの物だ。バルカン砲とヘルファイアを装備している。ハリアーMK9程の戦力では無かったが何もしないよりかはマシだと考えたのだ。メサイアは総掛かりでCANASを待ち構えていた。
そして、地面に変化が訪れた。道路のマンホールが吹き飛び、その後その地点が大きく陥没した。それに流されるように、家々が、電柱が、流砂に呑まれるように沈み込んで行った。そこから姿を現したのは紛れもないCANASだった。見た所、傷一つ負っていない。全身を現すと、尻尾の再生はまだのようだった。
「あれだけの高さから落下してもこんなに無傷だなんて……」
木元が驚きの声を上げた。分かっていた事だがCANASは特別ダメージを負った様子は見せていなかった。
「各機、目標をエリアH7に誘導。街中から遠ざけるわよ」
本郷の叫び声が聞こえた時、木元は現実に引き戻された。
「隊長、了解です」
木元が狙いを着けるとガンナーの金澤がメーザーバルカンで牽制を掛けた。CANASにはダメージが無いように見えたが、それでも敵の注意をこちらへ向ける事は出来た。金澤は執拗に、CANASの顔面目掛けて攻撃を行った。それを受けたCANASは叫び声を上げると、首を左右に振った。鬱陶しいという感覚だろうか? 本郷の戦闘ヘリもヘルファイアを放ち攻撃を仕掛ける。
「プロメテウスカノンで攻撃したい所だけれど」
木元は機体をホバリングさせると、相手の出方を窺った。CANASは甲羅を展開し、金澤が撃ったメーザー砲を反射していた。全く効果が無い訳では無いようだ。
と、クロウ3がジャベリンを放った。それは真っ直ぐCANASの顔面に直撃した。CAANSの顔にジャベリンが二本突き刺さった。それでもCANASは全く歯牙にもかけない様子だった。
ただ、明らかにCANASはその周囲を飛び回るハリアーMK9達を気にしているようだった。その証拠にCANASはメサイアの挑発に乗って来た。
「目標、移動開始」
宮本の声にも少し明るさが加味されていた。木元もわざわざCANASの見える所で、旋回を繰り返していた。CANASは口から青い破壊光線を放った。それは三機のハリアーMK9を追った物だった。木元はそれを軽々と避けた。空を飛べない相手には彼女達の挑発行為は幾らか不愉快であろう。三次元的展開に制限が掛けられているからだ。MABIRESのように空を自在に飛び回るプレデターとは扱いが変わる。しかし相手は鉄壁の守りを見せている。どうすれば良いか?
金澤の判断により振動ミサイルが放たれた。それは真っ直ぐにCANASの後頭部を直撃した。爆発の炎が上がり、CANASの顔面に掛けて火が走る。それでもCANASは怯む事をしなかった。どう戦えば良いか、木元には打つ手が無いように感じられた。
「副隊長、プロメテウスカノンの発射は?」
それはオープン回線で問われた藤木の物だった。
「奴に確実な一撃を与えられるまではエネルギーはゲインを最大にして耐えるしか無い」
宮本の声には悔しさが見えた。木元も同じ気分だった。メサイア最強の兵器でも、奴には敵わないのだ。有効打を欠いたままメサイアもCANASも膠着状態が続いた。CANASは鬱陶しいようにクロウ小隊を狙い撃っていたが、木元達は避けてみせた。そこの駆け引きが重要だった。CANASの注意がメサイアに向けられている間、巻き込まれる市民の数は減る。メサイアとしても出来るだけ犠牲は減らしたいのだ。
「エネルギー爆弾で攻撃してみては?」
戸ヶ崎の声だ。四つ足のCANASは空中に向けている表面積が大きい分、爆撃による効果も大きいと考えての提案だろう。だが木元はその発言が戸ヶ崎らしくないと思えた。甘ちゃんである戸ヶ崎にしては町民の犠牲を発生させる可能性の有る爆撃行為を選択するのは意外だったのだ。戸ヶ崎がそのような提案をした事は、彼が犠牲の発生に慣れてしまったからか、或いは核の力すら頼ろうとしているメサイアの態度を知って一種選択肢を失った結果かと思われた。
「奴はこちらの動きに応じています。誘導も可能かと」
藤木が再度応じた。
「西の山間部へ誘う」
決意に満ちた宮本の声がして、木元は次の動きをどうするべきかを知った。
「金澤さん、無茶するよ!」
「覚悟の上です」
金澤の応答を聞き、木元はバレルロール、錐揉み回転しながらCANASの面前へ向かった。CANASはそのクロウ1の行動を目の当たりにして怯んだように見えた。一瞬眼を丸くし、後退した。
「はったりが効くのか」
五藤の呟きもオープン回線で流れた。
「こちら本郷、目標顔面に全火器を集中。プロメテウスカノンは温存。ミサイル全てを奴の両眼に集中して」
「了解です」
木元が応じて金澤の方をちらと見た。金澤は動じていないようだった。強くなったね。木元は口の端を上げた。
「クロウ1、突撃します!」
木元が宣言し、CANASを真正面に向けた。金澤はそれで全てを察した。ミサイルの雨がCANASの顔面目掛けて進んで行った。その背後にクロウ2、クロウ3が並んだ。振動ミサイル、ジャベリンが雨霰とCANASの顔面を捉える。爆炎の中に突っ込む形で木元は操縦桿を引いた。クロウ1はぎりぎりの所でCANASへの特攻をせずに避けた。CANASは進路を西に逸らせた。
「良いぞ、効いている」
木元は笑った。幾ら装甲が厚くとも、全く無視は出来ないのだろう。木元は空中で宙返りをすると、再度CANASの前へ出た。敵を前にして木元の中に湧き上がる気持ちが有った。例え倒す事は出来なくとも、少しでも奴の進路を変えていかなければならない。それは上手く行くだろう。CANASは明らかに不快感を表している。
「目標、山間部へ向けて進路変更」
戸ヶ崎が告げるのが分かった。成功だ。上手く行っている。
CANASは明らかに進路を変えた。このまま行けば市街地からは遠ざけそうだ。市街地から離れれば――。
核を使う可能性も出て来る。木元はそこに不安を覚えていた。先のブリーフィングでの出来事も有ったが核兵器の利用は彼女としても後味が悪い結果になるだろう。それが避けられるならばそうしたい。
本郷の戦闘ヘリがヘルファイアをCANAS顔面に向けて放ったのが見えた。それを見た木元は機動性で劣るヘリコプターの援護も兼ねて再度目標正面に周った。隊長も無茶をされるな。木元はそう思った。
敵顔面にプロメテウスカノンを当てれば或いは。だがそれには危険を伴う。奴の顔面はあの青白い熱線の射程距離内だ。プロメテウスカノンを発射する際は一時的にハリアーMK9の動きを止める必要が有る。その危険な作戦行動を木元や宮本がどう裁くかは今の所何とも言えない。木元は俄然やる気だった。彼女ならば出来ると思っていた。
「敵頭部に火力を集中、奴を仕留めるにはそれしか無いと思われます」
藤木の分析がそう告げた。藤木は即座にデータを他の僚機に送っていた。
「敵口内にプロメテウスカノンを放ちます。外部からの攻撃への防御力に優れているとは言え、中からの子攻撃に耐えられるかは未だ未知数です」
「しかしその作戦には危険が伴う」
「ええ、奴が熱線を放つ瞬間を狙い撃ちします。クロウ3で陽動を掛けて、クロウ1、クロウ2のどちらかが波状攻撃を仕掛ければ良いのです」
「それが現状で出来る最大の解決策か」
宮本には少し逡巡の色が見えた。
「戸ヶ崎君、囮を頼める?」
木元はわざと挑発的に聞いた。
「無論です、問題は有りません」
「その案だが、私も協力しよう」
意外な所から声が上がった。本郷の物だった。
「しかし隊長、危険過ぎます」
「だから私がやるんでしょ」
本郷はそう述べると、戦闘ヘリをCANASの直前まで持って来た。明らかに危険行為だ。ヘリコプターで出せる速度には限度が有る。急旋回や急加速は出来ない。あの熱線を避け切れるはずが無い。だが本郷はやる気だった。その証拠にCANASの顔面目掛けて次々とヘルファイアを放っていた。
「無茶です! 本郷隊長、引き返して下さい!」
木元も思わず叫ぶ。
「クロウ3と連携すればこんな程度の相手に落とされはしないわよ。私の腕を見縊らないで」
その声は明るかった。本郷は怒涛のミサイル攻撃に、バルカン砲で更に追い討ちを掛けた。CANASがそれを不快そうに首を左右に振って避けた。自慢の甲羅も顔面まで守る事は出来ないようだ。
「クロウ3、援護に入ります」
戸ヶ崎も本郷に並んでホバリング、CANASの顔面を執拗にジャベリンとメーザーバルカンで攻撃した。その背後に、木元はハリアーMK9を着けた。宮本のクロウ2も同様だった。狙いは一瞬で決まる。外す事は許されない。緊張状態の中、CANASは執拗な攻撃を受けてどんどんと進路を西へ西へと変えて行った。
「このままならば最小限の被害で済みそうね」
「隊長、それ所か奴を葬る事も出来るやもしれません」
藤木は今きっと、CANASの口元に狙いを定めているのだろう。少し緊張気味の様子だった。
だが、CANASの動きはメサイア一同の考えていたそれと違った。メサイアはCANASがこちらの挑発に乗り、あの光線を撃つのを待っていたが、CANASは一切メサイアを無視する事にしたらしい。再度進行方向を駅前へと向け、前進を始めた。
「戸ヶ崎、五藤、奴の動きを封じろ」
「了解です副隊長」
すかさずクロウ3がCANASの前面を塞ぐ。ジャベリンが放たれメーザーバルカンが執拗に眼玉を狙う。しかしCANASは意に介せずという形だった。しつこくクロウ3が攻撃を加えているのに、全く怯む様子は無い。
「どういう事ですか、藤木隊員!?」
戸ヶ崎の焦燥感に駆られた怒声が聞こえた。
「奴の防御力が上がっているのか?」
藤木も理解不能という形だった。このままCANASは人口密集地に向かって進み続けるのか。
木元は咄嗟に先程のようにCANASの眼前を最高速度で通過した。これの効果は有るのか? CANASはそれも無視した。はったりはもう効かないようだ。
「本郷隊長!」
木元もいつの間にか必死に叫んでいた。こうなったらプロメテウスカノンを一か八かで使用するしか無いと考えたのだ。
「でも、来ますよ……」
木元は背後で金澤が呟いた意味を理解するのに少し時間が必要だった。
CANASの直上でエメラルドグリーンの光の粒子が散った。そこから巨人が姿を見せるとCANASの背中に膝蹴りを食らわせた。だがその一撃は、CANASの誇る硬い甲羅に阻まれて弾かれるだけだった。ΝはCANASの防御を破れなかった。だが彼は、CANASを妨害するようにそのプレデターの眼の前に着地し、背中の翼を収納した。
「来てくれた……」
戸ヶ崎は思わず呟いていた。勝沼竜がまた助けに来てくれたのだ。
だが、Νの様子は芳しく無かった。どう見ても消耗している。眼の光はちらちらとしていて、肩で息をしているように見えた。
「一体どうするつもり?」
五藤もトリガーに指を掛けつつ巨大な二つの影を見ていた。このまま戦っても、Νに勝ち目が有るか分からない。あのCANASの甲羅さえ無ければまだ戦い方は見えて来るが、そのような事はどうやっても実現出来ない条件だ。
Νは両腕を開くと、指と指の間にスパークを起こした。エメラルドグリーンの粒子が集まって、破壊エネルギーを持った球体となる。必殺の光球、クァンタムバーストだ。いきなりそれで挑むのか? 戸ヶ崎はそのΝの作戦に少し焦りを見た。Νはエネルギー光球を、一気にCANAS目掛けて放った。だがCANASはそれを見切った。CANASの硬い甲羅は、クァンタムバーストを軽く弾き返した。戸ヶ崎にしてみれば、予想出来た展開だった。
「勝沼さん、どうするつもりなの?」
戸ヶ崎は一度、CANASの顔面を狙う事を止めて、その場から飛び上がった。
「五藤隊員、エネルギー爆弾で奴を攻撃出来ませんか?」
「無理よ、奴の甲羅で弾かれるのはオチだわ」
「でもその間、勝沼さんへの防御は解かれます。その瞬間を勝沼さんが狙えば……!」
「成る程!」
戸ヶ崎の進言は可決された。五藤はすかさずエネルギー爆弾を投下するようにプログラミングを書き換えた。
「戸ヶ崎、五藤、何をする気だ?」
「副隊長、考えが有ります。自分達にやらせて下さい」
戸ヶ崎はクロウ3をCANASの直上で待機させた。
その真下では、CANASがΝに向けて咆哮を上げていた。
「私達の意志を、どう勝沼君に届けるつもり?」
「残念ながら、そこは阿吽の呼吸に任せるしか無いです」
「この作戦は、Νも爆撃に巻き込む可能性が有るのよ?」
「そこは自分達で何とかしましょう」
戸ヶ崎の表情は五藤には見えなかっただろう。だがそれでも彼の覚悟は変わらない。五藤も多少の躊躇いが有ったものの、最終的には戸ヶ崎の案に従った。
「爆撃開始!」
戸ヶ崎の願う事は二つ。Νが爆炎に飲まれない事と、住民の避難が完了している事だ。
クロウ3の機体下部のハッチが開き、臼状のエネルギー爆弾投下口が露出した。そこから白い爆弾が、続け様に投下された。炎がごうと上がり、CANASとΝを包み込んだ。戸ヶ崎が下を確認すると、どうやらΝにダメージは無いらしい。それが救いだった。
CANASは怒りに任せて尻尾を使い、クロウ3を襲おうとした。しかしΝはその攻撃を逆に自分で受けて、CANASの尾を掴み、そのまま一気に持ち上げて、叩き付けた。一度、二度、三度。CANASの身体が地面に叩き付けられるたびに振動が起こるも、Νは気にしていない様子だった。CANASの動きが段々に散漫になって行くのが戸ヶ崎にも見えた。
「効いているようです」
だがそれは一瞬の出来事だった。CANASは空中へ持ち上げられた瞬間、口を背後に向けると青色熱線を放った。その攻撃は尻尾を掴んでいるΝに直撃した。
「勝沼君!」
五藤が悲痛な叫びを上げる。戸ヶ崎はすぐさまハリアーMK9のバーナーを使ってCANASの前を横切った。脅し程度では有ったが、CANASに連続攻撃をさせない意味は有っただろう。
Νは、身体を僅かに起こすと、ハリアーMK9に気を取らているCANASにタックルを仕掛けた。CANASは下顎を持ち上げられ、上体を起こす事となった。短い前足が、ばたばたと空を舁く。Νはそれをそのまま、一本背負いの要領で叩き付けた。CANASはそれを受けて暫く悶絶したが、直ぐに体勢を立て直すと、今度はΝ相手に突進を仕掛けた。Νは拳を突き出してそれを防ごうとしたがCANASがその攻撃を読んでいる事は明確だった。CANASはΝの拳に噛み付いた。Νがもがいてそれから逃れようとするもCANASはそんなΝを放す事無かった。そしてその状態のまま青色熱線を放った。Νの右腕が爆発に飲み込まれた。
「一体どうすれば良いの?」
木元の声がした。三機のハリアーと一機の戦闘ヘリは、二体の戦いを見守り続けるしか無いのか。
と、Νがこちらを見た。戸ヶ崎はそれがどういう意味か分からなかった。
Νは右腕から煙を放ちながら数歩後退したが、再度意を決したようにCANASの背中に飛び掛かった。CANASがじたばたとするも、Νはその甲羅をどんどんとこじ開けて行った。
「戸ヶ崎隊員、見て!」
五藤が眼の前のCANASを見て声を上げた。CANASの甲羅の根本に、何かが有る。
「藤木隊員」
戸ヶ崎がデータを送る。
「戸ヶ崎隊員のデータから予想するに、あそこが奴の弱点である可能性が高いです」
「木元、プロメテウスカノンの用意だ。あの一点を狙って攻撃せよ」
「副隊長、合点承知!」
クロウ1の機体に備え付けられた砲身から赤色破壊熱線が放たれた。それはメサイアが今持つ全ての戦力を集結した物だった。
「当たれ!」
その攻撃はピンポイントでCANASのがら空きの背中に臓器を直撃した。途端にCANASが背中からどくどくと体液を流して苦しみ出した。Νはその暴れるCANASを再度持ち上げると、山間部へ向けて投げ飛ばした。CANASは山間に転がり込んで、眼玉や口からも血を流して悶絶していた。山の窪みに体液が溜まり、その中でCANASはもがき苦しんだ。そしてやがて、全ての力を使い切ったかのように、全ての足を上へと伸ばすと、そのまま横に倒れ込んで動かなくなってしまった。
「勝った!」
木元が喜びの声を上げる。彼女の一撃で全てを制したのだから当然である。通信機越しに木元が誇る声が聞こえたが、戸ヶ崎の注意はそちらへ向かなかった。彼はΝを見ていた。Νは立膝を突くと、全身から力を抜いたように倒れ掛かった。しかし完全に倒れる寸前に、Νの身体は光の粒子となってパッと散らばった。
「勝沼さんは……?」
戸ヶ崎が思わず五藤に問う。しかしそれは答えの返って来ない物だった。
「付近にΝの反応は無いです」
藤木の声がした。恐らく勝沼は何処か遠くに移動したのだろう。以前、メサイアと少し接触をした事を考えると、出来るだけ戸ヶ崎達から離れる位置に移動する事が最も望ましいと言える。
戸ヶ崎は実は今度の戦いで少し嬉しい事が有った。勝沼が自分達を頼ってくれた事だ。それはそうするより他に手段が無かったからかもしれない。ただ、だとしても戸ヶ崎は無力で何も出来ないで見ているだけの自分に嫌気が差していた。今度のように勝沼とメサイアが連携をすれば、強力なプレデターを倒す事が出来るかもしれない。そう思うと、戸ヶ崎はもっと勝沼に信用して貰える組織にメサイアを変えていく必要が有ると感じた。
だがそれは夢物語だ。メサイアはその存在からして明らかにブラックだ。寧ろ、勝沼の望みは、メサイアのような集団のいない世界ではないかと戸ヶ崎は思った。戸ヶ崎達は必要無いのだ。
「さあ、後の処理は任せて帰投しましょう」
本郷の一言で、戸ヶ崎達はδポイントへ向けて移動するのだった。




