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Wing Fighter Ν  作者: 屋久堂義尊
episode22 共闘
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第二幕

 CANASによる勝沼への攻撃は勢いを増していた。CANASの頑丈の顎は、Νの右腕を捕えると、そのまま持ち上げて丘陵地帯へΝを叩き付けた。Νの口から呻き声が聞こえる。CANASは更に追い討ちを掛け、Νを再生途中のまだ完全な長さになっていない尾で打ち付けた。バシッという音が響き、Νの身体がどんどんと下がって行く。Νは瞳から光を失ったかに見えた。CANASは弄ぶようにΝを皿に尾で打ち、そして最後には器用に尾を使いΝを跳ね上げた。Νは一つ山を越えて、川の中へと着水した。

 勝利の雄叫びを上げるCANASに対して、メサイアの残された戦車隊が火を噴く。だがそのどれもがCANASには効果が無いように見えた。

 クロウ3のメインパイロットたる戸ヶ崎は、どうしたら良いか頭を抱えていた。ジャベリンすら防ぐCANASの防御力は並々ならない。それは直接奴と戦った自分ならば理解出来る。戸ヶ崎は苦しそうにキャノピーから見えるΝを見た。

 もう駄目かと思われた時、Νの拳に光が溜まった。Νはよろよろと起き上がると、彼に背を向けているCANASの尾を掴んだ。何事かと振り返ったCANASは次の瞬間、Νによって空へと運ばれた。Νが背中の翼を展開してCANASを地上から離したのだ。

「目標、上空へ!」

「戸ヶ崎、五藤、奴等を逃がすな!」

「了解です」

 戸ヶ崎はアフターバーナーを全開にして、空を泳ぐように羽ばたくΝを追った。CANASは何が有ったか分からないようにじたばたしていた。そしてその口から青い熱線が放たれた。それはΝの翼を掠めはしたものの直撃には至らなかった。寧ろ危ないのはハリアーMK9の方だった。直線を描くCANASの熱線は、それ等を追うクロウ3を撃ち落とし掛けた。

「目標の速度が当機を凌駕、放されます」

 戸ヶ崎は身体に掛かる負荷に耐えながら宮本に通信を送った。残念ながらこちらの科学力ではまだ二体の一種ファンタジックな存在には敵わないのだ。

 ΝとCANASがどうなったかは戸ヶ崎達が理解するにはまだ条件が整っていなかった。突如レーダーに接近する熱源を捉えた戸ヶ崎はそれを機体にぶつけないように避けた。

 CANASが急降下して行った。物凄い速度で落ちるCANASは口から闇雲に熱線を放ち、雲海を突破しそのまま戸ヶ崎達とすれ違った。

「戸ヶ崎隊員」

「五藤隊員、分かっています」

 戸ヶ崎は操縦桿を握る手を強めると、今度は急降下した。込み上げる物を堪えて、一気にクロウ3は落ち行くCANASを追った。

「こちらクロウ3! 目標甲、地上へ向かいます」

「こちらも捕捉した。落下予想地点にて待機中」

 宮本の冷静なオペレートが聞こえた。

 クロウ3はアフターバーナーを点けて、一気にCANASとの距離を詰めた。だが戸ヶ崎の頭の中には別の想いも有った。勝沼はどうなったのかだ。

 物凄い音がして土煙が上がった。CANASが地上に落ちたのだ。辺りは山間部で有ったが、メサイアが当初予定していた作戦区域から大きく離れた所だった。ハリアーMK9三機は、その煙を切って、中へと入り込んだ。

「CANASはどうなりましたか?」

 木元の問いがオープン回線で繋がった。

「目標中心部には反応無い」

 ガンナーを任されている五藤が冷静に分析した。土煙が立ち消えた時、そこには巨大な穴が有った。CANASが落ちた衝撃で出来た物なのか。戸ヶ崎は機体をホバリングさせると、機首を穴の方へと向けた。五藤に探り易そうにさせているのだ。

「どうか?」

 五藤の解析中に、宮本がせっついた。五藤は返事替わりに溜め息を漏らした。

「こちら五藤、目標の反応は検知されていません」

「生命反応が無いという事ですか?」

 金澤もこの状況に案外冷静だった。きっと彼女は次に与えられる指令を予め分かっていたのだろう。

「いいえ、死骸も残されていないわ。恐らく地中に逃げたのよ」

 五藤の声はさぞ無念だろうと思わせた。それは戸ヶ崎も同じだった。

「Νはどうなった?」

 藤木の通信が入った。恐らく彼も次の自分の任務を理解している。分析官は次の戦までに戦況を整理する必要が有るのだ。それは彼が最も得意とする分野だった。

「藤木隊員、こちらは捕捉出来ませんでした。恐らく今我々の遥か彼方を飛んでいるのか、或いは人間体に戻っているのか……」

「憶測で判断するのは避けたいな」

 藤木は本当にマシンのように冷静だった。彼にしてみれば、CANASもΝもどちらも巨大なエネルギー体という事で統一されているのだろう。それが正しい分析の仕方だ。私情を挟む事無くただ事実を纏めるのが彼の仕事だ。今の戸ヶ崎には出来ない事だった。

「こちら本郷、目標はこちらでも検知出来ないわ。一旦帰投を命じます」

「また金澤隊員の力を頼らないといけないのですね……」

 そんな選択権を与えられている訳でも無いのに戸ヶ崎は思わず口にしてしまった。

「戸ヶ崎隊員、私は平気です」

 凛とした声が戸ヶ崎の耳に走った。

「それに私の役割は私が一番良く分かっています」

 そうだ、皆それぞれの役割を与えられているのだ。宮本が指揮、藤木が分析、金澤が預言、木元が攻撃、五藤が――。五藤と戸ヶ崎に何が残されているのだろうか? 戸ヶ崎もそれに答える事は出来なかった。五藤がどこまで勝沼を思っているかが戸ヶ崎には分からなかった。五藤は中途半端なのだ。戸ヶ崎のように、勝沼を信頼していながら彼の前でそれを見せないようにしている。勝沼の願いを聞いているのかどうかも分からない。

 戸ヶ崎はハッとした。五藤は迷っている訳では無い。彼女も冷静に勝沼の事を考えているのだ。彼女は大局的に見ていたのだ。戸ヶ崎が眼の前の事象に全てを賭けているのに対して五藤は裁いているのだ。五藤の劇的欲求は、どんな手段を使ってでも勝沼の前の敵を粉砕する事だ。その敵とは彼女達を包摂する組織すらそう見ている。そこに五藤の厳しさが垣間見えた。

 戸ヶ崎は帰還ルートを通るようにハリアーMK9を操縦し、三機のハリアーMK9が編隊を組んで、δポイントへ向けて消えて行くのだった。


 漆黒の闇。

 辺り一面が闇に覆われている。そして氷のように冷たい物が感じられる。手足に値する物を動かそうとしても何も起きない。闇はその全てでもってこの世界の色を奪っていた。そこには今まで賭けていた物も無視して来た物も関係無い。価値観という仕方が無い程の愚かなフィルターを通してこそ見える世界がかつては有ったはずだが、それを外せばこの世は闇でしか無い。思えば、物事全ての事象は本来性質的には中性なのだ。そこに善も悪も無い。コスモスを考えた人間は愚かだ。この世にはコスモスもカオスもその枠組みを無視した物としてしか無い。そういう区分を考えたのは愚かしい俗物共だ。どんなに賢者ぶっていてもその事実に気が付かないのは俗物だ。いや、或いは彼等哲学者は分かっていたのかもしれない。無知の自覚とは良く言った物だ。古代の賢者達が押し問答を繰り返したその物事の決まりも、所詮は人間という釈図で捉えた不完全極まりない法則だった。俺はそれを見せられているのか?

“俺”?

 俺は何なのだ?

 俺という境界線が無くなってきている。

 俺という人格を形作っていた物共は今、どこに存在している?

 俺は一体何者なのだ?

 ふと、闇の中に何かが蠢いているのが見えた。闇に眼を凝らすという人間の視力では中々難しい芸当を“俺”はやってみた。どこかで知った何かだ。言葉に言い表せない抽象的、形而上学的存在。それが見えた気がした。

 と、全身に激しい痛みが響いた。背中を中心して何かに打ち付けられたような痛みだ。そして、ぼんやりとだがナイフで切り裂かれたような痛みも感知出来た。その痛みの向こうで、何か音が聞こえた。けたたましい叫び声、空を切るかのような金切り音、何かが噴き出す轟音。

 そうだ、これは“俺”が体験した全てだ。

 それが分かった時、暗黒の中で蠢く物の姿が段々と分かって来た。視覚で捉えたのでは無い。まさに第六感で感じたと言っても良い。それは、遠くに有るようで近くに有る物。

 そう、それは“俺”だ!

 エメラルドグリーンの光のシャワーが、暗黒を撃ち破り降り注いだ。

 ハッとした時に、勝沼竜は自分の身体が河川敷の芝生に有る事に気が付いた。ゆっくりと起き上がろうとした時背中に痛みを覚えた。そうだ、彼はあのトカゲのようなプレデターに戦いを挑んだのだ。勝沼は、痛みに逆らう事を止めて、ぐったりと身体を芝生に預けた。遠くから河川敷をランニングする学生達の声が聞こえた。

 俺は負けたのか?

 勝沼は、自然に菱形のペンダントを握り締めた。

 彼の脳裏に彼が忘れかけていた物が浮かび上がった。

 CANASと戦った事。CANASに痛めつけられて、最後のあがきとして奴を地上から引っ張り上げた事。そのまま空高く飛び、そして空中で力尽きてしまった事。その後の記憶は曖昧だった。

 菱形のペンダントは、淡いエメラルドグリーンの光を放っていた。まだあの力は死んでいない事が分かった。勝沼の頭にビジョンとして浮かんだのは、断片的な物では無かった。寧ろもっとはっきりしていた。あのプレデターを彼が倒せなかった事実もはっきり伝わった。或いは差し違えで勝てたかもしれない。しかし勝沼は分かっていた。エメラルドグリーンの光が伝えたのは勝沼の敵が未だその生命活動を停止していないという事だった。かなり苦しいがそれが事実だとすれば、勝沼はまた戦わなくてはならない。その義務感が彼を更に苛むのだった。

 勝沼は芝生に暫くそうしていた。犬の鳴き声が聞こえる。ここの町の人々は、プレデターの事もメサイアの事も勝沼が変身した姿の事も知らないのだろう。そうして知らない内に、段々と生きるスペースを奪われて行くのだろう。戸ヶ崎達の抵抗も無駄では無いと勝沼は思っていたが、彼等は謂わば選ばれた人間だ。市井の人間では無い事は確かだ。何故ならば彼等は勝沼と同じように、プレデターの存在を記憶出来るからだ。

 人間の本能的な物から現れるとされたその現象。誰もプレデターを記憶に留める事が出来ない。そこには人間が直面するにはあまりに大き過ぎる巨悪の存在が有った。恐怖をコントロール出来ないならば、最初から知らない方が良いという事だ。

 恐怖は混乱を与え、秩序を徹底的に破壊する。社会的共同体で有る人類にそれは致命的な影響を与えるだろう。社会を築いて生きて行く物の選んだ最善の策が、記憶しないという事だった。

 そういう意味でも勝沼はもう人外だった。彼は人間では無いのだ。あの巨人が本体で、今の人間の姿が化体かもしれない。それを判断するのは勝沼では無い。もっと多くの「人間」で有る人類だ。彼はもう、声えてはいけない線を踏み越えていたのだ。それも爪先が出た程度では無い。大きく足を全て出し切ってしまったのだ。後戻りは出来ない。それを思うと、勝沼は改めて自分に与えられた使命の重さを知った。彼が守りたかった物は、もう彼の手の中には無いかもしれないのにも関わらずだった。

 深雪ちゃん――。長峰深雪をどう扱うかは彼の中で迷いが有った。彼女の優しい笑みが懐かしい。今はその笑みも邪悪な物と化してしまった。かつて彼が青春を共に過ごした彼女はもう消えてしまったのだろうか?

 五藤はそう判断したのだろう。それは戸ヶ崎にも出来ない物だ。勝沼はメサイアの若い二人の隊員を頭に浮かべながら、改めて長峰深雪の事を思った。彼女には善なる心が残っていると信じているのは古臭い小説の散文に見られる情景的な感覚でしか無い。根拠が無いのだ。そんな物に頼る勝沼を批判する事は誰にでも出来るだろう。だがそれでもそういう思いを棄て切れないのが情愛という物なのだ。

 気が付くと、上半身は起き上がっていた。痛みが走るも先程のような痛みでは無い。筋肉と筋肉が擦れ合うようなギシギシした痛みだった。

 こんな所でじっとしている余裕は無い。今もこうしている間に、敵は動きを見せるかもしれない。勝沼は、CANASを空中で見失ってしまったからこそ、責任を感じていた。彼がトドメをさせればそれで問題は無かったはずだからだ。そして、彼の力は未だあのプレデターが生きている事だけを知らせている。時が来れば、また彼を光が誘うだろう。それまでに、体力を回復させないといけない。

 そして、勝沼は疑問を感じていた。深雪ちゃんは今、どうなっているのか?

 ここの所姿を見せていない。もしくは、敢えてそうしているのか? 勝沼の疲れ切った脳細胞でその可能性が叩き出されたのは評価すべきだ。勝沼は未だ長峰深雪の遊戯に付き合っていくだけの判断力は残されていた。

 遊戯、遊びなのか? そこに勝沼は思わず疑問を感じたが、彼女が楽しまずに勝沼を殺す事はしないように思えた。簡単には死なせてくれないのだ。勝沼もそれを強く自覚していた。

「歩くしか無い」

 勝沼は決意を口に出した。ただの独り言だが、それが力に変換される。痛む全身を庇うように立つと、彼は疲れ切った身体を引き摺って、河川敷を去る事にした。

 秋風が落ち葉を掻き混ぜながら彼の去った後に散らして行った。


 メサイア本部に集められた戦闘班の隊員達は、本郷の前で無念の思いを告げた。本郷は頷きながらそれを聞き、そして最後には最善を尽くしたと褒めて称えた。

「申し訳有りません」

 頭を下げたのは宮本秀二だった。宮本にすればこの作戦を実行したのは彼だという責任が有ったのだろう。本郷が宥めるのを聞かずに只管頭を下げていた。

「仕方が無いわ。どっち道、貴方達には最後の頼みすら効かなかった相手ですもの、無理は言えないわね」

「しかし、それでも全く戦力的価値を示せなかった事は自分の責任で有ります」

 宮本の姿を見せ付けられた隊員達は、口をしょっぱくさせていた。宮本が謝っている事は、自分達が原因でも有るのだ。

「じき、更に有効かつ実践的な兵器の開発が必要になるわね」

 本郷は頭を下げている宮本の向こう側の藤木に話し掛けた。

「その案は既に何度も提出しています。ですが片桐司令を頷かせる事は出来ませんでした」

「危機管理の薄い事」

 木元が合わせる。

「木元隊員、そうは言えないわ。メサイアだって、資金も足りなければ人材も足りないのよ。片桐司令が慎重になるのも頷けない話では無いでしょ?」

「そういう事だホムラ、頭を冷やせ」

 木元は返事を一つすると、報告書の作成に当たった。

「宮本副隊長、頭を上げて。貴方を責めても何にもならないのよ? それとも何? この機会に休みでも取ってみる?」

「そんな事は……!」

「だったら、今はこの屈辱を飲み込みなさい。辛いのは貴方だけでは無いのよ」

 本郷に諭された宮本は、静かに返事を一つすると姿勢を改めて自分のデスクに戻った。

「CANASが死んでいないのは略確実。奴を殲滅する良いアイディアはないかしら?」

 本郷は敢えて全員に聞こえるように言ったのだろう。戸ヶ崎もその言葉の矛先が自分ではないかと感じられた。宮本だけの責任にしない為に彼女が気遣ったという感覚は戸ヶ崎に穿った考えだと自覚させた。ただ、どう考えても戦い方を変えないとCANASは倒せないだろう。もっと奴の甲殻を破るだけのエネルギーが有る攻撃をするべきか……? だとすれば――。

「核、ですかね……?」

 静かな声が五藤の口から漏れた。

「五藤隊員、今何と?」

 本郷の顔には挑戦的な笑みが浮かんでいた。

「核兵器ならば或いはと考えたまでです。街一つを犠牲にする事となりますが現存する兵器で太刀打ち出来そうなのは核しか無いかと」

 戸ヶ崎は血相を変えた。

「本気で言っておられるのですか!? この国に再度核の害を出すだなんて!」

「εポイントを作るつもりなの?」

 本郷は敢えて否定しなかったのだろうと戸ヶ崎はその声色から窺った。戸ヶ崎の頭には、大きな天秤が出来上がっていた。

「プロメテウスカノンを越える破壊力の有る兵器で最も実用性に富むのは核です。CANASは化物ですが、所詮は生物です。それにアトミックミサイルの攻撃ならば、例えその熱量でCANASにトドメを刺せなくとも、放射線が奴の身体を蝕んで行くでしょう。いずれにしろ、奴には死が待っています」

 更々と述べる五藤の気迫に戸ヶ崎は自分の耳がおかしくなったのかもしれないとすら疑った。唯一の戦争被爆国が、自らの身体に再度核を落とさねばならないのか? それでどれだけの損害を被るか、どれだけの民草が路頭に迷うか。それを思うと自衛隊としての感覚からか戸ヶ崎の中に沸々と湧き上がる物が有るのを感じた。

「自分は断固反対です」

 戸ヶ崎は対抗する事にした。

「どんな理由が有っても、この国に再び核の冬を導く訳には行きません。このδポイントで有っても、これだけの風評被害に苦しんでいるんです。それが本物を落とせば、被害はそれ所では無くなります。いや、この国が核を利用する事によって、緊張関係に有る国々が、自国防衛を口実にして大陸間弾道弾による核攻撃をし出す事も予想されます。この国をそんな愚かな諍いの火種にしてはならないと思いませんか!?」

 戸ヶ崎は口角に泡を作りながら、気が付くとデスクから立ち上がって自論を述べた。だがそれに対する答えは沈黙だった。

「何故黙るのです!?」

 戸ヶ崎は周りの隊員達を見回して、思わず怒声を上げていた。

「戸ヶ崎、気持ちは分かる。まず座れ」

「副隊長、しかし――!」

「座れ」

 宮本の猛禽類を思わせる眼に光が灯っていた。それはこの先の話題がどこへ行くかを物語っているように感じられて戸ヶ崎は恐怖を覚えた。この独特の空気の中で、まともな事を言っているのは自分だけだと戸ヶ崎は分かっていた。だからこそ、今力を込めて反論しないといけない。沈黙を賛成だと思わせない為にも。

「戸ヶ崎君、ちょっと落ち着こう」

 木元がデスクに頬杖を突きながら語り掛けた。彼女にしては優しい話し方だった。戸ヶ崎はそれを聞き、怒らせていた肩を下げた。

「すみませんでした、興奮し過ぎました」

 戸ヶ崎はそう述べると、再度椅子に座り込んだ。

「各々言いたい事は有るでしょう? どう、この場でそれを決定しては?」

 本郷は相変わらず挑発するかのように隊員達に促した。

「何なら、片桐司令もお呼びしようか?」

 本郷はそう言って、手元の通信機に向き合った。

 誰も止めなかった。五藤のような毅然とした態度を取った者は当たり前だが、迷いを浮かべている戸ヶ崎のような隊員達もまるで蛇に睨まれた蛙のようにじっとしていた。

「僕はどちらでも良いです」

 最初に突破口を開いたのは藤木だった。

「データが取れるのならば、街一つ犠牲にしても仕方が無いと思います」

「藤木隊員!」

 戸ヶ崎が藤木の方を振り向くと、藤木は人差し指を唇に添えていた。黙っていろという合図だと戸ヶ崎は直感した。

「ただし、基本的には用いない方向で行きましょう。広島型の爆弾でもあれだけの被害が出たのです。今の水爆では更に多くの犠牲を生みます。使用条件は、CANASが人口密集地から離れた所に現れた際だけに限定します。そして、この核兵器の使用は、この一回切りにします。CANASを前例にして、当たり前のように核兵器を使われればこの国だけでは無く世界が滅びますよ。それは避けたいですね。また、この国にどうやって核を運ぶかは、片桐司令にお任せすれば良いでしょう。そこ等の米軍基地に眠っている核を使えば手っ取り早いですし、確実です」

「米軍にまで頼るのか?」

「ええ、副隊長。利用出来る物はどんどん利用しなければ今度の戦には勝てませんよ。勿論、運営はメサイア独自の指揮系統の指示によるとします。そうしないと、他国の非難囂々に米国が泣きますしね。この条件ならばどうですか?」

 藤木は淡々と述べたが、今まさに歴史に傷を抉る程の重要案件が議論されている。戸ヶ崎は勿論反対だが、五藤は賛成、藤木は限定的賛成を述べた。この潮流ならば、恐らくメサイアは次の戦で核を使う事を本気で考え出すだろう。

「市街地で無ければ、だよね……?」

 この流れは変えられないのか? 木元も逡巡している。当たり前が当たり前で無くなる瞬間が今眼の前に有る。

「多数決に頼るならば、使用も已む無しのようね」

 本郷がまとめた時戸ヶ崎は絶望を感じた。

「でも、その心配は無いです」

 意外な所から救いの手が伸びた。沈黙を守っていた金澤が口を開いたのだ。

「どういう意味?」

 本郷はやんわりとだが確実に話の核心を突いた。

「次に、CANASが現れるのは市街地ですから」

 その言葉を述べた金澤の顔は、形容がし難い程苦しそうだった。

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