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Wing Fighter Ν  作者: 屋久堂義尊
episode21 戦慄
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第三幕

 戸ヶ崎は、コーヒーを飲んでいた。また勝沼の事を考えていた。五藤による詰問は、戸ヶ崎には見ていて苦しい物だった。勝沼の言いたい事も分からなかった。何故そこまで彼は身を犠牲に出来るのか? 長峰深雪が彼のモチベーションになっている事は確実だ。勝沼と長峰の関係がそれ程深い物だとは戸ヶ崎も分かっていなかった。結局戸ヶ崎は、勝沼の事を何一つ理解していなかった。

 調べようと思えば調べられる事だった。戸ヶ崎がそれをしないのは、単に彼が怠慢なだけでは無かった。

 戸ヶ崎は恐れていた。彼が知識として持った事が、勝沼の身を危険晒す可能性が有った。一回ブレインブレイカーの力を経験した戸ヶ崎は、自分が勝沼の事を話す結果に結び付く事を怖れていたのだ。

 戸ヶ崎は勝沼を個人的に助けたかった。そしてそれは、情報面でもそうであるのだ。メサイアが、勝沼を戦力として渇望している事を考えると、戸ヶ崎はその為の密着点だった。その点、五藤は賢かった。彼女が勝沼と接していた事を知るのは戸ヶ崎だけであろう。五藤は自分の想いを見事に隠し通していた。メサイアで、五藤をマークする者はいないと言っても良い。

 戸ヶ崎は、勝沼をサポート出来るだけの能力を自分が持っているか、少し疑問に思った。それでも彼は不器用なりに勝沼の力になりたかった。そういう部分では、戸ヶ崎はメサイアを利用する事も考えていた。だが今、事実として、メサイアの戦力で、CANASは倒せないであろう。ジャベリンミサイルのみが希望であったが、その威力が小さい事は戸ヶ崎も実感していた。彼等の希望たるプロメテウスカノンですら、CANASの甲羅を破れない。宮本が言ったように、プロメテウスカノンを収縮して撃ち込む事も不可能に近い。いや、実際無理であろう。本郷はそれを、彼等の腕で何とかするように言っていたが、口で言うのは簡単なのだ。果たして本郷にもそれが出来るかどうか。

「何て無力なんだ……」

 戸ヶ崎は溜め息を吐いた。あまりにも非力だ。一体自分は勝沼の何になれるのか。

 歎いても仕方が無い。今は金澤の預言を頼るしか無い。それを頼れる事が戸ヶ崎の数少ないアドバンテージだ。恐らくΝの力よりも金澤の力が勝っているのはその点だ。メサイアの力をフルで使うとなれば、そこは外せない。

「金澤隊員の力を頼らないといけないなんて」

 戸ヶ崎はそこも歎しいと感じた。彼は少し前まで金澤の力を頼る事を良しとしなかったはずだった。それが目的が変わればこの様だ。彼女は少し前まで民間人だったのだ。それを無理くりメサイアに取り込んだ事を戸ヶ崎は反感持っていたはずだった。過去の話で済ませて良かったのか。良いはずは無い。

 自分の力がどこまでこの崩れた世界で通用するか分からないが、勝沼を助けるならば自分の力を全て使わないといけない。その覚悟は戸ヶ崎に出来ていると言えるのだろうか。いや、出来ていないといけない。自体は一刻を争うのだ。

 勝沼の力を何とか引き入れたいメサイアに所属している以上、戸ヶ崎も或る意味彼の敵なのだ。敵と言うか、味方には成り切れない。そう思うと、戸ヶ崎は少し矛盾を感じた。今もそうでは無いと言い切れないが、メサイアは勝沼を武力で制圧しようとしている面が有る。今それをしないのは、単にメサイアの戦力がΝに追い付いていないからだ。それを思うと、もしもメサイアが勝沼以上の力を手にすれば、全てが変わってしまう可能性が有る。だがメサイアの力がそこまで追い付いてしまえば、Νの力を頼る必要も無くなるかもしれない。それが、或いは勝沼の救いになるかとも考えた。

 しかし、人間はそこまでの力を手にして良いのだろうか。戸ヶ崎が疑問を感じるのはそういう面も僅かに有った。生命体はどんなに惨めだろうと生に拘る物だ。人間だって同じ物だ。戸ヶ崎は元々自衛官だ。或る意味人類のそういう面を引き受けた職業だった。メサイアの力が増える事は、そういう意味では仕方が無い。人類の――少なくとも日本人の生命への拘りが、メサイアが存在する大義名分だ。

 陸自も似たような物だろう。専守防衛の域をメサイアは越えているが、それでも良いのかもしれない。仕方が無いと言えよう。プレデターと戦うにはそれしか無いのだ。まだ核兵器を使わないだけマシなのかもしれない。

 思えば、それを理由に核戦争なんかが起きる可能性も有る訳だ。その時戸ヶ崎はどうするべきなのか判断が付かなかった。

 戸ヶ崎は、コーヒーを飲み切った。ここでうじうじするのは彼の悪い癖だった。もう賽は投げられたのだ。後戻りは出来ない。戸ヶ崎は彼に出来るだけの勝沼への助力をすると決めたのだ。それを第一目標として行動しないといけない。その為に、彼が出来る事をするまでだ。



 金澤は精神を集中して、預言が降りて来るのを待っていた。メディテーションルームに向かう事も考えたが、結局ブリーフィングルームで報告書を作る作業と並行して第六感が働くのを期待するしか無かった。

 金澤が勝沼を捕えきれなかった事が一応彼女の心を苛ませていた。あの時点でその結末を予知出来なかった事は一種彼女の責任だ。未来が見える者ならばそこも予知しないといけなかったはずだ。預言は、彼女の意思とは関係無く降って来る。彼女が見たいと思っても見られない。或いは、彼女が見たくない物まで見えてしまう。預言は。金澤にもどうにも出来ないのだ。

 金澤はノートパソコンのキーボードを叩いて、今の自分の無力さを痛感した。もっと使える人間になりたかった。彼女には彼女なりの正義が有った。メサイアのそれとは少し違っていた。勝沼竜を捕らえる事が果たして正義と言えるかは正直金澤には分からなかった。ただ、人身御供は必要だと思っていた。それは彼女が身をもって伝えたい事だった。彼女がメサイアに献身的に働いているのはそれが故だ。やりたくてやっている訳では無いかもしれない。ただ、正しい事をしたかった。

 金澤も気になっている事が有った。最早プレデターはメサイアの力はおろか、Νの力も越えたのではないかと思えたのだ。この前の戦いはまさにそうだった。Νの最強光線を、CANASは弾き返してみせた。抜刀光線で尻尾を切断出来たが、それは致命傷とは言えないだろう。そして、メサイアが誇るプロメテウスカノンも効果が無かった。唯一の手段がジャベリンミサイルのみだ。

 本郷は、その傷口を正確に狙って相手を圧倒しろと述べた。だがそんな事可能なのだろうか。

 金澤の預言が何とかもっと実用性の有る形になっていれば、そんな事を心配する必要も無い。ただ金澤の預言は彼女にとってネガティヴな面で作用する物だけしか感知出来ない。それが金澤の預言の最大の弱点だった。

 報告書を書いている金澤の後ろで、木元が咳払いをした。木元もまた悔しい思いをしただろう。タカ派な彼女は、自分の力で勝沼を捕えられなかった事を悔やんでいると考えられる。

 金澤は、それも申し訳無く思っていた。所詮超能力と言っても勝沼の力の前では無力だ。彼女達は眼の前にした獲物を逃したのだった。己の無力さを痛感した。

 金澤は自分の仕事に集中した。どうせ今のままならば、単なるお荷物になるだけだ。足手纏いと言っても良い。

 金澤は彼女なりの努力をした。イグニヴォマの扱いにも慣れて来たし、ハリアーの操縦も補助席に座ってガンナーに専念すれば出来ない事も無い。シミュレーションもこなしたし、あのムカムカするGへの耐性も段々に着いて来た。お陰でただの一民間人だった金澤はだいぶ軍人らしくなった。とは言え、所謂軍人とメサイア戦闘ユニットは異なるのだが。五藤のような警官上がりの者もいたし、戸ヶ崎は陸自の出身で戦闘機に乗った経験はメサイアに入ってから身に着けた物だ。金澤は体力に自信の有る方では無かったが、それでも今はいっぱしの兵士だと思った。そういう自信を着けて来たのだ。

 しかしその鼻を圧し折られたのが先の勝沼竜捕獲作戦の失敗だった。彼女は何も出来なかった。それを気にしていた。木元一人だったならば、勝沼を捕える事が出来たかもしれないと思うと本当に悔しかった。



 独特の雰囲気で包まれたブリーフィングルームに動きが有ったのはそれから暫くしてだった。

 金澤は、自分の頭にビジョンが浮かぶのを感じた。

「本郷隊長」

 金澤が声を出した。

「何が有ったの、金澤隊員?」

「CANASが出ます」

「本当?」

「それに……」

 金澤は眼を閉じて、真剣に頭の中のイメージを言葉ににして表現しようとした。

「Νも現われるでしょう」

 それを聞いた本郷は、少し躊躇いながらも、片桐に通信を送るのだった。


 勝沼は、街の紅葉の美しい河川敷で落ち葉を踏みしめて進んでいた。ペンダントのエメラルドグリーンの光のチラ付き方を見ると矢張り力はまだ万全では無いらしい。それでも勝沼は挑戦を受けねばならないと思っていた。勝沼は列車が通過する鉄橋の下に向かうと、そこで暫く身体を休める事にした。

 季節は確実に進んでいる。秋は段々にこの国を浸食する。寒さが訪れるのだ。

 勝沼は黒いその上着の中に激しい痛みを覚えていた。CANASとどう戦えば良いかも勝沼にはまだ分からなかった。あの甲羅は勝沼の力をもってしても破れない。真正面からぶつかって勝てる相手だとは思えない。それでも勝沼は戦うつもりでいた。それは、深雪ちゃんが関わっているからか? 勝沼は自問した。彼女の死は勝沼にとっても悲劇だったが、同時に彼女を苦しめたのは彼が守ろうとしている世界なのだ。勝沼自身も混乱していた。その彼の縋っている事と言えば、彼女にまだ善の心が残っているという「感覚」でしか無いのだ。その為に多くが傷付き苦しみ絶望するかを思うと、何と危機感に欠ける発想だと彼自身も思っていた。プレデターは憎い。彼の家族を奪ったのはプレデターMABIRESだったし、奴等の残虐性を前にしたらそれに反感を覚えない存在がいるのだろうか? そのような連中は一種カルト宗教的な発想だと勝沼は思った。では、Νと呼ばれるその力に頼っている彼はどうなのか。戦っている間は全てを忘れられるとしても、矢張り実際に冷静さを取り戻して自分の環境や言動を考えると、苦しい事に変わりは無かった。何を信じれば良いのかが分からなかった。

 轟音がして、勝沼はハッと現実に引き戻された。鉄橋の上を列車が通過したのだ。

 勝沼は再度、ペンダントを確認した。深雪ちゃんがくれたペンダントだ。失う事は許されない。これが今、彼女と出会う為の最大の可能性を持ったツールだ。他に頼る手段は無い。

 いや、有るか……。

 戸ヶ崎達の仲間になれば、或いは……。

 そう思うと、勝沼は誰とも構わず叫び出したくなった。戸ヶ崎のようなあんな非力な存在でも、必死に戦おうとしている。勝沼は自分の力に頼ってしまう所を恥じた。彼は力を手にした事で一種傲慢になっていたのかもしれない。きっと戸ヶ崎達の言う事は的を得ていたのだろう。長峰深雪は闇に堕ちた。それは事実なのだろう。そこに希望的観測を見出しているのは勝沼がそういう力を持ったからだ。勝沼以外の人間にすれば長峰深雪は恐怖の対象なのだ。危険なのだ。戸ヶ崎はそれを承知で勝沼に多くを譲ってくれたのだろう。五藤の態度が最も正しいのだ。五藤は本気で深雪ちゃんを倒すつもりらしい。恐らくその存在を抹殺するのだろう。それは勝沼の望む結末では無かった。だが、戸ヶ崎や五藤達にすればそんな呑気な事は言っていられないのかもしれない。

 メサイアはどういう手を打って来るか。勝沼にはそれが気掛かりだった。彼等に怪物共を任せて、自分は深雪ちゃんを……だなんて、それは都合が良過ぎるかもしれない。メサイアはいずれ、彼等を越える可能性も有る。あの二人の女隊員を思い出す。力を使えばすぐに分かった。木元ホムラと金澤みのりだ。あの二人は勝沼についてどこまでの知識が有るかは分からない。ただ彼女達は、勝沼を敵と同等と見なしている可能性は有る。そこが戸ヶ崎とは違う。五藤はどうなのか? 五藤も勝沼の事を完全な悪だとは考えていないと言って良いかもしれない。だが五藤は勝沼を彼の好きなようにさせてくれる訳では無いようだ。彼女はそんな物を優先するよりも、長峰深雪の戦力を剥ぐ、つまりは彼女を完全に沈黙させる事を優先するだろう。メサイアとしては正しい考えだと勝沼もそう考えた。メサイアの任務上、私情を含んだ考えはナンセンスなのだ。それは勝沼も理解出来た。

 そういう意味では勝沼にとってメサイアも敵だった。メサイアは信用出来ない。それは勝沼の中に有った。あれだけの戦力を持って、怪物共と戦い抜くその力は果たして日本人に許される物なのか?

 ならば、勝沼は良いのか――? どのような大義名分が有ったとしても、力を持ち続ける事は果たしてよろしいかどうかは分からない。彼に与えられた強大な力は深雪ちゃんがどうとかそういうい事だけに固執している内は、釣り合わないだろう。この力を預けられた事は何を意味するのか。

 頭上を再度列車が通過する。

 勝沼は色々考える事を止めた。今は眼の前の敵を叩く事に専念したかった。そうする内に深雪ちゃんに近付ける可能性が有る。その時に彼女をライトサイドに引き受ける事も出来るかもしれない。その為にも身体と心を休めないといけない。

「来たか……」

 勝沼が呟くと、エメラルドグリーンの光が溢れた。まるでホタルが最後の光を放つように。そして、勝沼の身体は誰にも見られる事が無いように光の粒子として消え去った。その勝沼の目的は決まっていた。CANASと呼ばれるプレデターだ。最強必殺のクァンタムバーストが弾かれる以上戦闘は慎重に行わねばならない。あの甲羅さえなんとかすれば勝機は有る。光の粒子に分解されながらも勝沼はその事を考えていた。


 金澤が指定したエリアにメサイアは布陣していた。戸ヶ崎と五藤のクロウ3が哨戒活動をしている。今回は無人の戦車部隊まで用意されていた。なりふり構っていられないという事かと戸ヶ崎は思った。付近の住民の避難は完了しているのだろうか。それが疑問の元だった。

「来ます、二時の方向」

 金澤の声がして戸ヶ崎は操縦桿を握り締めた。ハリアーMK9はホバリングしつつ相手を待った。

 作戦は単純だった。ジャベリンミサイルで相手の甲羅を貫き、出来るだけ傷口を大きくする。その後そこに残り二機のハリアーからプロメテウスカノンをより正確に射撃する。言葉にすれば簡単だが実際にやるとなるとそこは難しい。だがその計画を立てた宮本は、上空で待機していた。本気らしい。一見無謀に見えるこの作戦だが最も勝算が有る計画だとされていた。

 と、山から土煙が上がった。戸ヶ崎はその方向を向き、ガンナーを担当している五藤を振り返った。五藤は凛とした表情でスコープを覗き込んでいた。

 土煙が止んだかと思うと四足歩行の爬虫類型のプレデターCANASが現れた。

「奴の尻尾はどうなっている?」

 宮本の声だ。木元と金澤のクロウ1が確認に向かう。

「再生途中のようです、中途半端な長さになっています」

「今度のは再生速度が遅いようです」

 藤木が冷静にオペレートした。

「甲羅の傷は?」

「見当たりません」

 宮本はそれを確認して分が悪いと感じた。

「クロウ1、クロウ2は牽制を」

「了解です副隊長」

 二機のハリアーはインメルマンターンを見せて、CANASへ迫った。メーザーバルカンと振動ミサイルの炎がCANASを包んだ。だがその防御力は凄まじく全く怯む様子を見せない。戸ヶ崎は作戦通り相手の背中側に周って五藤の狙い易いように機体の速度を下げた。

「今です!」

 戸ヶ崎の叫びと共に五藤はジャベリンミサイルを放った。それはビーム幕を被り、CANASの背中に突き刺さった――ように見えた。

「何て事……」

 五藤が絶句したのを戸ヶ崎は仕方が無い事だと感じた。CANASの甲羅はジャベリンすら弾いて見せた。打つ手が無くなった。

「副隊長、どうしたら?」

 戸ヶ崎が問う。

「甲羅は無理でも奴の顔面ならば」

 藤木が分析をしている。彼の情報量や経験や或いは勘はこういう時に役に立つ。戸ヶ崎は操縦桿を握り締め、CANASの前へと躍り出た。五藤もその行動を理解していた。彼女はトリガーを握り締め、CANASの顔面をロックした。出来るだけ眼を狙うようにした。

 しかしその時、CANASが巨大な口を開けた。青白いフレアが現れて、一条の光となった。戸ヶ崎は咄嗟に回避行動に移らざるを得なかった。その瞬間に放たれたジャベリンはCANASの眼玉を直撃する事も無ければ、相手の光線を貫く事も無かった。ミサイルはCANASの攻撃に巻き込まれ、爆発炎上した。

「前に死角は無いのか?」

 五藤が苛ついたように言う。戸ヶ崎もそれを思った。攻守ともにCANASには備わっていた。それを崩すのは容易では無い。何か打つ手は無いのか?

 その時だった。エメラルドグリーンの光の粒子が戦場に降り注いだ。Νだ。勝沼が来たのだ。

 光の粒子は人型を形成すると、CANASに向かい直進した。Νの右ストレートがCANASの顔面を直撃した。火花が散り、CANASが大きく吹き飛ばされた。

「Νです!」

 木元が興奮気味に叫んだ。それも分からない話では無い。見す見す逃したΝが今また眼の前に現れた。それを思うと、独特の感情が浮かび上がって来てもおかしく無い。宮本と藤木を乗せたクロウ2が一旦CANASとΝとから遠ざかるのが戸ヶ崎の眼にも映った。要するに高みの見物を決め込むつもりらしい。戸ヶ崎はだがそれに従いたく無かった。彼は勝沼を人間として助けたかったらだ。そう決めていたからだ。戸ヶ崎は機体を宙返りさせると、Νと距離を置いていたCANAS上空を取った。

「五藤隊員、今です!」

 戸ヶ崎が促したが、五藤は応じなかった。

「五藤隊員!」

 催促をする戸ヶ崎だったが、五藤の決意は固いようだった。戸ヶ崎は仕方なく舌打ちをすると、ΝとCANASから、宮本や木元がしたように少し距離を置くのだった。


 ΝはCANASの顔面に蹴りをぶち込んだ。CANASが苦悶の表情を浮かべて倒れ込んだ。Νはそれに馬乗りになり、鉄拳をCANASの顔面に叩き付けた。CANASは逃れようともがくも、Νは足でそれをしっかり押さえこんだ。Νは手刀をCANASの顔面にぶつけた。深紅のプラズマエネルギーを溜め込んだそのチョップは、直撃した瞬間真っ赤な稲妻が走った。ΝはCANASを痛めつけ続けた。CANASは、反撃とばかりに口から青い光線を放ったが、それはΝの肩を掠めて空へと飛んで行ってしまった。その僅かな反撃が、Νに更なる闘志を燃やした。ΝはCANASを二本足で立つように持ち上げると、そのまま叩き付けた。CANASは緩やかな山の斜面を丸太のようにごろごろと転がり、谷間の川へと動かされた。Νはそこに更に追い討ちを掛けるように、足に深紅のエネルギーを纏って、翼を広げ、滞空しながらの連続蹴りを浴びせた。その一撃一撃が当たるたびに、深紅の稲妻がCANASを襲った。CANASは自慢の甲羅を使って防ぐ事も出来ないような打撃を次々と受けていた。川を濁したCANASは再度口から光線を吐いた。Νは宙に浮かぶ事でそれを避けたが、メサイアが配置した無人の戦車がその直撃を受けて爆発した。ΝはそのままCANASの直上へと動き、抜刀光線ホーリーフラッシュを放った。爆音が下かと思うと、CANASの身体が煙に包まれた。Νは着地すると、両腕を開いた。必殺のクァンタムバーストが放たれようとしている。どこまで効果が有るか分からないが撃ってみる価値は有るだろう。光の粒子が球体になってΝの両腕に掴まれた。

 だが、事態は急変した。

 Νは、そのまま膝を突いてしまった。一連の流れるような攻撃は鮮やかだったが、Νにはそれを耐えきるだけのエネルギーが足りなかったのかもしれない。Νの手からクァンタムバーストの球体がバッと散って周囲に煌めいた。Νは喘ぐように両腕を地面に着けた。まるで土下座をしているかのようだ。

 上空で一連の動きを見ていた戸ヶ崎は理解していた。今の勝沼さんでは厳し過ぎる……。

 Νが攻撃の手を緩めた事で、CANASは体勢を立て直した。その鋭い牙がΝの弱り切った身体を狙っていた。

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