序幕
「勝沼竜、消失」
δポイントの本郷の元にその報せが入った。予想されていた結末かと本郷は皮肉めいた面持ちを作った。
「逃がしてはなりません。必ず、捕えて下さい」
片桐が珍しく必死だった。
「隊員達に、勝沼竜の確保を命じて下さい」
「しかし、それでは隊員達を危険に曝す可能性が有ります」
「構いません。危険を冒すのが隊員達の使命です」
ぴしゃりと言い切った片桐を本郷は信じられないという表情で見た。この男の考えている隊員達には、手足として忠実に従うかどうかしか無いのか。本郷は同時に、自分の立場を改めて知った。彼女もまた、駒でしか無いのだ。片桐が使えないと判断すればどうなるか分からない。
だが、本郷は臆病者では無かった。
「木元隊員、金澤隊員、無理はしないで良いわ」
「本郷隊長!」
片桐の眉間に皺が寄った。
「今は連携が大切です。二名で勝沼竜に立ち向かうのは無謀と言えるのではないですか?」
本郷は正論をぶつけた。それを聞き、片桐は何か言い掛けた。しかし、言葉は口から出なかった。
「勝沼は、私達の包囲網を突破したかもしれません。二人一組でぶつけた事がそもそも間違いでした」
本郷の自責の想いは片桐の為の物では無かった。上司として、部下を危機に晒した事を悔いたのだ。
「無理はしないで。宮本副隊長、各隊員の危険の無いように指示を」
「了解です」
宮本の低い声が返って来た。
「本郷隊長……」
「司令、今優先すべきは勝沼の確保だと仰られるのは私も理解出来ます」
「それでしたら、一体この布石にどういう意味が有るのですか?」
「勝沼を捉えるにしても、メサイアの総力を集結させる方が良いと考えたのです」
「人間体の勝沼で有ってもですか? それは聊か慎重過ぎるのでは?」
「ですが、実際木元隊員と金澤隊員の対応では間に合わなかったのです。彼は、私達を撒けるだけの力を持っています。それが、私達への攻撃手段に繋がれば、彼を取り逃がす事は火を見るよりも明らかです。私達が勝沼の事を甘く見ていたのです」
本郷は、藤木のレーダーの追う波長を呼び出して、ブリーフィングルームのメインスクリーンに映した。それはまだ、メサイアの隊員の近くにΝがいる事を示していた。
「幸い、彼はまだこの作戦エリアから離れてはいません。チャンスは有ります」
本郷は最後の言葉を蛇足だと感じた。彼女の頭には、命を懸けて勝沼を力で捻じ伏せる事は不可能なのではないかという疑問が出ていたのだ。そしてそれは、確信に変わって行った。




