第三幕
ミサイルポッドを備えた木元のハリアーMk9はGRASERの反応を追った。そのすぐ脇を、短SAMが通過して行った。そのままそれは、眼前の低空飛行する影に直撃した。炎がぼうっと浮かび、GRASERは一気に降下していった。
木元はその煙の跡を追った。操縦桿を握り締めて、左のキーボードを叩き、ミサイルポッドのコントロールのロックを解除した。
目標は敦賀の野坂岳山腹に頭を突っ込んでいた。
「ロックオン」
木元が口元を歪める。火器管制の操作を片手で済ませて、機体下部に取り付けられているミサイルポッドの熱センサーロッキングをモニターに映した。ミサイルの発射の準備が出来たのだ。
「クロウ1、振動ミサイル、ファイア!」
木元の乗るハリアーが、ミサイルポッドの振動ミサイルを全発放ち、地面に突っ伏したGRASERを襲った。爆発が起こり、山の稜線に煙がまるで噴火したかのように立ち昇る。
「やったか?」
木元はホバリングして、その場で様子を確認した。
センサーには、まだ巨大な熱源の姿が映し出されていた。
「駄目か?!」
巨大な鋏が宙を切り裂いた。木元のハリアーはそれを間一髪で躱す。
そこに、ミサイルがぶつかって来た。勿論、その目標は、GRASERである。GRASERは自慢の鋏に爆発を突き刺して、空を見ている。真っ青な身体が朝の空に良く映えた。
“GROOOOOOOOOOOO”
GRASERは叫び声をあげると、翅を広げた。
「木元、大丈夫か?」
宮本と藤木のハリアーと、戸ヶ崎と五藤のハリアーも現場に到着した。
「あれは、この前の……」
藤木がデータ解析を行う。それを聞いた宮本は、指示を部下に伝えた。
「目標はGRASERと認識する。俺と藤木の機体、戸ヶ崎と五藤の機体は前後から奴を挟め。木元の機体は、空のミサイルポッドを捨てて、目標を上空から攻撃。これが作戦だ」
「了解」
五藤がガンナーの戸ヶ崎に振り返る。
「訓練じゃ無いんだからね」
「分かっています」
作戦が開始された。木元のハリアーは機体下部のポッドをパージして、その後ろの新しいミサイルポッドを前に移した。一方、残された二機は、レーザーバルカンによる威嚇射撃を行い、GRASERを牽制していた。木元の機体が天高くに舞い上がるのを確認して、宮本、藤木機、戸ヶ崎、五藤機はメインウェポンをクラスターミサイルに切り替えた。そして、一気に三方向からミサイルの雨でご馳走した。
炎が大きく球と成り、空へ膨れて煙の渦に変わった。
「勝ったか?」
戸ヶ崎がゆっくりと呟く。
「いや……まだよ」
五藤はディスプレーから眼を逸らさなかった。
煙の中を抜けて、羽音が聞こえた。GRASERは、翅を広げて一気に上空目指して進んでいった。
「また逃げられるわ」
五藤の声には鬼気迫る物が有った。
「木元隊員、上空から奴を撃墜して!」
五藤は咄嗟の判断力を働かせた。
木元のハリアーは機首を下に向けたまま、振動ミサイルを発射した。爆発が散発的に起き、段々とそれが木元の機体に近付いた。木元は、急旋回でGRASERの体当たりを躱すと、そのまま空へと逃げるGRASERを追撃にかかった。だが、速度の差は明快だった。
「副隊長、どうすれば良いの!?」
木元の情けない声がδ地帯の本郷にも報告された。本郷は、端末を叩き、状況が芳しく無い事を再確認しつつ、次の作戦を考えていた。
その時だった。その存在に気付いたのは。
「何、あれ……?」
藤木が思わず呟いた。エメラルドグリーンの光が、地面から湧き上がった。そこから、同じくエメラルドグリーンの光球が、空へと発射された。それはGRASERの翅を直撃し、破壊した。悲鳴と共に、落ちるGRASER。
「何だってんだ一体」
木元の声は憤りに近い何かが有った。
戸ヶ崎も機首を下へと向けたハリアーから様子を見た。
エメラルドグリーンの光が弾け飛ぶと、そこにはあのウイングファイター――Νの姿が有った。
「彼だ! 彼は生きていたんだ!」
思わず叫ぶ戸ヶ崎を尻目に、五藤は機体をΝの背後へと移動させた。Νも、その様子に気が付いたらしいが、殆ど無視した。それが五藤の狙いだった。
「戸ヶ崎隊員、撃ちなさい」
「え?」
戸ヶ崎は、思いもよらない発言に耳を疑った。
「今がチャンスよ、撃ちなさい!」
その時、ΝとGRASERの間に動きが有った。
GRASERは立ち上がると、その巨大な鋏を、Ν目掛けて振りかざした。Νは直撃を受け、火花を散らしながら後方へと弾かれた。
「くそ、どうすれば……」
戸ヶ崎は何とか進行方向を変えたかった。だがメインパイロットの五藤は、Νをロックしたままインターセプトを続けていた。
Νは圧され気味だった。GRASERの甲羅が硬過ぎるのだ。だがΝは果敢にも、跳び蹴りを浴びせ、踵落としを決め、モンゴリアンチョップをお見舞いした。
そこに、ミサイルが直撃した。GRASERもΝもどちらもまとめての攻撃だった。その発射元は、木元機だった。
「止めて下さい」
戸ヶ崎が必死に叫ぶも、無視された。逆に、宮本からの指示が出た。
「各機、二体のプレデターを殲滅せよ」
「了解!」
メサイアのハリアーは、レーザーバルカンとミサイルで、二体に迫った。それは戸ヶ崎と五藤の乗る機体も同じだった。
「何してるの? 早く撃ちなさい!」
五藤が命令を出すが、戸ヶ崎は引き金を引けない。
「……分かった、こっちでやるわ」
五藤は火器管制を戸ヶ崎から彼女へシフトさせた。そして、もつれ合うΝとGRASERの二体にレーザーとミサイルの雨を浴びせた。
「五藤隊員、彼を攻撃したら駄目です!」
「プレデターを野放しにする方が駄目でしょ!?」
「ですから、ウイングファイターは味方です!」
そんな憶測が通じる相手では無い事も、戸ヶ崎の頭から消えていた。兎に角眼の前の白銀の巨人を殺そうと迫る戦闘機隊は、危険だと感じていた。戸ヶ崎の眼に映ったのは、傷を負った巨人の姿だった。それでも巨人はひたすらに、立ち上がってGRASERと向き合っていた。
「こいつ、ミサイルやバルカンでは駄目か?」
宮本の珍しく感情を露わにした声を聞いた。この状態は、誰にとっても異常だったのだ。戸ヶ崎はそれでも、必死に現実から眼を背けないようにしていた。ただ、彼の現実は、他の隊員達の真実では無かった。
Νは、GRASERに掴みかかった。押し倒し、何度も何度も殴りつけた。だが、それが効果の有る攻撃だったかどうかは一目瞭然だった。GRASERの硬い表皮は、Νの打撃を寄せ付けなかった。
ΝはGRASERの巨大な鋏に捉まれた。そのまま、投げ飛ばされるΝ。だがΝは受け身を取ると、体勢を立て直した。
その周囲を、メサイアのハリアーが飛び交う。木元機が、第二のミサイルポッドをパージした。そして第三の――最後のミサイルポッドを剥き出しにした。だがΝは、その攻撃に耐えられるだけの余裕が無いように見えた。
Νは肩で息をしていた。ゆっくりと前を向き、逆にダメージの少なく見えるGRASERと向き合った。GRASERは立ち直ると、Νに背を向けて、立ち去ろうとした。もはや相手をするだけでも時間が惜しいという事か。
「木元、Νに止めを刺せ。五藤、戸ヶ崎機、宮本、藤木機はGRASERを追尾。各個殲滅せよ」
「了解」
戸ヶ崎は、後ろ髪を引かれる思いで、木元機の襲撃を受けるΝを見た。
木元は容赦無かった。ミサイルをどんどんと矢継ぎ早に放ち、紅蓮の業火にΝを包んだ。
戸ヶ崎は、巨人の叫びを聞いた。
「ううううううううううああああああ!!」
確かに巨人が――Νが呻いたのだ。
「巨人じゃ無ければ撃てるのよね?」
唐突に、現実に引き戻された。五藤が戸ヶ崎に火器管制を再任した。戸ヶ崎は、狙いを定めると、ミサイルを放った。爆発がGRASERを覆う。しかしながら、効果は殆ど見られない。
「こいつ、抗体が出来たのか?」
藤木の声が聞こえる。全くミサイルの攻撃が効かなくなっていた。GRASERは、既に完璧な防御力を持っていた。通常兵器で奴を倒す手段は無いのかもしれない。戸ヶ崎は絶望していた。Νが、彼の助けが無ければ勝てない。そうとすら思っていた。
一方木元は、満身創痍のΝを更に追い詰めていた。ミサイルを小出しにして、四肢をパーツのように痛めつける。右腕が、左腕が、右足が、左足が、そして頭が、じわじわとダメージを積み重ねていく。Νはボロボロになって、立膝になっていた。
と、Νが前をキッと見た。その視線に、木元は背筋の凍る感じを覚えた。
Νはおもむろに立ち上がると、両腕を天高く伸ばした。その腕と腕の間に、プラズマエネルギーのスパークが響く。
「何をする気なの?」
木元が問うのを聞いたか否か、Νは前に手を伸ばした。両手のスパークは腕と腕の間に巨大な紅いエネルギー光球を作り上げた。Νは、背中を向けているGRASERに、その光球を放った。光球は真っ直ぐにGRASERの背中の甲へ直撃し、大爆発を起こした。
「各位、退避せよ!」
宮本の叫びで、彼と藤木、五藤と戸ヶ崎のハリアーが大きく左右に割れた。爆発は一気に広がり、GRASERは断末魔を上げる事無く、焼き尽くされてしまうのだった。
地面に、GRASERの死体が転がる中、Νは光の粒子に砕け散って、消えた。
「各機、周囲を警戒。五藤、戸ヶ崎は地上へ」
「了解です」
宮本の指示の元、後藤と戸ヶ崎はハリアーMK9を着陸させた。
「戸ヶ崎隊員、何故撃たなかったの……?」
δ地帯に帰投する際、ハリアーMK9の中で、五藤が戸ヶ崎に思う所をぶつけた。戸ヶ崎は、どこか惨めな気持ちで、沈黙した。五藤もそれ以上追及する事は無かった。
戸ヶ崎は、だが絶望はしていなかった。Νは、GRASERを倒してくれた。そして光の粒となり、姿を消した。Νは死んでいない。それは何故か、戸ヶ崎には希望だった。どうしてそうなのかは分かっていなかったが。