第二幕
「人間体?」
木元が問う。
「戸ヶ崎隊員の口から以前出たのでは無いですか?」
片桐はわざとらしく述べた。
「Νには人間が関わっているという奴ですよね?」
木元が再度質問をぶつける。
「戸ヶ崎隊員を以前尋問した際、勝沼竜という存在と長峰深雪という存在が出て来ました。それぞれ、Νは勝沼竜が、Ξは長峰深雪が、変身した姿なのですよね?」
「成る程。それを押さえろという訳ですね?」
宮本が片桐に確認する。片桐はゆっくり頷いた。
「ここ暫く巨人は姿を見せませんでした。それについても答えが分かるかもしれないです」
「司令の命令には従います。もう少し情報を下さい」
藤木はそう述べると、ノートパソコンを開いた。データを打ち込むつもりだろう。
「良い反応ですね。勝沼竜と長峰深雪の情報は、皆さんのデータバンクに既に流して有ります。そして、これを使って下さい」
片桐はそう述べると、一つのメモリーカードを戸ヶ崎達に配った。
「彼等巨人のハーモニクスウェーブを探知する機能を、腕の携帯端末システムに加える事が出来ます」
「一体どうやってその情報を?」
「私達だって、ただ手をこまねいていた訳では無いのですよ、木元隊員。あの巨人が現れるたび、私達はその研究も同時進行させてきました。その結晶がそれです。幸いな事に、ΝもΞも追跡するべき波長は似通っていました。彼等は謂わば表と裏の存在。似た者同士ですね」
「了解しました。何とか奴の情報を得てみせます」
宮本はそう言い切ると、イグニヴォマを構えるのだった。
戸ヶ崎は一瞬、後ろ髪を引かれる思いに駆られて片桐を見た。
「何しているの!?」
五藤に急かされて戸ヶ崎は渋々ハンガーへ向かうのだった。
八街市上空にクロウ1が突入するも、特別変化は無い。木元は機体の速度をゆっくり緩めて行った。特別何も無い状態だった。
「金澤隊員、ここで合っているんでしょうね?」
「ええ、もう来ます」
と、畑が盛り上がったかと思うと、一気に陥没した。そして中から四つ足のプレデターが現れた。甲羅を背負い、巨大な口、そして鋭い眼。それが、全身を現すと、南へ向けて前進し出した。
「こちらクロウ1、目標と会敵」
木元が報告する。
「目標の進路に、人口密集地が有る。木元、金澤、そのプレデターを足止めしろ」
「了解です、副隊長!」
木元は操縦桿を押した。クロウ1は大きく弧を描くように旋回すると、プレデターの前に躍り出た。金澤がトリガーを引き、振動ミサイルが発射された。煙の尾を引く振動ミサイルは、プレデターの上部から、一気に相手のボディーを直撃するコースだった。
「?!」
だが、そのプレデターは地面に腹這いになると、背中の甲羅でミサイルを防いだ。
「ちょっとは頭が良いのが来たわね」
木元は、そのまま目標上空を通過した。
「木元隊員、そのプレデターのコードネームはCANAS。プロメテウスカノンで一気に殲滅しなさい」
「了解です」
CANASは再度腹部を地面から離して、前へと進んだ。
「行かせないよ!」
と、その直上、クロウ2とクロウ3が雲を割って現れた。CANASの長い尾がそれを振り払うように動く。
戸ヶ崎はクロウ3メインパイロットを担当していた。ガンナーの五藤が狙いを定める。振動ミサイルが、二人のクロウ3から放たれる。そのままミサイルは、CANASの背後から接近して行った。しかしCANASは、再度甲羅を使って防御した。甲羅に直撃した振動ミサイルが爆発を起こすも、CANAS本体に大きなダメージは見られない。
「あの甲羅が邪魔です!」
「こちら宮本だ。メーザーバルカンで奴の顔面を狙う」
「戸ヶ崎達は攻撃を続けて奴の動きを止めろ」
「了解」
クロウ2が低空飛行に移り、クロウ3が再度ミサイル攻撃を仕掛ける。CANASは腹這いのまま、メサイアの攻撃を凌いでいる。
「頂く!」
クロウ2が、加速しつつメーザーバルカンを放ってCANASの顔面を攻撃し出した。CANASは首を振ると、巨大な口を開けた。そして、その口から真っ青な光が放たれた。
「く!」
宮本は何とか回避した。その背後で農業用のサイロが弾け飛ぶのが見えた。
「奴の前面は危険だ」
「こちら木元です、プロメテウスカノンを奴にぶつけます」
「こちらクロウ3、援護します」
戸ヶ崎は再び、CANASの動きを止める為に振動ミサイルを放った。また、CANASが農地にいる事から、クロウ2はエネルギー爆弾を使った。猛爆されるCANASだが、攻撃は本体に届いていないだろう。しかし、木元と金澤が攻撃体勢に移るには充分な時間を確保出来た。
「金澤隊員、プロメテウスカノンを任せます」
「了解です」
金澤は、トリガーを握ると、照準を合わせる事に集中した。
「今だ!」
金澤がトリガーを引くと、深紅の破壊光線がクロウ1の砲門から放たれた。その光線は、CANASを貫通する勢いで迫っていた。
しかし、次の瞬間メサイア一同は目を丸くした。CANASの甲羅が開いて、前面に展開。そして傾いたかと思うと、プロメテウスカノンを反射したのだった。その反射されたプロメテウスカノンは、クロウ2を襲った。
「何だこいつ」
戸ヶ崎はメーザーバルカンで攻撃を加えた。しかしそれも、傾けられた甲羅に反射された。
「宮本だ、光学兵器では歯が立たない。五藤、ジャベリンミサイルを使え」
「了解です」
戸ヶ崎は、CANASの上空で機首を相手に向けた。五藤がロックして、クロウ3の側面ミサイルポッドからジャベリンミサイルが一対、発射された。CANASはそれを再度甲羅を背中に戻す事でやり過ごそうとした。ビームの幕を纏った徹甲弾が、CANASの背中に突き刺さる。そのまま徐々に浸食していくジャベリンミサイル。そして、それはCANASの身体を貫通した。
“GWOOOOOOOOOOOO!”
CANASは苦しみ、のたうち回った。
「良いぞ、効いている」
宮本がほくそ笑む。
「今の奴の傷口を狙って攻撃すれば、或いは」
藤木が冷静に分析する。
「良し、各機、今のジャベリンの傷を狙え。クロウ3はジャベリンを使えるだけ使って攻撃」
「了解!」
クロウ3がCANAS上空を押さえる。CANASは痛むのか、地面をゴロゴロと転がって、悲鳴を上げていた。
「ジャベリン、ファイア!」
五藤がジャベリンを更に発射する。それは、真っ直ぐCANASの転がる腹を狙った。しかしCANASは、ジャンプしてそれを躱した。ジャベリンミサイルは速力に欠ける。一旦見切られたら終わりだ。それを戸ヶ崎は実感した。
「戸ヶ崎隊員、コースを変えて」
「了解です」
戸ヶ崎は操縦桿を握り、機体を横に動かした。すると、CANASは地面に穴を掘り始めた。
「副隊長、逃げられます!」
藤木の声が聞こえた。
「逃がすな! 全機、奴の傷口を攻撃!」
「メーザーバルカン、ファイア!」
クロウ2がメーザーバルカンをCANASの傷を狙う。ぶちぶちという音がして、CANASの甲羅に空いた傷から体液が噴き出す。CANASはそれでも掘削を止めない。クロウ1が振動ミサイルを放つも、それを受けてもCANASはどんどんと沈んでいく。
「駄目か!?」
「いいえ、来ます」
木元が諦め半分に呟くと、金澤がそれを否定した。
エメラルドグリーンの光が、空から急加速して現れた。それは、真っ直ぐCANASの元へ降り立つと、人の形を留めた。気が付くと、ΝがCANASの長い尾を掴んでいた。
「勝沼さん」
戸ヶ崎が呟く。五藤も久し振りに見たその雄姿に、複雑な表情を浮かべる。
「戸ヶ崎隊員、Νを援護するわ」
「CANASの背後に周ります」
クロウ3は、姿勢制御バーニアを噴かしつつ、射線上にCANASの傷口を捉えた。
Νは、CANASを少しずつ引っ張り出していた。CANASは段々に身体を土の中から現してしまった。しかし、CANASもやられっ放しだけでは無い。尻尾を大きく振って、Νを揺さぶる。だがΝの腕は、CANASの尾を身体に巻き付け、綱引きの最後尾の要領で踏ん張りを続けていた。そして、CANASを地面から文字通り引っこ抜くと、そのまま背面の丘に叩き付けた。
CANASが悲鳴を上げる。所がその攻撃は、クロウ3の攻撃を阻害した。照準を合わせていた五藤は舌打ちをした。
「もう一度奴の背後に周ります」
「頼むわ」
クロウ3がもう一度、CANASを捉えようとする。そこにクロウ1とクロウ2が並ぶ。
「戸ヶ崎君、どうするの?」
「無論、Νを援護します」
「その選択に間違いは無いのか?」
「副隊長、大丈夫です」
戸ヶ崎は自信を持って宮本に宣言した。宮本もそれを聞き、一瞬迷った。だが、彼は即決した。
「クロウ2は戦力を残す」
「え?」
「我々の目的は、勝沼竜か長峰深雪の確保だ。いざと言う時は、ΝかΞと戦う事になる」
「では、このプレデターは?」
「それはクロウ1とクロウ3で攻撃しろ。金澤、預言はどうか?」
「今の所は……」
戸ヶ崎はそれを聞き、少し落胆した。だが、金澤を責める事はしない。彼女はそれで全力なのだ。
Νは、CANASの尾を掴んだまま、もう一度持ち上げて、地面に叩き付けた。そして、CANASを押さえたまま、右手を伸ばし、光弾を放った。だがそれは、CANASの甲羅を突き破れなかった。CANASは背後を向くと、口から青い色の光線を放った。Νはそれを真正面から浴びた。思わず火花を散らし、後ろに吹き飛ぶΝ。
CANASは雄叫びを上げて、Νに向かい前進した。Νはそのタックルを、真正面から受け止めた。そして背後を向くと、CANASの首を掴み、真正面に投げ飛ばした。CANASは腹を見せて、倒れた。
「今だ!」
クロウ1とクロウ3が振動ミサイルを発射した。その猛爆を受けて、CANASが悶える。爆炎が治まった時、CANASはまた起き上がっていた。
ΝはCANASの正面に立っていた。青い光線が、CANASの口から放たれる。Νは腕を前に伸ばすと、円状のエメラルドグリーンの光のシールドを作った。それで、CANASの光線を防げるかのように見えた。だが、CANASはごり押しで攻めた。段々に、Νのシールドにひびが入って行った。
「盾が持たない……」
五藤はそう言うと、Νを援護すべくCANASに向けてメーザーバルカンを放った。しかしその攻撃は裏目に出た。CANASは甲羅を傾けて、クロウ3のメーザーバルカンを、偏光させてΝにぶつけた。Νのシールドが砕け散り、Νは青い熱線を全身に浴びた。そのまま爆発がΝを包み込んだ。
「勝沼さん!」
戸ヶ崎が叫ぶ。五藤を責めたい気持ちが浮かんだ。だがそれを戸ヶ崎は飲み込んだ。
揺らめく陽炎の中、Νの姿が浮かんだ。Νは座り込んでいた。身体中から炎の痕か、煙が上がっていた。だがその瞳に光が残っていた。まだ生きている。
Νはゆっくりと立ち上がると、ファイティングポーズを構えた。まだやれるようだ。
CANASはそれを見ると、大声で叫んだ。そして再度、青い色の光線を口から放った。Νはそれを空へ飛ぶ事で避けてみせた。空から、短い光弾を連続で発射した。それは、CANASの甲羅で反射された。その反射された光弾は、クロウ1を襲った。
「ちい!」
木元が操縦桿を引く。クロウ1は、間一髪で、反射された光弾を避けた。
それを確認したΝは、光弾での攻撃を止めた。この敵は、中々やる。
Νは空高く上がると、今度は急降下し、プラトンキックを放った。だがその攻撃も、CANASの甲羅を打ち破れなかった。弾かれるΝだが、上手く受け身を取って着地した。そのΝの着地した隙をCANASは狙った。一気に前進すると、Νの左足に噛み付いた。Νが呻く。噛まれた傷口からエメラルドグリーンの光が漏れ出ていた。
「援護する!」
五藤がジャベリンミサイルを放った。それは弾速こそ遅いものの、今の所、CANASの甲羅を打ち破れる唯一の手段だ。それがΝの相手に一生懸命なCANASの背中に突き刺さり、そのまま腹部まで貫通した。CANASは、Νに噛み付いていた口を放し、また地面を転がり出した。
Νはその転がるCANASに馬乗りになり、顔面を殴り付けた。拳が顔面に直撃するたびに火花が飛び散る。CANASに確実にダメージを与えているようだ。Νは、そのままCANASを抱え上げて、投げ飛ばした。これだけの打撃を受ければ、さすがに或る程度の影響は有るはずだ。Νは立ち上がり、トドメの一撃を放つ体勢に入った。起き上がったCANASが青色光線を口から放つ。Νはそれを側転で避け、バック転をして、両腕を真横に開いた。開かれた腕、指と指の間にスパークが起こり、クァンタムバーストが放たれる体勢に入った。
「やれる!」
戸ヶ崎は、そのΝの行動を、CANASが妨害しないように、敢えてCANASの正面に出た。
「五藤隊員!」
「分かっているわ!」
CANASの顔面目掛けて、クロウ3はジャベリンミサイル、メーザーバルカン、振動ミサイルを一気に撃った。CANASは瞼を閉じ、僅かに顔を横に背けて、真正面からの直撃を避けた。だがそれが、CANASに隙を生んだ。
「勝沼さん、今です!」
「勝沼君、頼むわ!」
全力でCANASの直上を通過し、上昇するクロウ3。それにCANASが気を取られた。Νはその瞬間に、クァンタムバーストを両腕で掴んだ。そしてそれを一気に両掌から放った。Νの最強の一撃は、CANASを倒せるはずだ。その一撃に戸ヶ崎、五藤、そして勝沼本人が賭けていた。一発の破壊エネルギー粒子は、CANASを襲った。
しかし……。
CANASは甲羅を持ち上げると、クァンタムバーストを跳ね返した。そのΝの必殺の一撃は、逆にΝに襲い掛かった。Νはそれを直撃され、爆発。火花とエメラルドグリーンの光の粒子を撒き散らしながら、背中から倒れた。
「勝沼さん!」
戸ヶ崎の口から絶望が漏れた。
CANASは勝ち誇ったように大声で勝鬨を上げると、倒れたΝ目掛けて青色光線を放った。駄目押しの一撃だ。Νはその光の中で、炎に包まれてしまった。
「奴を止めるぞ!」
木元が上空からエネルギー爆弾で爆撃を始めた。白色エネルギーがCANASを猛爆する。だが、CANASは甲羅を閉じると、それを凌いだ。攻撃が止んだ後も、CANASの赤い眼に光が消える事は無かった。
「どうすれば良いの?」
木元が珍しく弱気な声を上げた。倒れたΝは、瞳の光を僅かにちらちらとさせていた。身体中から黒煙が上がっている。そして、エメラルドグリーンの光の粒子が、身体中から漏れ出ていた。Νが破れた。その事実は、メサイア一同を衝撃で包んだ。
「我々だけで対処する。全機、奴の傷口を攻撃」
「クロウ2は?」
「俺達はΝを確保する、戸ヶ崎」
「そんな! 勝沼さんを捕らえるのですか?」
「それが任務だ。時に非情になる事も必要だ」
戸ヶ崎は腑に落ちない様子だった。だが、CANASの進撃を止める事も必要だ。戸ヶ崎は取り敢えず、CANASを倒す事を目標にした。
「ジャべリンを使うわ」
五藤が宣言した。それを聞いた戸ヶ崎は、機体を再度、CANASの背後に回すのだった。




