第三幕
「戸ヶ崎隊員!」
地上に降り立った戸ヶ崎の前に五藤が現れた。
「五藤隊員、すみません、ハリアーを落としました」
「そんな事より、あのMABIRESの攻略法知っているのでしょう?」
戸ヶ崎は思い出していた。そう、あの訓練の時仲間を襲ったのは、確かに奴だった。しかし色が若干違う。
「以前は眼を狙いました」
「眼ね、了解」
戸ヶ崎からの情報は直ぐにクロウ1、クロウ2に周った。二機のハリアーがMABIRESの眼玉を目掛けて振動ミサイルを放った。しかし、MABIRESに効果は無かった。
「ちょっと戸ヶ崎君、いい加減な情報流さないでよ!」
木元の声がインカムから怒鳴り散らされた。
「でも、以前はそれで倒したのです」
「昔とは違うという事か――」
五藤が独り言ちる。
「このデータによると、今回のMBIRESは以前の個体と違いますね」
藤木の冷静な分析がデータとして腕時計型端末へ送られる。
「二体目が現れたという事なの?」
木元が藤木に尋ねる。
「そう考えるのは妥当な線だな」
「前のMABIRESはどうなったのです?」
戸ヶ崎は思わず聞いてしまった。
「分からないね。一羽だけでは無かったという事さ」
藤木が述べる。
「兎に角目標を倒す事が先決だ」
宮本はそう言うと、MABIRESにミサイルを当てた。爆発がして、MABIRESが煙に呑まれる。だが、MABIRESは意に介する事無く、バスの乗客を食らおうと頭を下げた。
「させない!」
戸ヶ崎はレーザーライフルでMABIRESの足を撃った。MABIRESは悲鳴を上げると、バスを放した。
「足は無防備なんだな」
五藤がそれに倣う。
その時辺りを紫色の煙が覆った。完全に視界から、MABIRESは消えた。
「何これ?」
戸ヶ崎と五藤は完全に霧の中だった。
「お久し振りですね」
その声は長峰深雪の物だった。
戸ヶ崎と五藤はイグニヴォマを構えた。紫色の霧の中から嘲笑が聞こえた。
「まだ分からないのですか? そんな物役に立ちませんよ?」
戸ヶ崎は霧の中で眼を凝らした。長峰深雪の姿を彼は探していた。
「何処だ!? 姿を現せ!」
五藤が叫ぶ。
「今は無理なんです、ごめんなさい。でも、楽しんで下さいましたよね、戸ヶ崎さん?」
戸ヶ崎は背中に冷たい物が走るのを感じた。
「楽しむ、だと?」
「ええ、あの怪物は、貴方に所縁の有る物だとは分かっているのですよ?」
「貴様……!!」
戸ヶ崎はイグニヴォマのバルカンを霧に向けて撃った。再度嘲笑が聞こえる。
「無駄ですよ」
少女の笑い声が、ここまで冷たい物なのかと思うと、戸ヶ崎は恐ろしさを覚えた。だが、長峰の言う事は尤もだった。戸ヶ崎達の装備で、長峰に立ち向かうのは愚かなのかもしれない。
「私達に、何を望むの?」
冷静さを欠いた戸ヶ崎に対して、五藤は至って動じなかった。それ所か、長峰にコンタクトを取ろうとしていた。
「望む、ですか?」
霧の奥深くから、人影が出来上がった。だがそれは、完全な形にはならず、もやもやとした物で有った。戸ヶ崎は銃口をそちらへ向けたが、恐らく無駄だろうとは悟っていた。
そんな戸ヶ崎の想いに応じるように、その人影から声がした。
「今の私はこんな姿でしか現れないのです。恨むならば、竜ちゃんを恨んで下さい」
「勝沼君の事ね?」
「ふふふ、五藤さん、貴方も竜ちゃんが味方だと思っているんですね?」
「どういう意味よ?」
「こうは考えないのですか? 竜ちゃんが変身するから、怪物は現われる。竜ちゃんが変身を止めれば、怪物はもう現れない」
「何?!」
戸ヶ崎は思わず怯んだ。だが五藤の眼は澄んでいた。
「詭弁ね。Νが現れる前から、プレデターは活動していた」
「でも、もうメサイアの手には負えなくなっているのではないですか? どうしてか分かります? 私が怪物達の怨嗟をエネルギーに変換して、奴等を強化させているからですよ」
「だったら尚更、お前を討つ」
五藤はイグニヴォマにシュツルムファウストをセットした。
「五藤さんは、戸ヶ崎さんと違って心が強いのですね。感心しました。竜ちゃんに、こんなにしっかりした味方がいるのならば、私ももっと気を引き締めないといけないですね」
紫色の霧は、段々と色を薄めて行った。
「どうやら私の力も温存せねばならないようです。あの怪物と、暫く遊んで下さい。その内、また無駄な足掻きを見せて下さいね」
戸ヶ崎と五藤がその声を聞いた後、一気に光が戻って来た。霧は完全に晴れて、MABIRESとハリアーMk9の戦いが眼の前に戻って来た。
「長峰は?」
戸ヶ崎はイグニヴォマを左右に振る。
「消えたようね。今はあのMABIRESを倒す」
五藤は手近な雑居ビルの階段を目指して走って行った。
「振動ミサイル、効果無し」
藤木が叫ぶ。宮本は宙返りをして、真上からMABIRESを攻撃してみた。しかしそれも効果が無かったらしい。
「打つ手無しか?」
宮本は今度、MABIRESの顔面部に狙いを定めた。
「藤木、振動ミサイルを奴の口部に集中させろ。木元、一度足留めを命ずる。エネルギー爆弾で奴を動かすな」
「了解です」
木元と藤木が同時に応じた。
クロウ1が、MABIRESの上空に止まると、機体下部のハッチを開き、エネルギーチャージャーを剥き出しにして、白色のエネルギー爆弾を放った。それがMABIRESの頭上に直撃し、爆発を起こした。爆発が次々にMABIRESに圧力を加え、MABIRESは段々と姿勢を低くし、地面に這いつくばらせれた。そこを宮本は狙った。
「今だ、藤木!」
藤木がロックオンをして、ミサイルを放った。MABIRESはそれを呑み込んだ。
「副隊長、これで良いのですか?」
藤木が不安気に聞いた。
MABIRESは何事も無かったかのように立ち上がると、翼を広げて、爆撃の炎で抵抗を示した。木元は、それを見ると、危険を感じ、機体を動す。MABIRESはそれを眼で追う。そして、口を開くと、火球を放つ体制に立った。
「狙ってやがる」
木元の声がインカムに入る。
「狙わせてやれ」
宮本は全く冷静だった。
MABIRESが火球を放とうとしたその時、異常が起きた。MABIRESの腹部が広がり、鈍い音がした。MABIRESは眼の光を消し、口から火球の代わりに黒煙を吹き出し、そして地面に倒れた。
「何が有ったんです?」
藤木が問う。
「ミサイルを奴の身体の中で誘爆させた。これは効いただろう」
MABIRESは口と鼻から煙を吹き出し、眼に光が宿る事は無かった。
「やりましたね、副隊長」
木元から通信が入る。
「油断するな。プロメテウスカノンを使用する。木元、エネルギーチャージ」
「了解です」
木元のクロウ1が、機体上部のカノン砲にエネルギー充填する。
だがその時だった。MABIRESが翼をバッと広げると、口からミサイルの破片を吐き出した。そしてそのまま、空へ向けて飛び出した。
「ホムラ、速く!」
藤木の必死の叫びをよそに、MABIRESの身体はどんどんと急上昇して行った。クロウ1のプロメテウスカノンがMABIRESの後を追うように地面から空を切り裂いた。そして、その一撃が辛うじてMABIRESの脚部に命中した。
MABIRESは悲鳴を上げて、そのまま煙を棚引かせながら雲の海に消えてしまった。
「逃がすな、追うぞ!」
宮本が操縦桿を一気に引いた。MABIRESの後は煙を追えば分かった。だがランダムに飛行するMABIRESを追うのは宮本でも難しかった。そしてとうとう、MABIRESは完全に消失した。
「副隊長、どうしました?」
木元が問う。
「駄目だ、奴を見失った」
「ダメージはどれ程でしょうか?」
「軽いだろう。ただ、暫くは足留め出来るかもしれない。一時帰投する」
「了解」
木元と宮本と藤木は、δポイントに向けて操縦桿を引いた。
「戸ヶ崎隊員、帰るわよ」
五藤がイグニヴォマからシュツルムファウストを外して、戸ヶ崎に向かい合った。戸ヶ崎は肩を降ろした。
「五藤隊員、自分は思います」
「何を?」
「今度の戦いは、時間を稼ぐ物では無いでしょうか?」
「私もそう思う」
「BAZURA戦で長峰はエネルギーを大量に消費したのです、何とか休息期間を設けたい所なのでは?」
「ただ私は疑問も感じる」
「疑問ですか?」
五藤は不時着したクロウ3に向かって歩み出した。
「ええ。ただ休息したならばMABIRESなんかを出さなくても大人しくしていれば良い。でも長峰は行動に移った。何故だと思う?」
「これは自分の考えですし、憶測に過ぎませんが……」
戸ヶ崎が五藤に並ぶ。
「良いわ、言ってみて」
「長峰は勝沼さんを挑発しているのでは?」
五藤はそれを聞き眉を顰めた。
「矢張り戸ヶ崎隊員もそう思うのね」
「MABIRESが出れば、Νが戦わないといけない。でもΝも前回の戦いでかなり消耗している」
「ええ、そうね。勝沼君に頼らずに、私達だけでMABIRESを倒さないといけない」
「そんな事が可能なのですか?」
「プロメテウスカノンが有れば……」
「当たればの話です」
戸ヶ崎は真っ当な意見を述べた。
「そうね、そこよね……」
「俺が押さえる」
その声は唐突に聞こえた。
「え?」
森の奥から、人影が現れた。真っ黒い服に身を包んだ男、勝沼竜だった。
「勝沼さん!?」
戸ヶ崎が驚きの声を上げた。勝沼はそれを見て、フッと微笑んだ。だがその表情には曇りが見えた。
「勝沼君、貴方……」
「俺があの化け物を押さえる。その隙にプロメテウスカノンか? お前達の必殺兵器を放てば良い。あいつは、因縁の相手だ」
勝沼は足を引き摺りながらゆっくり戸ヶ崎達の元へ近付いて来た。
「因縁?」
戸ヶ崎は思わず聞き返した。
「あの化け物は、俺が最初に戦った奴の同種だ」
「MABIRESの初代を倒したのは勝沼君だったのね」
五藤が静かに答える。戸ヶ崎はそれで合点がいった。何故、MABIRESが現れなかったのか。それが判明したのだ。
「マビレスを倒したのは勝沼さんだったのですね?」
「そうだ。だが、二代目は俺が倒したのとは強さが違う。それに今度は深雪ちゃんも敵に周る。厄介だ。お前達の装備で奴を倒せるのか?」
五藤が少し迷いを見せた。
「分からない。だが私達の切り札だ」
「期待しているよ。ウッ……」
勝沼が急にしゃがみ込んだ。
「勝沼さん、無理です。自分達に任せて勝沼さんは休息を」
戸ヶ崎がそう述べると、五藤が横に並んだ。
「勝沼君。もう戦わなくて良い。私達が全て片付ける」
「そうは上手く行かないだろう? 大丈夫、俺は大丈夫だから――」
勝沼はそう言うと、エメラルドグリーンの光の粒子になって、森の奥へ消えた。
戸ヶ崎は遣る方の無い思いを抱いた。
「行くよ、戸ヶ崎隊員」
「ですが」
「勝沼君の負担を減らす為に、私達がしっかりしないと」
「はい」
クロウ3へ向かう戸ヶ崎と五藤。しかし五藤は思わず立ち止まった。
「勝沼君……」
五藤は後ろ髪を引かれる思いでその場を後にした。




