第二幕
「グリーフサポート下諏訪で、また法話をしました。段々固定のお客様が付いて来たんだ。この仕事、正直自信が無かったけれど案外出来る物だね。今、戸ヶ崎君は病院で何していますか? ちゃんと好き嫌いなくご飯食べてね。あ。でも食べ過ぎは厳禁だよ~。良い体格してたなあ、戸ヶ崎君。また会える日を楽しみにしてるね。じゃあ、おやすみなさい」
ここの所の緊張状態を打ち破る物が郷野のメールに有って戸ヶ崎は本当に救われていた。ここ最近またプレデターが活動を活性化させている。ただ、ΝもΞも現われない。本郷は、二人共にもう死んだと考えても良いのではとすら言い出す。さすがにそれはジョークだったが、もう二体が現れなくなってから一週間になる。
ただ、それでもプレデターは関係無く現れる。今度の個体はまだ姿を捉える事すら出来ていない。メサイアは警戒態勢に入り、ずっとアラートが鳴りっ放しであった。たびたび、ハリアーMK9で出撃する事も有った。それでも無駄足に終わる。辿り着けば、プレデターに食い殺された人の残骸が転がっていた。
金澤は、矢張り民間人上がりだった。最初のそれを見てから、体調不良を訴えていた。最近はメディテーションルームにいる。彼女の預言を受けても、メサイアが出撃し、現場に到着するまでにプレデターは好き放題して消えていた。
「全く骨が無い」
木元が今日も、無駄足に終わったスクランブルから帰って愚痴た。
「たかだか死体の一つや二つ見たくらいで職務放棄とはそれで良いのか」
木元はブリーフィングルームの自分のデスクに乱暴にヘルメットを置いた。
「彼女は元々そういう出では無いんです。それに、一つや二つレベルでは無いでしょ?」
戸ヶ崎が弁護した。
「何? 戸ヶ崎君、金澤隊員の肩を持つんだ」
「客観的な事実です」
「この世に客観なんて素晴らしい物が存在するのかしら?」
木元はそう言うと、ティーパックを取りに、コーヒーメーカーの方へ向かった。
「最悪彼女には、預言だけをして貰えれば良い」
宮本が述べた。
「そんな! 彼女は機械では無いんですよ!? 副隊長は、金澤隊員を演算装置か何かだとお考えなのですか!?」
「事実は事実だ」
宮本は戸ヶ崎の方を見もせずに断言した。
「戸ヶ崎隊員、貴方が何故そこまで怒りに駆られているかは分からないわ。でも、彼女が自分の能力を、この場で使いたいと思っている事も事実なのよ。貴方は彼女を庇っているつもりかもしれないけれど、実際は違う可能性だって有るわ」
本郷が優しい口調で述べた。
「今、ΝもΞもいない。純粋に私達の戦力だけが試されているのよ。金澤隊員も、その自覚を持っているの。だから、今彼女は自分の出来る事を精一杯やっているわ。木元隊員もそこの所理解してあげて」
「ですが隊長、あんまり軟なのは困ります」
「じきに慣らしていくわ。辛抱しなさい。貴方は最初からそういうの大丈夫だったタイプかもしれないけれど、彼女は違うの。同じメサイアの隊員として、支えてあげるのが貴方の役目よ」
「……分かりました」
これだ。戸ヶ崎は大きく頷いてしまった。本郷の凄さはここに有るのだ。誰も彼女には逆らえない。彼女は頭でも身体でも、どちらにしてもこちらを上回る能力を持っている。感情論で論破出来る相手では無いのだ。
「戸ヶ崎隊員、もう良いわね?」
「はい、失礼しました、隊長」
そこにスクランブルから戻った五藤が加わった。
「どうだったの?」
本郷が問う。
「追尾しましたが姿は掴めませんでした。相手の運動性はハリアーを凌駕しています。ペトリオットミサイルが撃たれたんですよね?」
「直撃はしなかったみたいです」
藤木がパソコンのデータをブリーフィングルームのメインモニターに映した。
「目標は胎内市から白鷹町に抜けて、南陽市に南下しています。仙台が危険です」
「人口密集地での戦闘は避けたい、しかし敵の全様が掴めないのでは対策の立てようが無い」
宮本が握り拳を作る。
「今度のプレデターは主にバスを襲っています。中に餌が有る事が分かっているのでしょう」
五藤が付け足した。
「何とか誘導出来ないかしら?」
「誘導は難しいと思います。また、金澤隊員の預言を受けての出撃では遅過ぎます」
藤木が冷静に答える。
「ではどういう策が?」
五藤も腕を組んで考える。
「常にハリアー一機を飛ばすしか無いですね」
木元が溜め息と共に述べる。
「戦力を割かれるわね」
「ただ隊長、今までの傾向では、プレデターは一体ずつしか出現しません」
「例外が有ればまずいわ。でもそれしか策は無い」
「戦力的に落ちますが、ハリアーをメインパイロット一人で飛ばすのはどうですか?」
戸ヶ崎が案を出す。木元がそれを聞いて、思わずにんまり笑った。
「戸ヶ崎君の意見に従うならば、私が出るのが一番良いでしょうね」
木元はそう言うと、指の関節を鳴らした。だが本郷はそれを制した。
「クロウ3を飛ばす」
「え?」
「木元隊員にはプロメテウスカノンを任せたい。今の所唯一プロメテウスカノンを装備していないクロウ3を飛ばしましょう。戸ヶ崎隊員と五藤隊員、交代で哨戒活動に当たりなさい。クロウ3が補給中の間だけ、クロウ2を飛ばす。この策でどうかしら?」
「私は戦場に出られないんですか?」
木元が不服そうに口を開く。
「違うよホムラ。ホムラは最後の切り札なんだよ」
藤木がフォローに周った。
「ええ、木元隊員はワイルドカードよ。それに、一機確実な予備が有れば――」
「巨人が出ても対応出来る」
本郷の言葉を五藤が続けた。
「任務了解です。まずは私が飛びます」
「いえ、五藤隊員は今まで飛んでいたのだから休みなさい。戸ヶ崎隊員、お願いするわ」
「は!」
「戸ヶ崎君、撃ち落とされないでよ~」
木元が意地悪く笑った。それを藤木が隠そうとするのが滑稽だった。
「では、任務に就きます」
「頼みます」
戸ヶ崎はヘルメットを取ると、イグニヴォマを抱えてハンガーの方へ向かうのだった。
たった独りでコックピットに入ると不思議な気持ちだった。普段は、二人で乗り込むと言うのに。戸ヶ崎はモードをシングルコンバットにすると、δポイントから発進した。
ΝもΞも現われない。その事は戸ヶ崎には救いだった。悲しい戦いを目撃しないで済む。戸ヶ崎には、勝沼と長峰の詳しい事情はそこまで分からなかった。ただ、Ξは兎も角としてΝに戸惑いが有るのは事実だと思った。
それを理解していながら、戸ヶ崎は力になれない自分を情けなく思った。
「気仙沼上空、異常無し」
間も無く福島の原発が近い。そこはγポイントと呼ばれている。αポイントが広島、βポイントが長崎、そしてγポイントが福島という訳だった。
人の立ち入りは一部解除された。だが、あれから十年年経っても、避難指示の出ている区域が有る。特に農業や漁業といった産業には途轍もないダメージを与えた。戸ヶ崎もその状態にあまりにも酷い思いをした。時の民主党政権で、ベストな対応が出来ていたのか謎で有ったし、東京電力のお茶の濁し方もはっきり言って不愉快だった。
その後、日本は再度、被爆の歴史を繰り返した事になっている。それがδポイントである。ただそれは、メサイアが作った偽りだった。戸ヶ崎が記憶しているのは、福島の事故が起こったすぐ後に、岐阜県に核燃料が漏れたとの事である。それがでっち上げだと知ったのは、メサイアで片桐に出会ってからだ。
日本の人口の殆どは、そんな出来事が嘘だったとは知らない。
プレデターはいつから出始めたのであろか。
メサイアは十年近く前から存在していたらしい。それを考えるとプレデターの出現はその前になる。戸ヶ崎は全くそれを感じなかった。
そして、ΝとΞ。あの二体の巨人は何の為に現れたのか。何故戦わねばならないのか。BAZURA殲滅戦でΞがプレデターの能力を自分のエネルギーに変換出来る事が分かったが、それがΞとプレデターの共存関係を表すかは分からなかった。
結局自分は分からない事だらけだ。戸ヶ崎は己の無知を歎いた。
「?!」
クロウ3のレーダーに、不審な動きをする影が過った。
「こちら戸ヶ崎、目標と思われる存在を確認」
「預言が出た、登米市にプレデターの襲撃が有るらしい。その影がそうならば先手が打てる。追尾出来るか?」
宮本の声がした。
「やってみます」
戸ヶ崎は機体を回転させるとその影の方へ直進した。影は複雑な動きを見せた。
「追尾は難しいかと」
「未来は流動するとは言え、一応登米へ向かってくれ。今俺達も出撃する所だ。お前が足留めをしろ」
「了解です」
戸ヶ崎はコックピット右のレバーを引いて、アフターバーナーを全開にした。
その日、曇天に包まれた登米市は大騒ぎだった。空から急に巨大な怪物が降り立ったからだ。そのすぐ後に戸ヶ崎のクロウ3が到着した。
「こいつは……」
戸ヶ崎が驚くのも無理は無かった。全身えんじ色でバスを鷲掴みにした両翼のプレデターが空へ飛び立とうとしたからだ。その眼は六つ、真っ赤に輝いている。
「マビレス?」
戸ヶ崎に攻撃命令が下った。彼は振動ミサイルを、その背中に突き刺した。爆発が起こり、プレデターは掴んでいたバスを放した。バスが地面に落ち、窓硝子が砕けるのが見えた。
戸ヶ崎はメーザーバルカンで更に追い討ちを掛けた。追い討ちと言うよりかは完全に挑発だった。戸ヶ崎はやがて合流するであろう木元のプロメテウスカノンに任せる事にした。それまでは自分がこの怪物を足留めしなければならない。
「まだか……!?」
戸ヶ崎に焦りが見える。振動ミサイルやメーザーバルカンのダメージは確実に蓄積されていたはずだが、そのプレデターは全く動じる様子を見せなかった。
「だったらこれで!」
戸ヶ崎はジャベリンを放った。それは相手の右の翼に突き刺さった。真っ黒い体液が溢れる。それでもそのプレデターは次のバスを狙っていた。
「食い意地の張った奴だ」
戸ヶ崎はバスにダメージが加わらないように相手の背中側から攻撃をした。そうする事で、爆発の余波は、プレデター自身の身体を盾にして防ぐ事が出来たからだ。
プレデターはあまりにも戸ヶ崎の攻撃がしつこかったからか、口から火球を吐き出した。寸での所で回避する戸ヶ崎。その下で、多くの民間人――殆ど老人――が逃げるのが見えた。まだ時間は稼がないといけない。
今度は相手を誘うように、眼の前に出た。バスを放したプレデターは、漸く戸ヶ崎の駆るクロウ3に意識を回した。
「良いぞ、来るならばこちらへ来い!」
プレデターは二本の逆足でクロウ3へゆっくり近付いて行くのだった。そして狙いを定めると、火球を連続で発射した。戸ヶ崎は回避運動に移ったが、最後の一発は避けられなかった。機体下部、ミサイルポッドに直撃した火球はミサイルに誘爆して、クロウ3を襲った。
「うわああああああああ!」
叫ぶ戸ヶ崎。
その時別方向からミサイルが飛んで来た。クロウ2が見えたのだった。
「戸ヶ崎、不時着しろ」
宮本の声が戸ヶ崎に聞こえた。
「ホムラが五藤さんを降ろしている。地上からの援護を頼むよ」
藤木が比較的明るく答えた。
公園への不時着に備えた戸ヶ崎は、最後藤木に聞いた。
「あのプレデターは何なんです?」
藤木がキーボードを打つ音がしたかと思うと、思いもよらない答えが返って来た。
「MABIRESだね」
戸ヶ崎の眼に復讐の色が湧くのだった。




