第三幕
本郷がそのエネルギー体を察知するのに時は必要では無かった。
「クロウ3、二つの高エネルギー反応が有る。恐らく片方はΝだ」
「了解。ですが、もう一方は?」
「断定出来ない、Ξにしては強過ぎる」
「こちらで確認します。戸ヶ崎隊員、任せる」
「了解です」
本郷はこの短いやり取りの中で、一抹の不安を覚えた。彼等一機でどうにかなる問題なのであろうか。
「預言者の力を借りても私達に勝てない相手がいるのか?」
本郷のその独言は、他に誰もいないブリーフィングルームで消えて行った。
BAZURAは、市街地から遠ざかっていた。クロウ2のミサイル攻撃で、後退していたのだ。クロウ1も全てのミサイルポッドを空にするまで振動ミサイルを放った。BAZURAには、明らかに疲れが見えていた。
「行けるよ」
木元が叫んだ。
「ええ」
金澤が頷いた。
「人口密集地帯からは遠ざけた。プロメテウスカノンの準備を」
宮本からの指示がクロウ1に入った。
「了解、プロメテウスカノン、チャージ!」
ハリアーMK9の上部に無理矢理作られた砲門にエネルギーがチャージされるのだった。
Νは着地すると、空をキッと見た。
まるでハイリゲンシャインのような光を纏って、Ξが余裕たっぷりに降りて来た。
「竜ちゃん、今日は負けて貰うわ」
Ξは身体を仰け反らすと、凄まじいエネルギー波を放った。それはΝを地面に押し付け、熱風となって森や田畑を蹂躙し、焼き尽くした。
「ははは、燃えろ燃えろ!」
Ξは次々にエネルギーを放った。実りの季節だった果樹園が一斉に蒸発し、Ξを中心にして焼野原が広がった。その中でただΝが、シールドを作って耐えていた。
ゴウ! という音がして、Ξの背中のぼろきれのような羽に火が着いた。Ξが見る先に、高速で直進しているハリアーMK9が有った。
「本郷隊長、目標はΞです。ですが……」
戸ヶ崎の言葉は途中で途切れた。それを五藤がフォローした。
「今までに無いエネルギーを纏っています。まるで、別の存在です」
「二人共落ち着きなさい。Νを援護、Ξを倒すのよ」
「了解」
クロウ3は下部ミサイルポッドから振動ミサイルを放った。それはΞの胸に直撃した。
「ナイスヒット!」
思わず五藤が叫ぶ。自画自賛である。
「?!」
戸ヶ崎は眼の前の光景に驚かされた。Ξの胸元からは煙が上がっていた。だがそれをΞは意識しないでいるようだった。
「振動ミサイル、効果無し」
Ξは右手を高く掲げると、紫色に輝く光の弾丸を次々と発射した。戸ヶ崎はそれを宙返りで回避した。
「五藤隊員、ジャベリンミサイルを!」
戸ヶ崎はΞの頭上を捉えた。
「ジャベリン、ファイア!」
五藤が照準を合わせて、二発の徹甲弾を放った。ビームを纏ったミサイルは、真っ直ぐにΞの眉間目掛けて進んだ。
しかし、Ξは、全く動じなかった。光が一閃したかと思うと、ジャベリンは爆発した。
「箆棒に強いわね」
五藤が皮肉を込めて述べた。
「そんな呑気な事言っていられないです。何なんですかあれは!?」
戸ヶ崎はクロウ3をきりもみ回転させながらΞの攻撃を回避した。幸いΞが動く様子を見せなかったから、回避運動に専念すれば何とかなった。
「あいつ、こちらの攻撃が全く効いていません」
戸ヶ崎は今度は宙に浮かぶΞの足元に潜った。五藤がメーザーバルカンを放つ。しかしそれは確実にΞに命中しているにも関わらず、全く威力を発揮しなかった。
「奴は不死身か?」
五藤は、今度はエネルギー爆弾のセットを行った。
「戸ヶ崎隊員、もう一度奴の頭上に!」
「了解」
戸ヶ崎は機体を急上昇させると、光り輝くΞの直上で停止した。
「エネルギー爆弾、投下!」
ハリアーMK9の下腹部ハッチが開いて、純白のエネルギー爆弾が放たれた。それはΞを炎で包み上げた。
「やったか!?」
五藤がモニターを見る。
「爆心地にエネルギー反応!」
戸ヶ崎の悲痛な叫びがクロウ3に響いた。
「どうしたら良い?」
「プロメテウスカノンしか無いですね」
「木元隊員がBAZURAを片付けるまで、この場に奴を留める必要が有るわね」
五藤はそう言うと、全ミサイルをΞに向けて放った。
「弱い……」
それは、戸ヶ崎にも五藤にも聞こえた。長峰深雪の声だった。
「弱い、弱過ぎます」
Ξの身体が発光した。エネルギー波がΞの身体中から四方八方に放たれた。それは、クロウ3が撃ったミサイル全てを撃墜すると共に、クロウ3本体も攻撃した。
「うわああああああああ!」
「クッ……!」
クロウ3のコックピットを火花が襲った。計器がスパークを起こし、アラートが鳴り響いた。
「まだだ、まだ落ちはしない」
戸ヶ崎は、いう事を聞かなくなった操縦桿を全力で引き上げた。機体はそれでも上昇しない。煙が上がり、段々と高度が下がっていく。
「戸ヶ崎隊員、不時着を!」
「いえ、まだです」
戸ヶ崎はコックピット右のレバーを引いた。クロウ3のアフターバーナーが全開になり、煙を棚引かせるクロウ3はそのままスピードを上げて一旦戦場から去った。
勝ち誇るΞを前に、戸ヶ崎は悔しさを覚えた。
その時、深紅の光弾がΞの一枚の翼を直撃した。Ξがゆっくり背後を向くと、そこにΝが浮かんでいた。
「深雪ちゃん、邪魔はいなくなった。俺達だけでやり合おう」
「良い心掛けね竜ちゃん。苦しみながら死になさい」
Ξは再度エネルギー波を放った。Νはそれをシールドで防いだ。その破壊力に、後ろへと押しやられながら、Νは何とか耐えきった。
「私に勝てると思わないでね、竜ちゃん。さあ、いっぱい楽しもうよ」
Ξは光を背中に収縮させると一気に加速した。そしてそのままの勢いで、Νの鳩尾にフルパワーのパンチを放った。そのままΝは、地面へと叩き付けられるのだった。
BAZURAは光線を吐く事も無く、よろよろしながら広大な果樹園の中へ侵入した。
「ホムラ、今だ!」
藤木の号令を聞いて、木元はBAZURAの胸元をロックした。
「プロメテウスカノン、ファイア!」
ハリアーMK9の上部砲門から深紅の破壊光線が放たれた。それは真っ直ぐBAZURAの胸を直撃した。BAZURAは光線の威力に後ろへ押しやられながら悲鳴を上げた。その最期は呆気無い物だった。プロメテウスカノンの熱線は、BAZURAの胸を貫通した。BAZURAは、断末魔の声を身体から絞り出すように出すと、光の粒子に分解されて消えた。
「やった!」
木元がガッツポーズを取る。
「見事な射撃だった」
宮本が称賛の言葉を告げた。
「今度はΞだ。クロウ3の様子は?」
宮本がインカムに問う。
「こちら戸ヶ崎、機体中破。最前線での戦闘には耐えられないです」
「了解した。Νはどうしている?」
「副隊長、Νは圧されています。Ξの能力が今までに無い程強くなっているのです」
「今、戸ヶ崎隊員からのデータを受信しました」
藤木がキーボードを叩きながら述べた。
「奴のエネルギー量は生半可では無いです」
「その原因は?」
木元が問う。
「このエネルギー……、Ξは恐らくBAZURAのエネルギーを身に纏っているのだと思います!」
「何だと!?」
藤木の出した答えに、宮本が思わず乗り出してしまった。
「それでBAZURAの動きが弱かったのね」
木元が納得する。
「幸い僕達にはまだプロメテウスカノンが一発残っています」
藤木が述べる。
「良し、クロウ2で奴を倒す。クロウ1、クロウ3は援護を頼む」
「了解です」
木元の声がインカムから耳に入った。
「戸ヶ崎隊員、飛べるの?」
「何とか行けますが、右翼にかなりダメージが……」
「地上に降りて攻撃しましょう」
「分かりました」
戸ヶ崎は機体を果樹園の横の幹線道路に垂直着陸させるのだった。
「クロウ3、航行不能により作戦から離れます」
「気を付けて下さい、Ξのエネルギーは生半可では無いようです」
「有難う木元隊員。戸ヶ崎隊員、行きましょう」
「はい」
「その必要は無いと思います」
聞き慣れない声がして戸ヶ崎は一瞬戸惑いの色を見せた。それが金澤の物だと知るには時間が必要だった。
「どういう意味よ?」
木元が苛々しながら聞くのが分かった。
「あの巨人は、じきに消えます」
「何だと?」
「どういう事か説明して貰えますか?」
戸ヶ崎が問う。手にしたイグニヴォマが重い。
「はっきりとは分からないですが、あの巨人の存在が薄く感じられるのです」
「薄く?」
宮本が訝しむ。
「悩む必要なんて無いです。突撃しましょう!」
木元のクロウ1が全速力で空を突き刺しにかかった。
「竜ちゃん、もうお仕舞?」
Νは片膝を突くと、息を切らすような仕草を見せた。一方Ξは空に煌々と輝いていた。
「これでお仕舞ね……」
Ξは両腕を高く掲げると、腕と腕の間にスパークを起こした。ダークネスレイが来る――。
その時だった。Ξが大きく仰け反ると、背中の光が消えた。そのまま地面に激突するΞ。Νはそれを見て、最後の力を振り絞り立ち上がった。
「何故なの……?」
長峰深雪の声が聞こえる。
「力を使い過ぎたようだね」
勝沼の声がテレパシーとなってΞに届く。
Νは、両腕を開くと間に光の粒子を溜めた。クァンタムバーストの構えだった。
「深雪ちゃん、今楽にしてあげるよ……」
だが、Νも限界だった。Νの開いた腕から順に、エメラルドグリーンの光が溢れ出した。それは巨人の形を保てず、崩壊していた。
「お相子じゃない」
Ξもバイオレットの光になって、地面に消えた。
その上空をクロウ1が通過するのだった。
「何が起こったの?」
現場に駆け付けた五藤は真っ先にそれを口走った。
「相打ちって事ですよね」
戸ヶ崎が呟く。
「プレデターの力を使いこなせなかったのでしょう」
戸ヶ崎はそう述べると、イグニヴォマを構えたまま、前へと進んで行った。五藤がそれに続く。草むらがガサガサと揺れた。思わず銃を向ける五藤だが、ウサギだった。勝沼はどうなったのだろうか? 長峰は死んだのだろうか? その事が二人の共通の疑問だった。
「五藤隊員、あそこ!」
戸ヶ崎が指差す先に、足を引き摺りながら果樹園を横切る黒い服の男の姿が見えた。
「勝沼さん!?」
戸ヶ崎がイグニヴォマを抱えて走り出した。五藤も眼で追う。だが黒服の男は、ナシの木を境に見えなくなった。戸ヶ崎も追跡出来なかったようだった。
「勝てなかったのね……」
五藤が独り呟くのは、戸ヶ崎には聞こえなかった。
五藤は切り替えた。Ξを、長峰深雪を押さえる事は出来るかもしれない――。
しかし冷静に考えるとそれも叶わないと思った。彼等の戦いは、誰が止められようか。五藤は己の無力を歎くのだった。




